月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんばんは、九曜です。
毎度のことでお断りを入れるのも心苦しいのですが、本日も過去作のアーカイブとなります。
もちろん、着々と増えているオレカのお話です。
この時点で見る気がなくなった方は、無理せずブラウザを閉じるなり、ブラウザバックでお戻りください。
さて、残っている皆様。
本日の作品は、メソタニア王国でクーデターを起こした覇将ネルガルと参謀エンリルが、敗走しさびれた宿に逃げ込んだ、というものです。
私の中ではメソタニアの存亡について、いくつか考えうるパターンがあるのですが、これはそのうちのひとつの可能性、だと思っていただければ。
残酷な描写等はありませんが、決して明るい話ではないので、そこのところはご了承ください。
本編は追記よりご覧ください。
毎度のことでお断りを入れるのも心苦しいのですが、本日も過去作のアーカイブとなります。
もちろん、着々と増えているオレカのお話です。
この時点で見る気がなくなった方は、無理せずブラウザを閉じるなり、ブラウザバックでお戻りください。
さて、残っている皆様。
本日の作品は、メソタニア王国でクーデターを起こした覇将ネルガルと参謀エンリルが、敗走しさびれた宿に逃げ込んだ、というものです。
私の中ではメソタニアの存亡について、いくつか考えうるパターンがあるのですが、これはそのうちのひとつの可能性、だと思っていただければ。
残酷な描写等はありませんが、決して明るい話ではないので、そこのところはご了承ください。
本編は追記よりご覧ください。
その日は朝からずっと雨で、夜半も近くにようやく借り上げた寄宿は、古びて雨漏りなども酷かった。
この際、贅沢は言うまいと……訪れた二人の顔を見て渋面になる宿の主人に、なけなしの金品を渡すと、それは意地悪い商人の笑みに変わった。
覇将ネルガルは、配下の参謀エンリルとともに、埃っぽい質素な部屋へと踏み入った。
終幕
降る雨の音は、強からず弱からず、たださあさあと屋根を鳴らしている。
部屋の隅は雨漏りしていて、置かれた錆だらけのバケツに滴り落ちる音もする。
真昼の戦場とはうって変わって、静けさに包まれた暗い空間が、今のネルガルには侘しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
テーブルの上、皿に油を入れて灯心を浸しただけの明かりでは、部屋の四隅は闇に溶けたままだ。
「……疲れた」
ベッドにどっかりと腰掛け、肩を落とす。
部下をことごとく失い、命からがら逃げ延びてきた事実が、ネルガルの疲労感をいっそう重たいものにしていた。
覇軍を束ねしはずの将が、攻め込んだ国の騎士どもに追い払われ、ここまでほうほうの体で逃げ帰って来るなどと。
今や従える者は右腕のエンリルただ一人となり、その魔力で戦場を煙に巻いて脱したというのだから、ネルガルの無力感たるや、途方もないものであった。
傷だらけの金の鎧が、端のほつれた緑のマントが、統治体制の崩壊した自国メソタニアに鏡写しのようで、目を細めため息を漏らす。
王子マルドクが乱心した後、がら空きになったメソタニアの実権を握り、バビロア国ともども統治下に置く――そのことが自国のためになるならと、これまで剣を振るってきた。
しかしその実を見返せば、民心は離れ国は貧し、バビロアを攻め取ることもかなわず、この豊かな大陸をいたずらに乱しただけであった。
「まことに、疲れた」
単なる体の疲弊だけではない。
見えていた理想郷が、偽りのものだったということ。
考えも浅いまま、祖国を破滅へ導いてしまったということ。
心の底から、ネルガルはさまざまの諦念をただ一言に乗せ、訴えていた。
「肩でもお揉みしますか?」
曇り始めた思考にふと、そんな声が届いた。
暗がりでもはっきりわかる白さの顔が、こちらを覗き込んでくる。配下の、エンリルだ。
激戦をくぐり抜けただけあって、紫のローブはあちこちが裂け、跳ねた泥で裾なども汚れていた。
頬にもかすり傷を作っているが、顔かたちが端正であることに変わりはない。
メソタニアの民に多く見られる金髪碧眼でこそないが、漆黒の大きな瞳は、見つめれば吸い込まれそうに思う。
参謀エンリルは、メソタニア王宮に来た時から、ずっとネルガルの直臣であった。
それゆえ、長い時を同じくし、互いに互いのことはよく分かっていた。
