月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさまこんばんは、九曜です。
本日は過去作品のアーカイブです。
記事書こうとしたら資料写真撮るの忘れてたとか言えない
Privatterからいろいろ移動させたいのですが、サーバ容量の都合で移転も考えているので、方針が定まりましたらお知らせします。
作品は追記よりどうぞ。
本日は過去作品のアーカイブです。
記事書こうとしたら資料写真撮るの忘れてたとか言えない
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作品は追記よりどうぞ。
化猫の婿取
後に二十七代月風魔となる、赤髪の笑顔が愛らしい男児は、その日の暮れに屋敷の庭で奇妙なものを見た。障子戸の間を横切った焦げ茶色の猫は、確かに足の数が一本足りなかった。朱塗りの革首輪に付けられた、同じく朱色の長い紐が、ずるずると土の地面を滑るのを見た。怪我でもしたのだろうか、と案じて庭へ下りようとして、ほんの一瞬で、土の上に伸びる朱色が綺麗さっぱりなくなっているのに出くわし、まだ小さな頭を傾げて、夕餉の匂いが立ち込め始めた屋敷へ戻っていった。
その日から、片足のない猫が屋敷の周りに現れては、音も立てず煙のように消えることが続いた。驚いたことにその猫の話をしても、屋敷にいる近侍にも侍女にも、歳の近い兄にさえ「見たことがない」と諭されるので、彼は口をへの字に曲げたまま、猫の失われた右足のことばかりを考えるのであった。
ある夕、ちりんと鈴の音がした。それまで首輪に鈴のついていた事なぞなかったのに、どうしてだか、その猫だと思って庭へ下りようとした。果たして、猫は行儀よく庭に三本足で臥しており、首輪に繋がる紐はゆるやかな下向きの弧を描いて、白く指の長い手におさまっていた。見上げるほど大きい、父親より背の高いかもしれないその女人は、雪のように白い衣を纏って、頭にも被り物をしていた。領内で婚姻の時に、花嫁が被るものに似ている、と思って近寄ると、女人は夕焼け色に染まった体をぐにゃりと前へ曲げて、誰に聞かれるでもない無人の庭で、彼にこうと囁いた。
「なぁがわのむごだ? まだわらしでねが。んだばていねいね、こさこいへ」
言葉の意味はまったく解らなかったが、言いながら取られた手の冷たさに、慌てて手を引っ込める。女人は真っ赤な紅の口元に、ぺろりと薄紅の舌をひと回しすると、
「こいへ、こいへ。なしてこね」
もう一度手を取ろうとするので、彼は慌てて庭からはい上がり、部屋に転がりこんで、風を入れるため開けていた障子戸を、隙間のできぬようびたりと閉めてしまった。
「如何した。ひどい汗ではないか」
と、廊下側の障子戸を開け、兄が現れた。二人ならばどうにかなろうと、彼は兄に事の次第を話し、隙間から庭を覗かせた。
「居らぬぞ、そのような女人は」
だが、兄には晩秋の庭が見えるばかりで、人の姿はないという。兄に代わり、隙間から恐る恐る庭を伺う……庭の真ん中で、猫を両手に抱えた白無垢が、手招きしている。夕餉だからと廊下へ出ようとした兄に縋りついて、とうとう彼は泣き出した。誰にも見えぬ怪異に自分だけ連れ去られようとしている、それをもう一度大泣きの合間に訴えると、俄かに兄の顔色が変じた。
「まさか……其方、あの祠に詣でたのではなかろうな」
兄の水色の瞳が、真剣にこちらへ向いたのを見、ようよう彼は泣き止んだ。撫でつける手の温かさに安堵しながら、兄に言われた場所を思い描くと、思い当たる出来事があった。いつ頃からあるのだろう、古びて朽ちかけたちいさな社(やしろ)に、珍しく本坪鈴などついていたものだから、銭を投げ入れて鈴を鳴らし手を合わせた。その時の鈴の音と同じ音色が、今や庭からちりんちりんと続けざまに聞こえていた。いっときは落ち着いた心が急激にうすら寒くなり、彼は再び泣きじゃくり始めた。
「叱られるであろうが、お父上に話してみよう。何か手だてがあるやもしれぬ」
兄は自分の服を留める帯のうち一枚を解いて、弟の目を縛って隠した。思い当たる怪への対処のひとつであると同時に、魔は目を合わせると縁を作る、という伝書の実践のつもりだった。突然目の前の景色を奪われ、弟の嗚咽がいっそう大きくなると、兄がまだちいさな手を握り、
「案ずるな、ただ私について歩けばよい。兄はここに居る」
と宥めた。弟の嗚咽はだんだんに静まって、廊下には足音だけが響いた。暗闇の中、それでも遠くに鈴の音がしていたが、ふっとその音が消えるや、
「妖(あやかし)を庭まで呼び込むとは、やってくれたな」
父の声であった。
何を言われるかと、びくびく怯え始めた弟を横目に、兄が仔細を切り出した。
「……と、これらすべて許されざる事ですが、それよりも、このままではわが弟が冥府へ連れ去られてしまいまする。律するのは、それからでも遅くはありませぬか」
