月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】晩餐 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。

先々週ぐらいにお話してました「ジークと零の二人旅編」ですが、ほかのオレカ小話も織り交ぜつつ、今週から不定期にアーカイブしていきたいと思います。
この話、実は肝心な箇所を書き終えてないという体たらくなので、更新している間に書きあげるのが目標だったりします…。
パラレル的なお話も含めて20本以上あるのと、一記事にまとまらない物量の話もあるので、出してる間に書き終える…といいな…書き終えたい…。

今日のお話は『晩餐』。
重装騎士クラン視点のお悩み相談がメインですが、さらっと「二人旅編」への導入になっているので、時系列としては最初の話になります。




「騎士団でもない俺様に奢ってくれるなんて、ずいぶん気前のいい話じゃんか?」
「うん、ちょっとね」

騎士団じゃないからキミを呼んだんだ、とは言いづらくて、言葉を濁す。
木張りでぬくもりのある店内は、テーブルの中央にあるキャンドルグラスと、頭上の灯火のせいでようやく明るい。
天井の隅や足元などは闇に溶け込んでいるが、そのほどよい暗さが逆に落ち着く。

「クランお前、なかなかいい趣味してんな~。この店は初めて来たぜ」

暗がりでもはっきりと白い、覆面の奥から紡がれる言葉は、飄々として歯切れが良い。まるでからりと乾いた晴天のようだ。
全身を白い布と灰色のチェーン・メイルで包んだ身なり、男として最低限の筋肉しかついていないような、細身の腕や腰回り。
ず太い重鎧を装備した自分と違って、目の前にいる男……風のジークは、どこまでも軽やかに見えた。

いつもなら、騎士団の意向で表通りの明るい店ばかり利用しているから、この店に入るのは久しぶりだろうか。
個人経営で、バーじみた雰囲気ながら実は食事処で、店長は顔馴染みだ。
頼んだサラダがまだ運ばれてこないので、すぐ本題には入らず、ジークの話も聞くことにする。

「でももっとこう、女のコとしっぽり、って時に来たい店かな」
「はは。それもいいかもね」

ジークの軽口を流しながら、本当に相談するべきか、少し迷いはじめた。
このジークは、ちょっと前から騎士団の演練場に出入りしているけど、騎士団の一員じゃない。
塀を超えたり抜け穴を潜ったり、とにかくどこからか入り込んで来ては、休憩中に騎士団のみんなに声を掛けて、べらべらと色々喋っていく。
世間話、噂、武勇伝……覆面に隠れて見えないジークの口からは、いろんな話題が流暢に飛び出す。
そうかと思えば、次の演練が始まる頃にはもう、その場からいなくなっている。

騎士団の中ではちょっとした有名人だし、僕も含めて知らない人間はいないだろう。
僕が重戦士から重装騎士になった頃、ジークも何かあったらしく、背丈が伸びていたのは驚いたものだった。
その時に「俺様からのご祝儀」と、騎士団全員に100Gを大盤振る舞いしていったのも、謎めきすぎていてよく覚えている。
とにかく変わり者で、何にもとらわれない、自由な男だった。
だからこそ、今ここに呼び出したんだ、と思い直す。

*  *  *

前菜のサラダが、銀のお盆に乗って運ばれてきた。
可愛いウェイトレスのお姉さんに、ジークが口説き文句を投げかけたものの、彼女は慣れたようにあしらって、店の奥へと去ってしまった。
ああいう素っ気ないのも悪くない……なんて、負け惜しみを吐くマイペースぶりに、苦笑する。

「ねえ、ジーク。僕、最近ちょっと変なんだ」
「変? そうか? お前ほどマトモな奴ってなかなか見ないけど」

サラダとスモークチキンの盛り合わせをつつきながら、僕はようやく話を切り出すことができた。
言葉選びに迷ったけど、なるべく刺激の少ない、当たり障りのなさそうなものにしておく。
ジークは返事をしながら、盛り合わせからチキンばかり掘り返しては、ひょいひょいと口に放り込んでいた。
いつもの覆面を下ろしたジークを見るのは、久しぶりで、なんだか新鮮だ。
僕は葉っぱを多めにとって、テーブルに備えてある特製ドレッシングをかけてから、口の中に押し込んだ。
それを噛んで呑み込んで、すぐさま次の言葉を吐き出す。

「違うんだ」

キャンドルの炎の揺らぎから視線を外して、ジークをちらりと見ると、驚いたようにまばたくのが見えた。
僕はその先を言うのに、一杯の水を挟まなければならなかった。
震える指でコップを掴んで、ひと息に飲み干して――普段、これほど喉は乾かないはずなのに――ようやく潤った喉から、声を絞りだした。

