月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさんこんばんは。
前回の抱負通り、いきなり考察記事といきたかったのですが、色々と都合のついてない九曜です。
今日のアーカイブは、永劫竜ウロボロスに関する単発話で、原作では特に接点などありませんが、悪魔導士マーリンが出てきます。
基本的には風魔君でうるさいこのブログですが、同じぐらい、ウロボロスとシビュラについてもうるさくなりがちです。
詳しくは、以下の4記事を見ていただければ、よ~くわかると思います。
ウロボロスイベントを終えて、シビュラ所感
輪廻ノ中、永劫ノ調~予言者シビュラまとめ
世界は輪廻する、イベントは繰り返す
第二次ウロボロイベント・反省会
オレカバトルでは主にこの輪廻コンビとか、覇将と参謀とか、単独では新一章主人公のフロウなんかが好きです。
フロウくん、旅立ち時点の不憫ゲージと当人の折れない具合が、どこかの末弟とダブるんですよねぇ…。
肝心のお話は、追記よりご覧いただけます。
前回の抱負通り、いきなり考察記事といきたかったのですが、色々と都合のついてない九曜です。
今日のアーカイブは、永劫竜ウロボロスに関する単発話で、原作では特に接点などありませんが、悪魔導士マーリンが出てきます。
基本的には風魔君でうるさいこのブログですが、同じぐらい、ウロボロスとシビュラについてもうるさくなりがちです。
詳しくは、以下の4記事を見ていただければ、よ~くわかると思います。
ウロボロスイベントを終えて、シビュラ所感
輪廻ノ中、永劫ノ調~予言者シビュラまとめ
世界は輪廻する、イベントは繰り返す
第二次ウロボロイベント・反省会
オレカバトルでは主にこの輪廻コンビとか、覇将と参謀とか、単独では新一章主人公のフロウなんかが好きです。
フロウくん、旅立ち時点の不憫ゲージと当人の折れない具合が、どこかの末弟とダブるんですよねぇ…。
肝心のお話は、追記よりご覧いただけます。
――キリ、キリ、キリ。
聞き慣れない金属音の出所を探すと、それは驚くほどすぐ傍から聞こえていた。
何度も捻られるシビュラの左手首に、懐中時計のねじでも巻いているのだろうと思ったが、どうも違和感がある。
捩っているらしき金色の部品は、8の字の形をしている。機械のぜんまい仕掛けによく見る、ありきたりのものだ。
だが、それは時計や機械などでなく、寄り添っている永劫竜ウロボロスの体から、ちょこんと飛び出ていた。
脳が理解不能、と答えを弾き出す間もなく、こちらの不思議そうな顔に気付いたらしい、シビュラが言う。
「たまに巻いてやらないと、止まってしまうらしい」
たまに巻く。巻かないと止まる。何が?
金のぜんまいの根元が、確かにウロボロスの側面から発しているのを見て、ありえない解が導き出される。
ぜんまいを巻かないと、永劫竜ウロボロスは止まってしまう、らしい。
* * *
「こんなものがついているということは、この永劫竜は、機械なのか?」
「わからない。巻いてやらないと動きが鈍くなってくるから、とにかく巻いてやっている」
このシビュラは予言者で、かつては対峙したこともあったが、故あって今は話せばわかる立場にいる。
輪廻の予言が敗れた後、ここウロボロ島に隠棲し、俗世に深く関わらぬ生活を送っているらしかった。
他方、友のクロムが王国からウロボロ島の調査を任され、私はその付き添いでここへ来ていた。
バビロアの領土拡充と移民地確保、および資源調査という名目だったが、この島はおよそその目的にそぐわぬ、痩せて寂れた土地だ。
国への報告は「否」であるとして――滅多に来ることもないからと、私たちはシビュラの庵を訪れた。
道中連れ立って来たクロムとアレスが、疲労で仲良く昼寝している間、私は杖の手入れをしながら、シビュラに話を聞いていた。
