月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。
本日は事情あって、過去作の『糸を切る』をアーカイブしにきました。
この作品は、風隠の森にひっそりと存在する、とある牢獄の話。
そして、例によって例のごとくジークと零が絡んでくるのですが、「二人旅編」に直接関わってくる描写はありません。
(二人で一緒にいるシーンはありますが、これは二人旅編でなくとも再現できる状況なので、あえて「本筋から外れた話」として書いています。)
この作品、若干いつもより描写がえぐいので(私がそういうの苦手なので、抑え気味にはしていますが…)グロいのとか首だけとか狂ったような描写とか苦手な方は、この先を読むのはやめた方がよいと思います。
大丈夫な方は追記よりどうぞ。
本日は事情あって、過去作の『糸を切る』をアーカイブしにきました。
この作品は、風隠の森にひっそりと存在する、とある牢獄の話。
そして、例によって例のごとくジークと零が絡んでくるのですが、「二人旅編」に直接関わってくる描写はありません。
(二人で一緒にいるシーンはありますが、これは二人旅編でなくとも再現できる状況なので、あえて「本筋から外れた話」として書いています。)
この作品、若干いつもより描写がえぐいので(私がそういうの苦手なので、抑え気味にはしていますが…)グロいのとか首だけとか狂ったような描写とか苦手な方は、この先を読むのはやめた方がよいと思います。
大丈夫な方は追記よりどうぞ。
風隠の森、牢樹。
大樹の洞を利用して作られた天然のそれは、森を乱す者や危害を加える者などを収監し、治安維持のため役立てられている。
途方もなく分厚い樹皮、洞の入り口をはじめ各所に据え付けられた金属の格子は、容易な脱獄を許さない。
少しずつ樹皮を削って閉所から逃げようにも、かわるがわるやってくる見張り番が目を光らせている。
ひとたび火を放てば、まるごと焼失してしまうため、牢内には夜の灯火すら持ち込むことができない。
暗い洞の中で過ごす者たちの中には、一週間たらずで発狂し、出してくれと叫びながらいきたえる者さえ、いる。
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
いつしかその牢樹に、こんな歌が響くようになった。
どうやら歌はこの四節しかないらしく、いとをきる……という歌声の後は、しばし間を置いてまた、ひとつひとはり……と最初に戻る。
その日も、見張り役を務めるカルラが、この声に耳を傾けていた。
「わらべ歌かのう」
どうも針仕事の歌らしいが、聞こえてくる声色は男のものだ。
それがむしろ不気味で、見回りのいらぬ昼番であることに感謝する。
まだ高い太陽が、牢樹の生い茂った葉っぱを通して、柔らかな木漏れ日を地面に落とした。
* * *
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
「何だそれ、変な歌だな」
破れた装束の肘を縫いながら、朗々と歌う零を茶化す声は、ジークのものだ。
「里で針仕事をするおなごたちが、よく歌っていてな。おかげで、俺も覚えてしまった」
器用に手指を動かし、青の糸と銀の針で、破れ目をきれいに綴じる。
それを眺めながら、ジークはほう、と感心したように、ため息を漏らした。
「零。やっぱりお前、ニンジャにしとくの、もったいないぜ」
「そうか?」
「ぜってーそうだって! な、俺にもちょっと教えてくれよ。破けた時にさ、自分で何とかできたら便利そうだし」
覆面をかけているというのに、身振り手振りだけでこんなにも表情豊かなジークに、零は思わずフッ、と笑みをこぼす。
「教えるのは、苦手なんだが……」
「構うもんかよ! これ、どうすんの? 刺して引けばいいのか?」
「それだと、糸が抜けてしまうだろう。まずは、結び目を作って……」
* * *
日は落ちて、夜。
灯火厳禁ということもあり、牢樹はますます鬱蒼として気味が悪い。
牢番もカルラからオニワカへと人を替えたが、この時間は獄死の有無を調べるために、牢内を見て歩かなければならなかった。
「うう。やはりここの夜番というものは、気が進まぬですじゃ」
ひとりごちながら、ばしっと両頬を掌で叩いて、自分を奮い立たせる。
そんなオニワカの奮起を萎縮させるように、牢の一角からは「あの歌」が流れてきた。
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
女子供の歌う、陽気なわらべ歌というのが、この暗闇では逆に恐ろしく感じられる。
それも、男の声だ。まるで抑揚のない、無機質な声はますます恐怖をかきたてた。
ザクッザクッという自分の足音に混じり、その歌がだんだんと大きくなる。
同時に、卵か果物でも腐らせたような、不快な匂いが鼻を突いた。
(ここにおるのは、誰ぞ?)