思案が苦手なネルガルと違い、知恵者のエンリルは細やかなことまでよく気が付く。
それゆえの提案なのだな、と少し安心する。
さすがに、鎧のままで按摩というわけにもいくまい。
肩口から外した長いマントを、丸めてベッドの端に放り投げる。
籠手を外し具足を脱ぎ捨て、鎧兜を床にガシャリと落とす。
腕は二の腕、上半身は胸の下までしか覆わない、内着だけとなる。
「頼む」
向けられた大きな背中に、手袋をはめたままの手が、触れた。
窓にはガラスがはまっておらず、閉じられた木造りの雨戸のせいで、外の様子も窺えない。
屋根を跳ねる雨音と、夜の暗さ静けさが、二人をいっそう、この部屋に閉じ込められた心地にさせる。
肩に心地よい刺激を受けながらも、ネルガルの口から乾いた笑いが出た。
エンリルの進言に従い、目指したひとつの夢はあっけなく潰え、今や生命ごと終わりを迎えようとしている。
「騙された」と言えば、責任をなすりつけることもできるが……エンリルの甘言など、ただのきっかけに過ぎないとも、思う。
悔やむべきは、先見の明も統治する力もないまま、反旗を翻した自分自身だ、と。
テーブルの上の灯りが、隙間風に揺らぐ。
雨模様に加えて、内着だけの姿では少し寒くなり、ネルガルはシーツを腹回りまで引き寄せた。
しかしそのシーツも、乾かしが足りないのか、少しばかり湿っている。
粗末な宿の空き部屋、仕方ないところはあるが、ひやりとした感触に思わず、ネルガルは身震いした。
そのうちに、温かくなるだろう……そう言い聞かせ、しばしの辛抱を決め込む。
「……」
本当ならば、この男を見捨てるはずだったのだ。
黙って腕を動かしながら、エンリルは心中、密かに思っていた。
これまで常に強き者を見極め、従い、生き延びてきた。それが自分の中の「道理」だと思っていた。
今、目の前にいる男は、まるで痩せこけた野犬のようで、率いている軍勢もなければ、溢れんばかりの覇気もない。
このぼろ雑巾のような男を、どうして私は捨てられないのだろうかと、自問自答する。
ずっと重たい剣を振り回しているネルガルの肩は、筋肉がついてひどく硬く、揉みほぐすにも時間がかかった。
もっとも力の乗りやすい親指に、体重をかけるようにして指圧する。
痛がっている様子はなく、むしろほっとしたようにしなだれている腕を見て、エンリルの頭にひとつの考えが過った。
(この男の頸を、差し出してしまえば)
裸同然の姿で背中を向けている男を、懐にある護身用のナイフで突き殺すというのは、赤子の手を捻るより容易い。
この状況に活路を見出すならば、謀叛人の頸を手土産に差し出すのは、決して悪くない選択肢だ。
それなのに――懐に入れようとした手は、ただネルガルの肩の上で動き、無駄に疲労することを選んでいた。
誰かに対する思い入れなど、とうの昔に捨てたはずだった。
メソタニア近隣に生まれ落ちながら、皆と同じ金髪碧眼でないことを呪い、皆と同じには生きぬことを誓った。
正義など、善悪など、常識などどうでも良い。何と言われようが、ただ自分が最後に笑えれば良い。
人を愛するのは愚かで、正義を振りかざすのは阿呆のやることで、真摯に生きれば馬鹿を見る。
だから、誰にも従わず、誰も信じないで、強いものにうわべだけで媚び諂い、生きてきた。
今、自分の思惑を捨てて、ただこうして上官に従っている理由は、エンリル自身にすらわからなかった。
屋根を打つ雨音が強くなる。
何とか宿に入ることができたのは幸運だったが、明日の朝までにやんでいるという保証もない。
いや、明日の朝を無事に迎えられるか、それすら知りようもない。
今この瞬間も、生きていることが奇跡なのだと、思考にあらわれはじめた綻びに自嘲する。
「エンリル」
雨音に紛れて、名を呼ぶ声がした。
雷の轟くような、将軍としてのそれではない。
静かに力なく紡ぎ出された言葉に、エンリルは思わず耳を傾ける。
「もし、バビロア兵がここを嗅ぎつけて迫ってきた時には、このネルガルが必ず退路を切り開く。その時は、逃げてくれ」
『言われなくとも、そうするつもりだ。』
いつもなら、心の底から、そう思うはずであるのに――今のエンリルは、返す言葉に迷っていた。
肩を押す指の動きも、戸惑いとともにぴたりと止まってしまう。
もう、この男に先が望めないというのなら、本性を曝け出して見限ってもいい、はずなのだ。