予言者というだけあり、魔族の私が知りえぬ興味深い話も聴けたが、その途中でシビュラは突然立ち上がって、ふらりと外へ出て行った。
断たれた話の続きよりも、どこへ向かったかが気になって追いかけてみれば、先の光景に出くわした、というわけだ。
そこは何かの遺跡らしいが、崩れて元の形は見る影もなく、抜けた青天井には厚い雲がかかっている。
灰色に薄ぼけた陰影の弱い空間で、床に描かれた見慣れない魔法円だけが、かつての姿を保っていた。
その魔法円の中央には、永劫竜ウロボロス……世界を永劫の輪に取り込むという存在ながら、完全には覚醒しきらなかったものが、蛇のようにとぐろを巻いている。
シビュラがぜんまいを回すや、くたりと横たわっていたそれがまるで、生気を得たように動き出したのだから、不思議という他なかった。
どこからか、時計が時を刻むような、カチコチという音が聞こえる。
ぜんまいを回すところを見たせいか、どうもそれはウロボロスの体内から聞こえてくる、ように思えた。
触れれば嫌がりもせず、すべっとした皮膚はほのかに温かくて、とても機械の類には見えないが。
ウロボロスは首を曲げ、来訪者である私の方を、物珍しげに眺めていた。
「マーリンと言ったか。お前は魔族なのだろう」
「そうだ。それが、どうかしたのか?」
見つめてくるヒスイ色の瞳を観察していると、シビュラが不意に口を挟んできた。
私が魔族であることなど、一見すれば……いや見ずとも、右手に携えた『予言書』をなぞれば容易にわかるだろうに。
その分厚い書はただの文鎮か、と皮肉を言いかけたところで、シビュラは続けて、こう言葉を紡いだ。
「私が死んだら、ウロボロスのネジを巻きに来てほしい」
「……え?」
言葉に不必要な抑揚はなく、頭を下げるでもなければ、表情にすら変化がない。
それにむしろ面喰って、私は間抜けな声を漏らした。
「言った通り、ネジを巻かなければ、ウロボロスは止まってしまう。私が死ねば、ネジを巻く者がいなくなる。だから、それをお前に頼みたい。魔族ならば、長命なのだろう」
唐突すぎる話だ。
初対面でこそなかれ、クロムやアレスや王国の者に比べれば、シビュラとの縁はあまりにも薄く細い。
見返りが欲しいわけではないが、相応の対価でもなければ、手放しで引き受ける気にはなれなかった。
「……何の義理があって。ウロボロスが止まろうが、私には何の関係もないことだ。君に頼まれる筋合いはない」
「関係なら、ある」
強い言葉を被せられ、私の反論はそこで止まった。
身に覚えなどない。永劫竜ウロボロスは、私のあずかり知らぬ所で勝手に呼び出され、今もこうして、私から遠い場所で静かに生きている。
接点を見出すための材料もなく、腕を組んで考えようとしたところに、シビュラはこう言葉を続けた。
「ウロボロスが止まる時、輪廻の流れもまた止まる。お前が煉獄の出だということも、私は知っている。何が起きるか、お前なら予想はつくはずだ」
最後まで説明しない、想像の余地を与える言い草に、反吐が出そうになった。
私が元居た煉獄――今では門を閉じ、隔てられた場所となったが――は、輪廻転生のできない魂を焼き清める、あるいは灰燼に帰す場所だ。
もし仮に、すべての魂が輪廻できなくなったなら、煉獄は数多の魂で溢れ返り、いずれは飽和してしまうことだろう。
そうなったならば、また煉獄の門が開くことも、無い話ではない。
(私を脅しているつもりか)
眉ひとつ動かさない、シビュラの白い顔を、厳しい顔で睨みつける。
私の考えは邪推だろうが、およそ好意的ともとらえることはできなかった。
「喚び出しておいて、世話を人に預けて……君が責任を持って、何とかすべきだろう」
「どうにもならない。それに、人の寿命には、限りがある。仕方のないことだ」
