月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。
師走もあっという間に中旬を過ぎ、今年のブログもいよいよ来週、再来週の2回を残すのみとなりました。
私事で申し訳ありませんが、今週は今年ぶんの考察をまとめきる余裕がありませんでしたので(考察しすぎ補足つけたすぎ)過去作のアーカイブをまた置いておきます。
ただ、本日のアーカイブは少し毛色が違います。
数年前、某様へのお祝いとしてお贈りした冊子にて、書き下ろしした作品なのですが、自分でも出来が非常~に気に入っているので、ブログの片隅に残しておきたいと思うようになりました。
よって、Web上ではこれが初お披露目となります。
主要な登場人物はバーンで、名も知らぬ町娘に恋をした…という設定でのお話となっています。
大丈夫な方は、追記よりお楽しみください。
師走もあっという間に中旬を過ぎ、今年のブログもいよいよ来週、再来週の2回を残すのみとなりました。
私事で申し訳ありませんが、今週は今年ぶんの考察をまとめきる余裕がありませんでしたので(考察しすぎ補足つけたすぎ)過去作のアーカイブをまた置いておきます。
ただ、本日のアーカイブは少し毛色が違います。
数年前、某様へのお祝いとしてお贈りした冊子にて、書き下ろしした作品なのですが、自分でも出来が非常~に気に入っているので、ブログの片隅に残しておきたいと思うようになりました。
よって、Web上ではこれが初お披露目となります。
主要な登場人物はバーンで、名も知らぬ町娘に恋をした…という設定でのお話となっています。
大丈夫な方は、追記よりお楽しみください。
バビロア城下町、繁華街。
南の大陸でも一、二を争う王国の城下は、いつも人で溢れ、活気に満ちている。
夕暮れ時にも関わらず、人通りはまだ続いており、夜でもランプを灯して商う者までいる。
その中を歩きながら、この国の騎士となったことを、誇りに思う。
「いらっしゃいませー」
ふと、バーンが歩調を緩める。視線の先には、ひとつの露店があった。
持ち運びに便利な竹で組まれ、上には日よけ程度の麻布が、染めもされず素朴に掛けられている。
店内には、夕陽の色こそかかっているが、それでも色とりどりであると思しき花が、金属製のバケツに入って所狭しと並べられている。
バーンの目はそんな花たちではなく、店の前で呼びかけている、一人の女性に留まっていた。
ワンピースにエプロン姿、頭にかけられた三角巾。橙の光のせいで色はよくわからないが、けばけばしい色も派手な模様もない。
顔は黒目緑眼の自分と違い、白目に何色かの瞳。美しい夕焼けを、この時ほど邪魔に思ったこともなかっただろう。
女性はバーンが見ているのに気づくと、愛想良くにこりとほほ笑んだ。
商売柄、慣れているのだろう……と、それらしい理由をつけはじめた自分に、バーンは苦笑する。
何より、剣を持って戦う騎士に、花を買う理由はない。
後ろ髪をひかれる思いで、バーンはそのまま帰路についた。
* * *
騎士となってすぐの頃、下級兵士寮から出ることを認められて、自由欲しさに城下の借家に入った。
初めての一人暮らしは新鮮そのものだったが、困ったことも色々起きた。
その度に、近所に助けを求めたり、騎士団の同期に相談してみたり……気づけば、あれからもう、1年が経とうとしている。
早いものだと、玄関先でふうと息をついた。
王国の兵士食堂が使え、食に困ることもないから、気ままに過ごせる一人暮らしも悪くない。ただ、仲間がいないのは、やはり少し寂しいものがある。
そんなことを思いながら、玄関脇のランプに火を入れ、ほとんど寝るためだけの部屋へ戻る。
もうすっかり日は落ちて、闇が満ちた藍色の部屋に、ランプの光だけがほんのり灯った。
それをぼんやり眺めながら、もう少ししたら、王国の上位騎士寮住まいを検討してみるかと考える。
ふと、夕陽に染まるあの笑顔が、脳内を過った。
城下を歩けない、ということもないが、王国の騎士が何の理由もなしに、ただ城下を歩くのも気が引ける。
それに寮に入ってしまえば「自宅への帰り道」というものも、なくなる。
