月風魔伝その他、考察などの備忘録。
やあ (´・ω・`)
ようこそ、「月ノ下、風ノ調」へ。
この霊薬はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、このアーカイブ記事を載せたんだ。
じゃあ、注文を聞こうか。
…ということで、本日のアーカイブはオレカバトルより、ジークとユライが財宝探して珍道中する話です。
「二人旅編」とは特に関連のない、独立した話ですので、そのままお楽しみいただけます。
ようこそ、「月ノ下、風ノ調」へ。
この霊薬はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、このアーカイブ記事を載せたんだ。
じゃあ、注文を聞こうか。
…ということで、本日のアーカイブはオレカバトルより、ジークとユライが財宝探して珍道中する話です。
「二人旅編」とは特に関連のない、独立した話ですので、そのままお楽しみいただけます。
「おいっジーク! ちゃんとさばけよ!」
「こっちだって手一杯だっつーの!」
寄ってくるコウモリたちを武器で追い払いながら、反撃の隙をうかがう。
そこへ突進してきた別のコウモリに、飛んできたナイフが間一髪で刺さる。
ジークは冷や汗をかきながらも、礼を言う代わりに片手をひょいと挙げ、すぐさま大群の方へ向き直った。
改まった礼を言うのは、まずこの場を静めてからだ。
「サウザンド・イリュージョンっ!!」
ようやく機は訪れ、無数のショート・ソードの幻影がその場に乱れ飛ぶ。
コウモリの群れはクモの子でも散らすように、建物の奥深くへ逃げ帰っていった。
「そろそろ『お宝の間』も見つかりそうだな」
アシリア大陸の中央部、神殿と思しき遺跡の、地下へ二階層ほど潜ったあたり。
目についたからというきわめて単純な理由で、遺跡を探索していたジークは、その途中で魔物相手に苦戦している、一人の男と出会った。
紫の服に揃いの色のバンダナを巻き、腰に大小の革袋を提げた金髪の男は、大泥棒ユライと名乗った。
何でもこの遺跡には、かつて王族が住んでおり、かれらの財宝の眠る部屋があると聞いてやってきたらしい。
ジークはそれを生業としないが、日銭で暮らす身にとって、高値で売れる金品というのは魅力的だった。
半ば強引にユライを言いくるめて、なんとか同行にはこぎつけたものの、古びた遺跡には魔物があちこち巣食っている。
出会ったばかりの二人は、双方の思惑などそっちのけで、息の合った共闘を要求されていた。
「俺様の手柄もあるし、見つけたら半分ずつってことで……」
「え、オイラが七でジークが三って言わなかった?」
「言ってねーし!」
一人であれば、見つけた財宝はすべてが自分のものだが、二人となるとそうもいかない。
その分け前については、情報提供したユライも、共闘で探索に貢献しているジークも……お互い思い思いに主張するばかりで、結局ここまで折り合いがつかないままだ。
ひとつでも多く財宝を持ち帰りたい二人は、道中ずっと舌戦を繰り広げていた。
カツカツと石床を叩く、気持ち早めの靴音が響く。
灯り代わりのカンテラを左手に持ち、通路の先を「偵察」に行ったジークは、ほどなく身を翻して駆け戻ってきた。
「この先、瓦礫で埋まってら。さっきのコウモリが天井にビッシリぶら下がってるし、行かねー方がいい」
お手上げといったように肩をすくめ、ジークは目を細めた。
ユライは腕組みしてしばらく靴を鳴らしていたが、じゃ、やめるか、とだけ呟いて踵を返した。
お目当ての『お宝の間』をまだ見つけてもいないが、ここで安く死ぬぐらいなら、もっと要領よく稼ぎのできる場所はあるだろう。
背を向けた紫のマントに、えー、と不満をごねたのはジークだ。元々お宝は「ほんのおまけ」のつもりでここへ来たが、手ぶらで帰るどころか、これではコウモリに群がられただけだ。
せめて宝石、金属のカケラひとつでも、と目を皿のようにして、暗い通路を見やる。
先行くユライが振り返ると、ジークは諦め悪く壁際をカンテラで照らしており、声も届くかわからない距離になりつつあった。
