月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】チカラの証明 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさんこんばんは、九曜です。

これまで「悪魔城二次創作」やら、風魔君関連話やら、ちょっとずつアーカイブしていました。
そろそろ「風魔君とは関係ないけど書き溜めたPrivatterの話(特にオレカ)」を何とかしたかったので、単発の作品(前後で他の話に繋がらないもの)から、ここに置いていこうかな…と思います。
エイプリルフールのネタもなければ考察記事もできあがらなかったなんて言えない
オレカのお話は「ジークと零の二人旅」編を主軸に30本以上あります。
執筆期間はほぼ1年ぐらいのはずなんですが、どうしてこんなに書いたのか。

今日は、不思議なチカラを得た狂戦士ラクシャーサに、顔なじみである風のジークが呼び出されて…というお話です。
ジークが登場していますが「二人旅」編とはほぼ無関係の、単発作品です。
本編は追記よりご覧いただけます。


その日ジークは、バビロア滞在時に顔馴染みになったラクシャーサから呼び出され、近隣にある緑の森まで足を運んでいた。
バビロアを出た後、森の片隅でその日暮らしをしていると聞いていたが、近況も知りたいし、と呼び出しに快く応じた。
もっとも、薄暗いほら穴にでも「まあ泊まっていけ」と案内されようものなら、逃げ出すことも決め込んではいたが。

言伝人兼案内役を務める、エルフのフルドフォルクに連れられ、ひらめく緑のマントを目印に、分け入った森を迷うことなく進む。
フルドフォルクはこの森に住まう風族で、ここらは庭のようなものだ、と笑いながら案内してくれた。
やがて目の前に、木々を割って開けた草原と、澄んだ泉が現れた。
泉は水底が見通せるほど透き通り、空と森の色が溶け混ざったエメラルド・グリーンに輝いている。
ほとりでは白い蝶々が、ちいさな青い花の合間を飛び交い、甘い蜜に興じている。

そんな長閑な光景には不釣り合いな、黒いフルフェイスの兜にごつい大剣といういでたちの男が、背の低い草原を座布団代わりにどっかりと座していた。
他でもないこの男こそ、ジークを呼び出した当人、ラクシャーサだ。

「おう、来たかジーク」
「何の用だよ? 結婚でも決まったか?」
「違う、違う。そんなコトより、もっと嬉しいことがあってな?」

茶化すように投げかけると、瞳の形しか判別できない目が、嬉しそうに目尻を下げるのが見えた。
この男のこんな顔を、ジークは今まで見たことがない。
考えうる限りの可能性をアレコレ思案していると、それらすべてを吹き飛ばすように、威勢の良い答えが返ってきた。

「とうとう! 俺は、『チカラ』を! 手に入れたんだ!!」
「……は?」

ラクシャーサの言っていることが不可解で、ジークは覆面の奥で頬をひきつらせる。
確かにこの男は、過日からずっと力が欲しい、欲しいとうるさくわめいていた。そのことは、旧知の仲ゆえよく知っている。
しかし、何をもって『力』とするのか、そしてそれを手に入れたというのは……いまひとつ、理解できない。
そもそも、力を手に入れたとかどうとか、易々と実感できるようなものなのか、という疑問もある。

「どういうことだよ? ヤケ起こして、悪魔と契約でもしたのか?」
「違う! 試しにジーク、一戦どうだ」
「お。ナメてくれちゃって。後悔すんなよ?」

ラクシャーサは生粋の戦士であり、ジークもまた、思考はやや不得手な行動派だ。
言葉で語り合うより、実際に剣を交えたほうが手っ取り早いだろう。
軽い運動のつもりで、ジークは腰の双剣を抜き放つ。
それに応じるように、ラクシャーサも立ち上がり、獲物のドルフィンパドルを構えた。

*  *  *

「うらああああ!!」

直線的に突っ込んでくる、でかい図体を易々かわす。
怪力を自慢とするラクシャーサの攻撃は、当たれば相当痛いが、大振りで隙も生じる。
ジークは風の肩書を関するだけあり、身軽で足も速かった。もちろん、パドルの横薙ぎをかわすなど朝飯前だ。

「へっ、相変わらず隙だらけだな! いっただきー!」

確かに背後へ回り込んだはずが、視界から一瞬にして、ラクシャーサの巨体が消失した。

「え?」
「もらったあぁ!」

むなしく空を切る感覚に驚く間もなく、すぐ背後から聞き慣れた大声があがった。
理解できない事象に固まる思考が、隙を生じさせる。
振り向きざまを、重たいパドルで横殴りにされ、ジークは派手に吹っ飛ばされた。

