月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。
今日はアーカイブなのですが、数日前に月蝕があり、月に関するイベントということで、即興で月氏と月蝕に関する話を書いたりしたので、過去作はまた今度にして、こちらを先にアーカイブすることにしました。
月蝕というからには月氏一族にも何か影響が…と考えるのは「月並み」の発想かもしれませんが、そういう視点でできた話ですので、よろしければお楽しみください。
幼少時の27代と兄の嵐童、26代目当主(兄弟らの父)が登場します。
今日はアーカイブなのですが、数日前に月蝕があり、月に関するイベントということで、即興で月氏と月蝕に関する話を書いたりしたので、過去作はまた今度にして、こちらを先にアーカイブすることにしました。
月蝕というからには月氏一族にも何か影響が…と考えるのは「月並み」の発想かもしれませんが、そういう視点でできた話ですので、よろしければお楽しみください。
幼少時の27代と兄の嵐童、26代目当主(兄弟らの父)が登場します。
蝕、来たりて
月氏一族に伝わる数多くの、昔話とも予言ともつかぬ言い伝えの中に、なんとも奇妙なものがある。それは「月蝕の夜、館の外へ出てはならぬ」という制止の句より始まり、禁忌を破りし者は「塵ひとつ夜風に残さぬ」と結ばれる。
さて、その日の晩は月蝕であった。館は日の高いうちから、やれ人足だ、それ食糧だと、館に籠城でもするが如き騒ぎであった。第二十六代当主の二人兄弟の息子は、それらをまるで盆か正月でも来たかのように感じながら、縁側に座っていた。今日は武芸鍛錬も書道の書き取りもしなくて良いと言われ、十代も半ばの兄は暇を気まずそうに持て余し、まだ十にも届かぬ弟はもろ手を挙げ喜ぶ勢いであった。
ふと、弟――のちの二十七代当主月風魔は、この頃毎晩のように野良猫が屋敷の庭に現れ、餌を強請(ねだ)ってきたことを思い出した。今宵も来るであろうが、いつもは閉めない勝手口もすべて鍵をかけると小耳に挟み、閉め出される前に何とかできないかと考え始めた。まだちいさな頭でようよう、屋敷の閉じきらぬうちに、野良猫を庭に入れてしまうことを思いつくや、兄が人の往来を眺めているのを良いことに、草履を引っ掛けこそりと屋敷を飛び出した。
当主子息の弟がいない、ということが皆に知れたのは、夕飯時であった。一緒にいた兄の嵐童に家臣の誰やらが「お前が見ていないから」などと悪態をつくと、それよりも数倍大きい雷のような声で、二十六代はその家臣を叱り飛ばした。続いて「お前のせいではない。兄は兄であって、目付役でも乳母でもなかろう」などと声を掛けたが、嵐童の頭の内は弟より目を離した自責の念で溢れ返り、そのまま押し潰されて地に臥してしまいそうなほどであった。それをどうにか耐えて両足を踏ん張り、
「いえ、私の不行き届きです。私が探して参ります」
すると、二十六代はかっと目を見開いて、
「ならぬ」
と、強く言うものだから、嵐童は唇を口惜しそうに噛んで、俯いて頭を垂れた。しかしすぐさま、
「なれど、やはり私の落ち度です。探すならばせめて、お供させてもらえますまいか」
食い下がると、二十六代は何をか考えながら、目を細め、溜息混じりに話を始めた。
「蝕の晩は、月一族は結界の内に居ることで安寧が保たれる。蝕により月の力が弱まることで、一族の血に混じりし魑魅魍魎の力を抑えきれなくなり、最悪は魍魎となり果てる。お前に魍魎となりし兄弟を、斬り捨てる覚悟があるのか?」
あまりのことに、嵐童はすっかり顔色を失って、その場に崩れそうになった。異形の化け物に変じてゆく弟の幻影が、心をとらまえ総身をぶるぶる震わせた。風景の色さえ視界から失われる中、何かが強く目に飛び込んできた。それは、あかあかと燃える夕日の光であった。
