月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】風の囁くままに 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。

今日のアーカイブは、風隠の森のオロシとハヤテの兄弟の話。
この兄弟、ゲーム内でもアニメでもとにかく確執が多いので、それを解消する方向に全振りしてみました。つまり穏やかで平和な話です。
そういうのが好きな方は追記よりどうぞ。
難解なハヤテ語はテキトーofテキトーです(小声)




「兄よ。光風吹く縁に饗するものは?」
「お前の好きに選ぶがいい」

中天から落ちかけた白い光が、縁台に座る自らの影をうっすら伸ばし始める陽だまりで、オロシは手短に答えを返す。
対峙し、互いの得物を振るった兄弟と、このように何ら確執もなく過ごせる日が来ようとは、夢にも思っていなかった。
瞼を落としても、白んだ輝きはその奥に残ったままで、身を柔らかく包むあたたかさに吐息を漏らす。
頬骨の張った若草色の頬を、風が穏やかに撫ぜてゆく。

(何故、気付けなかったのだろう)

きっかけは、父ナナワライによる、下の子ハヤテの扱いだった……冷静に理解できる今となっては、己の早とちりばかりが愚かしく思えるが。

ハヤテはおよそ父に似つかぬ「人」の肌色と体躯を持ち、体も兄のオロシほど丈夫ではなかった。
体が丈夫でなく「天狗の子」としても異形の次男坊を、父はひどく心配したに違いない。
ハヤテは幼少からいやしの術を教わり、危急の時はそれで自らを労わるよう、ナナワライに常々言い聞かされていた。
そして、体を少しでも鍛えるため、父の愛弟子ヒエンと並び、武芸を学んだ。

その頃のオロシは、史書も術も自分で学び得ることのできる――“手のかからぬ”子に育っていた。
それゆえに、ナナワライはハヤテのことに専念することができた。いや、専心してしまった。

(私は他でもない父上のお子、ハヤテの兄だというのに)

ハヤテが後継に選ばれたのも、父の心労が生み出した結果のひとつに過ぎない。
ナナワライの子でありながら、誰の種ともわからぬ風貌のハヤテには、護る者が必要だ……と思うたのだろう。
その大役に最も相応しきは、幼き頃から苦楽をともにし、数少ない肉親として接してきた、自慢の第一子――

(私は選ばれなかったのではない。選ばれたのだ)

父亡き今は、弟の拙い言葉からしか、それを汲み取ることもできない。

「兄よ。北里の茶と黍の団子を、これに」
「ハヤテか。そこへ置いてくれ」

戻ってきたハヤテが、対の皿と茶器に甘味を盛り付けたものを、オロシの座している傍にそっと置く。
どこへともなく消えると思われた影が、すぐ傍にふわりと腰かけた。

茶を一口すすり、黍粒で一面覆われた団子に、手を伸ばす。
団子は四つ五つあり、オロシ一人で食べるにはいささか多い量だ。
最初から語らう気でいたか、と察して、オロシは黍粒を削ぐように前歯だけで齧りつく。
ハヤテはやはり、団子のひとつを掴んで、口に運びはじめた。
ひとつの皿を二人でつつきながら、父ナナワライの言葉がふと、脳裏に浮かんだ。

――数あるものは、分けあえば余り、奪い合えば足りなくなる。一つのものは、皆のものと心得よ。万物流転、何物も手からはこぼれるものだ、永久に内に押しとどめてはおけぬ。

生きる理を教えてくれた父は、立派だった、と思う。
それゆえに、勘繰ったあげく魔道に突き落とした己の手は、いくら鮮やかな草色だとしても、どこか禍々しく穢れているようで。
もはやこの術しかないと、自らも闇の瘴気に染まり、魔道へ堕ちたオロシを救ったのは、他でもないハヤテだった。

***

――兄よ、思い出せ! 森の望みを、風の声を、父が願いし風隠の姿を!

オロシの手から次々生み出される、魔風も幻惑も退けて……ハヤテはただひたすらに、厄をはらう清風で兄を包み続けた。
聞き続けることを一度拒んだ耳に、さまざまの嘆願が飛び込んできては、一人よがりに立っているだけの男――風隠の族長ではなく、それはもはや支配者ともいうべき――オロシを揺さぶった。

――この森は誰にも渡さぬ!
――森は、ひとりでに渡らず……求むる者を失いし時、はじめて誰かの標となる!
――この森は、お前を選んだではないか! 私はお前を亡き者とし、完全な支配者となるのだ!

鋭く睨み付けた双眸に、白いかんばせが焼き付く。
それは憂いの色を映しながらも、何かを決意したようにキッと目じりを上げ、口からはひときわ大きな叫びがあがった。

――否! 風よ運べ、木々よ囁け、森が求めしはあなただと! 兄よ!

大地に落ちたひとしずくに、込められた万の想いは、ついにオロシの呪縛をうち破った。
膝をつき崩れ落ちるオロシに、静かに駆け寄るハヤテの纏う風は、どこまでも清く柔らかであった。

***

「いい風だ……兄よ。この森をやがて包む風は、いかなるものか?」

問いかけられ、思考が現実に引き戻される。
膝にこぼした黍のかけらにようやく気付いて、慌てて拾い上げたが、口へ運ぶのは躊躇われる。
それをそっと皿の縁へ置き去りにし、ハヤテの方に視線を飛ばす。
ハヤテは答えを待つように、団子に口をつけるでもなく、此方を真正面からじっと見ていた。

「濁りなき、曇りなき……さながらお前のように……人を清く包む、輝かしい科戸の風、であろう」
「否。この森が求めしは、強く気高き、真実のいぶき。我はそれを、あなたと思う」

すぐさま返されるハヤテの答えに、ほう、と感心のため息が漏れた。
どこまでも敬仰を欠かさぬ弟だ……と、オロシは口の端を上げる。

「何を今さら。私はもう、隠居すると決めたのだ」
「森は、木々はわれらに等しく囁く。耳に届きしちいさな声は、我ひとりのものにあらず。あなたを求むる声も、そこに」

巧妙なようで、実は単純な仕掛けのからくりがわかってしまえば、そんなハヤテの言い分もすぐに理解できた。
指導者として足りぬ箇所を、頼りたいと言われるのが嬉しい反面、自分のしでかした愚行を省みれば後ろめたくもある。
だからこそ、隠居という結論に至り、この庵で日々を緩慢に過ごすことにも甘んじているわけで。

「……まあ、助言役、ぐらいにはなってやろう。私は父上の背中を、お前よりも長く見てきた男だ」

父が思い描いていた未来とは、幾分か違うかもしれない。
円満でもなく、平穏無事に済むものでなかったことは、変えようのない過去であり事実だ。
それでも、このひと時のあたたかさは、兄弟のありようを肯定するには、充分に満ち足りたものだった。

「かたじけない」
「違うぞ、ハヤテ」

父の紐解く古典、修行仲間の小難しい口ぶりに感化された、弟の言葉をオロシは初めて諌める。
ハヤテは驚いたように目をぱちくりさせて、オロシの顔を見たが、そこに不審まみれの訝しむ眼差しはない。
もはや身の丈も変わらなくなった弟を、小馬鹿にするわけでもなく、オロシは諭すように言の葉を紡いだ。

「かたじけない、ではない。このような時は……『有難う』……だ」

この平穏も、互いを認める心も、かけがえのない血縁もすべてが『有り難い』ものだと――兄として、教えてやる。
あまり感情を顔に出さないハヤテの、目が細まり、頬が緩んだ。

「有難う。兄よ」

互いを思いやる兄弟に寄り添うように、ざっ、と木の葉が風に踊った。

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