兄の言葉の端々に、歳の近い兄なりの恩情があった。それがかえって耳の奥でずんと重たく感じて、弟はただ横で頭を垂れた。
父曰く、この怪は『化猫の婿取』というらしかった。恨みを持ち死んでいった猫が霊猫(れいびょう)と化し、黄泉で婿となる者を現世から連れ去る、という伝承で、最初は婿と定めた者の気を惹こうとするが、やがて花嫁姿で現れたそれに、深く目を合わせ魅入られると魂を抜かれてしまうという。あの祠は、身よりなく死んだ多くの猫を供養するために建てたもので、長く時を経て霊猫が現れるようになってから、気味悪がった近隣の村に捨て置かれ、今では月氏の管理下に置いているとのことであった。
「いっそのこと、袋の鼠とし、退治してくれる」
童子のしたこと、父も父らしくあらねば、と思うたらしい。弟の目隠しの上に、重ねて護法の札が貼られた。そして夕飯をとっていない空腹など構いなしに、館のどこにあるかもわからぬ階段まで父に連れてゆかれ、屋根裏らしき天井の低い部屋に押し込まれた。黴と埃の臭いにむせ返りながら床を確かめると、敷かれた布らしきものに手が触れた。
「事が終わるまで、ここに隠れていなさい。目隠しも護符も剥がず、外から誰に呼ばれても開けてはならぬ。厠へは出ず、柱の近くに置いた樋箱を使いなさい」
言い終わると、木戸の閉まる音と階段を降りていく音の後に、たちまち静寂が襲ってきた。厠にさえ立ってはならぬという言いつけから、自分のしでかしたことの大きさに、じわじわと後悔の念が湧いたが、さりとて何をできるでもなく、腹の虫の訴えを退けて、彼は布団へ寝ころんだ。虫の声さえ絶える季節、屋根裏は肌寒く、掛けた布団から古いにおいがした。
「おーい」
自分が目を閉じているのか開けているのか、いったい何刻経ったかもわからないままでいると、階下より兄の声がした。
「おーい、もう良いぞ、出て良いぞ」
だが、彼は父の言いつけをよく覚えていた。外から誰に呼ばれても開けてはならぬと、ならば兄の声は兄ならざる者の呼び掛けだと、布団の内でがたがた震え始めた。敷布団に頭を護符ごと押しつけて、どうか今すぐ耐えられぬほど眠くなれと念じたが、それは叶わなかった。
「おうい、おーい、おい、おうい」
階段をぎし、ぎしと重い音がのぼってくる。得体のしれぬ声の合間に、ちりん、と鈴が鳴った。彼はもはや、戸とは逆の方へばたばたと逃げ出したくなったが、逃げたがゆえに父の言いつけを破っては、助かるものも助からぬ気がした。心の臓などばくばくと飛び出そうになりながらも、目を強く瞑って、口の内で覚えたばかりの念仏のただの一節を、繰り返し繰り返し唱えた。
「妖(あやかし)、覚悟ッ!」
「ギャーッ!!」
せわしく階段を駆け上る音と風切り音、そして二つの叫びがあがった。鈴が階段を転げ落ちて遠ざかる音と、木戸の開いた音に続けて、薄い掛け布団の上から、温かい何かにしっかと抱きしめられた。
「よく耐えた。無事であったか」
確かな兄の声に、彼は息を潜めている必要もなくなったと知り、火花の弾けたようにわんわんと泣き出した。頭の後ろを撫でられる掌の感触が、ただただ、温かであった。
泣き疲れて寝入った小さな体を背負い、兄が階下へ降りてゆくと、下で父が仁王立ちしていた。閻魔のごとき表情に何をか察して、歯を食いしばったそこへ平手が飛んだ。
「出すぎた真似をするな、異変はすぐ申せと言うたはずだ。功を焦り猛りていたずらに命を落とすでは、浅はか極まりない」
疲弊した弟をむやみ起こさぬようにと、怒鳴りこそしなかったが、低く威厳のある声であった。
「申し訳ございませぬ」
兄は頭をぐっと深く垂れると、そう謝った。あの時助けねば、弟が生きてはいなかったかもしれぬ事など、どうでもいいという父ではない。父の指示なくはたらくに、兄とはいえまだ十を過ぎたばかりの童子では力不足であり、此度は相手が軟弱で助かった、ぐらいの幸運であった。父はその姿勢を一応の反省ととらえると、不機嫌そうに足音を立てて、当主の居室へ戻っていった。
夜風の冷たい廊下に取り残された後で、兄はふと、背中の体温を感じた。すうすうと安らかに寝息を立てている弟、確かに守られたいのちに救われながら、兄弟の寝所に戻るため、歩き始めた。淡い月光が薄ら落ちてくる廊下に、ふと言葉がこぼれた。
「それでも、守りたかったのだ。わが弟なれば」
+++++
前このブログで要点だけご紹介していたお話です。
石碑をいろいろ見た結果この話ができたのですが、あの一家がどういう一家だったのか、公式からの情報だけでは知るよしもありません。
でも、私はこういう家族なのではないかなあと、ふと思ったりするわけです。
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ゲームを遊んだり、絵を描いたり、色々考えるのが好き。このブログは備忘録として使っています。
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