月ノ下、風ノ調 - 秘湯で思う・その26 地獄行きの作法を考える 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
今宵もエンジョイ月風魔!九曜です。
エンジョイしている場所が地獄なのは若干問題ありますが、月風魔伝に関していうなら、行く先は地獄しかないので…。

私はたいへんにアクションゲームが下手なので、新作風魔伝においても、さっくり敵に抛られます。
これでも安定して1ステージはクリアできるようになったんですが、気を抜くと忌地の鬼相手に殴り倒されます。主に集中力が切れてるとダメです。
地獄で死んだ場合、倒れた風魔の体から魂が抜け出し「汝の肉体滅ぶとも、その魂と記憶は永劫の輪廻(りんね)の中で蘇れり…。」という一文が表示され、月氏の館で魂が入り込むところからリスタート……んん?
そう、これです。この一連の流れ、これまで50回以上見てきましたが(死にすぎて実績解除しました)、ちょっと謎だと思うのです。

今日はこれについて、つまり「27代月風魔がどうやって地獄へ行き、どうやって帰ってくるのか」を詳しく、考えたいと思います。






地獄へ行くのは魂だけ?
27代月風魔は、地獄でいくら倒されても、月氏の館に戻って地獄へ再突入することができます。
ゲームのシステム上、死にきりでゲーム終了とするわけにもいかないのでしょうが、死んだあとの流れを見るに「システムの都合」以外の理由があるように見えます。
さらには「意図的に館に戻る」こともできます。ステージ途中で回帰することも、ボスを倒した後に一度帰還することもできます。


ヒントになりそうなのは、ボス討伐後の帰還時の流れです。
館へ戻る選択をすると、おもむろにその場へ座り、魂が抜け出し…そう、その場から鳥居ワープのように館へ移動するのでなく、戻るのはどうやら「魂だけ」のようなのです。
肉体はどうなるかわかりませんが、戻って来た魂が座っている27代の体に入り込み、月氏の館で目覚める…という形になります。
当人が生身で地獄へ赴くのでなく、魂だけが地獄へ行ったり、戻ってきたりするように見えます。


当主クローン説
さて、ここからです。
地獄で死ぬと「汝の肉体滅ぶとも~」のくだりが入りますので、倒れて滅ぶのは「肉体」です。しかし、戻ってきた魂は再び月氏の館にある「肉体」に入り込みます。これはどういうことなのでしょう?

まず考えられるのは、「地獄へ突入するための肉体が複数あり、月氏の館に保管されている」という説です。
この場合、まず地獄へ突入すると決心した段階で、魂をそれ用の肉体に宿らせます。そして出征準備を済ませて、館にある鳥居より辺獄へ旅立ちます。
その間に、家来なり侍女なり(館にいるのは侍女のみなので、侍女の役目かもしれません)が、あの蝋燭の間に次の「肉体」をスタンバイさせておきます。帰ってきた場合に魂が入り込むための器を、あらかじめ用意しておくわけです。


この説の厳しいところは、2デス3デスで済めばいいのですが、私のように50回死んだ実績を達成していたりすると、地獄用のクローン肉がいくらあっても足りない、という点でしょう。それにしても、こんな輝かしく通知されると笑っちゃうんですけど…。
地獄は確かに厳しい場所かもしれませんが、そんな数のクローンを作って保管しておくのは大変です。というより、世界観からして技術的に可能か、かなり怪しいです。
月氏の館の地下に、時代にそぐわぬ培養水槽が並んでいる光景とか、ちょっと見てみたくはありますが。


「彼岸の体」である可能性
量産型月風魔はとりやめるとして、別の可能性を探ってみましょう。
美術品として現存する地獄絵図などを見ると、さまざまな責め苦に遭う人々の姿が描かれていますが、魂だけがそこに浮いているという形はありません。みな現世と同じ、人の姿をしています。
そう、これです。死者は現世の肉体と別に、彼岸に肉体を持っています。それらは手に取ったり触れたりできる現実の物質ではなく、存在しないものの人の形を保っている器、です。
月氏一族は、この「彼岸用の肉体」を、独自の技術あるいは強靭な精神力によって、何度も作り出すことができるのではないでしょうか?

そうなると、地獄行きを決心した当主はまず、地獄で活動するための彼岸の肉体を精神力によって作り出し、おのれの魂を現世の生きている体から、そちらに移し替えます。この儀式が行われるのは月氏の館でしょう。儀式の間で蝋燭に囲まれて目覚めた当主は、戦の支度を済ませて、鳥居より地獄へ旅立ちます。
もし志半ばで彼岸の肉体に限界が来てしまうと、魂は抜け出て月氏の館へ戻ってきます。あるいは一度戻る選択をし、地獄にいる彼岸の肉体から、魂だけを帰還させます。

ポイントとなるのはここからで、ゲームの流れではその魂がまた体に宿る場面から始まるので、無限に当主の肉体が再生するように見えます。
実はここで一度、現世の肉体に魂が戻ってくる、という流れを挟むとしたらどうでしょう。地獄から魂だけが戻って来た場合、当主は一度現実世界の館で目覚めます。しかしすぐさまもう一度「儀式」に入り、彼岸の肉体を形成して、蝋燭の光の中で目覚めるわけです。

この不要な部分をゲーム内で毎回やると冗長なので(再入魂シーンすら「カットがほしい」という声もあるぐらいなので…私は好きですが)省いた結果があのリスタート、だと考えると、自然な流れに見えてきます。


実際に輪廻している説も考えようとした
ほかにポイントとなりそうなのは、死んだときの解説として入る「その魂と記憶は永劫の輪廻(りんね)の中で蘇れり」です。
いつものように「輪廻」についてWikipediaで調べてみたものの…なるほど、さっぱりわかりません。

と、いうより、輪廻転生それ自体は別の生き物に生まれ変わることが前提のようで(何になるかは生前の徳で決定するとかしないとか)、この作品のように同じ人物として何度も生まれ変わるというのは、ちょっと妙な話です。
地域によっては「輪廻の輪にとらわれることが苦、そこから抜け出る(解脱)ことこそ幸福」という考えの場所もあるので、地獄へ行って何度死んでも当主として戻る無限ループを考えると、頭がクラクラしてきます。
私個人の考えでは、先に挙げた「彼岸用の肉体」説の方が、しっくりくる気がします。


初代との違いを考える
初代月風魔と27代月風魔の、地獄行脚の違いについても触れておきましょう。
魔暦元年の龍骨鬼の復活においては「地上が地獄と化した」という記述があります。ということは、初代が旅したのは「地獄に侵略された現実世界の魔の四島」でしょう。初代は生きた身で、地獄の亡者たちを斬り捨ててきたのだと思われます。

これに対し、新作風魔伝の27代は「封印されている地獄の内部」へ直接赴くことになるので、先のような方法で、特別なアクセスの仕方をする必要があるのでしょう。
ただ、初代ものちに地獄へ飛び込んで行方不明になっているので(えぇ…。)地獄内部へ赴くためには、今作のような方法をとった可能性があります。

行方不明、というと姿が消えてそれきりのイメージですが、もし彼岸の肉体を使って地獄へ突入して行方不明…というなら、現世には即身仏のように、座って微動だにしない元の肉体が遺されているのかもしれません。
いやでも、さすがに1000年経ったら…これ以上は考えないでおこう…。

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