月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさんこんばんは、九曜です。
先週フラグを置き逃げしましたので、今週はその回収です。
先週の記事でも言いましたが、この話はそもそも「上」で終わる予定でした。
「下」の部分ができたことについて、自分でびっくりしているところもありますが、ちゃんとまとめられて嬉しくもあります。
お話を書くにあたり、実は「きちんとまとめる」のが一番大変ではないかと思います。
前置きはこのへんにして、追記より続きをお楽しみください。
先週フラグを置き逃げしましたので、今週はその回収です。
先週の記事でも言いましたが、この話はそもそも「上」で終わる予定でした。
「下」の部分ができたことについて、自分でびっくりしているところもありますが、ちゃんとまとめられて嬉しくもあります。
お話を書くにあたり、実は「きちんとまとめる」のが一番大変ではないかと思います。
前置きはこのへんにして、追記より続きをお楽しみください。
『さあッ、試合開始だ! 両者、まだ一歩も動かないっ! 先に動くのはどっちだーッ!?』
始まりを告げる鐘と耳障りな声に、耳の奥を不快に揺すられながら、俺は前方を見つめた。
生きるか、死ぬか。監獄の闘技場の掟はとても単純だが、今の俺にはその単純さが憎かった。
対面した白いマントをまとった男は、同色の覆面で口元こそ見えないが、その進退を考えるように目を細めている。
その男――風のジークが、かつてともに旅をした戦友でなかったなら、俺は何も迷わないで済んだろうに。
忍びとして、与えられた使命を全うするのが当然と思って生きてきた。それは今でも、俺の奥底に根付いている。
だが、このジークという自由な男と過ごすうち、俺は何度もそれを考えさせられた。
いつしかそれは、此方の世界に穏やかな疑問を投げかけるものとなって、今や里の指示あっても、この男を断ずる権利は俺にないのだろう、と感じはじめていた。
里の命すらなければ、なおさらのことだ。
それゆえ今、俺には究極の選択を迫られているように思えて仕方なかった。
生きるか、死ぬか。
それはすなわち、俺がジークを殺すか、ジークに殺されるか、ということ。
ジークの体がわずかに沈んだのが見えて、構えた刀の角度を変える。嬉しくもない予測どおり、白い衣は風を切って、此方へ飛び込んでくる。
観客の歓声。審判の高揚した叫び。砂塵が衣服に叩き付けられる細かな音。
そのすべては、まるで自分を掠めるようになぞられた「だけ」の太刀筋に、溶けて消えた。
(えっ?)
忍びにあるまじき一瞬の空白を、慌てて埋めようとする。
ジークはわざとらしく「チクショウ、避けられたか」などと、地面を蹴って悪態をついていた。
(違う。俺は避けてはいない。ジークが「当ててこなかった」……)
真意を知るため、俺はすぐさま飛び掛かり、わざとジークが受け止められる速度で刀を振り下ろす。
果たしてその読み通り、ジークは両手の双剣を交差させて、がちりとこちらの動きを止めた。
力を込めて押せば、ジークは応じるように少し上体を引き、すぐさま押し返してくる。
金属音に紛れ込ませた俺の声は、無事届いたのだろう。
覆面越しに上がる頬と、何かを意図する強い視線。
真正面にとらえたジークの眼光は、この薄暗い監獄で初めて俺が見出した、一縷の希望にも見えた。
まるで舞台劇に迷い込んだ俺を立役者にでもするように、ジークは両手の剣を内向きに曲げ、俺の刀をうまいこと避けながら、大仰に後方へ転がる。
その様が観客を喜ばせるや、俺は心中で安堵し、ジークは満足したようだった。
「やるじゃねーか! さすが零だ」
邂逅した時と違って、顔や動きに普段どおりの活力が溢れ始めている。
それはほかでもない、この男特有の、何か悪巧みでも始めようという時のものであることを――俺は知っている。
『ようやく両者、バトルをする気になったようだ! 風のジークの連続攻撃をいなす風魔の零! 一枚上手であることを見せつけるーッ!!』
この余興に気付かない審判の声を、笑い飛ばしたくなるのを堪えて、俺は刀を構え直した。
応えねばなるまい。
是か非か、しか考えられなかった頭の固い俺に、三つ目の道を与えてくれたのだから。
「これはどうだ! シビレ斬り!」
