月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんばんは、九曜です。
今日は「ジークと零の二人旅」編より『董青の瞳』をお送りします。
二人旅編の概要は、前書きの記事が1枚ありますので、そちらをご覧ください。
月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】「ジークと零の二人旅」編・まえがき
今回の作品は、ジークと零がお互いのことをある程度把握してきた時期のお話。
以前アーカイブした『白の浜梨』より、時系列的に後となります。
腐向け描写はありませんが、わりと零から向いた感情が重たい気がします。今読み返した限りでは。
大丈夫な方は追記よりどうぞ。
今日は「ジークと零の二人旅」編より『董青の瞳』をお送りします。
二人旅編の概要は、前書きの記事が1枚ありますので、そちらをご覧ください。
月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】「ジークと零の二人旅」編・まえがき
今回の作品は、ジークと零がお互いのことをある程度把握してきた時期のお話。
以前アーカイブした『白の浜梨』より、時系列的に後となります。
腐向け描写はありませんが、わりと零から向いた感情が重たい気がします。今読み返した限りでは。
大丈夫な方は追記よりどうぞ。
繁華街。喧騒と行き交う人の影。ざわめき、呼び声。
その間を小走りで通り抜ける、赤の襟巻がひらりと風になびく。
まだ買うものはあっただろうかと考えたが、両手はひとつずつ袋で塞がっており、これ以上は持って歩けないと判断する。
仕方がない、また出る時にしよう。と、足を宿の方角へ向けた。
赤の覆面襟巻も青の忍び装束も、これほどたくさんの者が集まる繁華街ではむしろ、馴染んで見えるからおかしなものだ。
木を隠すには森の中、とはよく云うものだが。夕暮れの帰途に、零はそんな他愛もないことを考えていた。
久しぶりに大きな町に立ち寄れたはいいが、しばし滞在しなければならないと思うと、遣る瀬ない気分にもなる。
零としては、明日にでも出立したいし、強引にならそうすることもできるのだ。
ただひとつ……同行している男の存在を除けば、であるが。
「おかえりー! 待ってたんだぜ、今日は何買ってきてくれたんだ?」
宿の部屋に入るなり、弾けるような声で出迎えられる。
この調子にも随分慣れたものだが、それでも不意を突かれると驚いたものだ。
「蒸かし芋と、茶だ。冷たいものしかなかったが……」
「いーよいーよ、ホラ零も食おうぜ! もうオヤツの時間だし」
満面の笑みで紙袋を受け取るこの男は、名をジークといった。
目的地の方角が一緒というだけで零に同行を申し出てきて、なりゆきではあるが、今はともに旅をしている。
この者にこそ、零が今、この町から出られない理由があった。
「しかし、これはお前の」
「そんなの気にするなって。ほんっと零は水臭いんだから」
断る間もなく半分に割った芋を手渡され、ぽかんとする零にジークは悪戯っぽく笑いかける。
少し伸びた金の前髪の向こうに、菫青色の瞳が見えた。
* * *
話は一週間ほど前に遡る。
寂れた村や集落を渡り歩き、最後に立ち寄った宿から3日かけて、零とジークはようやく活気のある町に着いた。
ひと休みした後、何を思ったのかジークが「久しぶりに零と手合せしたい」とか何とか言い出して、郊外で剣を抜く羽目になった。
手合せであるから、どちらかが喉元に刃を突き付ければ、そこで勝負は終いという決まりだ。
その最中に、事故が起きた。
「あー!!!」
あがる叫び。ぱさり、と落ちる向日葵色の束。
掠めるようにするつもりが……間合いを詰めてきたジークに対処しきれず、前髪の部分をばっさり斬り落としてしまったことに、零が気付く。
「す、すまぬ。手元が狂っ……」
ジークの顔を見た零の言葉はそこで途切れた。
右の目はいつも見ている目。自分と同じ黒目に緑の瞳、さして珍しいものでもない。