置いてっちまうぞ、と声を出そうとした時だ。
「おいユライ、待った! ここ、奥に部屋があるぜ!」
その声にユライは慌てて反転し、駆け戻った。
ジークの嗅覚が自分以上なのか、それとも先の諦め悪さゆえか、強運か……何の因果かわからないが、見つけた以上放っておく理由もない。
カンテラの光で、石扉に彫り付けられた紋様が浮かび上がる。
長い年月を経たせいか、どうも片方の扉が傾き崩れているようで、間に掌を広げた幅ほどの大きな隙間ができている。
その奥に、元は赤かったであろう絨毯が敷かれっぱなしになっている床、崩れた柱や王座のようなものが見えるから、ここがくだんの部屋だろうと直感する。
石扉は、かつての開閉をどうしていたのか謎なほど大きく、ジークとユライの二人だけでは、押したところでビクともしそうにない。
ジークがその対処を考えあぐねていると、ユライが扉の隙間に、するりと体を滑り込ませた。
「お先っ!」
「あっ、ずりーぞ! 待っ……ぐ、ぐぎぎ……!」
ユライに何とか続こうとするが、悲しいかな、ジークの体はつかえてしまう。
チェーンメイルの上に着込んだ胸当ての厚みやマントの布、巻いたターバンの留め金や腰に提げた双剣……なべてその原因となっているらしく、何度挑戦しても隙間を通ることができない。
「アンタさぁ、もっと痩せた方がいいんでないの?」
「てめえ!! 見てろよ、こんな隙間のひとつやふたつ……」
カチンときたジークの、次の一手にユライは目を丸くした。
ターバン、マント、胸当てと双剣。戦うための装備をまるごとその場に脱ぎ捨て、チェーンメイルとズボンだけの姿で、隙間に体をねじ込み、無理やり此方へやってきたのだから。
「そ、そこまでするか……?」
「うるせーよ! ほら、痩せる必要なんかねえだろっ」
チェーンメイル一枚で、狭い場所を無理に通り抜けたせいで、擦った肌がヒリヒリ痛む。
それでもジークは強がって、手をヒラヒラさせながら、余裕といった顔をするしかなかった。
とにかく、目的の場所には到達できたので、さっそく探索にかかる。
満面の笑みで物色するユライと、先の件でまだ唇を尖らせたままのジークにははじめ温度差もあったが、多数の財宝を前にするや、二人は「よくやった」という代わりに手を高く打ちあわせた。
箱におさめられた宝飾品、落ちていた杖や装飾のついたナイフ、玉座にかけられていたマント……めぼしいものをあらかた回収し、隙間からどんどん外に放り出してやる。
この際、宝珠のあしらわれた玉座ごと持っていきたかったが、人が無理に通るような隙間しかないのでは、運び出せるわけもないので諦めた。
ジークが棚の上の宝石箱を回収していると、ユライが部屋の隅にたまった瓦礫の下から、奇妙な箱を掘り返しているのが見えた。
それは靴墨を塗ったように真っ黒で、細長く、何より大人一人が入れそうなほど大きい。
「何だよ、それ?」
「棺桶だろうな。ミイラでも入ってたら、切り取って持ってくか」
「うげっ……ミイラって、言っちまえば死体だろ? そんなモン、どうすんだよ?」
「知らねーのか? ミイラって薬として、高く売れるんだぜ……」
陽気な声で蓋を開けた、ユライの手が固まった。
ただの干からびた遺体であれば、どんなによかったことだろう。
それは銀の髪と髭をたくわえ、青白く端正な顔立ちをしており、ゆっくりと開いた目は血のように赤い。
「我が眠りを妨げる者は誰だ?」
ユライは飛ぶようにその場を離れ、ジークの近くまで戻ってくる。
異常に気付いたジークも、背を向けないようじりじりと後ずさる。
「ひ、ひっ……! アンタは……」
「我が名はドラキュラ……百年ぶりのこの世界、楽しませてもらおう」
ドラキュラ伯爵。名前ぐらいはジークもユライも、聞いたことがあった。
手下に数多くの怪物を抱えた魔族で、人の生き血を啜る吸血鬼だ。
見た目こそ初老の男に見えるが、吸血鬼はとても力が強く、細腕で人の首をねじり切るほどだという。