「へっへーん、当たるかよ!」
近づくたびに、ジークのしてくる意味ありげな目配せと、微かに聞き取れるいくつかの単語。
互いにその場で紡いだ「作戦」が、砂塵にかき消され審判に届いていないことを祈りながら、剣舞に興ずる。
ジークは、この類のことには慣れているようで、大仰に倒れたり転がったりしながらも、いちおう受け身を取っているらしかった。
忍びとして、ぎりぎり体を掠める攻撃の技しか持たない俺だけでは、どうしようもなかっただろう。
「アサシンエッ……」
「遅いッ!」
「ぐえっ!?」
そろそろ頃合いと見た俺は、みね打ちを当て、迫るジークの武器を両手から叩き落とした。
大仰な声があがり、少しの不安も覚えたが、今はこの男の得意とする芝居であることを願うしかない。
「ま、待った! このとーり! 命ばかりはお助け!」
『スタップ、スターップ!』
その場に這いつくばり、拝みこむような姿勢をとるジークを見て、審判である古神官ホップが近づいてきた。
どういう原理かはわからないが、古神官ホップは宙に浮いて自在に飛び回ることができるらしく、それまでは上空で高みの見物をしていたようだ。
ただこの審判は、いちおう審判としての務めは誠実にこなすらしく、いずれかが試合放棄をしようとすると、このように間に割って入ってくる。
それこそが、俺とジークの立てた「作戦」での狙いであり――
『ギブアップは認められません! どっちかが死ぬまで戦い続ける、それがこのコロッセオのルール。さあ、立ち上が……』
「今だ! ジーク!」
「おう!!」
武器をそちらへ構え直し、飛び掛かって審判にシビレ斬りを叩きこむ。
同時にジークも、落としていた武器を拾い上げ、背後に回り込んでからのアサシンエッジを繰り出した。
二人の動きは十字を描いて重なり、さしもの審判も、異常事態に気付いたようだった。
『な、何だァーッ!? これは前代未聞! レフェリーにタッグを組んで斬りかかってきたぁーッ!!』
「悠長にお喋りしてる場合じゃねーだろ? もう寝な! アサシンエッジ!!」
急所を狙うジークの一撃が、動きの鈍った古神官ホップを華麗に仕留める。
うるさい口をようやく黙らせると、俺とジークは一目散に、開いていた扉へと駆け出した。
もちろんこの扉は、一定時間が経つと勝者のために開かれ、逃げようとすれば審判に連れ戻される……ということも、すべて織り込み済みだ。
魔王サッカーラが閉門の指示を出したようだが、ぎりぎりのところで、二人とも隙間へ滑り込むことに成功する。
「へっへ、うまくいったな!」
「喜ぶのは後だ!」
浮かれた声のジークを制しつつ、俺は所々にしか灯りのない石の回廊を、足早に駆け出した。
* * *
「待てええ! 待つんだぞお!!」
「待てって言われて、だーれが待つかよ!」
後ろから追いかけてくる看守らの声に、飄々と答えるジークはすっかり普段の調子に戻っている。
それを安堵する暇もなく、目星をつけておいた穴から天井裏に飛び上がると、俺はジークに声をかけた。
「こっちだ!」
「ちょ、そんなところ通るのかよ! 待っ……」
「逃がさないわよおお!」
「うひぇっ!?」
事前に、逃走経路の仔細までは確認しきれていないから、ジークが驚いて止まるのは仕方がない。
それよりも今は、打棒を振り上げる獄卒を止めねばならない。
俺は奪われた鋲の代わりに、鎧の留め金をひとつひきちぎって、獄卒の顔面めがけて打ち込んだ。
「あおっ!! ちょっと、レディの顔になにすんのよ!!」
威力こそ期待できないが、怯ませ時間さえ稼ぐことができれば、ジークをこちらへ引き上げるのは容易かった。
「た、助かった……サンキュ」
「まだ気は抜くな、こっちだ」
天井まで侵入してきたベージを突いて一撃で倒し、他の追手がすべて階下にいることを確かめると、俺はわざと足音を立てながら走った。
打棒で時折、下から突かれるのは心臓に悪いが、石の天井が堅牢であることに感謝する。
ジークにもっと静かに走らなくていいのか、とかついてきてるぞ、とか言われたが、俺はそれをあえて無視して走り続けた。
走りながら、侵入の時に置いた目印の石を拾って、先へ進む。
下にいる看守たちは、足音を頼りにしつこく追いかけてくる。
俺たちはその場に立ち止まり、集まった石を適当なひとつの方角へばらばらと投げ始めた。