「ぐえっ!」

背後の木にどつん、と衝突し、背中に鈍く平たい痛みが広がる。
幸い、首を前に傾いだままだったので、後頭部を強打して気絶することは避けられた。

「な、何だよ今の……お前、変な所から急に、湧いて出なかったか……?」
「ハッハッハァ! これが『チカラ』だ!! どうだ!」
「どうだ、って言われても……」

ジークがよろめきながら立ち上がる。
パドルで殴られた肩口と打ち付けた背中は痛むが、伊達に修羅場は潜っていない。
何より、ただの不意打ち一発で降参するなんて、自分の戦士としてのプライドが許さなかった。

「おお、そうだ。二対一でもいいぞ? フルドフォルク、ジークについてやれ」
「分かった」

胸を反らし上機嫌な仕草。調子の良い声。『二対一』の提案。
ああこりゃ完全にナメられてる、と思うと、ジークの頭に途端に血が上った。

「かーっ! 俺様の本気、見せてやるからな! 覚悟しろよ!」

怖いのは先の不意打ち、それだけだ。
つかず離れず、パドルが届かない距離で観察していると、飛び掛かったフルドフォルクが先に『チカラ』の餌食になるのが見えた。

「うわっ!」

ほんの一瞬の出来事だったが、動体視力の良いジークには、目を疑うような光景が見えた。

(今……一瞬で……確かにラクシャーサが「消えた」……その上後ろから突然「現れた」……何かの魔法か……?)

それまでフルドフォルクの眼前にいたラクシャーサの姿が、陽炎のように一瞬で溶ける。
その後すぐさま、背後にパドルを振り上げながら現れる。
魔法でも使っていなければ、到底ありえない動きだが、生粋の戦士であるラクシャーサが魔法をまともに使えないことぐらい、ジークは織り込み済みだ。

「ぼーっと突っ立ってると、ケガするぞ!」
「あぐっ!」

間合いをとっていたつもりが、いきなり目の前まで迫ってきた黒鎧に、反応が遅れる。
剣での一撃ではなく、肩に体重をかけたタックルを食らい、今度は転がるように弾き飛ばされた。

「どうした、降参かァ?」

もはやそこに、長閑な光景というものはなかった。
ラクシャーサに殴り飛ばされたフルドフォルクは、そのまま湖に落ちたらしくずぶ濡れで、なんとか這いずり出たものの、ほとりでしきりに咳き込んでいる。
ジークは、地面にうつ伏せになった体を何とか起こそうと、両腕で肘をつき、背中を震わせている。
ラクシャーサだけが変わらず、ぴんぴんしたままそこに仁王立ちしており、兜の奥からグフフ、と笑い声が漏れた。

「げほっげほっ! ま、参った。僕はこれまでだ」
「おう。ジークはどうだ? さすがに音をあげたか?」

痛みと寒さと冷たさで、フルドフォルクは早々に白旗を振り、日当たりのよい木に寄りかかって休憩を始めた。
もともと、本気で戦う気もなかったのだから、無理もない。
一方ジークは、闘争心を刺激されたといったように、ようやく自由の効いてきた腕を地面にしっかと突き立て、ぐっと身を起こした。

「まだだ……こう見えて俺様、意外とタフなんでね!」
「上等だ! この『チカラ』を得てから、歯ごたえのある魔物に出会ってなくてなァ!!」

膝をつき、立ち上がって、拾い上げた双剣の向こうにラクシャーサを見据える。
思ったよりも間合いを広めにとらないと、先のように急接近されると思い、ジークは距離をとるべく後ろへ跳んだ。
ラクシャーサがすぐさま、間合いを瞬時に詰めてくる。が、その距離にはやはり限度があるようだ。

ジークはなるべく距離を保ったまま、遠目から得物を投げつける作戦に出た。
ただ、投げた武器も『チカラ』を使った不規則な移動で、易々かわされてしまう。
拾い上げる隙だけは狙われぬよう神経を逆立て、打開策を練りながら、ジークはラクシャーサの動きを目で追った。

「くっそ、ちょこまかしやがって!」
「お前にそのセリフを言われる日がくるとはなぁ!」

何度かそれを繰り返しているうちに、ふとジークは気付いた。
視界にちらつく、不自然な光の軌跡。

(ラクシャーサが消える時……一瞬、緑の光が見えた)