しかし、前髪の奥に隠れ、見えていなかった左の目は……黒目なのは右と一緒だが、瞳の色は青く、それも少し暗く沈んだ色合いに見えた。
「……これじゃ、外出れねーじゃん」
ぽつりとそれだけ言い、ジークはそっぽを向く。
いつもなら多少の事故を茶化して終わるジークが、神妙な顔で黙り込んでいるのを見て、これはただならぬ事である、と零にも理解できた。
ジークは宿に着き部屋に入るまで、無言のまま、ずっと手で左目を隠していた。
その後のジークの話を整理すると、こうだ。
ジークの左目は生来このような色で、視力も右目に比べて格段に弱いらしい。
理解を示してくれていた親も早くに失い、引き取られた孤児院では、目のことで虐められていたという。
それ以来、前髪を伸ばして目を隠すことで、偏見を避けてきたのだ、と。
* * *
もらった芋を咀嚼しながら、食事に夢中になっているジークの様子を窺う。
嬉しそうに細まる両目は、確かに左右で色は違うが、見慣れてしまえばどうということもない。
風魔の里にも、生まれつき片腕や片足が欠けていたりする者が少なからずいたから、ジークの目の色など些細な違いにしか見えなかった。
しかし「目の色を些細な違いと思えない」者もいるのだと、零は考える。
里では、片腕片足の者などはただの足手纏いとされ、どんなに当人の志願があっても修行させてはもらえなかった。
ジークの目も、もし里であれば不適当と判断され、相応の対応をされていたことだろう。
「零。お前も左目見えないけど、俺と同じだったりすんの?」
「俺は……暗闇にすぐ目が慣れるように。いきなり暗がりに入った時には、逆の目も使うようにしている」
「ふーん。じゃあ、見えることには見えるんだよな? ちょっと見せてくれよ」
良いとも嫌とも言う間なく、ジークは零の前髪を手でかきあげる。
その奥の瞳は、光を受けて眩しそうに細められてこそいるが、ごく普通の緑色だ。
「……いいなあ」
平時、自己主張も自己顕示欲も強いジークから、こういった羨む言葉が出てくるのは珍しい。
何と言ったものかわからない零の心の歯車が、調子を狂わせたように、困惑という方向に廻り出す。
「あと何週間居ればいいのかな……なー零、まだ左目、見える?」
「……ああ」
歯車を必死に逆転させようとしながら、零はジークに答えを返した。
まだ長さが足りていない前髪の向こうの、鈍い青色を眺めながら。
* * *
数日が過ぎ、夜。
滞在のための金を数えると、まだ幾分か余裕はありそうだったが、そろそろジークの真似事でもしてみようかと零は思案していた。
魔物を討伐し、報奨金を貰う……普段ジークが生業としていることで、旅費の大半はそれで賄っていたが、最近はその依頼もまともに受けられていなかった。
ジークの事情も考えたら、仕方のないことだ。
「なあ零! 外出ようぜ、外!」
その晩もいつもと変わらず、ジークからは散歩の誘いがかかる。
零はやれやれとため息をつき、しかし満更でもない表情で、こっちこっちと手招きするジークを追った。
辺りが暗く、人目も少なくなる夜は、今のジークにとってはとても自由に振舞える、好きな時間となっていた。
この暗がりの中でなら、左目を気にすることなく、走り回ることができる。
活気のある場所に行けないのだけが残念だが、面倒事の起きそうな場所にわざわざ飛び込むほど、ジークは馬鹿でもない。
「今日は満月だな! 星も綺麗だし、最っ高!」
草原に仰向けに転がるジークを横目に、零もその隣に腰を下ろす。
ジークの言葉はほんとうに、言葉通りなのだろうか? ふと気にかけたが、それを問うてもつらいだけだろう。
ジークだって今までどおりに生活したいのだ、と、欠けのない満月を見て思う。
案外、楽観的に楽しんでいるのかもしれないが、そうと決めつけて心を抉るようなことを言うのは、零の本意ではない。
何より、事の発端は零にある。
少なからず負い目もあり、それで昼間はあれやこれやとジークの為に、走り回っているわけで。
「なー零。まだ左目、隠れてない?」
「……もう少し、だな」
ジークの問いかけに、零は言葉を返す。