二人は恐怖に縮みあがる暇もなく、目の前の脅威からどう逃げ去るか、思案しなければならなかった。
「ユライ! 時間稼いどけ!」
「え!? な、なんでオイラが……!」
「こっちは丸腰なんだよ! いいから行けっ!」
ユライをドラキュラの前へ無慈悲に突き飛ばし、ジークは扉の隙間に体をねじ込んだ。
ドラキュラは靴音を鳴らしてゆっくり、確実にこちらへ近づいてくる。
押されて転んだユライが慌てて立ち上がり、腰のナイフを投げる。ドラキュラの左の肩に当たり、グッといううめき声が漏れる。
よし、まずは先手必勝――そう考えかけたユライの前で、ドラキュラは右手に大きな魔力球を作った。
「恐怖せよ! これが私の力だ!」
「ウソだろ!! 効いてねえのかよ!?」
飛んでくるそれをギリギリかすめる位置でかわすと、放たれた魔力球は後ろの壁に当たり、まるで鉄球でも打ち付けたかのようなへこみを残した。
その場にへたりそうな足をなんとか制し、距離を取ろうとするが、跳躍できず後ずさりになる。迂闊に跳んだところを狙われたら、怪我だけで済みそうにない。
ドラキュラは左肩のナイフを引き抜いてからりと投げ捨て、もう一度あの魔力球を右掌に作り始めた。
「こ、こんなの当たったら死んじまう……ジーク! まだか!」
「よし、もーいいぞ! 早く逃げて来いッ!」
「は、早く、たって……」
再びこちらへ放たれた魔力球に、ユライは身を屈めてなんとかそれをやり過ごす。
魔力球はやはり背後の壁にぶつかり、そこに激しい傷痕をつけた。
「これ避けながら出るとか無理だろーッ!」
逃げ回りながら、何とか隙間を通り抜ける時間を稼ごうとする。
入る時は数秒と思ったが、敵に狙いをつけられていては、その数秒すら命取りとなる。
攻撃を掻い潜り、扉の間に滑り込もうとしたユライの、頭のすぐ横に魔力球がめり込んだ。
ユライは慌てて飛びのいたが、振り返るとドラキュラはすぐ目前まで迫っていた。
「覚悟はよいか?」
その声に乗せ、絶望の二文字が眼前に叩き付けられる。
「あ……うあ……」
ユライは壁の隙間にようやく背をつけながらも、ずるずるとその場にへたり込んでしまった。
圧倒的な力を持つ悪魔に、騎士でも勇者でもない自分が勝てるわけがない。
このまま魔力球でなぶり殺されるのか、あるいは血でも吸われるのか――いずれにせよ、そこに助かるための光明は見えず、恐怖に顔が凍り付く。
「これでも喰らいやがれっ!」
ジークの声とともに、ユライの頭上を何かが飛ぶ、風切音が響いた。
それは真正面に立つドラキュラの胸元を正確に刺し貫いて、途端かれはその場へうずくまり、苦しみはじめた。
「があっ!? 銀のナイフだと!!?」
「ユライ! 早く!!」
ようやく目の前の状況を理解し、ユライはあわてて、扉の隙間に身を押し込んだ。
何とか通り抜けることができ、元のように着衣を直したジークに連れられ、その場を後にする。
魔力球での追撃はない。さしものドラキュラも、あの細い隙間を通ってまで、しぶとく追ってくる気はないようだった。
「はぁ、はぁっ……し、死ぬかと思った……」
「ふーッ……お宝の中に、使えそうなモンがあって助かったぜ」
瓦礫だらけの廊下をこけつまろびつ走り、上へのぼる階段までたどり着くと、二人はやっと落ち着いて息を整えることができた。
何度か振り返ったが、ドラキュラの姿はなく、コウモリがつついてくることもなかった。
「それはそうと、ほらよ、分け前」
ジークから渡された袋の中身を見て、ユライは目をしばたいた。
あの時廊下に放り出した、金品の大半が入っている量に見えたからだ。
「え。オイラがこんなもらっても……?」
「言ってたじゃん、ユライが七で俺様が三って。それに、ヒデー目に遭わせちまったしな」
ユライが七でジークが三。
ほんの冗談だったその言葉を、罪滅ぼし代わりにもう一度なぞられて、ユライの心に損得勘定以外の「何か」がふつふつと湧いた。
死にそうな目に遭ったのは確かだが、それを理由にこちらから分け前を要求した覚えはない。
