月ノ下、風ノ調 - 月風魔伝UM二次創作『桜雨』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
今日も元気に月風魔!
本日ブログ、明日いい夫婦の日、明後日いい兄さんの日、明々後日MHRSBアプデと大忙しの九曜です(

で、明後日がいい兄さんの日ですので、なんかしら書こうと思ったのですが、常日頃からいい兄上を書きすぎてネタ切れ気味になりつつありますので、今回はアーカイブ内からとっておきの「いい兄上」を引っ張ってきました。
ED後、記憶喪失になった27代当主と、帰還した兄・嵐童の話ですので、そういうネタがお好きな方は楽しめると思います。
作品はいつも通り、追記よりどうぞ。



桜雨


 いずこへともなく失踪していた兄の月嵐童が、弟とともに地獄の底より帰還したのは、ほんの数日前の事であった。
 嵐童は当主となった弟の身を案じ、弟に先立ち冥府を下ったが、魔縁の見せる狂気に呑まれ、地獄の異変を探りに赴いた弟・二十七代月風魔と意図せず刃を交えた。一族のみが会得している虚身(うつせみ)の術により、弟に討たれ滅びたのは地獄におけるかりそめの体に過ぎず、現世での死は免れていた。が、儀式の間より戻らぬ弟、今にも閉じようとしている地獄の異変を察知し、嵐童は地獄の奥底へ再び向かう決心をした。ほどなく、崩落してゆく忌地が起こした小規模な揺れとともに、兄弟ふたりは現世へ帰りついた。地獄を探る足掛かりとして残された野営より、どうやら帰還に成功したようであった。
 しかしながら、嵐童は二度の冥府下り――精神力を必要とする虚身の具現化により、疲れから熱を出して昼夜寝込み、弟に至っては、三日三晩が過ぎてもなお目を覚まさなかった。二日目より看病の輪に加わった嵐童は、冷たい地獄の奥底に囚われる弟の幻影を恐れながら、徒(いたづら)に日を重ねた。
 戻りて四日目の晩、嵐童は見下げた先に、屋敷の灯火を淡く返す瞳を見た。すぐにでも強く抱き締めたいほど心の内は困憊していたが、長く床に臥せていた折れそうな体には酷だと思い直し、代わりに掛布団の端を強く握り締めて、無事であったか、と声を掛けた。金の瞳は頼りなくふらふらと白目の中を彷徨った後、声のする顔を注視した。続くか細い言葉に、嵐童の眼(まなこ)が大きく見開いた。
「わたしは……ここは。あなたは、だれ、ですか」
*  *  *
 二十七代月氏当主が記憶を失ったことは、家臣や侍従をおいて秘された。幸い、地獄の釜の蓋が閉じたことで、これから冥府を下る必要はないとされたが、数多の執務が決されず文机に山積みとなった。これらには侍女により当主の印が持ち出されたが、評定や見回りなどのある以上、次の当主を擁するが良い、との結論が出た。
 館の桜は散り始めていた。まるでこれより廃される弟のようだ、と嵐童は花の雨を見上げた。遠くの空は自らを青色だと思っているような白であった。自然に落ちた視線は、庭の河を流れてゆく花筏に吸われた。それらもまた、自らを桜色だと思う白であった。
 庶務服から着流しへ着替え、弟の居室へ歩みを進めながら、嵐童はぼんやりと、自らにされた打診とその結末を思い返した。
「二十八代目、月氏当主となってくれませぬか」
 弟の近侍より持ちかけられたその話は、丁重に断った。兄を差し置いて弟を当主に据えておきながら、という義憤ではない。掛けたがえたように弟の後に代を継ぐという屈辱への抵抗でもない。ましてや、月氏当主たる心構えが今更できぬわけでもない。嵐童はもはや月氏でも当主でもない、凡人となり果てた弟に、兄としてできる事をしてやりたい、と願った。
 居室の前で足を止める。障子戸はぴたりと閉められており、晩春の風の吹き入る隙間もない。弟は今や、記憶を失ったことを公に知られまいと、座敷牢にでも入れられたような暮らしをしていた。障子戸をわざと大きく開け放つ。びくりと震えた肩を知らぬふりをして、書き物をしている腕を強く掴み上げる。
「あ、兄上、如何されましたか」
 弟があれからただ一つだけ、過ぎゆく日々の中で変えたものは、嵐童への呼び名であった。嵐童は会うたびに、其方は私の弟だと伝えては、その中身が何もかも拭い去られてしまったであろう頭を優しく撫でたたいた。弟は不思議と、そうされていることが不快ではなく、何となく居心地の良い気がして、何の思い出もない白髪青眼の大男を、兄だと思うようになった。姿見に己を映せば、髪色も目の色もまるで違ったが、二人揃えば釣り合いのとれる気もして、可笑しいことにますます兄弟だと思えた。
「もう桜も散るというのに、篭ってばかりでは味気なかろう。花嵐を見に行くぞ」
「しかし、私はあまり外に出ては……」
「この兄が許す! 弟ならば、兄に従うのが兄弟の倣いであろう」
 嵐童は半ば強引に、昔ほんとうに兄弟同士でいた頃には決して口にしなかった事柄さえ持ち出して、晴天の下へ弟を引きずり出した。強いた後になって、兄としてあまりに不寛容だろうかと、少し眉根を寄せたがそれは杞憂であった。
 着流しの袖をたなびかせる弟の周りを、風に乗って舞い落ちる桜は、確かに桜の色であった。桜雨の合間に弟のゆるやかな笑みが咲いた。一緒に見ましょう、と声を掛けられ、嵐童はその隣へゆっくり歩み寄りながら、花弁の落ちるほどに呟いた。
「我が願い、此度こそ、届くであろうか」


+++++
この話を書きながら、私はやはり、兄上が弟想いの人だと感じているのだなあ、と強く思ったりするのでした。

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