月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】甘いもの嫌い 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
アーカイブが続いております。九曜です。
ちょっと色々立て込んでおりまして、PCのデータ整理も兼ねて引っ張り出しをしていますが、そのアーカイブにオレカバトルの話が多い理由を、ちょこっとだけお話しようと思います。

私はどちらかといえば絵を描く方が楽しい性分ですが、いつからか文章も書くようになりました。
もちろん、書き始めの頃は文法から状況説明まで非常~にどうでもいい感じで、今読み返すと非常に読みづらいものも多くあります。
ただ、絵を描くのがいくら好きでも「長く描き続けていると飽きる」という私にとって、尺の長い物語を完結させられる文章という手段は、大変ありがたいものでした。

幸い、ある程度まで読みやすくまとめた話を書けるようになると、私の創作傾向がハッキリ分かれてきました。
一枚での状況説明をしたい時は絵、ストーリーを追いたい時は文。
単発で「このキャラのこんな仕草が!」とやりたい時は絵になり、もっと長期にわたって「このキャラがこう動いて、結果こうなって、それから…」をやりたい時は文になります。
もっと具体的に言うなら、「風魔君可愛い!」をやりたい時は絵、「風魔君が風魔の零に会ってなんやかんや月の一族について話して…」をやりたい時は文です(→月の一族の伝説
ジークと零の珍道中ほか、予言者シビュラやメソタニアのクーデターズなんかは、長期にわたる関係性への言及をやろうとし始めたので、どちらかといえば文章になることが多いです。
そんなこんなで、オレカに関しては稀に見る文章量となっているわけです。
シビュラさんに関しては絵も多いですが、文章もそこそこ書いてるので、いわゆる「どちらでもやりたい」系の希少な存在…なのかも。

今回は「実は甘いものが嫌いな参謀エンリル」のお話。
お題として提示されたものに沿って書いた作品ですが、ぜんぜんお題ではない「実は甘いものが大好きな○○○○○○」という自宅設定まで回収しています(これについては、機会があれば後ほど)
追記よりご覧ください。

あ、今回は若干生々しい描写があるので(R指定はありません)大丈夫な方だけどうぞ。





昼下がり、メソタニア王宮。
正午を過ぎて三時間も経つ頃になると、エンリルは上官のネルガルに飲み物を出し、自身も一息つく支度をはじめる。
普段であれば、合間につまむ軽食は給仕の者に手配するのだが、その日は珍しくネルガルから、こういった声がかかった。

「今日の菓子はこれにせんか? 部下の兵から土産にもらったのだが、西の国との交易品らしい」

目の前に赤いリボンの巻かれた、大ぶりの辞書ほどもある焦げ茶色の箱が差し出される。
表面には白抜きの文字で何やら書かれており、西の大陸の言葉のようだが、軽く読み下すとチョコレートであることがわかった。
異国の字体もエンリルにはある程度解読でき、単語が平易であったことも幸いした。

カカオという植物を原料として作られる、ほろ苦い茶色の嗜好品は、西の国ではよく作られているものらしいが、メソタニアではあまり生産が盛んではない。
そのため手に入れる機会は限られており、王宮に仕える身であっても、容易に口にできるものではなかった。
純度の高いチョコレートは、特に苦みが強く、後味を引きづらい。政務の合間、眠気を覚ますにはちょうど良い代物だ。
エンリルは躊躇いもなく、この提案に乗ることにした。

「ほう、チョコレートですか。わたくしも頂いてよろしいので?」
「もちろんだ。たくさん入っているからな、好きなだけ取っていいぞ」

ネルガルがテーブルの上で箱をひっくり返すと、色とりどりの包みがざっとこぼれて広がった。
角砂糖程度の大きさだが、あまりにも大量であることに目を見張る。箱の中の空間すべてが、この小さな包みで満たされていたらしい。
ひとつひとつ、色の違う紙で包まれていることもあり、それらが散らばったテーブルの上はとても賑やかに感じた。