なれなれしくて緊張感がなくて、自分勝手のいい加減な男だと思っていたのに……ユライは口の端をあげると、もらった「分け前」から小ぶりの宝石箱をひとつ、ジークに投げ返した。
「それはジークにやるよ。オイラを助けるのに、ナイフ一本投げちまったろ。その分」
宝石箱を受け取ったジークは、唯一見えてる右目を丸くして驚いていたが、やがて緑の瞳をにまっと細めた。
「じゃ、もらっとくか。ありがとよ」
階段の先へ向き直りざま、機嫌よさそうなジークの声が、ユライの耳に届いた。
「こっちだって手一杯だっつーの!」
寄ってくるコウモリたちを武器で追い払いながら、反撃の隙をうかがう。
そこへ突進してきた別のコウモリに、飛んできたナイフが間一髪で刺さる。
ジークは冷や汗をかきながらも、礼を言う代わりに片手をひょいと挙げ、すぐさま大群の方へ向き直った。
改まった礼を言うのは、まずこの場を静めてからだ。
「サウザンド・イリュージョンっ!!」
ようやく機は訪れ、無数のショート・ソードの幻影がその場に乱れ飛ぶ。
コウモリの群れはクモの子でも散らすように、建物の奥深くへ逃げ帰っていった。
「そろそろ『お宝の間』も見つかりそうだな」
アシリア大陸の中央部、神殿と思しき遺跡の、地下へ二階層ほど潜ったあたり。
目についたからというきわめて単純な理由で、遺跡を探索していたジークは、その途中で魔物相手に苦戦している、一人の男と出会った。
紫の服に揃いの色のバンダナを巻き、腰に大小の革袋を提げた金髪の男は、大泥棒ユライと名乗った。
何でもこの遺跡には、かつて王族が住んでおり、かれらの財宝の眠る部屋があると聞いてやってきたらしい。
ジークはそれを生業としないが、日銭で暮らす身にとって、高値で売れる金品というのは魅力的だった。
半ば強引にユライを言いくるめて、なんとか同行にはこぎつけたものの、古びた遺跡には魔物があちこち巣食っている。
出会ったばかりの二人は、双方の思惑などそっちのけで、息の合った共闘を要求されていた。
「俺様の手柄もあるし、見つけたら半分ずつってことで……」
「え、オイラが七でジークが三って言わなかった?」
「言ってねーし!」
一人であれば、見つけた財宝はすべてが自分のものだが、二人となるとそうもいかない。
その分け前については、情報提供したユライも、共闘で探索に貢献しているジークも……お互い思い思いに主張するばかりで、結局ここまで折り合いがつかないままだ。
ひとつでも多く財宝を持ち帰りたい二人は、道中ずっと舌戦を繰り広げていた。
カツカツと石床を叩く、気持ち早めの靴音が響く。
灯り代わりのカンテラを左手に持ち、通路の先を「偵察」に行ったジークは、ほどなく身を翻して駆け戻ってきた。
「この先、瓦礫で埋まってら。さっきのコウモリが天井にビッシリぶら下がってるし、行かねー方がいい」
お手上げといったように肩をすくめ、ジークは目を細めた。
ユライは腕組みしてしばらく靴を鳴らしていたが、じゃ、やめるか、とだけ呟いて踵を返した。
お目当ての『お宝の間』をまだ見つけてもいないが、ここで安く死ぬぐらいなら、もっと要領よく稼ぎのできる場所はあるだろう。
背を向けた紫のマントに、えー、と不満をごねたのはジークだ。元々お宝は「ほんのおまけ」のつもりでここへ来たが、手ぶらで帰るどころか、これではコウモリに群がられただけだ。
せめて宝石、金属のカケラひとつでも、と目を皿のようにして、暗い通路を見やる。
先行くユライが振り返ると、ジークは諦め悪く壁際をカンテラで照らしており、声も届くかわからない距離になりつつあった。
置いてっちまうぞ、と声を出そうとした時だ。
「おいユライ、待った! ここ、奥に部屋があるぜ!」
その声にユライは慌てて反転し、駆け戻った。
ジークの嗅覚が自分以上なのか、それとも先の諦め悪さゆえか、強運か……何の因果かわからないが、見つけた以上放っておく理由もない。
カンテラの光で、石扉に彫り付けられた紋様が浮かび上がる。
長い年月を経たせいか、どうも片方の扉が傾き崩れているようで、間に掌を広げた幅ほどの大きな隙間ができている。