侵入の時、このような目印を置いていなかったら、今頃苦労していたことだろう。
俺の思惑通り、足下の喧騒はどこへともつかぬ方へ去り、今度は抜き足差し足で、本来の抜け道へと二人で進みはじめた。
「あのさ、ところで……」
やがて狭い横穴へ入り、膝をつくような姿勢で奥へ進んでいると、後ろから声がした。
「シッ。もっと声量を下げろ」
「へい、へい」
さすがにここまで追手が来るとは思えないが、まだ予断を許さない状況であるから、注意する旨の言葉をかけておく。
(お前、ここ来たことあんの? 随分詳しいみたいだけど)
二つ返事の後、耳元にようやく届くぐらいの声で聞こえてくる疑問。
そんな話なら、安全が確保できてからでいいとは思ったが――それでは何もかも拒絶するようで、なぜだか心地が悪い。
俺は手短に、ここへ忍び込んだ時にある程度把握した、とだけ答えを紡いだ。
(へー。やっぱシノビはシノビなんだな。見直しちゃうぜ)
そんな誉め言葉が聞こえてきて、ジークの自由人さ加減に呆れ半分となる。
ただ、世辞でも悪い気はしないと……悦に入る気持ちを慌てて引き締め、咳払いひとつとともにその場へ吐き出して、冷たい石床の通路に手を伸ばした。
* * *
壁に開いた横穴から脱した頃には、辺りはすっかり暗く静まっていた。
見張りの松明が目印になることを幸いに、光のない方へ忍び歩く。
建物の近隣には、樹木もなければ遮蔽物もない。
ジークにもなるべく身を低くするよう伝え、手や膝を砂だらけにしながら、這うように進む。
そのうちに、柔らかい橙色の明かりが見えてきた。
それは果たして、近隣の小さな村のもので、俺たちは助かったことをようやく確信できた。
領内に入った者は捕えるが、脱獄した者については、執拗に追ってこないのだろう。
村に物々しい兵の雰囲気はなく、戦さ前のざわついた空気も感じられなかった。
「まったく。とんでもない経験したぜ」
「骨折り損のくたびれ儲け、だな」
村の中央を横切る通りを、思い思いの言葉を並べながら、二人で歩く。
ジークは覆面越しにも聞こえるほど、大きく長くため息をついて、ようやく自由になったと喜ぶ代わりに、大きくひとつ伸びをした。
見上げた空には雲がかかり、その向こうの月の存在が、ぼんやりとした薄明りで辛うじてわかる。
冷たいはずの夜の砂地の空気も、今は優しく感じた。
「まっ、でも、生きて帰れてよかったな?」
「そうだな」
あの遺跡の調査については、これ以上の成果が望めないことも添えて、里に知らせることに決めた。
刀以外の道具、宿賃となる路銀すら失っている今、もう一度あの場所に飛び込むのは、無謀な話だ。
任務を達せなかったということもあり、決して晴れやかではないが――それでもどこか、安堵した心地だった。
歩き出した宵の小路の、乾いた空気を覆面越しに吸いながら、俺はふっ、とちいさく息を吐き出した。
始まりを告げる鐘と耳障りな声に、耳の奥を不快に揺すられながら、俺は前方を見つめた。
生きるか、死ぬか。監獄の闘技場の掟はとても単純だが、今の俺にはその単純さが憎かった。
対面した白いマントをまとった男は、同色の覆面で口元こそ見えないが、その進退を考えるように目を細めている。
その男――風のジークが、かつてともに旅をした戦友でなかったなら、俺は何も迷わないで済んだろうに。
忍びとして、与えられた使命を全うするのが当然と思って生きてきた。それは今でも、俺の奥底に根付いている。
だが、このジークという自由な男と過ごすうち、俺は何度もそれを考えさせられた。
いつしかそれは、此方の世界に穏やかな疑問を投げかけるものとなって、今や里の指示あっても、この男を断ずる権利は俺にないのだろう、と感じはじめていた。
里の命すらなければ、なおさらのことだ。
それゆえ今、俺には究極の選択を迫られているように思えて仕方なかった。
生きるか、死ぬか。
それはすなわち、俺がジークを殺すか、ジークに殺されるか、ということ。
ジークの体がわずかに沈んだのが見えて、構えた刀の角度を変える。嬉しくもない予測どおり、白い衣は風を切って、此方へ飛び込んでくる。
観客の歓声。審判の高揚した叫び。砂塵が衣服に叩き付けられる細かな音。
そのすべては、まるで自分を掠めるようになぞられた「だけ」の太刀筋に、溶けて消えた。
(えっ?)