別段、恋仲というわけでもなく、歩きながらその姿を眺めたい、というだけの存在。わざわざ会いに行く間柄でもないから、バーンにとっては何か別の理由が欲しかった。
(まだ、先の話にしておこう)
鎧を脱ぎ、内着だけの楽な格好になると、あとはもう寝るだけだ。
置かれたランプを吹き消し、布団に潜る。
閉じた眼の裏側で、記憶の中の彼女が、聖母のように微笑んだ。
* * *
あの日から数日が過ぎ、バーンは同じ帰り道を通っては、彼女の姿を探した。
彼女は毎日、露店を立てているわけではないらしい。そして居る時に限って、夕暮れの光が邪魔をする。
髪色はどうも茶色のようだが、瞳の色は距離のせいもあってか、正しく分からずじまいだ。
近寄って、声を掛ける勇気も出ない。敵に立ち向かう時ばかりは立派な癖にと、自分自身に苛立ったりもしたが、あの柔和な笑顔はそれをすぐ解してくれる。
もとより、色恋に明るい方ではなく、何と第一声を掛ければいいのかもわからない。
それに、店に立ち寄る理由がない。雑貨屋や食品の店ならともかく、生花ともなれば、男には手が出しづらいものだ。
そんなバーンの慎重さのせいもあってか、騎士団で噂が立つようなこともなかった。
生来の真面目さも手伝って、演練中に彼女のことを考えて手が緩む、ということもなく、時折露店に立つ彼女を見ては、束の間の安らぎに浸る日々が続いた。
どうしても踏み出せない一歩は、踏み出さない方が互いに、幸せなのかもしれない。
素敵な人だから、いつかは誰かの目に留まり、その誰かと結ばれるのだろう。
命の危険に晒される騎士の妻に、町娘は不釣り合いだ。
そんなさまざまの葛藤を、淋しさとともに抱え込む。
しかし、いくら理由をつけようが、自分の気持ちに嘘はつけそうにない。
いつか、きっといつか、自分の思いの丈を、あの人に打ち明けられる日がくると願って……もし、今の関係が壊れるようなことがあれば、その時は騎士団寮に戻ろうと。
そう、考えた。
* * *
とある日、まだ夜も白む前。
何かが崩れるような音と揺れで、バーンは目を覚ました。
明かりをつける間もなく、これは敵襲だと感づき、鎧を着直し剣を携える。
外へ飛び出し、居宅から最も近い南門へ向かうと、そこには黒い魔物がいた。
「また『黒化獣』か……どこから入ってきたんだ?」
近年、王国には「得体のしれない真っ黒な魔物」が襲来していた。
普通の魔物であれば、顔かたちを判別できるものだが……それは全身すべて黒で、さながら影が生き物となって襲ってくるかのようだ。
おどろおどろしい叫びとともにやってくるそれは『黒化獣』と呼ばれ、王国に害をなすものとして、見つけ次第討伐令が下されていた。
夜明け前の暗闇に紛れた黒化獣は、目を凝らせば魔獣クイックシルバーのような四つ足で、動きがわかれば何とか撃退できそうだった。
突っ込んでくる黒い体を、跳んでかわす。城壁に止められたその背中に、一撃を入れる。
「フレイムソードっ!」
暗闇に燃え立つ橙の光が、黒化獣の背中ではじけて傷をつけた。
黒い巨体はもう一度こちらへ向き直し、さらに突進を仕掛けてくる。だが、今のバーンの背後には民家があり、先ほどと同じようには回避できない。
フレイムシールドをかざし、突進を真正面から受け止める。
「ぐうう……っ!!」
単純な力比べは得意ではないが、自分が負けたら誰かが傷つく……その想いを胸に、両脚で踏ん張り、ぎりぎりの所で何とか動きを止める。
獣の額にシールドが押し付けられ、前が見えていないうちに、右手の剣を黒化獣の左前足に突き刺す。
相手が怯んで退いたその時。後ろから、か細い声がした。
「あ……あ……」
ドアを半分ほど開けた隙間から覗く、恐怖に慄いた顔には覚えがあった。
普段は花のような笑顔で、自分に安らぎを与えてくれる……他でもない、あの人だ。
こんな近くに住んでいたのかと、悠長に考えている暇は今はない。
「オレに任せて、キミは逃げるんだ! ここは危険だ!」
フェニックスマントを翻し、こちらに跳びかかってきた獣を打ち払う。
この人を、この存在を傷つけてなるものかと、剣を握り締める手にも力が入る。
「はっ、はい!」