言われるや、私は思わず、シビュラの胸倉に掴みかかっていた。
図々しいにも程がある。
これほど激昂することは滅多にないから、ただでさえ吊り気味の目がさらに吊り上がり、さながら鬼の形相になっていたことだろう。
理不尽と不条理の混ざり合った味が、喉の奥からせり上がってくるようで、不快な感情に拍車をかける。
「身勝手な奴だな、君は。人に厄介事を押し付けて、自分は好き放題生きるつもりか」
吐き捨てた先の白い顔は、どうせ無味乾燥した鉄面皮のままだろう、とたかを括ったが、違った。
口の端をきゅっと結び、顔に落ちた影の奥で目を細め、眉根を少し寄せて――困り果てたような顔で、シビュラはこちらを見ている。
鮮やかな紅色の瞳も、今はただ、静かに色を深めていた。
(この男。こんな顔もできるのか)
言葉の棘で突き刺すことは簡単だが、今はその時ではない、と呑み込む。
何より、初めて顔に表れたシビュラの「憂い」に、私は動揺さえ覚えていた。
未来を見通し、運命を享受し、その必要もないはずの男が憂う顔。
私は予言などできないが、瞳の奥深くに、再び開いた煉獄の門が見えた気がして――受ける理由はなくとも、断る理由もない、と思い直す。
「……今回は、引き受けよう。煉獄の門がまた開くようなことがあっては、友のいのちにも関わる」
それは本音であり、建前でもあった。
このウロボロスの存亡が、煉獄に関わるというシビュラの話は、きっと真実だろう。
ただ、私が決断した理由は、そればかりではなかった。
情に絆された、と単純に結論づけられず、的確な言葉を持たない何かが、裾を掴んで引き留めた……とでも言おうか。
眼前の顔は、もう平素の無表情に戻ったというのに――閉じた瞼の裏に焼き付いた、憂いの顔が、消えない。
* * *
――キリ、キリ、キリ。
ウロボロ島の遺跡に、そんな音が響く。
大人しく渦巻きながら佇む永劫竜ウロボロスの、隣に私は寄り添っていた。
回すのに思いのほか力の要るぜんまいは、最初こそ苦戦したが、それにも大分慣れた。
百余年の時を隔てても、この音は、あの時と何も変わらない。
(結局、こうなるとはな)
人であるクロムを四十年ほど前に喪い、火族でありながら剣士として生きることを選んだアレスも、本来の寿命より太く短い生を全うした。
シビュラは、最後に顔を見たのが、クロムとの別れよりずっと前だった気がする。
久方ぶりにクロムとここを訪れ、もぬけの殻となったシビュラの庵を見て、茫然としたのも今や懐かしい。
机上に遺された『予言書』が、離別ではなく死別なのだ、と私に悟らせた。
王国の騎士団も、上に立つ王家さえ代替わりする中、そのめまぐるしさに、一人取り残される心地がしていた。
それが、数月に一度ここへ来て、ウロボロスのぜんまいを巻く時だけは、奇妙なほど安心する。
朽ち果てて少しずつ形を失う遺跡と、埃のたまってゆくシビュラの隠れ家を除けば、誰も踏み入らないこのウロボロ島の時間は、とてもゆっくり流れていた。
雲間から時折見える青空も、青々と伸び放題になった草木も……そして、静かに渦巻くウロボロスも、昔と何ら変わらない。
――キリ、キリ、キリ。
かつて、ここに一人住んでいた予言者は、何を思いながら、このちいさなぜんまいを回したことだろうか。
今となっては知りようもないが、ひとつだけ確信できるのは、この時間が不思議なぬくもりに満ちているということだった。
一人になったつらさも、長命ゆえの苦しみも、繰り返される金属音と傍で佇む大きな体が、やわらかく包み込んでくれる。
(あれほど、はね付けずとも、良かったな)
シビュラの胸倉を掴んだ感触が、手にこびりついたまま過ごした幾年月。
その中で、わが身に理不尽と思った頼まれごとが――実は双方に得のある、願ってもない依頼であったことに気付くと、手の内の感触は次第に剥がれ落ち、薄れていった。