忍びにあるまじき一瞬の空白を、慌てて埋めようとする。
ジークはわざとらしく「チクショウ、避けられたか」などと、地面を蹴って悪態をついていた。
(違う。俺は避けてはいない。ジークが「当ててこなかった」……)
真意を知るため、俺はすぐさま飛び掛かり、わざとジークが受け止められる速度で刀を振り下ろす。
果たしてその読み通り、ジークは両手の双剣を交差させて、がちりとこちらの動きを止めた。
力を込めて押せば、ジークは応じるように少し上体を引き、すぐさま押し返してくる。
金属音に紛れ込ませた俺の声は、無事届いたのだろう。
覆面越しに上がる頬と、何かを意図する強い視線。
真正面にとらえたジークの眼光は、この薄暗い監獄で初めて俺が見出した、一縷の希望にも見えた。
まるで舞台劇に迷い込んだ俺を立役者にでもするように、ジークは両手の剣を内向きに曲げ、俺の刀をうまいこと避けながら、大仰に後方へ転がる。
その様が観客を喜ばせるや、俺は心中で安堵し、ジークは満足したようだった。
「やるじゃねーか! さすが零だ」
邂逅した時と違って、顔や動きに普段どおりの活力が溢れ始めている。
それはほかでもない、この男特有の、何か悪巧みでも始めようという時のものであることを――俺は知っている。
『ようやく両者、バトルをする気になったようだ! 風のジークの連続攻撃をいなす風魔の零! 一枚上手であることを見せつけるーッ!!』
この余興に気付かない審判の声を、笑い飛ばしたくなるのを堪えて、俺は刀を構え直した。
応えねばなるまい。
是か非か、しか考えられなかった頭の固い俺に、三つ目の道を与えてくれたのだから。
「これはどうだ! シビレ斬り!」
「へっへーん、当たるかよ!」
近づくたびに、ジークのしてくる意味ありげな目配せと、微かに聞き取れるいくつかの単語。
互いにその場で紡いだ「作戦」が、砂塵にかき消され審判に届いていないことを祈りながら、剣舞に興ずる。
ジークは、この類のことには慣れているようで、大仰に倒れたり転がったりしながらも、いちおう受け身を取っているらしかった。
忍びとして、ぎりぎり体を掠める攻撃の技しか持たない俺だけでは、どうしようもなかっただろう。
「アサシンエッ……」
「遅いッ!」
「ぐえっ!?」
そろそろ頃合いと見た俺は、みね打ちを当て、迫るジークの武器を両手から叩き落とした。
大仰な声があがり、少しの不安も覚えたが、今はこの男の得意とする芝居であることを願うしかない。
「ま、待った! このとーり! 命ばかりはお助け!」
『スタップ、スターップ!』
その場に這いつくばり、拝みこむような姿勢をとるジークを見て、審判である古神官ホップが近づいてきた。
どういう原理かはわからないが、古神官ホップは宙に浮いて自在に飛び回ることができるらしく、それまでは上空で高みの見物をしていたようだ。
ただこの審判は、いちおう審判としての務めは誠実にこなすらしく、いずれかが試合放棄をしようとすると、このように間に割って入ってくる。
それこそが、俺とジークの立てた「作戦」での狙いであり――
『ギブアップは認められません! どっちかが死ぬまで戦い続ける、それがこのコロッセオのルール。さあ、立ち上が……』
「今だ! ジーク!」
「おう!!」
武器をそちらへ構え直し、飛び掛かって審判にシビレ斬りを叩きこむ。
同時にジークも、落としていた武器を拾い上げ、背後に回り込んでからのアサシンエッジを繰り出した。
二人の動きは十字を描いて重なり、さしもの審判も、異常事態に気付いたようだった。
『な、何だァーッ!? これは前代未聞! レフェリーにタッグを組んで斬りかかってきたぁーッ!!』
「悠長にお喋りしてる場合じゃねーだろ? もう寝な! アサシンエッジ!!」
急所を狙うジークの一撃が、動きの鈍った古神官ホップを華麗に仕留める。
うるさい口をようやく黙らせると、俺とジークは一目散に、開いていた扉へと駆け出した。
もちろんこの扉は、一定時間が経つと勝者のために開かれ、逃げようとすれば審判に連れ戻される……ということも、すべて織り込み済みだ。
魔王サッカーラが閉門の指示を出したようだが、ぎりぎりのところで、二人とも隙間へ滑り込むことに成功する。
「へっへ、うまくいったな!」
「喜ぶのは後だ!」
浮かれた声のジークを制しつつ、俺は所々にしか灯りのない石の回廊を、足早に駆け出した。
* * *
「待てええ! 待つんだぞお!!」
「待てって言われて、だーれが待つかよ!」