その奥に、元は赤かったであろう絨毯が敷かれっぱなしになっている床、崩れた柱や王座のようなものが見えるから、ここがくだんの部屋だろうと直感する。
石扉は、かつての開閉をどうしていたのか謎なほど大きく、ジークとユライの二人だけでは、押したところでビクともしそうにない。
ジークがその対処を考えあぐねていると、ユライが扉の隙間に、するりと体を滑り込ませた。
「お先っ!」
「あっ、ずりーぞ! 待っ……ぐ、ぐぎぎ……!」
ユライに何とか続こうとするが、悲しいかな、ジークの体はつかえてしまう。
チェーンメイルの上に着込んだ胸当ての厚みやマントの布、巻いたターバンの留め金や腰に提げた双剣……なべてその原因となっているらしく、何度挑戦しても隙間を通ることができない。
「アンタさぁ、もっと痩せた方がいいんでないの?」
「てめえ!! 見てろよ、こんな隙間のひとつやふたつ……」
カチンときたジークの、次の一手にユライは目を丸くした。
ターバン、マント、胸当てと双剣。戦うための装備をまるごとその場に脱ぎ捨て、チェーンメイルとズボンだけの姿で、隙間に体をねじ込み、無理やり此方へやってきたのだから。
「そ、そこまでするか……?」
「うるせーよ! ほら、痩せる必要なんかねえだろっ」
チェーンメイル一枚で、狭い場所を無理に通り抜けたせいで、擦った肌がヒリヒリ痛む。
それでもジークは強がって、手をヒラヒラさせながら、余裕といった顔をするしかなかった。
とにかく、目的の場所には到達できたので、さっそく探索にかかる。
満面の笑みで物色するユライと、先の件でまだ唇を尖らせたままのジークにははじめ温度差もあったが、多数の財宝を前にするや、二人は「よくやった」という代わりに手を高く打ちあわせた。
箱におさめられた宝飾品、落ちていた杖や装飾のついたナイフ、玉座にかけられていたマント……めぼしいものをあらかた回収し、隙間からどんどん外に放り出してやる。
この際、宝珠のあしらわれた玉座ごと持っていきたかったが、人が無理に通るような隙間しかないのでは、運び出せるわけもないので諦めた。
ジークが棚の上の宝石箱を回収していると、ユライが部屋の隅にたまった瓦礫の下から、奇妙な箱を掘り返しているのが見えた。
それは靴墨を塗ったように真っ黒で、細長く、何より大人一人が入れそうなほど大きい。
「何だよ、それ?」
「棺桶だろうな。ミイラでも入ってたら、切り取って持ってくか」
「うげっ……ミイラって、言っちまえば死体だろ? そんなモン、どうすんだよ?」
「知らねーのか? ミイラって薬として、高く売れるんだぜ……」
陽気な声で蓋を開けた、ユライの手が固まった。
ただの干からびた遺体であれば、どんなによかったことだろう。
それは銀の髪と髭をたくわえ、青白く端正な顔立ちをしており、ゆっくりと開いた目は血のように赤い。
「我が眠りを妨げる者は誰だ?」
ユライは飛ぶようにその場を離れ、ジークの近くまで戻ってくる。
異常に気付いたジークも、背を向けないようじりじりと後ずさる。
「ひ、ひっ……! アンタは……」
「我が名はドラキュラ……百年ぶりのこの世界、楽しませてもらおう」
ドラキュラ伯爵。名前ぐらいはジークもユライも、聞いたことがあった。
手下に数多くの怪物を抱えた魔族で、人の生き血を啜る吸血鬼だ。
見た目こそ初老の男に見えるが、吸血鬼はとても力が強く、細腕で人の首をねじり切るほどだという。
二人は恐怖に縮みあがる暇もなく、目の前の脅威からどう逃げ去るか、思案しなければならなかった。
「ユライ! 時間稼いどけ!」
「え!? な、なんでオイラが……!」
「こっちは丸腰なんだよ! いいから行けっ!」
ユライをドラキュラの前へ無慈悲に突き飛ばし、ジークは扉の隙間に体をねじ込んだ。
ドラキュラは靴音を鳴らしてゆっくり、確実にこちらへ近づいてくる。
押されて転んだユライが慌てて立ち上がり、腰のナイフを投げる。ドラキュラの左の肩に当たり、グッといううめき声が漏れる。
よし、まずは先手必勝――そう考えかけたユライの前で、ドラキュラは右手に大きな魔力球を作った。
