月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんばんは、九曜です。
オレカの夏休みイベントとして、ま~たダクラウが各地を溶かしに来てますが、鍵飾り報酬としてジークが来ていました!
早速取りに行ったのですが、ほかにもラクシャーサやユライなど気になるキャラ目白押しのようで、ジークを無事ゲット後も鍵飾りガチャを余儀なくされています。
もう出撃させたら鍵飾りゲットできる仕様にしてくれたらいいのに…。
さて、夏休みのお祭りシーズンですので、『オレンジ』の時の二の舞にならないようにと、今回は夏にぴったりの作品を『ジークと零の二人旅編』からアーカイブしようと思います。
注意点としまして、この作品はジーク×零前提で書かれています。腐向けです(R指定要素はないですが、そういう目線の接触等多大にあります)
諸事情で女装などの特殊要素も含みますので、何でも許せる方や平気な方だけ、追記よりご覧ください。
オレカの夏休みイベントとして、ま~たダクラウが各地を溶かしに来てますが、鍵飾り報酬としてジークが来ていました!
早速取りに行ったのですが、ほかにもラクシャーサやユライなど気になるキャラ目白押しのようで、ジークを無事ゲット後も鍵飾りガチャを余儀なくされています。
もう出撃させたら鍵飾りゲットできる仕様にしてくれたらいいのに…。
さて、夏休みのお祭りシーズンですので、『オレンジ』の時の二の舞にならないようにと、今回は夏にぴったりの作品を『ジークと零の二人旅編』からアーカイブしようと思います。
注意点としまして、この作品はジーク×零前提で書かれています。腐向けです(R指定要素はないですが、そういう目線の接触等多大にあります)
諸事情で女装などの特殊要素も含みますので、何でも許せる方や平気な方だけ、追記よりご覧ください。
笛の音と太鼓の音、提灯の明かりが灯る祭りの広場。音曲の中に、屋台の売り子の声や誰かの笑い声が幾層にも織り交じる。
それも今宵で終幕らしく、飛び交う光も音も、最後の賑わいを見せていた。
祭りを見てみたい、という唐突なジークの思いつきに振り回される形で、零はほとんど初めて、人混みに連れ出されることになった。
とは言え、彼は風魔一族の忍びである身。普段着にしている忍び装束で、広場を堂々歩き回るわけにもゆかない。
そこでまたジークがいらぬことを思いついたせいで、零は今、街角の柱の陰に隠れて出られずにいる。
「ほ、本当に、これで行くのか……?」
「大丈夫だって! ホラッ、早く行かねーと、祭りが終わっちまうぜ」
ぐいと右腕を強く引っぱられ、零は仕方なしに、柱の後ろからおずおずと姿を現した。
小股で歩かなければならないせいで、履物がパタパタと小刻みに音を立てる。
その身に纏っているのは、青色の忍び装束ではない。
薄桃色の浴衣に紅の帯を巻き、ゆるく巻いただけだが口元の隠せる、白い絹のストールは覆面の代わりに他ならない。
黒髪の頭に映える、桜の飾りや珊瑚玉のあしらわれた櫛をさし、瞼の目尻に紅まで乗せられる念の入りよう。
これで小柄であれば完璧だったが、肝心の背丈はジークより少し高いのだから、遣る瀬無い。
「喋ったら声でばれるからな。ちゃーんと黙ってろよ?」
言われなくても、黙っているだけなら造作ない。だが、こんな恰好をさせられては、さすがに文句のひとつもつけたくなる。
なぜ俺が、女装しなければならぬ……ぼやく代わりにジークを睨みつけたが、もう既にその横顔は、祭りの喧騒に浮かれているのがはっきりと見てとれた。
* * *
ジークに手を引かれたまま、人混みの中を歩く。
祭りの灯りがあるとは言え、ほとんど夜の暗がりであるから、零の格好もほどよく溶け込んでいる。
しかし零自身は、女の恰好をする自分というのがなんとなく恥ずかしくて、目線も自然と足元に落ちてしまう。女物の朱い丸下駄、縮緬造りの鼻緒の鮮やかな花模様が、暗い地面に交互に踊る。
「アラ、浴衣なのに、寒がりなのかしら?」
「ずいぶん大きい人ねえ」
そんな嘲笑と何度かすれちがい、思わず肩を震わす。