後ろから追いかけてくる看守らの声に、飄々と答えるジークはすっかり普段の調子に戻っている。
それを安堵する暇もなく、目星をつけておいた穴から天井裏に飛び上がると、俺はジークに声をかけた。
「こっちだ!」
「ちょ、そんなところ通るのかよ! 待っ……」
「逃がさないわよおお!」
「うひぇっ!?」
事前に、逃走経路の仔細までは確認しきれていないから、ジークが驚いて止まるのは仕方がない。
それよりも今は、打棒を振り上げる獄卒を止めねばならない。
俺は奪われた鋲の代わりに、鎧の留め金をひとつひきちぎって、獄卒の顔面めがけて打ち込んだ。
「あおっ!! ちょっと、レディの顔になにすんのよ!!」
威力こそ期待できないが、怯ませ時間さえ稼ぐことができれば、ジークをこちらへ引き上げるのは容易かった。
「た、助かった……サンキュ」
「まだ気は抜くな、こっちだ」
天井まで侵入してきたベージを突いて一撃で倒し、他の追手がすべて階下にいることを確かめると、俺はわざと足音を立てながら走った。
打棒で時折、下から突かれるのは心臓に悪いが、石の天井が堅牢であることに感謝する。
ジークにもっと静かに走らなくていいのか、とかついてきてるぞ、とか言われたが、俺はそれをあえて無視して走り続けた。
走りながら、侵入の時に置いた目印の石を拾って、先へ進む。
下にいる看守たちは、足音を頼りにしつこく追いかけてくる。
俺たちはその場に立ち止まり、集まった石を適当なひとつの方角へばらばらと投げ始めた。
侵入の時、このような目印を置いていなかったら、今頃苦労していたことだろう。
俺の思惑通り、足下の喧騒はどこへともつかぬ方へ去り、今度は抜き足差し足で、本来の抜け道へと二人で進みはじめた。
「あのさ、ところで……」
やがて狭い横穴へ入り、膝をつくような姿勢で奥へ進んでいると、後ろから声がした。
「シッ。もっと声量を下げろ」
「へい、へい」
さすがにここまで追手が来るとは思えないが、まだ予断を許さない状況であるから、注意する旨の言葉をかけておく。
(お前、ここ来たことあんの? 随分詳しいみたいだけど)
二つ返事の後、耳元にようやく届くぐらいの声で聞こえてくる疑問。
そんな話なら、安全が確保できてからでいいとは思ったが――それでは何もかも拒絶するようで、なぜだか心地が悪い。
俺は手短に、ここへ忍び込んだ時にある程度把握した、とだけ答えを紡いだ。
(へー。やっぱシノビはシノビなんだな。見直しちゃうぜ)
そんな誉め言葉が聞こえてきて、ジークの自由人さ加減に呆れ半分となる。
ただ、世辞でも悪い気はしないと……悦に入る気持ちを慌てて引き締め、咳払いひとつとともにその場へ吐き出して、冷たい石床の通路に手を伸ばした。
* * *
壁に開いた横穴から脱した頃には、辺りはすっかり暗く静まっていた。
見張りの松明が目印になることを幸いに、光のない方へ忍び歩く。
建物の近隣には、樹木もなければ遮蔽物もない。
ジークにもなるべく身を低くするよう伝え、手や膝を砂だらけにしながら、這うように進む。
そのうちに、柔らかい橙色の明かりが見えてきた。
それは果たして、近隣の小さな村のもので、俺たちは助かったことをようやく確信できた。
領内に入った者は捕えるが、脱獄した者については、執拗に追ってこないのだろう。
村に物々しい兵の雰囲気はなく、戦さ前のざわついた空気も感じられなかった。
「まったく。とんでもない経験したぜ」
「骨折り損のくたびれ儲け、だな」
村の中央を横切る通りを、思い思いの言葉を並べながら、二人で歩く。
ジークは覆面越しにも聞こえるほど、大きく長くため息をついて、ようやく自由になったと喜ぶ代わりに、大きくひとつ伸びをした。
見上げた空には雲がかかり、その向こうの月の存在が、ぼんやりとした薄明りで辛うじてわかる。
冷たいはずの夜の砂地の空気も、今は優しく感じた。
「まっ、でも、生きて帰れてよかったな?」
「そうだな」
あの遺跡の調査については、これ以上の成果が望めないことも添えて、里に知らせることに決めた。
刀以外の道具、宿賃となる路銀すら失っている今、もう一度あの場所に飛び込むのは、無謀な話だ。
任務を達せなかったということもあり、決して晴れやかではないが――それでもどこか、安堵した心地だった。
歩き出した宵の小路の、乾いた空気を覆面越しに吸いながら、俺はふっ、とちいさく息を吐き出した。
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