月ノ下、風ノ調 - 月風魔伝UM二次創作『顔のない肖像』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。
当主遍歴まとめなどやろうかと思ったんですが、石碑をほぼコンプしないと説明しづらいこともあり、先送りにした結果本日はアーカイブです。

基本的に救いのない話をあまり見たくない性分なのもあり、終わりよければすべて良しの心意気で執筆していますが、今日のお話は途中がやや怖い話です。
戦場跡クリア後、最深部ステージへ入る段階の話(ネタバレ大いにあり)ですので、月風魔伝UMをまだ未プレイの方は、先に本編をそこまで遊ぶことをおすすめします。




顔のない肖像


 そこは黄泉か冥府か、はたまた現か。千年の封印を破り、口を開けた大鳥居に呑まれ、気が付けば無機質な異空間に居た。
 壁は、凹凸があるが木目ではなく、漆喰でもなく、みな一様にのっぺりとした色をしている。床はつやつやと、まるで凍りたての池の氷のように光っているが、湿ってもいなければ滑りもしない。むしろ一歩一歩足裏を制される心地があり、歩むたびきゅ、きゅと不快な音が耳を衝いた。天井には細長い明かりが規則正しく続いていたが、館のほの温かい吊り灯とはまるで違う、青白く不気味な光であった。
 振り返れど鳥居はなく、同じような回廊が前後に果てなく続いているように見えた。眩暈がしたが、為すべき事を思い返し、私はその異様な回廊を進み始めた。

 私は兄上の仇をとらねばならぬ。
 まだ手に、感触が残っている。腰に下げた妖刀・水月も覚えているであろう、血を分けた兄弟を斬った記憶。好きこのんで殺したのではない。兄上は魔に魅入られ、刃を向けてきた。戦いの最中に、手を止められこちらを見据えるたびに、氷のような眼差しのその奥に、強く正しい光を見た。それは確かに「もはや術はない、私を斬れ」と叫んでいた。それは私の勝手な、都合の良い幻想だったであろうか。否、兄上は最後に、望みの絶たれたことを静かに呟き、天に還った。二十年も近く、兄上と常に共にあった我が人生が、その真意を言わずとも悟っていた。兄上の望みは、私が平穏無事であること、であったのだろう。
 されど、私が初代様のように、たとえこれから骨身を砂塵に返すこととなろうとも、兄上の仇はとらねばならぬ。私は兄上のように、立派な当主たる男ではないから、当主としての務めを安穏と果たす代わり、兄上を魔に引き入れた元凶を断つと胸に誓った。この悲しみを、二度と繰り返してはならぬと。