「では……」

山のようになったチョコレート達に、手を伸ばす。
好きなだけとは言われたものの、片手で鷲づかみにでもしようものなら、がめつい奴だと思われるだろう。
今日の分、明日の分……貴重なものだからと少しは欲張って、包みを十個ほど手元に拾い上げる。
それだけでいいのか、とネルガルに念押しされたので、厚意にあずかるふりをして、さらに五個の包みを確保する。
ネルガルは咎めもせず、鼻歌混じりの上機嫌だったので、たまにはいいこともあるものだ、とエンリルは口の中で呟いた。

ご相伴にあずかる前に、淹れていたコーヒーを二人分、給湯室から政務室へと運ぶ。
ネルガルの前にカップを置いた時には、既に手元に空の紙包みがいくつも置かれており、よくぞこんなに食べるものだ、とエンリルは呆れ返った。
元来大食いでもあるが、ネルガルはことに甘党で、用意したコーヒーにもミルクと蜂蜜がしこたま入れてある。
そんな男が、チョコレートをこれほどの勢いで食べるというのは、意外でもあった。
チョコレートは苦いもののはずだが、これはこれで好物なのだろうか?
エンリルのその疑問は、ようやく椅子に腰を下ろし、包みを剥いだチョコレートを口に放り込んだと同時に、解消された。

(甘いッ!?)

舌全体をじわりと侵食する甘味に、瞬時に頬が引き攣る。
自分の知っているチョコレートと、味が違う。
砂糖の塊でも食べているかのような、すぐさま吐き出したくなるほどの甘さに、エンリルは慌ててブラック・コーヒーを喉に流し込んだ。

「うん? どうした、美味くなかったか」
「い、いえ……ただ、思いのほか甘いのですね? 私はてっきり、苦いものかと……」

上官からの頂き物、という手前、手放しで不味いとは言いづらい。
ましてや、突然吐き出すなどということをすれば、今後の身の振り方に悪影響しかねない。
精一杯穏やかな顔を作るよう努めながら、それとなく、謎の甘さについて言及してみる。

「これは、苦いチョコレートに多量の砂糖を入れることで、甘く食べやすく仕立てたものだそうだ。これほど甘いのなら、毎日でも食べたい」

手元の包みを数える。先ほど口に放ったのがひとつだから、あと……十四はある。
それらすべてが、甘さの「爆弾」とも言うべき威力を秘めたものだ。
ネルガルは甘党であるが、エンリルは甘いものが吐くほど嫌いで、菓子などは塩気や苦味のあるものしか口にしなかった。
到底、目の前に詰まれた甘いだけの塊など、食べられる気がしない。

エンリルはネルガルの趣味嗜好をよく把握しているが、逆の立場ではあまり把握されていなかった。
エンリルが上官のネルガルに気を遣うのは当たり前だが、ネルガルが部下のエンリルに気を遣う必要性は薄い。
主張しすぎれば主従関係が拗れてしまうため、エンリルが譲れる部分は譲っている、というのが現状だ。
それに、ネルガルが生粋の武人ということも鑑みれば、気づかなくても仕方のないところもあった。

「そ、そんなにお好きでしたら、残りはお返ししますよ。わたくしがこんな頂いては……」
「遠慮するな、まだこんなにある。それにエンリルの取った分まで、手を出しては悪い」

やんわり返そうとするも、作戦失敗。
平時は人の気持ちなど推し量りもしない癖に……と、エンリルは心の底で悪態をつく。
残りの包みは、こっそり部下へ分け与えようと思案して、それ以上は手を出さず、ひたすらコーヒーを流し入れることにした。
苦手なものだが、ここで吐き出すことだけは避けたい。

(甘い。甘い! 口の中が甘い!)

苦いコーヒーを何度流しても、すぐ後引く甘さが戻ってきて、自分の舌を根元から切り取って放り投げたくなる。
むしろ、コーヒーを含むたびに、その甘味は却って増幅されるように、じわりじわりと口内を深いところまで侵食してゆく。
喉の奥が味を拒絶する。ただでさえ白い顔はますます青白くなり、体が震える。
耐えかねて立ち上がると、すっかりリラックスして座っていたネルガルが、訝しげな顔を向けた。