反論しようにも、喋ればもっと大事になると分かっているから、ぎりりと唇を噛む他に無い。
零の不機嫌な眼差しに気付いたのか、ジークは引いていた手を離し、懐から金の入った袋を取り出した。
前をほとんど見ていなかったから、気が付かなかったが……先ほどから甘く香ばしい匂いがすると思ったら、焼き団子の屋台の前まで来ているらしかった。
並べられた醤油味の串団子は、吊り下がる屋台の電柱の強い光で、照り艶もよくひと際おいしそうに見える。
「財布、置いてきたろ。今日はぜーんぶ、おごってやるからな!」
せめてもの罪滅ぼしが、これか。
ため息をつきたくなったが、祭りの場であるし、変に振る舞っては逆に怪しい。素直に首を縦に振り、会計を待つ。
待ちぼうけてジークの背中を眺めていると、ふと小さな影がジークと店主の間を横切った。
ジークが団子を箱に2つ抱え、嬉し顔でこちらに振り返った次の瞬間。
「ど、ドロボーっ!」
店主が声をあげた途端、一斉に皆がジークの方を見た。
ジークは呆気にとられた間抜けな顔をしていたが、多くの視線を浴びているのに気づき「えっ、違う、俺じゃない」とやはり間抜けに弁明していた。
あの小さな影に気付いていたのは、どうやら自分だけらしい……無実の罪で大勢に詰め寄られているジークをひとまず置いて、零は影の消えた方向へと足を向けた。
* * *
「おつとめ完了っと。ちょろいもんだぜ」
くすねた重い財布を数個、その場に広げ、ほくそ笑む小さい影。
盗賊稼業で生計を立てているユライは、人の集まる祭りを稼ぎ時と踏んで、昨日から通行人の財布をいくつか盗んでいた。
スリそのものは呆れるほどの小悪事だが、盗み慣れているユライにとっては、労力をかけず稼げるよい方法だ。
ただし、狙うのはたくさん入っている財布のみ。義賊に憧れるユライは、貧乏人からなけなしの金を奪おうなどとは微塵も思わなかった。
最後の最後、位置取りの都合でユライは、ジークの財布だけをくすねることができなかった。
そこで店主が他所を向いているうちに縁台の上の小銭を持ち去り、ジークにまんまとタダ買いの罪をなすりつけることに成功したわけである。
広げた財布を回収しなおそうと思い手を伸ばしたところで、その手と財布の間の地面に、何かがビシッと突き刺さる。
「だ、誰だ!?」
答えの代わりに再び、小さい何かが今度は足元にうち込まれ、ユライは腰を抜かした。
地面に刺さったそれをおそるおそる抜いてみると、金属でできた円錐のもの……「鋲」であると判断できた。
このようなものを遠くから正確に打ち込むのは、手練れの忍びか何かでなければ不可能だ。
「貴様だな。盗んだ金を返してもらおう」
ようやく現れた声の主、月明かりの下に見えたその姿に、唖然とする。
浴衣や櫛などの装身具は女物であるが、その声は明らかに男の質で、垂らした前髪の間からは鋭い眼光がこちらを射抜いている。身の丈は自分よりずっと高く、威圧感すら覚える。
こんな奴から盗んだか?と自問自答したが、ユライに心当たりはない。
それもそのはず、零が返してもらうつもりなのは、他でもないジークの銭入れだったのだから。
「くそっ、誰が返すかよっ!」
財布をこの場に捨てて逃げるわけにもいかない。
やむなく腰から抜いたユライのナイフが、零に襲い掛かる。殺気は予見していたから、零はすぐさま飛び退く。
地面に、動きに邪魔な丸下駄が脱ぎ捨てられ、零のそれまで立っていた場所に赤く残される。
そのまま腰を沈めて着地しようとしたが、浴衣では足を大きく開けないことに気付く。チッという舌打ちを白絹のストールの奥でくぐもらせ、ぎりぎり着付けが崩れない程度に脚を開いて、なんとか着地する。
「遅いぜっ!」
慣れない着衣に戸惑っている隙に、再びユライは飛び込んできてナイフを振り上げる。
身を反らせて間一髪で刃をかわし、忍ばせていた小刀を抜いて、ユライの右手のナイフを的確に打ち落とす。
手から離れたユライのナイフと、激しい動きで外れた飾り櫛が地面に落ちたのは、ほとんど同時だった。