薄笑いを浮かべながら、私は魔王に与します、さようならと言うだけで……この男に従わずとも済み、メソタニアの残党として狩られることもない。
しかし、いつでも自力で外せる鎖は、エンリルの手の内にしっかりと握られたままだ。
「……わかりました」
ようやく絞り出した声に、平素の慇懃さはなかった。
ああ、この男はなんと馬鹿なのだろう。唯一残った家臣にすら、いつ裏切られるかわからないのに、それに気づこうともしない。
自分は憐れんでいるのだ。
頬を滑り落ちる涙も、きっとそれが理由なのだと、エンリルは決めつけた。
「泣いているのか?」
「欠伸を噛み殺しただけですよ」
嘘で塗り固められた言葉は、もはや己の手では崩しようもない。
それを溶かす方法すら、失ってしまったのだろうと――もう一度肩を押しながら、エンリルはぐっと奥歯を噛みしめた。
夜は、静かに更けてゆく。
この際、贅沢は言うまいと……訪れた二人の顔を見て渋面になる宿の主人に、なけなしの金品を渡すと、それは意地悪い商人の笑みに変わった。
覇将ネルガルは、配下の参謀エンリルとともに、埃っぽい質素な部屋へと踏み入った。
終幕
降る雨の音は、強からず弱からず、たださあさあと屋根を鳴らしている。
部屋の隅は雨漏りしていて、置かれた錆だらけのバケツに滴り落ちる音もする。
真昼の戦場とはうって変わって、静けさに包まれた暗い空間が、今のネルガルには侘しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
テーブルの上、皿に油を入れて灯心を浸しただけの明かりでは、部屋の四隅は闇に溶けたままだ。
「……疲れた」
ベッドにどっかりと腰掛け、肩を落とす。
部下をことごとく失い、命からがら逃げ延びてきた事実が、ネルガルの疲労感をいっそう重たいものにしていた。
覇軍を束ねしはずの将が、攻め込んだ国の騎士どもに追い払われ、ここまでほうほうの体で逃げ帰って来るなどと。
今や従える者は右腕のエンリルただ一人となり、その魔力で戦場を煙に巻いて脱したというのだから、ネルガルの無力感たるや、途方もないものであった。
傷だらけの金の鎧が、端のほつれた緑のマントが、統治体制の崩壊した自国メソタニアに鏡写しのようで、目を細めため息を漏らす。
王子マルドクが乱心した後、がら空きになったメソタニアの実権を握り、バビロア国ともども統治下に置く――そのことが自国のためになるならと、これまで剣を振るってきた。
しかしその実を見返せば、民心は離れ国は貧し、バビロアを攻め取ることもかなわず、この豊かな大陸をいたずらに乱しただけであった。
「まことに、疲れた」
単なる体の疲弊だけではない。
見えていた理想郷が、偽りのものだったということ。
考えも浅いまま、祖国を破滅へ導いてしまったということ。
心の底から、ネルガルはさまざまの諦念をただ一言に乗せ、訴えていた。
「肩でもお揉みしますか?」
曇り始めた思考にふと、そんな声が届いた。
暗がりでもはっきりわかる白さの顔が、こちらを覗き込んでくる。配下の、エンリルだ。
激戦をくぐり抜けただけあって、紫のローブはあちこちが裂け、跳ねた泥で裾なども汚れていた。
頬にもかすり傷を作っているが、顔かたちが端正であることに変わりはない。
メソタニアの民に多く見られる金髪碧眼でこそないが、漆黒の大きな瞳は、見つめれば吸い込まれそうに思う。
参謀エンリルは、メソタニア王宮に来た時から、ずっとネルガルの直臣であった。
それゆえ、長い時を同じくし、互いに互いのことはよく分かっていた。
思案が苦手なネルガルと違い、知恵者のエンリルは細やかなことまでよく気が付く。
それゆえの提案なのだな、と少し安心する。
さすがに、鎧のままで按摩というわけにもいくまい。
肩口から外した長いマントを、丸めてベッドの端に放り投げる。
籠手を外し具足を脱ぎ捨て、鎧兜を床にガシャリと落とす。
腕は二の腕、上半身は胸の下までしか覆わない、内着だけとなる。
「頼む」
向けられた大きな背中に、手袋をはめたままの手が、触れた。
窓にはガラスがはまっておらず、閉じられた木造りの雨戸のせいで、外の様子も窺えない。
屋根を跳ねる雨音と、夜の暗さ静けさが、二人をいっそう、この部屋に閉じ込められた心地にさせる。
肩に心地よい刺激を受けながらも、ネルガルの口から乾いた笑いが出た。
エンリルの進言に従い、目指したひとつの夢はあっけなく潰え、今や生命ごと終わりを迎えようとしている。