らしくもなく冷静に思案していると、突然目の前に何かがべたりと張り付いた。
それは上からいきなり覆いかぶさって来たが、虫などよりずっと大きく、しかも生温い。
気持ち悪さに慌てて振り払うと、ばたばたと音を立ててはばたく黒い翼とちいさな体、牙のついた顔が見えた。
どう見ても、コウモリだ。

「ひいっ!? 何だこれ、コウモリっ!!?」
「誰だ! 邪魔する奴は!!」

そのコウモリは、輪を描くようにはばたき回ったあと、現れた一人の男のそばにまとわりつきはじめた。
にも関わらず、金髪に金の目、瞼をやや気だるそうに落としたその男は、眉ひとつ動かさず嫌がる素振りも見せない。
黒衣を身に纏った、鼻の高い見た目美しい男は、顔に違わぬ落ち着いた声で、こう漏らした。

「騒がしいと思ったら、こんな所で誰か戦っていたのか。無益に戦うものではない」

*  *  *

二人は手を一時止め、現れた男を注視した。
気の短いラクシャーサが……早く戦いを再開したいと思っているのだろうが……その素性について問いかける。

「何だ、お前は」
「私の名はアルカード。ただの旅の者だ」
「ただの旅人が、コウモリ手下にするモンか?」

素直な疑問をぶつけるジークに、アルカードは隠す気もない、という感じで、滾々と語り出した。

「……私の父は、ドラキュラ伯爵。私の半身にも、吸血鬼の血が流れている。それゆえコウモリを操る力はあるが、そんなことはどうでもいい」
(全然どうでもよくねえ!)

北の海近く、自らの居城に人を招き入れては、生き血を啜るドラキュラ伯爵。
アルカードはその息子であるとのことだが、いきなり襲ってくる様子もなかった。
そういえばさっき「無益に戦うな」とか何とか……およそ、らしくないことを言われた気がする。
疑いの余地はあったが、敵意はないと見て、ジークは構えていた双剣の切っ先を下げた。

「……何だ、その目は」
「ドラキュラの息子っていうぐらいなら、相当強いんだろうな? 俺の『チカラ』を試すいい機会だ」

手を下ろしたジークとは対照的に、パドルを構えて一歩踏み寄ったのは、ラクシャーサだ。
緑の目はぎらぎらと異様なまでに光り、フルフェイスの兜の奥からフーッ、と熱り立つ息遣いが聞こえた。

「力試しなどと、無闇に剣を向けぬ方が良い。争いは何も生まない」
「やかましい! 俺が戦いたいって言ってんだあッ!」

ラクシャーサの肩書は、狂戦士、だ。
どんな敵にも無鉄砲に飛び掛かってゆくし、目の前に強いものがいれば、戦わずにはいられない。
こうなったラクシャーサを止めるのは、至難の業だ。
あぁ、まーた始まった……などと腕を組んで、ジークは小さく息を吐いた。

「……よかろう。降りかかる火の粉は、払わねばなるまい」
「そう来なけりゃァ!! あ、ついでにジークもかかって来ていいぞ」
「俺様は『ついで』かよ! アッタマ来た、今度こそ仕留めてやる!」

傍観を決め込んでいたところに、カチンとくるひと言が刺さり、ジークは下ろしていた腕をまた構えなおす羽目になった。
アルカードの方を見ると、こちらに向けた半開きの目が、冷たく耽美な顔立ちとも相まって「足手まといにはなるな」と言っているように見える。
まったくどいつもこいつも、などと覆面の奥で悪態をついて、ジークは武器をぎりぎり命中させられるところまで、ラクシャーサとの間合いをあけた。

「くっ! 見た目よりも動きが速い……?」
「ハッハァ! やっぱりこの『チカラ』は最強だァッ!」

アルカードもやはり、ラクシャーサの『チカラ』に翻弄されているようだ。
顔はイイのに大したことないでやんの、と軽口を叩き、援護するように武器を投擲するが、やはりそれはあっさりかわされてしまう。
安全の確保された距離に加え、二対一という状況に思考回路もはたらいてきたところで、アルカードが懐からしきりに、何かを取り出し眺めているのが目についた。
真鍮のチェーンがついたそれは、どうやら懐中時計らしく、アルカードはラクシャーサの攻撃の隙を見ては、左手の時計を見下ろす仕草をする。

「おいおい、何呑気に時計見てんだよ。これから誰かと待ち合わせか?」
「魔力を込めているのだ。十分に魔力を溜めることができれば、少しだが時を止められる」
「は?! そんなスゲーことできるのかよ!」