武器がなくなり、隙だらけになったユライの背中に当て身を入れると、小さな体は呆気なく崩れ落ちた。どうやら気絶したらしい。
「……はあ。汚してしまったな」
刃物相手に戦い、浴衣や帯が無傷で済んだことだけでも喜ぶべきだろうが、地面を踏んだ白足袋は、足裏がすっかり土気色だ。
衣装一式、ほぼすべて借りものだと聞いていたから、貸衣装屋にはこっぴどく怒られるだろう。
土を払い落とし、もう一度丸下駄を履き直す。落ちた飾り櫛の土も払ったが、どこに差せばいいのか自分ではわからないため、胸元にしまい込む。
捕まえた小さな盗賊の首根っこを掴んでぶら下げ、くすねられていた財布もすべて回収して、零は元来た方へ引き返すことにした。
そういえば、ジークを置いてきてしまったが、大丈夫だろうか。まさか祭りの場で、磔などにはされていないと思うが……それでも俄かに不安になり、歩みは急ぎ足へと変わった。
* * *
「さぁさ、そこのお嬢さん! お祭り最後の記念に1本どうだい! 今ならなんと50金が、半値の25金だ!」
右手にユライをぶら提げているので、人目を避けるためにあえて1本外れた暗い道を、なるべく元の方角へと進んでいるその最中。
祭りの音に混じる聴き覚えのある声に、何となく嫌な予感がする。
そろそろ例の、ひと騒ぎ起きた屋台のはずだ……明るい表通りに出た零は、飛び込んできた光景に全身の力が抜けそうになった。
「あとこの15本で終わりだ! 早い者勝ちだよ! お子さんへのお土産に、香ばしくておいしい醤油団子はいかがかね~」
タダ食いと勘違いされた挙句、恐らく財布もくすねられていたために、弁償もできなかったのであろう。
対価として店の呼び込みをやらされているらしかったが、当人はまったくばつが悪そうにしていない。
それどころか、店の前には奇妙なほどの人だかりができ、団子は飛ぶように売れている。
人の波を押し分けへし分け、ようやく零はジークの目の前にたどり着く。
「おっ、ぜひ買ってって……あ」
「おや、貴女は。さっきのお連れさんかい?」
何をそんな呑気に……と言いたいが、この状況で物申せない零は黙ったまま、とりあえず右手に提げた真犯人を店主に突き出す。
「おお!? こいつが盗んでったんだな?」
「それは本当かね! ああ、これは申し訳ないことをした。せっかくのデートの邪魔をしてしまいましたな」
店主にかけられた意外な言葉に目をしばたきながらも、零はただこくこくと首を縦に振った。
頬が真っ赤になっているのは、急ぎ足で来たから上気したのだ、と零は自分に言い聞かせた。
* * *
「祭り、あんまり見れなかったな」
店主からお詫びにもらった醤油団子をもそもそと頬張りながら、ジークが呟くように漏らす。
スカーフを取りたくない零は、もらった団子を袋のまま左手にぶら下げ、ジークの後ろをついて歩いている。
「盗人沙汰さえなければな。詮ないことだ」
夜もだいぶ更けたのだろう。暗い道に人気はなく、満月が遥か天頂から照らすだけの、静かな良い夜だ。
零もようやく安心して、口をきく。
「……アレッ? 零、お前、クシ」
ふと、振り返ったジークが何かに気づいたように、零の顔を見つめる。
2人きりとは言え、女の身なりなのをまじまじと見つめられると、なんだか照れくさい。思わず零の目線は目の前の顔から逸れる。
「く、串? まだ、団子は食べてないぞ」
「そうじゃなくって……」
人差し指で、ジークは零の前髪をつんと小突く。それでようやく、彼の言う「クシ」が串ではなくて、櫛のことであると零は理解できた。
そういえば、差し方がわからず、胸元にしまったままだ。浴衣の内側からそれを取り出すと、赤い珊瑚玉が月光の中で揺れた。
「これか。途中で落ちてしまってな、自分では差せなかった」
「じゃあ、もう一度差してやるよ」
ジークが櫛をひょいととりあげるが、零は首を横に振った。
「いや、もう祭りは終わった。こんな格好する必要も……」
零の頭の動きが俄かに止まる。それは、ジークが後頭部に手を添えたからというのもあるが、それだけではない。
柔らかな絹のストールを下げられ、露になった唇にやさしく口を重ねられる。