永劫竜ウロボロスの寿命ははかり知れず、しかしシビュラはただの人間で、永久に寄り添うことはかなわない。
一方、王国の人間たちには寿命があり、ほとんど唯一の魔族である私は、絆を結んだ誰もに先立たれることを覚悟していた。
ウロボロスの世話を頼まれることで、シビュラは死後の憂いをなくし、私は決して先立たれることのない存在を手に入れた、のだ。
自分はまだまだ生きられるだろうが、永劫竜と呼ばれるこのいきものの寿命には、到底及ばないだろう。
次の「巻き手」もそろそろ、探しておかねばなるまい。
緑の森に住む、長寿のエルフ族でも頼ってみるか……などと思案しているうちに、ぜんまいが回らなくなる。
顔を上げると、ウロボロスが何をか言いたげに、鎌首をもたげるのが見えた。
過日見たシビュラの憂う顔が、幾分か穏やかなものに変わって、そこへ重なる心地がした。
聞き慣れない金属音の出所を探すと、それは驚くほどすぐ傍から聞こえていた。
何度も捻られるシビュラの左手首に、懐中時計のねじでも巻いているのだろうと思ったが、どうも違和感がある。
捩っているらしき金色の部品は、8の字の形をしている。機械のぜんまい仕掛けによく見る、ありきたりのものだ。
だが、それは時計や機械などでなく、寄り添っている永劫竜ウロボロスの体から、ちょこんと飛び出ていた。
脳が理解不能、と答えを弾き出す間もなく、こちらの不思議そうな顔に気付いたらしい、シビュラが言う。
「たまに巻いてやらないと、止まってしまうらしい」
たまに巻く。巻かないと止まる。何が?
金のぜんまいの根元が、確かにウロボロスの側面から発しているのを見て、ありえない解が導き出される。
ぜんまいを巻かないと、永劫竜ウロボロスは止まってしまう、らしい。
* * *
「こんなものがついているということは、この永劫竜は、機械なのか?」
「わからない。巻いてやらないと動きが鈍くなってくるから、とにかく巻いてやっている」
このシビュラは予言者で、かつては対峙したこともあったが、故あって今は話せばわかる立場にいる。
輪廻の予言が敗れた後、ここウロボロ島に隠棲し、俗世に深く関わらぬ生活を送っているらしかった。
他方、友のクロムが王国からウロボロ島の調査を任され、私はその付き添いでここへ来ていた。
バビロアの領土拡充と移民地確保、および資源調査という名目だったが、この島はおよそその目的にそぐわぬ、痩せて寂れた土地だ。
国への報告は「否」であるとして――滅多に来ることもないからと、私たちはシビュラの庵を訪れた。
道中連れ立って来たクロムとアレスが、疲労で仲良く昼寝している間、私は杖の手入れをしながら、シビュラに話を聞いていた。
予言者というだけあり、魔族の私が知りえぬ興味深い話も聴けたが、その途中でシビュラは突然立ち上がって、ふらりと外へ出て行った。
断たれた話の続きよりも、どこへ向かったかが気になって追いかけてみれば、先の光景に出くわした、というわけだ。
そこは何かの遺跡らしいが、崩れて元の形は見る影もなく、抜けた青天井には厚い雲がかかっている。
灰色に薄ぼけた陰影の弱い空間で、床に描かれた見慣れない魔法円だけが、かつての姿を保っていた。
その魔法円の中央には、永劫竜ウロボロス……世界を永劫の輪に取り込むという存在ながら、完全には覚醒しきらなかったものが、蛇のようにとぐろを巻いている。
シビュラがぜんまいを回すや、くたりと横たわっていたそれがまるで、生気を得たように動き出したのだから、不思議という他なかった。
どこからか、時計が時を刻むような、カチコチという音が聞こえる。
ぜんまいを回すところを見たせいか、どうもそれはウロボロスの体内から聞こえてくる、ように思えた。