鼻の曲がるような腐臭に眉をしかめ、役目を果たすために意を決し、覗き込む。
暗闇にようやく慣れた視界には、異様な光景が広がっていた。
手が付いておらず、蝿の群がる給仕の皿。
その奥で黒い、ぼろぼろの衣の男が、横向きに正座して座っている。
そこに、誰かが膝枕をしている……ように見えたが、違った。独房には一人しか受刑者は入っていないのだから、そんなわけがない。
正座している男は、鈍色の何かを持って、右手をしきりに動かしている。動く腕の隙間から、抱かれているものが見えた……人の首。
「うっ……!」
この時ほど、自分の目の良さを後悔した瞬間はないだろう。
赤い糸、金属の針。この男は皮膚と皮膚とを縫い繋ぎ、死体の首を体にとめていた。
ぶつりぶつりと、針を刺す音が聞こえてきそうで、思わず耳を塞ぎたくなる。
「ひとつ、ひとはり、つきたてて」
ふと、先ほどから続いていたわらべ歌の節が少し変わったことに、オニワカは気づいた。
「ふたつ、ふたりで、いきましょう」
言葉の意味をなぞる。自分の持つ教養が、常識が嫌になる。
行きましょう、ではなく、逝きましょう、だろうと、直感が囁く。
「みっつ、みたまを、うちむすび」
その節にさしかかり、オニワカは背筋にぞくりと寒気を覚えた。
族長オロシから聞いたことがある。みたま、とは、魂、のことだ。
二人で逝き、魂を結ぶ。これは針仕事の歌などではない……いうなれば、心中だ。
「よっつでぷつりと――いとをきる」
ざあっ、と黒い風が通り過ぎ、その中に狂った男の笑いがこだました。
一本の糸では留められるはずもなく、笑うはずみで男の手からこぼれ落ちた頸が、薄眼を開いたまま床に転がる。
オニワカには見覚えがあった。風魔の里を抜けた「抜忍」として、始末の触れと人相書きがあった男。
「……零どの、でしたかのう」
変わり果てたその姿に手を合わせ、まだ続いている男の笑い声を背に、オニワカは牢樹の外へ出た。
削れて細くなった月が、見渡す限りの木々をただ、青白くつめたく照らしていた。
大樹の洞を利用して作られた天然のそれは、森を乱す者や危害を加える者などを収監し、治安維持のため役立てられている。
途方もなく分厚い樹皮、洞の入り口をはじめ各所に据え付けられた金属の格子は、容易な脱獄を許さない。
少しずつ樹皮を削って閉所から逃げようにも、かわるがわるやってくる見張り番が目を光らせている。
ひとたび火を放てば、まるごと焼失してしまうため、牢内には夜の灯火すら持ち込むことができない。
暗い洞の中で過ごす者たちの中には、一週間たらずで発狂し、出してくれと叫びながらいきたえる者さえ、いる。
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
いつしかその牢樹に、こんな歌が響くようになった。
どうやら歌はこの四節しかないらしく、いとをきる……という歌声の後は、しばし間を置いてまた、ひとつひとはり……と最初に戻る。
その日も、見張り役を務めるカルラが、この声に耳を傾けていた。
「わらべ歌かのう」
どうも針仕事の歌らしいが、聞こえてくる声色は男のものだ。
それがむしろ不気味で、見回りのいらぬ昼番であることに感謝する。
まだ高い太陽が、牢樹の生い茂った葉っぱを通して、柔らかな木漏れ日を地面に落とした。
* * *
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
「何だそれ、変な歌だな」
破れた装束の肘を縫いながら、朗々と歌う零を茶化す声は、ジークのものだ。
「里で針仕事をするおなごたちが、よく歌っていてな。おかげで、俺も覚えてしまった」
器用に手指を動かし、青の糸と銀の針で、破れ目をきれいに綴じる。