さっきまで彼が頬張っていた団子の、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
覆面の布が隔てない口づけというものは、こんなにも、熱い。
「俺は好きなんだけどな~。その恰好、似合ってるぜ?」
口を解放してすぐ、そんな軽口を叩けるジークに、敬意すらおぼえる。
零はもう、唇にじんと残る熱に思考がすっかり支配されてしまい、その言葉に何か反論する余裕もなかった。
耳まで真っ赤にして、再び白いストールの奥に顔半分をうずめてしまった零の頭に、さっきとりあげた櫛を元通り差してやる。
もう一度目が合った瞬間、ジークは機嫌よく笑った。
「さ、宿まで『デートのつづき』しようぜ!」
そう言い、空いている零の右手を取る。
零は何も言わずに目を細めて、しかし祭りに繰り出した時よりはずっと満足そうに、つないだ手を握り返した。
それも今宵で終幕らしく、飛び交う光も音も、最後の賑わいを見せていた。
祭りを見てみたい、という唐突なジークの思いつきに振り回される形で、零はほとんど初めて、人混みに連れ出されることになった。
とは言え、彼は風魔一族の忍びである身。普段着にしている忍び装束で、広場を堂々歩き回るわけにもゆかない。
そこでまたジークがいらぬことを思いついたせいで、零は今、街角の柱の陰に隠れて出られずにいる。
「ほ、本当に、これで行くのか……?」
「大丈夫だって! ホラッ、早く行かねーと、祭りが終わっちまうぜ」
ぐいと右腕を強く引っぱられ、零は仕方なしに、柱の後ろからおずおずと姿を現した。
小股で歩かなければならないせいで、履物がパタパタと小刻みに音を立てる。
その身に纏っているのは、青色の忍び装束ではない。
薄桃色の浴衣に紅の帯を巻き、ゆるく巻いただけだが口元の隠せる、白い絹のストールは覆面の代わりに他ならない。
黒髪の頭に映える、桜の飾りや珊瑚玉のあしらわれた櫛をさし、瞼の目尻に紅まで乗せられる念の入りよう。
これで小柄であれば完璧だったが、肝心の背丈はジークより少し高いのだから、遣る瀬無い。
「喋ったら声でばれるからな。ちゃーんと黙ってろよ?」
言われなくても、黙っているだけなら造作ない。だが、こんな恰好をさせられては、さすがに文句のひとつもつけたくなる。
なぜ俺が、女装しなければならぬ……ぼやく代わりにジークを睨みつけたが、もう既にその横顔は、祭りの喧騒に浮かれているのがはっきりと見てとれた。
* * *
ジークに手を引かれたまま、人混みの中を歩く。
祭りの灯りがあるとは言え、ほとんど夜の暗がりであるから、零の格好もほどよく溶け込んでいる。
しかし零自身は、女の恰好をする自分というのがなんとなく恥ずかしくて、目線も自然と足元に落ちてしまう。女物の朱い丸下駄、縮緬造りの鼻緒の鮮やかな花模様が、暗い地面に交互に踊る。
「アラ、浴衣なのに、寒がりなのかしら?」
「ずいぶん大きい人ねえ」
そんな嘲笑と何度かすれちがい、思わず肩を震わす。
反論しようにも、喋ればもっと大事になると分かっているから、ぎりりと唇を噛む他に無い。
零の不機嫌な眼差しに気付いたのか、ジークは引いていた手を離し、懐から金の入った袋を取り出した。
前をほとんど見ていなかったから、気が付かなかったが……先ほどから甘く香ばしい匂いがすると思ったら、焼き団子の屋台の前まで来ているらしかった。
並べられた醤油味の串団子は、吊り下がる屋台の電柱の強い光で、照り艶もよくひと際おいしそうに見える。
「財布、置いてきたろ。今日はぜーんぶ、おごってやるからな!」
せめてもの罪滅ぼしが、これか。
ため息をつきたくなったが、祭りの場であるし、変に振る舞っては逆に怪しい。素直に首を縦に振り、会計を待つ。
待ちぼうけてジークの背中を眺めていると、ふと小さな影がジークと店主の間を横切った。
ジークが団子を箱に2つ抱え、嬉し顔でこちらに振り返った次の瞬間。
「ど、ドロボーっ!」
店主が声をあげた途端、一斉に皆がジークの方を見た。