触れれば嫌がりもせず、すべっとした皮膚はほのかに温かくて、とても機械の類には見えないが。
ウロボロスは首を曲げ、来訪者である私の方を、物珍しげに眺めていた。
「マーリンと言ったか。お前は魔族なのだろう」
「そうだ。それが、どうかしたのか?」
見つめてくるヒスイ色の瞳を観察していると、シビュラが不意に口を挟んできた。
私が魔族であることなど、一見すれば……いや見ずとも、右手に携えた『予言書』をなぞれば容易にわかるだろうに。
その分厚い書はただの文鎮か、と皮肉を言いかけたところで、シビュラは続けて、こう言葉を紡いだ。
「私が死んだら、ウロボロスのネジを巻きに来てほしい」
「……え?」
言葉に不必要な抑揚はなく、頭を下げるでもなければ、表情にすら変化がない。
それにむしろ面喰って、私は間抜けな声を漏らした。
「言った通り、ネジを巻かなければ、ウロボロスは止まってしまう。私が死ねば、ネジを巻く者がいなくなる。だから、それをお前に頼みたい。魔族ならば、長命なのだろう」
唐突すぎる話だ。
初対面でこそなかれ、クロムやアレスや王国の者に比べれば、シビュラとの縁はあまりにも薄く細い。
見返りが欲しいわけではないが、相応の対価でもなければ、手放しで引き受ける気にはなれなかった。
「……何の義理があって。ウロボロスが止まろうが、私には何の関係もないことだ。君に頼まれる筋合いはない」
「関係なら、ある」
強い言葉を被せられ、私の反論はそこで止まった。
身に覚えなどない。永劫竜ウロボロスは、私のあずかり知らぬ所で勝手に呼び出され、今もこうして、私から遠い場所で静かに生きている。
接点を見出すための材料もなく、腕を組んで考えようとしたところに、シビュラはこう言葉を続けた。
「ウロボロスが止まる時、輪廻の流れもまた止まる。お前が煉獄の出だということも、私は知っている。何が起きるか、お前なら予想はつくはずだ」
最後まで説明しない、想像の余地を与える言い草に、反吐が出そうになった。
私が元居た煉獄――今では門を閉じ、隔てられた場所となったが――は、輪廻転生のできない魂を焼き清める、あるいは灰燼に帰す場所だ。
もし仮に、すべての魂が輪廻できなくなったなら、煉獄は数多の魂で溢れ返り、いずれは飽和してしまうことだろう。
そうなったならば、また煉獄の門が開くことも、無い話ではない。
(私を脅しているつもりか)
眉ひとつ動かさない、シビュラの白い顔を、厳しい顔で睨みつける。
私の考えは邪推だろうが、およそ好意的ともとらえることはできなかった。
「喚び出しておいて、世話を人に預けて……君が責任を持って、何とかすべきだろう」
「どうにもならない。それに、人の寿命には、限りがある。仕方のないことだ」
言われるや、私は思わず、シビュラの胸倉に掴みかかっていた。
図々しいにも程がある。
これほど激昂することは滅多にないから、ただでさえ吊り気味の目がさらに吊り上がり、さながら鬼の形相になっていたことだろう。
理不尽と不条理の混ざり合った味が、喉の奥からせり上がってくるようで、不快な感情に拍車をかける。
「身勝手な奴だな、君は。人に厄介事を押し付けて、自分は好き放題生きるつもりか」
吐き捨てた先の白い顔は、どうせ無味乾燥した鉄面皮のままだろう、とたかを括ったが、違った。
口の端をきゅっと結び、顔に落ちた影の奥で目を細め、眉根を少し寄せて――困り果てたような顔で、シビュラはこちらを見ている。
鮮やかな紅色の瞳も、今はただ、静かに色を深めていた。
(この男。こんな顔もできるのか)
言葉の棘で突き刺すことは簡単だが、今はその時ではない、と呑み込む。
何より、初めて顔に表れたシビュラの「憂い」に、私は動揺さえ覚えていた。
未来を見通し、運命を享受し、その必要もないはずの男が憂う顔。