「どこへ行くのだ?」
「少し水を……」
「水? 今までコーヒーを飲んでいたではないか?」
「水が欲しくなりまして。失礼します」

ネルガルの視線を振り切るように、廊下へ出て扉を閉める。
急ぎ足で向かった先は自室でも調理場でもなく、王宮敷地のはずれにある、別のちいさな建物だった。

*  *  *

「……はぁ、はぁ」

胃の中のものはこれで全部だろうか。
ようやくあのしつこい甘さはなくなったが、喉の奥から焼けるような酸っぱさと、鼻をつく胃液の臭いがこみあげて、エンリルの眼を虚ろにさせた。
視線を床に落とすと、曇った傷だらけのタイルには、自分の顔など映らない。
もっとも、映ったとしてもさぞやつれた顔だろうと、わざわざ手鏡で確かめる気も起きなかった。

(病的なものではないだろうが……甘いものを食べるといつもこうだ)

この棟は別に、エンリルの私的な事情に備えて建てられたものではない。
元々は重い病気や、感染症を患った者を隔離する離れで、今は罹患者がいないため、鍵をかけられるまでもなく放置されていた。
ここに入れられる者たちは皆、嘔吐や下痢など場を汚す症状が表れるため、どの部屋も汚れの掃除しやすいタイル張りとなっている。

さらにこの棟には、深く掘った穴に汚物などを落として始末したのち、備え付けの洗面台で体を洗浄できる「洗い部屋」なるものが作りつけられていた。
広さは王宮の個室の半分ほどしかなく、処理穴とそれを覆う金属製の蓋、洗面台とくず入れ、そして備品の入った棚があるだけの、殺風景な部屋だ。
棚には感染症を広げないため、個々人が使い捨てできるタオルや、木のコップなどが予め、備え付けてある。
今エンリルは、洗い部屋の機能と備品に頼りながら、何とか「あの甘さ」の痕跡を消そうとしていた。

(……とにかく、何事もなかったようにしなければ)

使い捨てのタオルで拭った口元を、洗面台で軽く洗う。
唾液と吐瀉物まみれの右手も、肘まできれいに洗い流し、水気を切って手袋をつけ直す。
捲っていた右の袖を元のように下ろし、普段通りの恰好になる。
木のコップに汲み上げた水で、口中を二度ほど漱ぐと、ようやく落ち着くことができた。

(あとは、部屋の始末、と)

開いたままだった穴の蓋をはめ直し、洗面台なども汚れの残らないよう洗い流す。
使ったタオルやコップはくず入れに放り込み、戸棚からハーブ入りの香水を取り出して、あちこちに振り撒く……これは消臭と殺菌を兼ねたものだ。
何とも言えない異臭が薄まり、鼻を通るようなハーブの芳香が漂いはじめる。

幸運を感じていたはずが、とんだ休憩時間になってしまった。
懐中時計を取り出せば、針はそろそろ休憩の終わる時刻に近づいている。
エンリルは大きく長く息をついて、急ぎ足で「洗い部屋」を後にした。

*  *  *

政務室に戻ると、呑気な顔をしたネルガルが、相変わらずチョコレートの包みを広げては口へ放り込んでいた。
その手元を見てぎょっとする。開かれている包みの数は、ぱっと見ただけでも二十は超えている。
あんな甘いものを、二十個も……「甘いもの好き」の上官ゆえ理解はできるが、共感はしかねると言ったように、エンリルはちいさくため息をこぼした。

「ん? 良い香りがするな……エンリルか?」

すんすん、と鼻を鳴らす音に、らしくもなく体が固まる。
顔色が悪い、と言われた時の言い訳は考えてきたが、香水の残り香に気づかれるのは想定外だった。
いや、想定できてもよかったはずだが、半ば強制的な嘔吐に体力気力を使い、頭の隅にも残っていなかった、というのが実情だ。
苦しくない程度の理屈を絞り出して、その場を誤魔化すことに決める。

「え、えぇ。仕事に向かって、気持ちを切り替えようと」

ネルガルは特にそれ以上、疑問をぶつけてくるでもなく、納得したような顔をした。
ほっと胸を撫で下ろした視線の先、机につまれた色とりどりの甘い爆弾を密かに睨みつけて……エンリルはすっかり空になったコーヒーカップふたつを、銀のトレーに静かに乗せた。

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