ジークは呆気にとられた間抜けな顔をしていたが、多くの視線を浴びているのに気づき「えっ、違う、俺じゃない」とやはり間抜けに弁明していた。
あの小さな影に気付いていたのは、どうやら自分だけらしい……無実の罪で大勢に詰め寄られているジークをひとまず置いて、零は影の消えた方向へと足を向けた。
* * *
「おつとめ完了っと。ちょろいもんだぜ」
くすねた重い財布を数個、その場に広げ、ほくそ笑む小さい影。
盗賊稼業で生計を立てているユライは、人の集まる祭りを稼ぎ時と踏んで、昨日から通行人の財布をいくつか盗んでいた。
スリそのものは呆れるほどの小悪事だが、盗み慣れているユライにとっては、労力をかけず稼げるよい方法だ。
ただし、狙うのはたくさん入っている財布のみ。義賊に憧れるユライは、貧乏人からなけなしの金を奪おうなどとは微塵も思わなかった。
最後の最後、位置取りの都合でユライは、ジークの財布だけをくすねることができなかった。
そこで店主が他所を向いているうちに縁台の上の小銭を持ち去り、ジークにまんまとタダ買いの罪をなすりつけることに成功したわけである。
広げた財布を回収しなおそうと思い手を伸ばしたところで、その手と財布の間の地面に、何かがビシッと突き刺さる。
「だ、誰だ!?」
答えの代わりに再び、小さい何かが今度は足元にうち込まれ、ユライは腰を抜かした。
地面に刺さったそれをおそるおそる抜いてみると、金属でできた円錐のもの……「鋲」であると判断できた。
このようなものを遠くから正確に打ち込むのは、手練れの忍びか何かでなければ不可能だ。
「貴様だな。盗んだ金を返してもらおう」
ようやく現れた声の主、月明かりの下に見えたその姿に、唖然とする。
浴衣や櫛などの装身具は女物であるが、その声は明らかに男の質で、垂らした前髪の間からは鋭い眼光がこちらを射抜いている。身の丈は自分よりずっと高く、威圧感すら覚える。
こんな奴から盗んだか?と自問自答したが、ユライに心当たりはない。
それもそのはず、零が返してもらうつもりなのは、他でもないジークの銭入れだったのだから。
「くそっ、誰が返すかよっ!」
財布をこの場に捨てて逃げるわけにもいかない。
やむなく腰から抜いたユライのナイフが、零に襲い掛かる。殺気は予見していたから、零はすぐさま飛び退く。
地面に、動きに邪魔な丸下駄が脱ぎ捨てられ、零のそれまで立っていた場所に赤く残される。
そのまま腰を沈めて着地しようとしたが、浴衣では足を大きく開けないことに気付く。チッという舌打ちを白絹のストールの奥でくぐもらせ、ぎりぎり着付けが崩れない程度に脚を開いて、なんとか着地する。
「遅いぜっ!」
慣れない着衣に戸惑っている隙に、再びユライは飛び込んできてナイフを振り上げる。
身を反らせて間一髪で刃をかわし、忍ばせていた小刀を抜いて、ユライの右手のナイフを的確に打ち落とす。
手から離れたユライのナイフと、激しい動きで外れた飾り櫛が地面に落ちたのは、ほとんど同時だった。
武器がなくなり、隙だらけになったユライの背中に当て身を入れると、小さな体は呆気なく崩れ落ちた。どうやら気絶したらしい。
「……はあ。汚してしまったな」
刃物相手に戦い、浴衣や帯が無傷で済んだことだけでも喜ぶべきだろうが、地面を踏んだ白足袋は、足裏がすっかり土気色だ。
衣装一式、ほぼすべて借りものだと聞いていたから、貸衣装屋にはこっぴどく怒られるだろう。
土を払い落とし、もう一度丸下駄を履き直す。落ちた飾り櫛の土も払ったが、どこに差せばいいのか自分ではわからないため、胸元にしまい込む。
捕まえた小さな盗賊の首根っこを掴んでぶら下げ、くすねられていた財布もすべて回収して、零は元来た方へ引き返すことにした。
そういえば、ジークを置いてきてしまったが、大丈夫だろうか。まさか祭りの場で、磔などにはされていないと思うが……それでも俄かに不安になり、歩みは急ぎ足へと変わった。
* * *
「さぁさ、そこのお嬢さん! お祭り最後の記念に1本どうだい! 今ならなんと50金が、半値の25金だ!」