私は予言などできないが、瞳の奥深くに、再び開いた煉獄の門が見えた気がして――受ける理由はなくとも、断る理由もない、と思い直す。
「……今回は、引き受けよう。煉獄の門がまた開くようなことがあっては、友のいのちにも関わる」
それは本音であり、建前でもあった。
このウロボロスの存亡が、煉獄に関わるというシビュラの話は、きっと真実だろう。
ただ、私が決断した理由は、そればかりではなかった。
情に絆された、と単純に結論づけられず、的確な言葉を持たない何かが、裾を掴んで引き留めた……とでも言おうか。
眼前の顔は、もう平素の無表情に戻ったというのに――閉じた瞼の裏に焼き付いた、憂いの顔が、消えない。
* * *
――キリ、キリ、キリ。
ウロボロ島の遺跡に、そんな音が響く。
大人しく渦巻きながら佇む永劫竜ウロボロスの、隣に私は寄り添っていた。
回すのに思いのほか力の要るぜんまいは、最初こそ苦戦したが、それにも大分慣れた。
百余年の時を隔てても、この音は、あの時と何も変わらない。
(結局、こうなるとはな)
人であるクロムを四十年ほど前に喪い、火族でありながら剣士として生きることを選んだアレスも、本来の寿命より太く短い生を全うした。
シビュラは、最後に顔を見たのが、クロムとの別れよりずっと前だった気がする。
久方ぶりにクロムとここを訪れ、もぬけの殻となったシビュラの庵を見て、茫然としたのも今や懐かしい。
机上に遺された『予言書』が、離別ではなく死別なのだ、と私に悟らせた。
王国の騎士団も、上に立つ王家さえ代替わりする中、そのめまぐるしさに、一人取り残される心地がしていた。
それが、数月に一度ここへ来て、ウロボロスのぜんまいを巻く時だけは、奇妙なほど安心する。
朽ち果てて少しずつ形を失う遺跡と、埃のたまってゆくシビュラの隠れ家を除けば、誰も踏み入らないこのウロボロ島の時間は、とてもゆっくり流れていた。
雲間から時折見える青空も、青々と伸び放題になった草木も……そして、静かに渦巻くウロボロスも、昔と何ら変わらない。
――キリ、キリ、キリ。
かつて、ここに一人住んでいた予言者は、何を思いながら、このちいさなぜんまいを回したことだろうか。
今となっては知りようもないが、ひとつだけ確信できるのは、この時間が不思議なぬくもりに満ちているということだった。
一人になったつらさも、長命ゆえの苦しみも、繰り返される金属音と傍で佇む大きな体が、やわらかく包み込んでくれる。
(あれほど、はね付けずとも、良かったな)
シビュラの胸倉を掴んだ感触が、手にこびりついたまま過ごした幾年月。
その中で、わが身に理不尽と思った頼まれごとが――実は双方に得のある、願ってもない依頼であったことに気付くと、手の内の感触は次第に剥がれ落ち、薄れていった。
永劫竜ウロボロスの寿命ははかり知れず、しかしシビュラはただの人間で、永久に寄り添うことはかなわない。
一方、王国の人間たちには寿命があり、ほとんど唯一の魔族である私は、絆を結んだ誰もに先立たれることを覚悟していた。
ウロボロスの世話を頼まれることで、シビュラは死後の憂いをなくし、私は決して先立たれることのない存在を手に入れた、のだ。
自分はまだまだ生きられるだろうが、永劫竜と呼ばれるこのいきものの寿命には、到底及ばないだろう。
次の「巻き手」もそろそろ、探しておかねばなるまい。
緑の森に住む、長寿のエルフ族でも頼ってみるか……などと思案しているうちに、ぜんまいが回らなくなる。
顔を上げると、ウロボロスが何をか言いたげに、鎌首をもたげるのが見えた。
過日見たシビュラの憂う顔が、幾分か穏やかなものに変わって、そこへ重なる心地がした。
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