女性がドアを大きく開け、大通りの方へ駆け出す。
それを狙う黒化獣の視線を、はためく白いマントが遮った。
「させるか! 火炎の騎士・バーンが相手だっ!」
高らかに名乗り上げ、煌々と燃える剣を振りかざす。かかげた先の空には、既に薄明かりがともり始めていた。
もう一度、黒の巨体がこちらへと迫ってくる。
今度は避けようともせず、バーンはまっすぐに、輝きを増した剣を構えた。
「いくぞっ! ゲキ・バーニングソードっ!!」
炎を帯びた剣が、朝焼けに緋の柱を描く。
* * *
王国側の通達で、城下の人びとは危険が迫ると、教会へ避難することとなっている。
屋根の上の十字架は、一目でそれと分かりやすく、遠くからでも状況を把握できるからだ。
そして、聖なる場所という安心感が、人々を何かしらの恐怖から、いっときだけでも救ってくれる。
決して堅固とは言えない、古びた教会も多かったが、それは裏を返せば長年、人びとの心を支えてきたということでもある。
黒化獣を無事退けた後、傷病人は出ていないかと、バーンは南地区のちいさな教会へと足を運んだ。
片方の扉を開け、建物の内を覗き込む……あの人と、目が合った。
華やかなパステルピンクのワンピースに、揃いの細いズボンは寝間着なのだろう。足元はサンダルをつっかけている。
朝方の突然の敵襲、着替える間もなかったのは想像に易い。
肩にかかる長さの栗毛の髪に、白目と緑の瞳が印象的な優しい眼差し。ほっとしたように、ほほ笑んだ顔。それが、こちらを向く。
(あ……)
可愛い、でも綺麗、でも足りない。もっと、別の言葉が欲しい。
だが、のんびりと眺めている暇もなかった。黒化獣の襲撃は、ここだけではないかもしれない。
ようやく駆け付けた兵士にその場の守衛を任せ、バーンは踵を返した。
明けたばかりの澄みきった空は高く、朝の光が総身に心地よい。
全てが終われば、今日こそはきっと「あの人」に声を掛けることができるだろう。
それは、花を買うためではない。国の状況を伝え、家まで送り届けてやるのは、騎士としてまったく不自然なことではないだろう。
もし、言うならその時だ。そう心に決め、バーンは東門へと足を向けた。
* * *
バーンの予想通り、黒化獣は各門から攻め込んできていた。
東門での迎撃に当たっていたアーサーに加勢した後、西門への襲撃があったことをクフリンとクランから聞かされた。
王宮に被害はなく、警護を務めていた親衛隊長のバルトが、その正門で四人を出迎えてくれた。
エンプレスに謁見し、黒化獣撃退の報告を済ませると、バーンは朝食の誘いを断り、足早に城下へ引き返した。
一刻も早く……今は、少しの私情も交えてだが……教会へ行き、町は大丈夫だと報せなければ。
その道中、誰かが「南地区で大きな建物が崩れたらしい」と言ったのが、バーンの耳に引っかかった。
目的の場所へ近づくにつれ、ざわつく民衆、走る人々。襲撃があったすぐ後というのもあるが、妙な胸騒ぎに、足どりが早くなる。
にわかに、その歩みが走りへと変わった。「見えるはずのもの」が見えない。おかしい、まさか……その疑惑が、確信となる。
「~~っ!!」
叫びたい衝動が、胸の内で渦巻いたまま、行き場もなく駆け巡った。
バーンは彼女の名を知らない。
呼ぶための声が、出ない。
そこにあったのは、先ほどまで教会だった、瓦礫の山だった。
バビロア王国の教会は、ここを含めて、いつ建てられたのかわからないものも多かった。
時を経て老朽化し、ついに崩れたのだろう。納得できた――そこに、「あの人」さえいなければ。
本来なら騎士として、真っ先に瓦礫を退けるのがつとめかもしれないが、バーンはただそこに立ち尽くしていた。
地面に突き刺さったぼろぼろの十字架が、朝の光を鈍く返す。
担架で運び出されている中には、生きている者も数名いた。
柱の近くにいて助かった男。身の丈が小さく、すき間に潜った子ども。それらの中に、バーンはあの愛らしい笑顔を必死で探した。
いない。いない。「あの人」が、いない。
助かった顔をひとつ認めるたび、少しの苛立ちさえ覚えて……しかしその者に何の罪もないのだと、自らを諌める。