「それでも、行きます。それにまだ夜とならぬうちなら、間に合うやもしれませぬ」
弟の髪とおなじ赤い色に、背を押され勇気を貰うように、嵐童の薄色の瞳が鋭い光を返した。先まで感じていた恐怖は、今ここで安穏としている自分よりも、どこかわからぬ場所で迷うているかもしれない弟の方が、きっと強いのだと嵐童は思った。
「……支度をせよ。陰陽師に頼み、すぐ護符をもう一枚工面してもらう。お前にまで、勝手に館を飛び出されては困るからな」
険しい面持ちと裏腹に強く優しい言葉を掛けられ、嵐童は二十六代とともにすぐさま館を発った。
「ちちうえ……あにうえ……」
弟――のちの二十七代当主月風魔は、途方に暮れて名もなき草原に座り込み、べそをかいていた。頬を流れる涙を拭った手を広げると、その向こうのざわざわと揺れる草が見えている。どうやら自分は妖(あやか)しのように透けている、と気づいたのは、陽が傾いてしばらくした頃であった。時折、旅人らしき風貌の者が通りかかるのだが、「助けてください」と縋りつこうにもその手に触れることができず、まるで己が路傍の石にでも変じたかのように、怪訝な顔のまま立ち去られることが二、三度続いた。野良猫を見つけるという本来の目的なぞそっちのけで、何とか気づいてもらおうにも詮無く、もはや泣き崩れるより他なかった。
館に戻ったところで、父にも兄にも誰にも気づいて貰えないかもしれぬと思うとそら恐ろしく、このままほんとうに消えるのを待つしかない恐怖で、ただただ、泣いていた。
夕日の色が薄れ、辺りが暗くぼんやりと滲んできた。風が草を鳴らす音に囲まれて、このまま消えゆく身を嘆いていると、ぼうと篝火のようなものが見えた。ああ、旅人がまたかたわらを通り過ぎてゆくのだと視線を落としたが、薄れたはずの腕を不意にしっかと掴まれた。
「無事か! 早くこの札を……!」
何やら護符のようなものを渡されると、透き通っていた総身に本来の色が戻ってきた。視線を上げると、すぐ目の前に兄の顔があった。
「あに……うえ……?」
「良かった!!」
力一杯抱きしめられて、あのとりつくしまもない虚無の時が終ったのだと悟り、弟は弾けたように泣き出した。父の二十六代は誰の不注意を叱るでもなく、無言で優しく二人の肩を叩き、館への帰宅を促した。歩き出した両足がさわさわと草を揺らす音さえ、今の兄弟にはかけがえのないもののように思えた。
『月氏一族に伝わる数多くの、昔話とも予言ともつかぬ言い伝えの中に、なんとも奇妙なものがある。それは「月蝕の夜、館の外へ出てはならぬ」という制止の句より始まり、禁忌を破りし者は「塵ひとつ夜風に残さぬ」と結ばれる。』
湯あがりで疲れて先に寝入った弟の、穏やかな寝顔を横目に、嵐童は宝物殿より引っ張り出した古書の、ある一節を思い返していた。弟が蝕に攫われなかったことを、魍魎とならなかったことを幸いと思いながら、寝際(ねしな)の灯火を吹き消すと、真の闇が訪れた。
+++
月蝕=月が影に入り力が弱まる、というのと、月氏一族が魑魅魍魎成分を使って身体強化している、という話をベースに、こんな話にしてみました。27代君(幼)はまだ鍛錬秘伝をとっていなかったのが幸いして、魍魎にはなりませんでしたが存在が薄くなってしまったようです。助かって何より。
ちなみに、当日中の掲載を目指して仕上げたため文のあちこちに粗があり、今回のアーカイブにてそこを修正加筆しております。暇な方はPrivatter版(当日提出のもの)との言い回しの違いとか、楽しむと良いと思います。
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