月ノ下、風ノ調 - 月風魔伝UM二次創作『石棺に天女は眠る』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
今日も元気にアーカイブ!
ようやく王国も救ったのに、まだやることが多い九曜です。

さあ、本日のアーカイブは…という書き出しで「またか!」と思われた方も多いことでしょう。
現状、作品がどれほどあるかといいますと、

こんな具合なのでご了承ください(何を?)

本日アーカイブいたしますのは、執筆No.4『石棺に天女は眠る』です。
エンディング後、館に帰還した当主と嵐童、という前提で話がスタートします。作品としてはかなり短い、読みやすいであろう長さです。
例によって兄上が息災ですが、その辺はもうツッコミ不要でお願いします。うちの館にはなぜかナチュラルに兄上がいるんです。


石棺に天女は眠る

 地獄の奥底に巣食う魔縁を倒し、地獄の釜の蓋は閉じられた。かくして、月氏の二千年の長きにわたる地獄監視の役目は終わり、泰平の世が訪れんとしていた。
 館の桜が新緑に芽吹く頃、二十七代当主月風魔の兄である月嵐童は、当主の傍にこの頃侍女のいない事を不審に思っていた。弟が当主となって数年、先祖代々当主に従う絡繰女と思しき侍女は、兄の嵐童をそれとは見做さぬといった口ぶりで、何かと気に障ることを言ってきたものだった。さりとて、当主でない以上何と口ごたえできる立場でもなく、何より人の心が備わっているかも怪しい絡繰女に、何と難癖付けようが糠に釘なのであった。
 渡りに船、宝物殿から二十七代月風魔――弟が一人出てくる姿が見えた。蔵書を読むためか、そのいくつかを小脇に抱えていた。嵐童は足早に近づき、問いかけた。
「其方、侍女の行方を知らぬか。この頃姿が見えぬようだが」
 言うなり、普段はよほどの事のない限り変わらぬ顔色がさっと青白くなり、狼狽するように金の瞳が左へ振れた。民衆や家臣の前では我慢強く演技も上手いが、兄弟の間、それも咄嗟のことで取り繕いそびれたようであった。会話の途絶えた二人の間を、初夏の風がさあと吹き抜けた。
「……兄上には、やはり、言っておくべきか」
 ぽつりと呟かれた言葉の頼りなさに、嵐童は何事かを確信して、弟の隣で肩を落とした。視線の先、陽射しの作る庇(ひさし)の影が、異様に暗く地面に落ちているのが見えた。
「こちらへ」
 当主のみが知るという、館の隠し階段を地下へ降りると、壁も床も一面石造りのつめたい部屋に、御影でできた大きな台があった。戦評定でも使わぬような広さのそれに、侍女が仰向けに寝ていた。侍女は胸元に両手を揃え、ぴくりとも動かないことを除けば、今にも起き上がり動き出してもおかしくないほど、白く美しいままであった。
「地獄が閉じてほどなく……『かえらぬ人』となりました」
 低く押し殺したような弟の声に、嵐童は眉を寄せ顔を曇らせた。冥府を下る最中、無造作に建てられた碑文で読んだ気がする……当主に代々仕えるこの侍女は、十三代目月氏当主が地獄より持ち帰った、絡繰女であるらしいと。地獄の釜の蓋が閉じたことと、この絡繰女が動かなくなったことは、やはり無関係ではないのであろうと、嵐童は目を閉じた。
「残念なことだ」
 あれほど口うるさく、それも、当主の兄として扱ってくれなかった絡繰女であったが、嵐童の口からは自然と哀悼の句がこぼれた。弟が隣で肩を震わせているせいもあろうが、どうしようもなく喪われた大切なものへの畏敬が、不思議と湧き出るようであった。
「弔いの儀は?」
「……いたしませぬ。十三代様の世から長きにわたり、お役目を果たしてきた侍女、ここで静かに、安らかに眠らせてやりとうございます」
「そうか……それも良かろう」
 弟が紅の目尻に涙を滲ませるのを、気づかぬふりをして、嵐童は地上へ戻る階段に足を掛けた。弟は何度か後ろを名残惜しそうに振り返ったが、嵐童に続いて隠し階段を抜けると、戸を返して元のように通路を隠した。戸を返すため取り去った軸を再び掛け直すと、春の朧月夜に桜を抱き、ゆるやかに微笑む天女がそこへ現れた。


+++
この話、タイトルセンスが壊滅的な私としては良いタイトルがついて、話のまとまり方も綺麗なので気に入っています。が、侍女がお好きな方にとっては悲しい話でもあります。
侍女や絡繰女については謎が多いのですが、この作品では「絡繰女は地獄産なので、地獄との繋がりが断たれた場所では動けなくなる」という設定で書いています。実際の所どうなのか、設定面で語られていることはかなり少ないです(デジタルアートブックにおいても、その仔細は書かれていません)
眠る侍女の隠し扉の封印に、よく似た天女の軸を飾るというのは、当主の彼女への哀悼の意の表れです。幼き頃から教育係を務め、身近にいたのかもしれません。そういった過去の話については、これを読まれた方のご想像にお任せいたします。

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