風で靡く前髪の奥には、暗がりに溶けそうな青色がうすぼんやりと光っていた。
* * *
さらに数日が過ぎ、夕暮れの赤色が空を染め上げる頃、零はその日の「生業」を終えて宿に戻ってきた。
蜜入りだと店主にいわれて買った真っ赤な林檎、夕食になりそうなもの。そして、魔物討伐の報奨金。
決して多額ではないが、宿代の足しぐらいにはなるだろうと、零はそれを懐に仕舞った。
外に出られぬジークが、その境遇をつらく感じぬように。
「おかえり零! あのさ、お前の借りてきてくれた図鑑、結構面白かったぜ!」
宿に戻ると、ジークはいつものように迎えてくれた。
いつもの、という感覚がすっかり染みついていることに、零は心の中で苦笑する。
まだひと月が経ったかどうか、というところだが、それでも習慣づいてしまっている自分に少し驚いていた。
ジークの暇潰しにと、図書館から借りた鉱物事典を受け取る。
活字は嫌いだと言っていたから、なるべく絵や図の多いものを、と考え選んできた甲斐があったようだ。
買ってきたものをひととおり机の上に並べると、ジークは林檎に嬉しそうに手を伸ばし、ナイフで皮を器用に剥き始めた。
ひと切れを剥き終わらないうちにふと、こちらを見て問いかけてくる。
「なあ、零。左目、どうだ? もう外に出られると思うか?」
すっかり厚みを増し、外から瞳の有無を判別できないだろう前髪。
それを見た時、零の心は二つに割れた。
「もう大丈夫」そう言えば、この町を出て旅を再開できる。
「まだ」と言ってしまえば……ジークと、平和に過ごせる時が増える。
未練がないと言ってしまえば、嘘になる。
任務も西国への旅もすべて諦めて、このまま悠久の時を過ごせたら。
しかし、二人を取り巻く時間までは止めることができない。すっかり長くなったジークの前髪が、もの言わずそれを語っていた。
「……もう、大丈夫だ」
決心したはずの、答えを告げる声が震える。
目の前の顔がぱあっと明るくなったのを見て、これで良いのだ、と零は自分に言い聞かせた。
* * *
「長居したからか、なんか名残惜しいよな」
遠ざかってゆく町並みを眺めながら、ジークがぽつりと呟く。
あれだけ大騒ぎして、半分引き籠っていたというのに、呑気なものだ……そう思う反面、裏返しの自分が「ならばあの時、」と、自らの選択を後悔する。
雨や嵐の日ではなく、抜けるような晴天の日に出立できたことを無理矢理喜ぶことで、零は己の抱えたどうしようもない想いを忘れようとしていた。
「あ、そうだ零。だいぶお前には世話になったし、これやるよ。さっき買ったんだけど」
ジークに手渡された袋から掌に転がり出たのは、硬い何か。
大きさは胡桃程度で、磨かれているのか表面はつるりと丸みがある。
そして何より、その色は……ジークの隠れた左目に、とてもよく似ていた。
「石……か?」
「アイオライトっていう石でさ、『迷わないでまっすぐに』っていう意味があるんだぜ。零が借りてきてくれた本に、載ってたんだ」
忘れっぽい自分にしては上出来、とでもいうように、ジークが得意顔で胸を叩く。
しかし零の思考は、そんなジークを褒めるのとはまた、別の方を向いていた。
『迷わないで、真っ直ぐに』
後悔の気持ちが、雲の晴れるように消えてゆく。
自分のために選んだ石の意味、それこそがジークから見た「零という男に望む姿」なのかもしれない。
考えすぎだろうか? とも思うが、少なくとも今は……そのように考え、また感じていたい気もした。
「んー? どうしたんだよ、急に黙りこくっちまって?」
「何でもない。考え事だ」
掌中の石を袋に戻し、零はそれを懐に入れた。
隣にいるジークは、これから再び始まる旅に期待を膨らませ、口笛など吹きながら足取りも軽やかだ。
心の枷がとれた今の零なら、それに歩調を合わせることができる。
見上げた高い空、降り注ぐ陽光と澄んだ風。
新たな旅の予感に心躍るような気持ちで、二人は同じ一歩を踏み出していた。
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