月ノ下、風ノ調 - 月風魔伝UM二次創作『残光』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

弾き返し指南だとか地獄観光だとか色々考えていたのですが、ブログタイトルを無題のままだとか、カテゴリを間違えたまま登録するなど疲労の色が見えるのに加えて、現在ちょっと画面がちらついている程度の不調なので、本日も作品のアーカイブです。

昔の作品から順番に提出していくつもりが、最近の作品などを先に出すなどしていたので、今回は近い過去に出した『桜雨』と対となる作品『残光』です。
こちらもまた、記憶のない27代当主の話となるのですが…詳しくは追記よりご覧いただけます。






残光

 空が高い。
 青く透き通る、水面と見まごう空に煙のようにたなびく薄雲。新緑の葉をつけた桜の枝が、見上げた先で大きく腕を伸ばしていた。この屋敷から見える景色は、いつも、雨で煙(けぶ)ることはない。まるでそうであることが当たり前のように、晴れ渡り、どこからか運ばれてくる豊かな水だけが、触れればその手を冷たく濡らすのであった。

***

 私が覚えているのは、この美しい館の景色と、時折夢の底から浮かび上がってくる、地獄のようなどこかの景色だけであった。
 その「地獄」は時に身を焦がす業火を伴い、時にすべてを呑み込む濁流へ化け、また時に凍てついた洞穴の如き様相を成した。どれもが恐ろしく、黒くはっきりせぬ何かの悪意が、私をとらまえんと、あるいは食らわんと襲い掛かってくる。何度も汗だくで目を覚ましては、穏やかなせせらぎに耳を澄まし、呼気をととのえて、また布団へ潜り込んだ。
 それでも私は、数日(すじつ)に一度は夢の地獄へ堕ちた。まるで、極楽と地獄を行き来するようであった。

 私の世話をしてくれるのは、人と見まごうほど精巧で、美しい、絡繰人形の女であった。彼女は私を「当主様」と呼んだが、その理由は出会ってひと月は過ぎた今でも、わからなかった。彼女の紡ぐさまざまの言葉を、いくら頭の中へ繋ぎ止めようとしても、素手で捕えようとした蝶や鳥のように、するりと宛てなく逃げていった。
 その後(のち)、館を出てそこらを歩かぬことを約すると、私はそれ以上、何を煩く言われることもなくなった。

 何かをどこかに、置き去りにしてきたような、空(うつほ)の変わらぬ日々が続いた。

***

 その日は、埃の溜まった自室の畳を箒で掃き、蔵より持ち出した絵巻を元の棚へ戻した後、初夏の陽気に誘われて、離れへ来ていた。
 離れの縁側に腰かけて、空を見やれば、どこまでも天は高く続いているように、ひたすら青かった。薄雲は屋敷の屋根の向こうへ帰りつき、屋根瓦が青魚の鱗のように、でこぼこと昼光を返し白んでいた。

 腰を捻り振り返ると、自室と似たつくりの部屋があった。風を通すために障子戸が大きく開けられ、床の間には何かの訓示が書かれた軸。花器の類(たぐい)はなく、小間物入れと文机だけがひとつずつ置かれていた。誰かの部屋だろうか、と立ち上がり、膝を衝いて目を凝らせば、小間物入れの天板にも文机にも、うっすら埃が溜まっていた。軸は下方が何となく、紙色が変じているように見えた。
 長らく使われておらず、そのままにされているのだと気づいた瞬間、急に胸の奥でざわめく心地がした。総身に震いが伝う。こんなに長閑な場にいるというのに、まるで夢の中の凍てつく地獄がすぐ眼前にでも迫ったように、汗が噴き出た。突然、文机に乗せられる、白く太い腕の幻影が横たわった。もう少しでそこに何かをはっきりと思い描けそうなのに、部屋の奥まで吹き込んできた一葉がそれを、俄(には)かにかき消した。

「ここに、大切な誰かが、居たような」

 ようやく出た言葉はそれだけであった。何を知っているはずもない無色の涙が、畳へ衝いた手の甲にぽとりと落ちた。


+++++
『桜雨』では兄の嵐童に助けられる形で日常に戻っていった27代ですが、この『残光』では当主の使命を忘れ、なおかつ兄の嵐童を冥府下りで喪っている、という流れとなっています。
この話を書いていた時期、なぜだかやたらと「記憶喪失」に関する話がたくさん浮かんでいて、

弟が記憶喪失、兄不在→残光
弟が記憶喪失、兄復帰→桜雨
兄が記憶喪失→うつほの身に其は焼き付きて/結びし縁は

…という具合に、何パターンも似た話を書いていました。
どちらかといえば漫画やアニメでなくゲーム、それも「自分の行動で流れが変わる」という形のRPGに慣れ親しんだのもあって、ひとつの事象をとりあげるにあたっても、色々な可能性を考えたくなるようです。

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