厳しい演練さえ比べものにならないほど、精神をすり減らされている心地で、自らの心を満たす名も知らぬ花を、探す。
やがて、ぴくりとも動かない体がひとつ、瓦礫の下から運び出された。
「あ……あ…………」
ピンク色の服は土埃であちこち灰色になり、栗毛の頭からは血が滴るほどに流れ出ている。瓦礫が頭に当たり、そのまま帰らぬ人となったらしかった。
閉じたまま開かない目と、薄紅の唇から流れた赤い筋。
花のような笑顔も、小鳥のさえずるような声も、すべてが失われてしまったと、知った。
「知り合いの方ですか?」
亡骸の前で呆然としているバーンを見て、彼女を運び出した壮年の男が、声を掛ける。
バーンは答えるための声も出せず、ふらついた足取りでその場に背を向けた。
高い空は色褪せて見え、冷たく吹く風が、頬を滑る雫をさらっていった。
南の大陸でも一、二を争う王国の城下は、いつも人で溢れ、活気に満ちている。
夕暮れ時にも関わらず、人通りはまだ続いており、夜でもランプを灯して商う者までいる。
その中を歩きながら、この国の騎士となったことを、誇りに思う。
「いらっしゃいませー」
ふと、バーンが歩調を緩める。視線の先には、ひとつの露店があった。
持ち運びに便利な竹で組まれ、上には日よけ程度の麻布が、染めもされず素朴に掛けられている。
店内には、夕陽の色こそかかっているが、それでも色とりどりであると思しき花が、金属製のバケツに入って所狭しと並べられている。
バーンの目はそんな花たちではなく、店の前で呼びかけている、一人の女性に留まっていた。
ワンピースにエプロン姿、頭にかけられた三角巾。橙の光のせいで色はよくわからないが、けばけばしい色も派手な模様もない。
顔は黒目緑眼の自分と違い、白目に何色かの瞳。美しい夕焼けを、この時ほど邪魔に思ったこともなかっただろう。
女性はバーンが見ているのに気づくと、愛想良くにこりとほほ笑んだ。
商売柄、慣れているのだろう……と、それらしい理由をつけはじめた自分に、バーンは苦笑する。
何より、剣を持って戦う騎士に、花を買う理由はない。
後ろ髪をひかれる思いで、バーンはそのまま帰路についた。
* * *
騎士となってすぐの頃、下級兵士寮から出ることを認められて、自由欲しさに城下の借家に入った。
初めての一人暮らしは新鮮そのものだったが、困ったことも色々起きた。
その度に、近所に助けを求めたり、騎士団の同期に相談してみたり……気づけば、あれからもう、1年が経とうとしている。
早いものだと、玄関先でふうと息をついた。
王国の兵士食堂が使え、食に困ることもないから、気ままに過ごせる一人暮らしも悪くない。ただ、仲間がいないのは、やはり少し寂しいものがある。
そんなことを思いながら、玄関脇のランプに火を入れ、ほとんど寝るためだけの部屋へ戻る。
もうすっかり日は落ちて、闇が満ちた藍色の部屋に、ランプの光だけがほんのり灯った。
それをぼんやり眺めながら、もう少ししたら、王国の上位騎士寮住まいを検討してみるかと考える。
ふと、夕陽に染まるあの笑顔が、脳内を過った。
城下を歩けない、ということもないが、王国の騎士が何の理由もなしに、ただ城下を歩くのも気が引ける。
それに寮に入ってしまえば「自宅への帰り道」というものも、なくなる。
別段、恋仲というわけでもなく、歩きながらその姿を眺めたい、というだけの存在。わざわざ会いに行く間柄でもないから、バーンにとっては何か別の理由が欲しかった。
(まだ、先の話にしておこう)
鎧を脱ぎ、内着だけの楽な格好になると、あとはもう寝るだけだ。
置かれたランプを吹き消し、布団に潜る。
閉じた眼の裏側で、記憶の中の彼女が、聖母のように微笑んだ。
* * *
あの日から数日が過ぎ、バーンは同じ帰り道を通っては、彼女の姿を探した。
彼女は毎日、露店を立てているわけではないらしい。そして居る時に限って、夕暮れの光が邪魔をする。
髪色はどうも茶色のようだが、瞳の色は距離のせいもあってか、正しく分からずじまいだ。
近寄って、声を掛ける勇気も出ない。敵に立ち向かう時ばかりは立派な癖にと、自分自身に苛立ったりもしたが、あの柔和な笑顔はそれをすぐ解してくれる。