口で驚きながらも、ドラキュラ伯爵の息子なら全然おかしくない、と思う。
しみじみ納得していたその時、ジークの頭に妙案がピンと閃いた。
自分はラクシャーサの不可解な『チカラ』の全貌が見たい。アルカードは時を止められる……成功する保証はないが、やってみる価値はあるだろう。

「……そうだ。アルカードつったな? うまくいくか、わからないけど……俺様に名案がある。試してくれる気はあるか?」
「少しは、この男のことを知っている顔だな。いいだろう」

ジークは手短に、ラクシャーサが『チカラ』を使う時に緑の光が見えること、そしてそれが見えたら時を止めて欲しいと伝えた。
『チカラ』を使うその瞬間、何が起きているのか、見られるかもしれない。
もし駄目でも、時が止まるならラクシャーサを一方的にタコ殴れるし、それでいいことにした。

少しの後、その瞬間はやってきた。
遠目の間合いを詰めようとしたラクシャーサの体から、緑の淡光が湧き立った瞬間、アルカードは懐中時計を高々と掲げた。

「過ぎ去った時間は、二度と戻らない。ならば……時を止める!」

握られた時計がまばゆい閃光を放つと、あれほど明るかった周囲は奇妙なほどに暗くなり、目の前のラクシャーサもなんだか変な色をして、大剣を振り上げたままそこで固まった。
正常な色を保って動けるのは、アルカードとジークの二人だけで……いや、そこにはもうひとつ、動くものがあった。

ラクシャーサの背後、体の長い緑色のいきものが、宙で渦巻きながらこちらを眺めている。
かたちは東の国に住まう、クズリュウやインシェンロンに似ており、体に接さず不思議な力で周囲に纏った、長く大きい金のたてがみが何とも幻想的だ。
ねじれるような体の模様は、緑と白と黒のほとんど三色でできていて、大きな瞳は深いアイスブルー、額にはつるりとした宝玉がついている。
ヘビにも見えるが、申し訳程度の手足があることと、大きさやいでたちから見て、ドラゴンという種族の方が適当だろう。

「な、何だこいつ!? ドラゴン……?」
「これが、あの不可解な速さの原因のようだな。私の止めた時の中で動いているということは、この生き物も時を操れるのだろう」
「よくわかんねーけど……コイツをどうにかしちまえば!」

一気呵成、ジークがそのドラゴンに駆け寄り、真正面から双剣での斬り払いを叩き込む。
続けて、アルカードも飛び掛かり一撃すると、足元に見慣れぬ魔法陣が光り、緑の長い体はそこへ吸い込まれるように消えた。
倒した手ごたえはないが、その場からは逃げた、らしかった。

不意に明るく光が射すと、世界は元の色に戻っていて、ラクシャーサは混乱したように、その場にぼけっと突っ立っている。
隙を見逃すジークではない。咄嗟に双剣をふたつとも投げつけると、今までのように避けられることなく、両方とも肩口に命中した。

「ぐあっ!! な、何だとォ?!」

刺さったジークの剣を驚きながらも抜き捨て、まだあり余る体力でパドルを振り回すが、ジークはそれを目視だけでかわすことができた。
もうあの『チカラ』が見られることはなく、目の前にいるのはいつもの、大振りで隙だらけの狂戦士だった。
全撃かわされたのだとわかり、それまで高揚していたラクシャーサの目つきが、口調が、にわかに変わる。

「な、なぜだ……!? 『チカラ』が出せない……??」
「終わりだ!」
「がはあッ!!」

アルカードに全力での袈裟切りを叩き込まれ、ラクシャーサは草の地面へと崩れ落ちた。

*  *  *

アルカードを見送り、陽だまりで休息していたフルドフォルクが目を覚ますまでの間、ジークは異様な空間にひとり取り残された。
昼下がりの少し落ち着いた空気と、緩やかに落ちてゆく太陽。
泉は水面も静かに、底に落ちていた光がだんだん薄らいで、時折風がその表面をそっと撫でていく。
小鳥の一団が近くの木に鈴生りとなって、陽気に楽しくさえずっている。

そして、その情景をぶち壊すように、広場に大の字で寝ているラクシャーサの姿。
連戦に加えて、アルカードにもらった会心の一撃が効いたらしい。
疲労のせいもあるかもしれないが、自然治癒なのか……などと心の奥底でぼやいていると、ようやく広場にフルドフォルクが戻ってきた。