「恐怖せよ! これが私の力だ!」
「ウソだろ!! 効いてねえのかよ!?」
飛んでくるそれをギリギリかすめる位置でかわすと、放たれた魔力球は後ろの壁に当たり、まるで鉄球でも打ち付けたかのようなへこみを残した。
その場にへたりそうな足をなんとか制し、距離を取ろうとするが、跳躍できず後ずさりになる。迂闊に跳んだところを狙われたら、怪我だけで済みそうにない。
ドラキュラは左肩のナイフを引き抜いてからりと投げ捨て、もう一度あの魔力球を右掌に作り始めた。
「こ、こんなの当たったら死んじまう……ジーク! まだか!」
「よし、もーいいぞ! 早く逃げて来いッ!」
「は、早く、たって……」
再びこちらへ放たれた魔力球に、ユライは身を屈めてなんとかそれをやり過ごす。
魔力球はやはり背後の壁にぶつかり、そこに激しい傷痕をつけた。
「これ避けながら出るとか無理だろーッ!」
逃げ回りながら、何とか隙間を通り抜ける時間を稼ごうとする。
入る時は数秒と思ったが、敵に狙いをつけられていては、その数秒すら命取りとなる。
攻撃を掻い潜り、扉の間に滑り込もうとしたユライの、頭のすぐ横に魔力球がめり込んだ。
ユライは慌てて飛びのいたが、振り返るとドラキュラはすぐ目前まで迫っていた。
「覚悟はよいか?」
その声に乗せ、絶望の二文字が眼前に叩き付けられる。
「あ……うあ……」
ユライは壁の隙間にようやく背をつけながらも、ずるずるとその場にへたり込んでしまった。
圧倒的な力を持つ悪魔に、騎士でも勇者でもない自分が勝てるわけがない。
このまま魔力球でなぶり殺されるのか、あるいは血でも吸われるのか――いずれにせよ、そこに助かるための光明は見えず、恐怖に顔が凍り付く。
「これでも喰らいやがれっ!」
ジークの声とともに、ユライの頭上を何かが飛ぶ、風切音が響いた。
それは真正面に立つドラキュラの胸元を正確に刺し貫いて、途端かれはその場へうずくまり、苦しみはじめた。
「があっ!? 銀のナイフだと!!?」
「ユライ! 早く!!」
ようやく目の前の状況を理解し、ユライはあわてて、扉の隙間に身を押し込んだ。
何とか通り抜けることができ、元のように着衣を直したジークに連れられ、その場を後にする。
魔力球での追撃はない。さしものドラキュラも、あの細い隙間を通ってまで、しぶとく追ってくる気はないようだった。
「はぁ、はぁっ……し、死ぬかと思った……」
「ふーッ……お宝の中に、使えそうなモンがあって助かったぜ」
瓦礫だらけの廊下をこけつまろびつ走り、上へのぼる階段までたどり着くと、二人はやっと落ち着いて息を整えることができた。
何度か振り返ったが、ドラキュラの姿はなく、コウモリがつついてくることもなかった。
「それはそうと、ほらよ、分け前」
ジークから渡された袋の中身を見て、ユライは目をしばたいた。
あの時廊下に放り出した、金品の大半が入っている量に見えたからだ。
「え。オイラがこんなもらっても……?」
「言ってたじゃん、ユライが七で俺様が三って。それに、ヒデー目に遭わせちまったしな」
ユライが七でジークが三。
ほんの冗談だったその言葉を、罪滅ぼし代わりにもう一度なぞられて、ユライの心に損得勘定以外の「何か」がふつふつと湧いた。
死にそうな目に遭ったのは確かだが、それを理由にこちらから分け前を要求した覚えはない。
なれなれしくて緊張感がなくて、自分勝手のいい加減な男だと思っていたのに……ユライは口の端をあげると、もらった「分け前」から小ぶりの宝石箱をひとつ、ジークに投げ返した。
「それはジークにやるよ。オイラを助けるのに、ナイフ一本投げちまったろ。その分」
宝石箱を受け取ったジークは、唯一見えてる右目を丸くして驚いていたが、やがて緑の瞳をにまっと細めた。
「じゃ、もらっとくか。ありがとよ」
階段の先へ向き直りざま、機嫌よさそうなジークの声が、ユライの耳に届いた。
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