月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】葡萄 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんばんは、今日もアーカイブです。
…じゃなかった、九曜です。

今日が祭日の月曜だということをすっかり忘れておりまして、気づいたらもうこんな時間ですが、アーカイブがあと20本はあるので事なきを得ています。
とはいえ、いい加減何か新しいものをお披露目しないと、せっかくブログを作ったのに勿体ないので、来週こそは何かやりたいと思います。
連休中に月風魔伝の魔物の考察するんだ…(フラグ)

さて、今日のお話『葡萄』は、龍巫師ライシーヤの話です。
覇星神としてイベントでも討伐されたライシーヤでしたが、今回のお話では、その覇星神から運よくもとに戻ることができて、里に返されたという流れで書いています。
なんとなーく平和なものが好きなので、そういう作品か、大団円でまとまる作品が多いです。
良かったら見てやってくださいませ。

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お急ぎのコメントはWeb拍手の方が早く届くかもしれません。


その晩見た夢は、稲光鳴る中を冷たい雨に打たれ、ただずるずると力なく歩む夢だった。

白い閃光が地表を真白く、一瞬だけ染め、光と影をそこに鋭く焼き付ける。
倒れている何某かのいのちは、寿命ではない何かによって葬られたものであろう。
見覚えのある浅葱色の髪も、抜け落ちた若竹色の羽も、地を這うように千切れた注連縄も、自分にとっては大事なものだったはず、なのに。
何故だかそれらが、遠い世界の見知らぬものに見えて、恐れおののきながら歩みを早めた。

次第に、バシャバシャという裸足で水を蹴る音も、雨に濡れたローブがズルズル引きずられる音も薄れ、雨の冷たさもなくなり、体が浮きあがるような心地がした。
それを不思議に思う暇もないまま、すぐ後ろに響く轟音と、強い閃光。
一瞬だけ映された自身の影のかたちは、化け物のようにおぞましい多数の腕を広げて、今にも自分を食らわんと――

驚いて目を覚ませば、見慣れた部屋の天井が遠くにあり、熱気も湿度も持たない朝の空気に安堵する。
窓から差し込む白い光は、鮮烈な夢のそれと違い、やさしく温かだった。

額の汗をぬぐい取り、もはや私は逃げられないのだ、と思う。
星のいのちを削る竜として覚醒した後、幸運なことに元の姿へ戻ることはできたが、いつまたあの邪悪な自分が目覚めるかと思うと、生きていてはいけない気さえした。
郷長という身分から解放され、庵で隠棲するようになっても、この不安とは死ぬまで戦い続けなければならないだろう。
竜人という種族が長命であることが、今はただただ、憎らしい。

花に囲まれて眠る夢のように、月の下で星を数える夢のように、幸福だけを見て生きられたらどんなに幸せだったろうか。
いくら願っても、己の真実はどこまでもどす黒く、哀しみ苦しみをあらぬ形で曝け出したものに過ぎない。
それを認めることも、乗り越えることもできないまま、無為に日々を過ごすやるせなさに、思わず拳を固める。

「……」

声にしたはずの名前が、その場に響かない。
こんな時、あの男なら何と言うのだろうと、名を呼んだはずであるのに。

今は実りの豊かな時期、きっとこの庵に来る暇もなく、ひっきりなしに手伝いに呼ばれていることだろう。
郷長の身分を失った自分の代わりに、手となり足となり、この地を支えなければならない一人なのであるから。
竜人の子の面倒はたくさん見てきたが、その男は特に朝の寝坊がひどくて、朋友に首根を掴んで引きずられてきた寝ぼけ眼も、昨日のことのように覚えている。
まだ背丈も小さかった頃には、手を引かれてあちこち連れてゆかれたこともあった。
懐かしい。その懐かしさだけで、心が満ち足れば良いものを。

「ライシーヤ、もう起きてるか?」

届いた声に、自身の時が一瞬止まった。
思いが不思議と誰かを引き寄せる、とはよく言うが……振り向けば、そこにはよく見知った顔があった。
浅い緑の髪、突起のある竜人特有の尖り耳、竜の力が宿る額の珠飾り。
歯をニッと剥いて笑った、まるで子供のような表情に、先までの毒気もすっかり抜けてしまった。

「今年はブドウが豊作で、いくつかライシーヤに持ってきたんだ」

男……迅竜剣士リントは、左手のカゴに溢れんばかりの葡萄を乗せて、それをこちらに示すようにゆらゆらと揺らして見せた。

「昨日来ようと思ってたんだけど、収穫とかで遅くなったから、今朝ならいいかと思って。ライシーヤも、食べるだろ?」

答える代わりに小さく頷いても、リントはそれを見逃していないというように、近くの台へ盛り合わせのカゴを置いて、椅子に腰かけた。
ようよう寝床から這い出て、自分も対面の椅子に座る。
身に着けなくなってから久しいが、装具もない素面で誰かの前に出るのは、まだ何となく気恥ずかしい。
子供だった頃からの馴染んだ顔であることが、救いだ。

鮮やかな紫のひと粒を房からもぎ取り、リントはこちらへ差し出す。
まるで磨いた宝石のような、艶のある球体は、朝の光をまるく表面へ閉じ込めている。
私はそれを潰さぬように、人差し指と親指だけで受け取り、口元へ運ぶ。
前歯を立てるや、ぷち、と表皮の弾ける音がした。
染み出す果汁をこぼさぬように吸いながら、鼠でも齧る程度の小さなひと口を、噛み締める。

「……甘い」
「だろ! 今年のブドウ、去年よりもずーっと甘いって、みんな言ってるんだ」

私の言葉に同意しながら、リントもひと粒をひょいと口に放り込み、もごもごと咀嚼する。
種だけを左の手のひらに吐き出して、右手でまたひと粒、もうひと粒。
まだ粒の半分も食べておらず、ようやく見つかった種を爪先でほじくり出している私に、リントははっとして言葉を続けた。

「あっ。オレばっかり食べてたんじゃ、ライシーヤの分がなくなっちまうな。ごめんよ」
「気にしなくて良い。私はそれほど、多くは要らない」

私の言葉を額面通り受け取ったのか、リントはもう一度歯を見せ、目を細めて笑った。
ありがとう、と歯切れの良い言葉が耳に届いたのと、リントが待ちきれずにもうひと粒を房からもいだのはほとんど同時だ。
遠慮を知らないのは、紛れもなくこの男の長所だ、と思う。
それが生み出す穏やかな時間、あたたかな空気は、まるで丁寧に紡がれた毛織物のように、まだ生温さの残る心をふんわりと包み込んでくれる。

冬の枯れ木さながらとなったひと房の葡萄に、寂しさではなく微笑ましさをおぼえて、私はふっと静かに息をついた。

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