「僕、騎士団に居ても、ダメなんじゃないかなあ、って。守るしか能がないから。どんなに頑張っても、前線で敵を倒してるみんなには、かなわないと思うんだ。はは」

自分の言葉が、自分の心を鋭く傷つけるような心地がした。
口に出してしまうと、余計惨めに思えてきて――僕は背中を丸めながらも、声だけは精一杯明るく、おどけてみせるふりをした。

「それで時々、騎士団をやめたくなるんだ……変でしょ?」

そこまで喋ったところで、アツアツのグラタンが二人前運ばれてきて、会話はいっとき止まった。
木のスプーンで、グラタンのチーズの焦げを掬いもせず、ちびちびとつつく。
無力感がうなだれた背中に張り付いて、口から細くため息が漏れる。

そんな折、グラタンをひと口頬張ったジークの肩が跳ね、目が白黒した。
冷ましもしないで、相当熱かったらしい。大袈裟な動きで慌てて水を飲み干すのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
思えばジークは、その場の雰囲気を真剣になりすぎないよう「壊す」ことが多かった。
きっと、僕の話の重さに耐えかねたんだろう、と思う。

ジークは通りかかった店員を呼びとめて、追加の水と、何やら飲み物をオーダーしていた。
水の方はすぐに持って来てくれたので、空になったこちらのコップも満たしてもらう。
ようやくちゃんと食べる気にもなれて、僕はグラタンの端をちょっとだけ掬い上げた。
スプーンの上のグラタンに息を吹きかけて冷ますと、一口というには少ないそれを、ゆったりと噛みしめる。

「そんなに嫌なら、騎士団やめたらいいんじゃねえの? クランのやりたいようにすりゃいいだろ」

二杯目の水を飲んで、ようやく口周りがおさまったジークから、こんな言葉が掛けられた。

「やりたいように……?」
「そ。バルトみたいに隊長だから~とか、アーサーみたいに家ぐるみで国に尽くして~っていうのもねーんだし、やめちまえば?」

口元に覆いのないジークの声は、普段よりよく通り、それでいてさっぱりしている。
そこに何の思惑もないだろうし、包み隠してもいない本心だろうと思う。

「でも、そんな簡単に、やめられないよ」
「何でだよ?」

僕の反論にも、ジークは素直に疑問をぶつけてきた。
自分の顔は見えないけど、腑に落ちない表情でもしてたらしくて、ジークからはこんな言葉を付け加えられた。

「何で、やめられねーんだ? 騎士団に居てもダメで、頑張っても無理で、やめたい。ここまで揃ったら、やめられるんじゃねえの?」

ジークの指摘は真っ当なもので、それでもしがみついている自分に、自問する。
駄目……じゃないかもしれない。無理……だと思っているだけ。やめたい……なんて、きっとほんとは思っていない。
でも、そう思い直した答えは、どれも可能性に過ぎない。
「芽が出なかった」時の絶望感を思うと、塞ぎ込んでしまいたくなる。

追加でオーダーされたらしき飲み物が、テーブルに運ばれてきた。
ジークがこっちだと主張して、その手元に収まる。
六角柱の形をした透明なグラスに、透き通った褐色の液体。大ぶりの氷は麦茶にしては洒落すぎてるから、アルコールのたぐいかもしれない。
ジークはそれを一口含んで、さらに言葉を重ねた。

「ま、俺はクランがダメとも思ってねーし、前線で敵倒してるのばっかりが騎士だとも思わねーけどな。適材適所、色んな奴が色んなことするから、国だって成り立ってんじゃねーか?」

ようやく僕は、ジークを呼んでよかった、と思えた。
素直に弱音を吐いても、相手が騎士団の人間なら、「騎士として」が枕詞になるのは目に見えている。
騎士ではない立場の者だからこそ、分かることもあると、実感させられた。

「ありがとう」

正直な話、ジークにはひどくダメ出しされるだろうと思って、そのまま騎士団を抜けることさえ考えていた。
ただ、そんな考えは早合点だったと気づいて――僕は思わず、ジークに礼を述べていた。

「え? な、何だよ急に……照れるじゃんか」
「僕、やっぱり、騎士団にいることにするよ。タンタが戻ってくるまで、王国を守るんだ」

やっと、胸のつかえがとれた。
そんな気分になると、不思議とおなかがすくもので、ガラスの器に残っていたサラダを寄せ集めて、綺麗に食べてしまう。
冷たくならないうちに、残りのグラタンを各々平らげていると、締めくくりのデザートが出てくる頃合いになっていた。
小ぶりの陶器に盛られた豆乳プリンに、新しくついてきた銀のスプーンを挿し入れる。

「タンタか……アイツどうしてるかなぁ。ま、道中会えたら、クランにも手紙出すよ」
「道中って?」

ジークはプリンをものの数口で食べつくしてしまうと、残りのお酒をちびちびやりながら、そんなことを言った。
普段は見えない口元が、せわしく流暢に動いているのを見るのは、やっぱり新鮮で面白くもある。

