月ノ下、風ノ調 - 月風魔伝UM二次創作『眠り醒めて』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは。
本日はお日柄もよくアーカイブ、九曜です。

さて今日のお話ですが、兄・嵐童が館へ戻ってきた後の話です。
またか!と言われそうですが、平和な館が好きな私が書いた話なので「老舗のいつもの味」に仕上がっています。
当たり前のようにネタバレが含まれますので、未プレイの方は先にUM本編をクリアされることを強くおすすめします。





眠り醒めて


「兄上、兄上……!」
 聞き覚えのある声、桜の香、体を揺すられる感覚で嵐童が目覚めると、灯火の影が落ちた顔に、金の瞳が頼りなくぽっかり浮かんでいた。ちいさなふたつの金の満月は、兄の薄水色の瞳を捉えるや否や、わあとあがった声とともに涙の奥へ滲んだ。

* * *

 いずこへともなく失踪していた兄の月嵐童が、弟とともに地獄の底より帰還したのは、ほんの数日前の事であった。

 二十七代月氏当主である弟を地獄へ遣りたくないがゆえ、自ら最奥目指して赴いたは良いが、波動剣による強固な封印を解く術が見つからなかった。そのうちに地の底から聞こえてきた、この世のものと思えぬ声によって、我を失った。嵐童が覚えているのは、駆け寄ってきた弟の顔(かんばせ)が最後である。
 まことのところ、嵐童は心の奥底に潜む澱みにとらわれ、弟である二十七代月風魔に剣を突きつけたが、風魔――弟は兄の正気を取り戻すため、波動剣を引き抜きこれに打ち勝った。それらは後日弟より聞いた話であったが、倒れて体を失う間際「我が願い、届くことはなかったか」と呟いた、らしい。
 そうしていながら、嵐童は死を免れた。月一族は地獄へ赴く際、かつては鳥居をじかに潜りわが身を地獄へ投じていたが、代を重ね地獄の監視をつとめる中で、地獄へ行くための勝手の良い体――虚身(うつせみ)と呼んでいるが――を作り出し、現身(うつしみ)を現世へ楔のように留めたまま、魂のみ地獄へ送る術を会得していた。最奥に潜む強大な力によって穢れた嵐童の魂は、波動剣の一閃によって断ち祓われ、虚身を失った魂は現世へ帰りついた。次に嵐童が見たのは、かつては波動剣の一振りが納められ、「儀式」に用いることもあった、古く黴た祠の景色であった。

 嵐童はすぐさま館へ参じ、事の次第を侍女に問うた。侍女は奇妙な音の合間に、弟がまだここへ戻っておらぬこと、地獄の釜の蓋が閉じようとしている素振りが見えることを、抑揚のない声で淡々と語った。血の気のない顔色で儀式の間に座す弟の現身を、頭の中で思い描くや、嵐童はその足で祠へ取って返した。そして、何事があろうとも、再び地獄の奥底へ向かう決心をした。
 弟が通った痕跡をなぞるように冥府を下り、あの時は黒い瘴気と封印とに阻まれて踏み入ることのできなかった、巨大な何かに開いた横穴を通り抜ける。地獄という過酷な戦場において、虚身では意図的に体の感覚を鈍化し適応することができるが、そうであってなお冷やりとした空気が、嵐童の頬を撫ぜた。あらゆるものが氷に覆われた、およそ自然物とは思えぬ地形をざくざく早足で踏み鳴らし、はるか昔に栄えた文明の遺物と思しき装置――館の蔵の歴史書に、その存在が仄めかされていたもの――を通り抜ける。何度か地鳴りのような音と揺れがあり、天井から時折滴る雫が頭にかかったが、嵐童の一念はすべて弟の安否に向いていた。
 果たして、弟――二十七代月風魔は、居た。崖のように途切れた道の真中で、凍った地面にぐったりと倒れていた。元凶たる何かと激しい戦いをしたことが、砕けて失われた鬼の顔の肩当てから容易に想像できた。嵐童は弟がかつてそうしたように、駆け寄り、館へ連れ帰るため、背中におぶった。突然、横揺れが激しさを増した。地獄の釜の蓋の話を思い出し、嵐童は重たい鎧を着た弟を背負って、館へ戻るための神像が建つ野営まで、引き返さねばならなかった。
 頬に当たる風が温くなり、足の下の地面がぐしゃぐしゃと音を立てて溶け出しても、嵐童は横揺れに逆らい坂をのぼった。横穴から戦場跡へ転げるように這い出ると、後ろで何かが大きく爆ぜる音がしたが、もう振り向くこともしなかった。走り揺れるたび、少しの吐息がかかるばかりの、弟の魂を失うまいと、嵐童はどこへ向かうとも分からぬ大鳥居に飛び込んだ。大鳥居の景色は砂塵のように霞んでおり、ようよう着いた亜空の城塞も、地面が揺れ動き眼前の屋根瓦がぼろぼろと崩落していた。神像は所々にひびが入り、背後の炎がゆらゆらと消えかかっていたが、弟を背負ったままの嵐童が膝をつき頭を垂れると、ぼうと最後の輝きのように、青白く清く燃え立った。
 そうして気づいた頃には嵐童はまた、あの祠に居たが、疲れた足をおして再び館へ舞い戻った。引き留める侍女を押しのけ「儀式の間」へ入り、倒れている弟を背負いあげると、真っすぐ弟の寝所へ向かった。鎧を解いてやり身軽にして布団の中へ寝かす――そこで、嵐童の記憶は一旦途切れている。後日弟から聞いた話だが、その日の嵐童は寝所に座したまま、安堵からか気を失ったということであった。それも、一日足らずで目覚めた弟と違い、三日三晩寝続けた、とのことだ。