「騙された」と言えば、責任をなすりつけることもできるが……エンリルの甘言など、ただのきっかけに過ぎないとも、思う。
悔やむべきは、先見の明も統治する力もないまま、反旗を翻した自分自身だ、と。
テーブルの上の灯りが、隙間風に揺らぐ。
雨模様に加えて、内着だけの姿では少し寒くなり、ネルガルはシーツを腹回りまで引き寄せた。
しかしそのシーツも、乾かしが足りないのか、少しばかり湿っている。
粗末な宿の空き部屋、仕方ないところはあるが、ひやりとした感触に思わず、ネルガルは身震いした。
そのうちに、温かくなるだろう……そう言い聞かせ、しばしの辛抱を決め込む。
「……」
本当ならば、この男を見捨てるはずだったのだ。
黙って腕を動かしながら、エンリルは心中、密かに思っていた。
これまで常に強き者を見極め、従い、生き延びてきた。それが自分の中の「道理」だと思っていた。
今、目の前にいる男は、まるで痩せこけた野犬のようで、率いている軍勢もなければ、溢れんばかりの覇気もない。
このぼろ雑巾のような男を、どうして私は捨てられないのだろうかと、自問自答する。
ずっと重たい剣を振り回しているネルガルの肩は、筋肉がついてひどく硬く、揉みほぐすにも時間がかかった。
もっとも力の乗りやすい親指に、体重をかけるようにして指圧する。
痛がっている様子はなく、むしろほっとしたようにしなだれている腕を見て、エンリルの頭にひとつの考えが過った。
(この男の頸を、差し出してしまえば)
裸同然の姿で背中を向けている男を、懐にある護身用のナイフで突き殺すというのは、赤子の手を捻るより容易い。
この状況に活路を見出すならば、謀叛人の頸を手土産に差し出すのは、決して悪くない選択肢だ。
それなのに――懐に入れようとした手は、ただネルガルの肩の上で動き、無駄に疲労することを選んでいた。
誰かに対する思い入れなど、とうの昔に捨てたはずだった。
メソタニア近隣に生まれ落ちながら、皆と同じ金髪碧眼でないことを呪い、皆と同じには生きぬことを誓った。
正義など、善悪など、常識などどうでも良い。何と言われようが、ただ自分が最後に笑えれば良い。
人を愛するのは愚かで、正義を振りかざすのは阿呆のやることで、真摯に生きれば馬鹿を見る。
だから、誰にも従わず、誰も信じないで、強いものにうわべだけで媚び諂い、生きてきた。
今、自分の思惑を捨てて、ただこうして上官に従っている理由は、エンリル自身にすらわからなかった。
屋根を打つ雨音が強くなる。
何とか宿に入ることができたのは幸運だったが、明日の朝までにやんでいるという保証もない。
いや、明日の朝を無事に迎えられるか、それすら知りようもない。
今この瞬間も、生きていることが奇跡なのだと、思考にあらわれはじめた綻びに自嘲する。
「エンリル」
雨音に紛れて、名を呼ぶ声がした。
雷の轟くような、将軍としてのそれではない。
静かに力なく紡ぎ出された言葉に、エンリルは思わず耳を傾ける。
「もし、バビロア兵がここを嗅ぎつけて迫ってきた時には、このネルガルが必ず退路を切り開く。その時は、逃げてくれ」
『言われなくとも、そうするつもりだ。』
いつもなら、心の底から、そう思うはずであるのに――今のエンリルは、返す言葉に迷っていた。
肩を押す指の動きも、戸惑いとともにぴたりと止まってしまう。
もう、この男に先が望めないというのなら、本性を曝け出して見限ってもいい、はずなのだ。
薄笑いを浮かべながら、私は魔王に与します、さようならと言うだけで……この男に従わずとも済み、メソタニアの残党として狩られることもない。
しかし、いつでも自力で外せる鎖は、エンリルの手の内にしっかりと握られたままだ。
「……わかりました」
ようやく絞り出した声に、平素の慇懃さはなかった。
ああ、この男はなんと馬鹿なのだろう。唯一残った家臣にすら、いつ裏切られるかわからないのに、それに気づこうともしない。
自分は憐れんでいるのだ。
頬を滑り落ちる涙も、きっとそれが理由なのだと、エンリルは決めつけた。
「泣いているのか?」
「欠伸を噛み殺しただけですよ」
嘘で塗り固められた言葉は、もはや己の手では崩しようもない。
それを溶かす方法すら、失ってしまったのだろうと――もう一度肩を押しながら、エンリルはぐっと奥歯を噛みしめた。
夜は、静かに更けてゆく。
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