それを眺めながら、ジークはほう、と感心したように、ため息を漏らした。
「零。やっぱりお前、ニンジャにしとくの、もったいないぜ」
「そうか?」
「ぜってーそうだって! な、俺にもちょっと教えてくれよ。破けた時にさ、自分で何とかできたら便利そうだし」
覆面をかけているというのに、身振り手振りだけでこんなにも表情豊かなジークに、零は思わずフッ、と笑みをこぼす。
「教えるのは、苦手なんだが……」
「構うもんかよ! これ、どうすんの? 刺して引けばいいのか?」
「それだと、糸が抜けてしまうだろう。まずは、結び目を作って……」
* * *
日は落ちて、夜。
灯火厳禁ということもあり、牢樹はますます鬱蒼として気味が悪い。
牢番もカルラからオニワカへと人を替えたが、この時間は獄死の有無を調べるために、牢内を見て歩かなければならなかった。
「うう。やはりここの夜番というものは、気が進まぬですじゃ」
ひとりごちながら、ばしっと両頬を掌で叩いて、自分を奮い立たせる。
そんなオニワカの奮起を萎縮させるように、牢の一角からは「あの歌」が流れてきた。
ひとつ ひとはり つとおして
ふたつ ふたはり ひきましょう
みっつ みはりを たまむすび
よっつで ぷつりと いとをきる
女子供の歌う、陽気なわらべ歌というのが、この暗闇では逆に恐ろしく感じられる。
それも、男の声だ。まるで抑揚のない、無機質な声はますます恐怖をかきたてた。
ザクッザクッという自分の足音に混じり、その歌がだんだんと大きくなる。
同時に、卵か果物でも腐らせたような、不快な匂いが鼻を突いた。
(ここにおるのは、誰ぞ?)
鼻の曲がるような腐臭に眉をしかめ、役目を果たすために意を決し、覗き込む。
暗闇にようやく慣れた視界には、異様な光景が広がっていた。
手が付いておらず、蝿の群がる給仕の皿。
その奥で黒い、ぼろぼろの衣の男が、横向きに正座して座っている。
そこに、誰かが膝枕をしている……ように見えたが、違った。独房には一人しか受刑者は入っていないのだから、そんなわけがない。
正座している男は、鈍色の何かを持って、右手をしきりに動かしている。動く腕の隙間から、抱かれているものが見えた……人の首。
「うっ……!」
この時ほど、自分の目の良さを後悔した瞬間はないだろう。
赤い糸、金属の針。この男は皮膚と皮膚とを縫い繋ぎ、死体の首を体にとめていた。
ぶつりぶつりと、針を刺す音が聞こえてきそうで、思わず耳を塞ぎたくなる。
「ひとつ、ひとはり、つきたてて」
ふと、先ほどから続いていたわらべ歌の節が少し変わったことに、オニワカは気づいた。
「ふたつ、ふたりで、いきましょう」
言葉の意味をなぞる。自分の持つ教養が、常識が嫌になる。
行きましょう、ではなく、逝きましょう、だろうと、直感が囁く。
「みっつ、みたまを、うちむすび」
その節にさしかかり、オニワカは背筋にぞくりと寒気を覚えた。
族長オロシから聞いたことがある。みたま、とは、魂、のことだ。
二人で逝き、魂を結ぶ。これは針仕事の歌などではない……いうなれば、心中だ。
「よっつでぷつりと――いとをきる」
ざあっ、と黒い風が通り過ぎ、その中に狂った男の笑いがこだました。
一本の糸では留められるはずもなく、笑うはずみで男の手からこぼれ落ちた頸が、薄眼を開いたまま床に転がる。
オニワカには見覚えがあった。風魔の里を抜けた「抜忍」として、始末の触れと人相書きがあった男。
「……零どの、でしたかのう」
変わり果てたその姿に手を合わせ、まだ続いている男の笑い声を背に、オニワカは牢樹の外へ出た。
削れて細くなった月が、見渡す限りの木々をただ、青白くつめたく照らしていた。
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