「俺さ、今夜にもここを出て、西の大陸に帰ろうと思ってるんだ。だから、タンタ見つけたら、声かけてやるよ。王国でクランが心配して――」
「ま、待ってよ。それはちょっと、恥ずかしいよ」
「冗談だって。王国のみんなは元気にしてるって、伝えるぐらいにしとくからさ」

同じ騎士団にいた、親友のタンタは、今は諸国をめぐる修行の旅に出ている。
立派な勇者になって、きっと国に戻ってくるから、僕にはそれまで国を守ってほしい……という言葉を残して、旅立った。
もちろん、心配なことには変わりないのだけれども、そのことで逆に、タンタを不安にさせるのもよくないと思う。
慌てて言葉を被せると、ジークはからからと笑いながら、冗談だと付け加えた。

「そ、それならいいけど。でも、ずいぶん急だね?」
「まーな? ちょっとワケありでな……」

今日の夜に食事の約束をして、そのまま旅立つというのはなかなか、予定を詰め込んだものだと思う。
身軽なジークだからできるのだろうが、これを明日と言っていたら、語らえなかった可能性すらあったわけだ。
小さな幸運に感謝していると、ジークの背後にすっと人影が立った。

青い装束に、口元を隠す赤い覆面と、同色のマフラー。腕組みをし、背負った剣の柄が右肩の上に突き出て見えた。
顔の左半分を覆う黒い前髪の間から、鋭い右目だけがこちらを……いや、視線が落ちているから、おそらくジークの背中を睨んでいる。
絶対に、店員ではないだろう。ぎょっとしてそちらを見ていると、ようやくジークも気づいたように振り向く。
一瞬びくりと肩が跳ね、ジークの口からげっ、という声が漏れたところで、立っている人物が声を発した。

「支度はできたのか?」

*  *  *

「よくここが分かったな……そんな急かすんじゃねえよ」
「今宵出立、と喋った筈だ。しかも約束の刻限を過ぎている」
「過ぎてるって……あ、ホントだ……わりぃ」

ジークの座る位置からは柱時計が見えるらしく、こちらの肩越しに遠くの方を見やって、バツの悪そうな声を漏らす。
どうもジークの言っていた『ワケあり』というのは、この事だったらしい。

「あ、あの……どちらさま……?」
「……」

僕の声が小さかったのか、尋ねてみても返事がない。
かといって、聞こえなかったのか、と確認するのも、何だか怖い。先のやりとりで、ジークの態度にやや怒っている風に見えたから、なおさらだ。
デザートを食べ進めるのも忘れて、睨み合って沈黙していると、ジークが横から口を挟んだ。

「コイツは零。道中一緒に行くことにしたんだ」
「人の名を軽々しく、告げ口しないでくれるか」
「あのなぁ。告げ口って言い方ねーだろ? 話が進まねえよ」
「……」

目の前の会話に置いてかれるのは、今に始まったことではないけれど。
出来事を処理しきれずに、混乱し始めた自分の頭の悪さが情けない。
状況を軽く整理すると、この零という男とジークは、今晩ここを出て二人で西の大陸に向かう、ということになる。
その西の大陸までは、航路も挟むぐらいの、長旅になるというのも想像はつく。

「……酒なぞ煽って、何のつもりだ」
「何のって、景気づけに」
「……」
「何だよ、その目。いいじゃんこの程度、そんな酔ってねーってば。零もどう?」
「断る」

しかし、ジークと零の会話を聞くに、仲が良いとは到底思えない。
それどころか、まるでお互いのことをまったく知らないような……初対面である感じすらする。
連れだって旅をするとなれば、普通はある程度相手を見知って、信頼していたりするものだけど。
ただ、ジークは変わり者の見本みたいなものだから、そんな「普通」なんて持たないのかもしれない。

「じゃ、じゃあねジーク……気を付けてね」
「おう! また王国に来た時には、ここに食いに来ようぜ! 次は俺様の奢りでな!」
「馬鹿でかい声を出すな」
「いちいちうるせえなもー、友との別れぐらい自由にさせろよ」

不満たらたらのジークと、眉ひとつ動かさない零を見送って、僕はひとりテーブルに残された。
こちらの奢りという約束だったから、途中抜けされるのは構わない。
それよりも、あの二人の先行きがなんだか、心配になってきた。

(……酷く噛み合ってないような気がしたけど……大丈夫かな)

そこまで考えて、誰かを思う余裕ができたことに気づく。
さっきまで、自分の悩みを聞いてもらっていたのに……それごとすべて、あの白い衣が持ち去ったような心地で、僕は残りのプリンを口に放り込んだ。

(ま、いっか)

対面の席に残された、少量のお酒が残ったグラスの中で、融けた氷がからり、と涼やかな音を立てた。

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