「あれ? 結局、ラクシャーサが負けたの?」
「ああ。どうも『黒幕』がいたっぽくてさ」

二人で他愛もない話をして、ラクシャーサの目覚めを待つ。
『チカラ』の正体を見た話に始まって、それは次第にただの談笑になり、木の上の小鳥と一緒になって喋くる。
ようやくジークは、見えている長閑な光景にかなった、平和な午後を実感できた。
目の前でいびきをかいている、一人の男を視界に入れなければ、の話だが。

影が長く伸び始めた頃、ようやく倒れていた体が身を起こした。
ジークもフルドフォルクも、心配して歩み寄ったが、ラクシャーサは足を長めて上半身を起こしたっきり、上の空といったように宙を眺めている。
異様な空気に呑まれそうになりながらも、ジークは異空間でみた生き物について、単刀直入に尋ねることにした。

「なーラクシャーサ、お前、体の長い緑のドラゴンに心当たりねーか?」
「何でそれを?!」

ラクシャーサは驚いたようにびくりと身を震わした後、ジークの口から続く言葉がないのを確かめて、語り出した。

「実は少し前、この森の近くで、閉じかけた魔法陣にしっぽだけ引っかかってたドラゴンを見かけて……召喚されてから戻る時に引っかけて、そのままだったんだろうなァ。じたばたしてたから、パドルで魔法陣無理やりこじ開けて、還してやった」

何やってんだお前、と水を差したくなったが、どこか気の抜けたような口ぶりに、そのまま話を続けさせてやることにする。

「それから時々、そのドラゴンが目の前に出てくるようになって……ドラゴンが見えた時は決まって、一瞬世界が止まって見えた。戦いの時にはよく見えてたし、俺はその間に、背後に回ったりしていた」
「つまり、お前の言ってた『チカラ』って、そのことだったのか?」
「そうだ」

ようやくジークの中で、すべての糸が繋がった。
ラクシャーサはあのドラゴンに貸しを作り、その見返りとして不思議な『チカラ』を得ていたのだ。
それも、その『チカラ』は時を止める能力。
そんなことができたら、どんなに隙の大きい攻撃にもリスクがつきまとわなくなるし、どんなに鈍足でも攻撃をかわせて当たり前だ。

「そのドラゴンの、恩返し、というところかな?」

三人の中で恐らくもっとも聡明な、フルドフォルクの言葉選びは適切だ。
恩返し、なのだろう。助けてくれたラクシャーサの『チカラ』になっていたのであるから。
ただしそれも今や過去のことで、自分が撃退してしまった以上、もうあれは戻ってこないんだろうな、とジークはぼんやり考える。
もっとも、自分が仮に撃退しなかったとしても、一生ラクシャーサにつきまとうようなものじゃなさそうだ、とも。

「はー……お前、そういう所はイイヤツだよな」
「それは褒めてるのか?」
「まぁ、たぶん」

言葉が途切れた瞬間、ラクシャーサの周囲をどんよりした空気が取り巻いた。
うなだれる顔と震える肩に、次の言動が容易に予測でき、ジークもフルドフォルクも、慌てて言葉を付け加え始める。

「ま、ま、いいじゃねーか。何かに頼らなくても、もっと強くなれるって」
「そうだよ。他に、力をつける方法はいくらでも――」

なだめる言葉もむなしく、肩の震えが頂点に達するや、ラクシャーサは天を仰いで叫んだ。

「おおおおおッ!! 畜生! 畜生!!」

木の枝に連なっていた小鳥が、大の男の遠吠えに驚き一斉に飛び立つ。
続けてガスッと地面を殴る振動、バタバタと暴れる音、おんおんとオオカミのようにむせび泣く声。
一番欲しかったものを得たはずが、あっけなく消えてしまったわけだから、気持ちはわからないでもない。
ただ、そのわめき方があまりにもガキくさくて、ジークは呆れたように声をあげた。

「あーもう、お前ほんっっと変わってねえな! 今夜はメシおごってやるから、機嫌直せ、な?」
「ううっ……なるべく、特厚のレア肉が食える店がいい」
「さりげなくリクエストしてんじゃねーよ」

うつむく兜の後ろ頭をどつきながら、夕焼けの赤色を照り返し始めた泉に、くるりと背を向ける。
再びフルドフォルクに先導され、歩き出そうとすると後ろから「待ってくれぇ」と情けない声が聞こえて、覆面の奥で笑いを堪える。

踏み入った木々の合間を、まだ肌寒い初夏の夕風が吹き抜けていった。

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