*  *  *

 先の弟の狼狽え様はそれゆえ……ではない。無論、深い眠りより醒めてすぐにも同じように泣かれたが、此度は少し長いだけの、昼寝の寝覚めである。腰帯に縋り付いた赤髪の頭を優しく撫でつけ、嵐童は座したまま問うた。
「如何(いかが)した、そのような声を出すなど」
 はっとしたように赤髪の頭が上がり、まだ涙の残る目の、瞳だけが左右にばつの悪そうに振れた。
「これは、兄上、……」
言い掛けて、目を伏せ口をつぐむ。きゅっと結ばれた薄い唇、頬にほんのりさす桜色は、色めき艶やかというよりは、何かを深く心より恥じているように見えた。
「兄の私が、其方にそのような顔をさせているわけにはゆかぬ。申してみよ」
そう促すと、一度伏せた視線がようようこちらを向いて、平生の静かな声とは質の違う、少し弱い声が場にこぼれ落ちた。
「兄上が、もし、目を閉じたまま死んでしまっていたら、如何(いかが)しよう……と」
 嵐童はその答えに、ああ、と思わずため息をついた。何事もなければこそ「そのような要らぬ憂いを」と返すこともできるが、一度弟の前で「死に」、醒めぬ眠りにさえ落ちていたのだ。兄を失うまいと探す気でいた弟に、当主としての顔を見せる必要もないこの場で、当主たれと説くのはむしろ酷であった。
 再び視線を外して傾いだ弟の頭に、そっと掌を置く。驚くように震えた頭を撫でてやると、
「あの、」
同じく震えた声が耳にかすかに届いた。もう童子ではありませぬ、と言いたげな次の句を奪うように、嵐童は言葉を返した。
「其方はもう童子ではない……だが其方は私の、ただひとりの弟だ」
 庭から吹いてくる風に薄色の花弁が混じる。穏やかで美しい館の宵の空気が、部屋を照らす金の灯火を伴って、ゆるりと温かく馴染む。一度乾いたはずの涙が、弟の目からぽろりとひとつぶ落ちた。
「憂うほどに、私を案じてくれたのだな。すまぬ」
言い終える頃には嵐童も目を伏せ、またわあと泣き出した弟の頭(こうべ)を、ただ黙って撫でさすった。さらさらという水音に混じった嗚咽が、嵐童の心をじわりと締め付けた。


+++

この話を書くに至った発端は「寝ている兄上を見て『死んでいるのではないか』と不安になる27代」にあります。
この話においては虚身の死ですが、自分で斬ったこともありトラウマになってしまうのでは…と考えた上で、安心させたいという気持ちで筆をとりました。
ただ、この題材を絵にしたものもありまして、


この温度差はいったい。

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