右手にユライをぶら提げているので、人目を避けるためにあえて1本外れた暗い道を、なるべく元の方角へと進んでいるその最中。
祭りの音に混じる聴き覚えのある声に、何となく嫌な予感がする。
そろそろ例の、ひと騒ぎ起きた屋台のはずだ……明るい表通りに出た零は、飛び込んできた光景に全身の力が抜けそうになった。
「あとこの15本で終わりだ! 早い者勝ちだよ! お子さんへのお土産に、香ばしくておいしい醤油団子はいかがかね~」
タダ食いと勘違いされた挙句、恐らく財布もくすねられていたために、弁償もできなかったのであろう。
対価として店の呼び込みをやらされているらしかったが、当人はまったくばつが悪そうにしていない。
それどころか、店の前には奇妙なほどの人だかりができ、団子は飛ぶように売れている。
人の波を押し分けへし分け、ようやく零はジークの目の前にたどり着く。
「おっ、ぜひ買ってって……あ」
「おや、貴女は。さっきのお連れさんかい?」
何をそんな呑気に……と言いたいが、この状況で物申せない零は黙ったまま、とりあえず右手に提げた真犯人を店主に突き出す。
「おお!? こいつが盗んでったんだな?」
「それは本当かね! ああ、これは申し訳ないことをした。せっかくのデートの邪魔をしてしまいましたな」
店主にかけられた意外な言葉に目をしばたきながらも、零はただこくこくと首を縦に振った。
頬が真っ赤になっているのは、急ぎ足で来たから上気したのだ、と零は自分に言い聞かせた。
* * *
「祭り、あんまり見れなかったな」
店主からお詫びにもらった醤油団子をもそもそと頬張りながら、ジークが呟くように漏らす。
スカーフを取りたくない零は、もらった団子を袋のまま左手にぶら下げ、ジークの後ろをついて歩いている。
「盗人沙汰さえなければな。詮ないことだ」
夜もだいぶ更けたのだろう。暗い道に人気はなく、満月が遥か天頂から照らすだけの、静かな良い夜だ。
零もようやく安心して、口をきく。
「……アレッ? 零、お前、クシ」
ふと、振り返ったジークが何かに気づいたように、零の顔を見つめる。
2人きりとは言え、女の身なりなのをまじまじと見つめられると、なんだか照れくさい。思わず零の目線は目の前の顔から逸れる。
「く、串? まだ、団子は食べてないぞ」
「そうじゃなくって……」
人差し指で、ジークは零の前髪をつんと小突く。それでようやく、彼の言う「クシ」が串ではなくて、櫛のことであると零は理解できた。
そういえば、差し方がわからず、胸元にしまったままだ。浴衣の内側からそれを取り出すと、赤い珊瑚玉が月光の中で揺れた。
「これか。途中で落ちてしまってな、自分では差せなかった」
「じゃあ、もう一度差してやるよ」
ジークが櫛をひょいととりあげるが、零は首を横に振った。
「いや、もう祭りは終わった。こんな格好する必要も……」
零の頭の動きが俄かに止まる。それは、ジークが後頭部に手を添えたからというのもあるが、それだけではない。
柔らかな絹のストールを下げられ、露になった唇にやさしく口を重ねられる。
さっきまで彼が頬張っていた団子の、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
覆面の布が隔てない口づけというものは、こんなにも、熱い。
「俺は好きなんだけどな~。その恰好、似合ってるぜ?」
口を解放してすぐ、そんな軽口を叩けるジークに、敬意すらおぼえる。
零はもう、唇にじんと残る熱に思考がすっかり支配されてしまい、その言葉に何か反論する余裕もなかった。
耳まで真っ赤にして、再び白いストールの奥に顔半分をうずめてしまった零の頭に、さっきとりあげた櫛を元通り差してやる。
もう一度目が合った瞬間、ジークは機嫌よく笑った。
「さ、宿まで『デートのつづき』しようぜ!」
そう言い、空いている零の右手を取る。
零は何も言わずに目を細めて、しかし祭りに繰り出した時よりはずっと満足そうに、つないだ手を握り返した。
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