もとより、色恋に明るい方ではなく、何と第一声を掛ければいいのかもわからない。
それに、店に立ち寄る理由がない。雑貨屋や食品の店ならともかく、生花ともなれば、男には手が出しづらいものだ。
そんなバーンの慎重さのせいもあってか、騎士団で噂が立つようなこともなかった。
生来の真面目さも手伝って、演練中に彼女のことを考えて手が緩む、ということもなく、時折露店に立つ彼女を見ては、束の間の安らぎに浸る日々が続いた。
どうしても踏み出せない一歩は、踏み出さない方が互いに、幸せなのかもしれない。
素敵な人だから、いつかは誰かの目に留まり、その誰かと結ばれるのだろう。
命の危険に晒される騎士の妻に、町娘は不釣り合いだ。
そんなさまざまの葛藤を、淋しさとともに抱え込む。
しかし、いくら理由をつけようが、自分の気持ちに嘘はつけそうにない。
いつか、きっといつか、自分の思いの丈を、あの人に打ち明けられる日がくると願って……もし、今の関係が壊れるようなことがあれば、その時は騎士団寮に戻ろうと。
そう、考えた。
* * *
とある日、まだ夜も白む前。
何かが崩れるような音と揺れで、バーンは目を覚ました。
明かりをつける間もなく、これは敵襲だと感づき、鎧を着直し剣を携える。
外へ飛び出し、居宅から最も近い南門へ向かうと、そこには黒い魔物がいた。
「また『黒化獣』か……どこから入ってきたんだ?」
近年、王国には「得体のしれない真っ黒な魔物」が襲来していた。
普通の魔物であれば、顔かたちを判別できるものだが……それは全身すべて黒で、さながら影が生き物となって襲ってくるかのようだ。
おどろおどろしい叫びとともにやってくるそれは『黒化獣』と呼ばれ、王国に害をなすものとして、見つけ次第討伐令が下されていた。
夜明け前の暗闇に紛れた黒化獣は、目を凝らせば魔獣クイックシルバーのような四つ足で、動きがわかれば何とか撃退できそうだった。
突っ込んでくる黒い体を、跳んでかわす。城壁に止められたその背中に、一撃を入れる。
「フレイムソードっ!」
暗闇に燃え立つ橙の光が、黒化獣の背中ではじけて傷をつけた。
黒い巨体はもう一度こちらへ向き直し、さらに突進を仕掛けてくる。だが、今のバーンの背後には民家があり、先ほどと同じようには回避できない。
フレイムシールドをかざし、突進を真正面から受け止める。
「ぐうう……っ!!」
単純な力比べは得意ではないが、自分が負けたら誰かが傷つく……その想いを胸に、両脚で踏ん張り、ぎりぎりの所で何とか動きを止める。
獣の額にシールドが押し付けられ、前が見えていないうちに、右手の剣を黒化獣の左前足に突き刺す。
相手が怯んで退いたその時。後ろから、か細い声がした。
「あ……あ……」
ドアを半分ほど開けた隙間から覗く、恐怖に慄いた顔には覚えがあった。
普段は花のような笑顔で、自分に安らぎを与えてくれる……他でもない、あの人だ。
こんな近くに住んでいたのかと、悠長に考えている暇は今はない。
「オレに任せて、キミは逃げるんだ! ここは危険だ!」
フェニックスマントを翻し、こちらに跳びかかってきた獣を打ち払う。
この人を、この存在を傷つけてなるものかと、剣を握り締める手にも力が入る。
「はっ、はい!」
女性がドアを大きく開け、大通りの方へ駆け出す。
それを狙う黒化獣の視線を、はためく白いマントが遮った。
「させるか! 火炎の騎士・バーンが相手だっ!」
高らかに名乗り上げ、煌々と燃える剣を振りかざす。かかげた先の空には、既に薄明かりがともり始めていた。
もう一度、黒の巨体がこちらへと迫ってくる。
今度は避けようともせず、バーンはまっすぐに、輝きを増した剣を構えた。
「いくぞっ! ゲキ・バーニングソードっ!!」
炎を帯びた剣が、朝焼けに緋の柱を描く。
* * *
王国側の通達で、城下の人びとは危険が迫ると、教会へ避難することとなっている。
屋根の上の十字架は、一目でそれと分かりやすく、遠くからでも状況を把握できるからだ。
そして、聖なる場所という安心感が、人々を何かしらの恐怖から、いっときだけでも救ってくれる。
決して堅固とは言えない、古びた教会も多かったが、それは裏を返せば長年、人びとの心を支えてきたということでもある。