 青白く薄暗い回廊はただ冷ややかで、これまで見てきた魑魅魍魎の類はなく、何の気配さえなく、戦場跡の荒涼とは違う不気味さを湛えていた。片側に窓枠のようなものが現れ、出口かと疑ったが、手を掛けようとして何か、硬く透明なものが嵌っていることに気づいた。蔵の古びた書で見た、硝子だとか、ギヤマンだとかいった素材であろうか。つるりと硬いそれは、拳で叩いたぐらいではびくともしない。思い切り突き破ることもできたが、その奥に広がる深い深い闇に手先が囚われる気がして、私はそっとその場を離れた。
 繰り返される壁と床と天井に、どれほど進んだかわからなくなりながらも、時折現れる異質な「設備」の類で、まったく同じ場所を彷徨っているわけでないと知れた。それは窓枠であったり、押せそうないくつかの突起物であったり、一見扉のようだが取っ手がないものであったりした。どれもこれもが、硬くつややかな鋼で作られているように思われたが、地上では見ることのできぬたたずまいをしていた。
 回廊の右手側に、押せそうな突起物と、鋼の戸らしきものが現れた。これは館の書で見たことがある。手元の仕掛けを動かしてそこへ呼び、乗れば上下に昇降できる装置で、西暦一万年に満たない頃、世界では日常的に使われていた超技術だ。館の物見櫓にも釣瓶式の昇降装置はあるが、鋼でできたそれを見るのは初めてであった。
 このままずっと、誰もいない回廊を進んでばかりでは何も変わらぬ気がして、上下一対のうち下向きの三角を指で押した。ちか、と星のように光を発した三角が、薄暗い回廊でひときわ白く輝いた。眼前の扉の奥より、風の唸るような音、続いてがたんと何かが止まる音が立った。それまで壁のように沈黙していた鋼の扉が、ゆっくりと、開いた。
「兄上!?」
 扉の中、畳四枚ほどのちいさな空間に、兄の後ろ姿があった。かような事なぞありえぬと拒絶する気持ちと、この不可思議な装置により引き起こされた、束の間の奇跡である気持ちが葛藤した。内壁に向いて俯き沈黙していたが、鎧の意匠も、後ろ頭の感じも紛うことなく、兄であった。無限回廊に取り残されるか、兄とともにどこかへ行くかの決断を迫られ、意を決して箱へ乗り込んだ。
「兄上、逝かれる前に、貴方に、お伝えしたいのです」
 そして、だらりとしている右の手を左手で取った。手は温かったが人肌にも思えた。ほっとして、私は次々と言の葉を紡いだ。私は兄上のような立派な男ではない、今や当主としての使命さえ手放して、貴方の敵討ちに行こうとしている、こんな私を許してはくれまいだろうが、どうか見守っていてほしい、これが私にできる精一杯のはなむけである、と。
「それは、真か」
 兄の立つ場所と違う方から、兄の声がした。何事かと振り返ると、兄がいた。呆然とこちらを向いて、しかし、姿はうっすらと淡い青色に透けて、胸元に煌々と魂の火が輝いていた。繋いだ左の手が震える。では、今私の語りかけた、兄の姿はいったい? 恐る恐るそちらを見やれば、振り返った顔は水底の如く青白く、のっぺりと、目鼻口すべてを欠いた平面であった。さっと血の気が引き、急ぎ離そうとした左手は、いつの間にかしっかりと握られほどけない。背後の扉が閉まりかけていることに気づいて、震えた頬に涙が伝った。男がこれしきで泣くとは情けないと、右手に刀を取ることも忘れ目を瞑る。ぐわっという衝撃のあと、左手に自由が戻ってきた。
「真ならば、其方は行け。その向こうへ!」
 目を開くと私は尻もちをついており、見上げた先で薄まった体の兄が、のっぺらぼうの右手を捩じり上げていた。魂の光がちらちらと焚火のように揺れて、そのたび姿が霧に隠れるようにちらついた。背後の閉じかけていた戸は、いつの間にか開いており、私は回廊へ転がり戻ることができた。扉の閉まる直前、化物へ鋭く向けられていた兄の眼光が、こちらを向いて和らいだ。
 扉が閉まり、静寂が訪れると、恐怖の涙は熱い涙へ変わった。いつの間にか回廊に終わりが見えていた。青白い薄明かりでなく、強い光の中へ呑まれるように、踏み出す――。

 崩れ落ちた地面の冷たさで覚醒した。氷の地面へうっかりついた顔と手を離して、私は立ち上がった。広々と凍てついた空間を見回すと、すぐ傍に封印の大鳥居があった。はて、と首を傾げる。大鳥居をくぐったならば、すぐ大鳥居より出て歩けるはずであるが、先のは夢であったか。
 顔のない肖像に語る私の、何と滑稽であった事かと恥じ入る前に「其方は行け。その向こうへ」という言葉が背を押した。兄を斬った感触は、化物の手を兄によって振りほどかれた感触へ、すり替わっていた。私は兄上の仇を取らねばならぬ。確かめるように呟いて、私は腰の刀を鞘より抜き放った。


+++
今回は四方山話をあとがきに。
この話、実は序盤から途中ぐらいまで、私がこれを書いた当時見た、夢の内容をほとんどそのまま再現しております。
といっても、夢の中で27代君や兄上を見たわけでなく、夢における私の実体験(つまり、ホラーな悪夢)を差し替え方式でお送りしているのですが、なんというかリアルに怖い思いをしたんだなあ…ぐらいに思っていただけましたら。

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