黒化獣を無事退けた後、傷病人は出ていないかと、バーンは南地区のちいさな教会へと足を運んだ。
片方の扉を開け、建物の内を覗き込む……あの人と、目が合った。
華やかなパステルピンクのワンピースに、揃いの細いズボンは寝間着なのだろう。足元はサンダルをつっかけている。
朝方の突然の敵襲、着替える間もなかったのは想像に易い。
肩にかかる長さの栗毛の髪に、白目と緑の瞳が印象的な優しい眼差し。ほっとしたように、ほほ笑んだ顔。それが、こちらを向く。
(あ……)
可愛い、でも綺麗、でも足りない。もっと、別の言葉が欲しい。
だが、のんびりと眺めている暇もなかった。黒化獣の襲撃は、ここだけではないかもしれない。
ようやく駆け付けた兵士にその場の守衛を任せ、バーンは踵を返した。
明けたばかりの澄みきった空は高く、朝の光が総身に心地よい。
全てが終われば、今日こそはきっと「あの人」に声を掛けることができるだろう。
それは、花を買うためではない。国の状況を伝え、家まで送り届けてやるのは、騎士としてまったく不自然なことではないだろう。
もし、言うならその時だ。そう心に決め、バーンは東門へと足を向けた。
* * *
バーンの予想通り、黒化獣は各門から攻め込んできていた。
東門での迎撃に当たっていたアーサーに加勢した後、西門への襲撃があったことをクフリンとクランから聞かされた。
王宮に被害はなく、警護を務めていた親衛隊長のバルトが、その正門で四人を出迎えてくれた。
エンプレスに謁見し、黒化獣撃退の報告を済ませると、バーンは朝食の誘いを断り、足早に城下へ引き返した。
一刻も早く……今は、少しの私情も交えてだが……教会へ行き、町は大丈夫だと報せなければ。
その道中、誰かが「南地区で大きな建物が崩れたらしい」と言ったのが、バーンの耳に引っかかった。
目的の場所へ近づくにつれ、ざわつく民衆、走る人々。襲撃があったすぐ後というのもあるが、妙な胸騒ぎに、足どりが早くなる。
にわかに、その歩みが走りへと変わった。「見えるはずのもの」が見えない。おかしい、まさか……その疑惑が、確信となる。
「~~っ!!」
叫びたい衝動が、胸の内で渦巻いたまま、行き場もなく駆け巡った。
バーンは彼女の名を知らない。
呼ぶための声が、出ない。
そこにあったのは、先ほどまで教会だった、瓦礫の山だった。
バビロア王国の教会は、ここを含めて、いつ建てられたのかわからないものも多かった。
時を経て老朽化し、ついに崩れたのだろう。納得できた――そこに、「あの人」さえいなければ。
本来なら騎士として、真っ先に瓦礫を退けるのがつとめかもしれないが、バーンはただそこに立ち尽くしていた。
地面に突き刺さったぼろぼろの十字架が、朝の光を鈍く返す。
担架で運び出されている中には、生きている者も数名いた。
柱の近くにいて助かった男。身の丈が小さく、すき間に潜った子ども。それらの中に、バーンはあの愛らしい笑顔を必死で探した。
いない。いない。「あの人」が、いない。
助かった顔をひとつ認めるたび、少しの苛立ちさえ覚えて……しかしその者に何の罪もないのだと、自らを諌める。
厳しい演練さえ比べものにならないほど、精神をすり減らされている心地で、自らの心を満たす名も知らぬ花を、探す。
やがて、ぴくりとも動かない体がひとつ、瓦礫の下から運び出された。
「あ……あ…………」
ピンク色の服は土埃であちこち灰色になり、栗毛の頭からは血が滴るほどに流れ出ている。瓦礫が頭に当たり、そのまま帰らぬ人となったらしかった。
閉じたまま開かない目と、薄紅の唇から流れた赤い筋。
花のような笑顔も、小鳥のさえずるような声も、すべてが失われてしまったと、知った。
「知り合いの方ですか?」
亡骸の前で呆然としているバーンを見て、彼女を運び出した壮年の男が、声を掛ける。
バーンは答えるための声も出せず、ふらついた足取りでその場に背を向けた。
高い空は色褪せて見え、冷たく吹く風が、頬を滑る雫をさらっていった。
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