月ノ下、風ノ調 - 【UM二次創作】蠍の夢 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

さて本日より、3週連続「狂蠍」シリーズをお送り…する予定となっております。予定は未定なので、考察が先にできあがれば間に挟みます。

私が狂蠍大好きなのは、蠍涅槃の記事をお読みいただいた方ならご存知かと思うのですが、なんやかんやあって「館で狂蠍を飼う27代」というパターンが存在しまして、その顛末に引っ掛けて蠍関連の話がどんどん増えた時期がありました。
第一作目となる『蠍の夢』は、本編終了後に兄上が館に戻っている前提で、狂蠍を拾ってきた27代というところから話が始まります。この時点でだいぶIFなので、本編のネタバレはむしろない気がしますが、狂蠍の説明文だけほぼ引用なので、初見で読みたい方は先に求道者まで遊ばれることをおすすめします(狂蠍は求道者限定で出現する魍魎です)





蠍の夢


 地獄より戻りて、十日。何度目か冥府へ赴いた弟が、両腕に抱えるほど大きな蠍の魑魅魍魎を拾い帰ってきた。弟は何をか言う暇もとらせず、その魍魎を納屋へ匿った。地獄より絡繰女を連れ帰ってきた当主は居たが、魑魅魍魎を連れ帰ってくるのは前代未聞であった。
 弟を問い詰める前に、それが何たるかを知る必要があって、宝物殿の魍魎絵巻を解いた。同じ絵姿の魍魎は、名を「狂蠍」といい――記された一文に目を疑った。「奈落で命を奪われた哀れなる人に憑いた物の怪。」あの魍魎は、かつて人であったものだと。納屋へ駆けた弟が手に携えた、解毒の薬草の青さがまざまざと思い出された。急ぎ納屋へ向かい戸を叩くと、

「誰(たれ)か」
「私だ。その魍魎は毒を受けたのか」

しばしの沈黙があり、魍魎がびいびい鳴く声ばかりが空白の音を埋めた。やがて戸板を挟んで、答えは返ってきた。

「はい」
「助けようとしたのだな」
「……はい」

 兄とて抗わせぬというやや強い語調だったが、抗う気などまるで起きなかった。幼き日よりこの弟が、私と同じように当主たらんと日々精進していることは、兄としてよく知っていた。私より情け深く、手の届くものは分け隔てなく救おうとする男であることも。

「好きにするが良い。この館の主(あるじ)は他でもない、其方であろう」

扉の向こうの顔(かんばせ)はいかなるものかわからないが、ふと鳴きやんだ魍魎の背を、愛おしそうに撫でている鎧姿が見えた気がした。

 ――そして今、月氏の館には、蠍の姿の魍魎が紐で繋がれ、さながら飼い馬のように小さな自由を謳歌していた。冥府へ返すもゆかず、人里へ放つもゆかぬため、当主が政務の合間によく世話をしていた。
 魍魎はかつて人だったためか、それとも気性か、弟の言う事ならずともよく聞いた。みだりに尻尾で刺したり、鋏を振り上げることもなかった。ある時は、何と声を掛けずとも、後ろを長くついて歩かれたことがあった。「兄上の鎧の衣装が似ていて、同朋だと思うているのでしょう」という、弟の笑みが少し憎らしかった。

 今日も夕暮れの光を背に、紐と胴輪のついた狂蠍を連れ、弟が戻ってくる。魍魎を連れ歩くという奇怪な行為と似つかぬような、ぱたぱた急(せ)く浮いた足音も、「ただいま戻りました」の陽気な声も、今ではすっかり日常に馴染んでいた。館の支えの柱に、弟が紐をしっかり括り付けると、狂蠍はそこが自分の居場所であることがわかるように、脚を折って行儀よく地べたへ身を下ろした。高く上がった尻尾の先が、鬼灯(ほおずき)の袋のように、西日の中で緩やかに揺れた。

***

 起きて目を開くと、白んだ光が飛び込んできた。書に耽り、寝入るのが少し遅れたとはいえ、鍛錬の刻に間に合わぬとは弛(たる)んだものだと、身を起そうとして不和があった。起きて足を地に付けたはずだが、まるで犬猫ほどの背丈になってしまったように、低く這いつくばった時のような景色が広がっていた。首を傾けようとしても首が動かせず、腕を伸ばせば軋む音がする。
 妖(あやかし)にでも遭うたろうかと、声を出し弟の名を呼ぶ――甲高い音が耳をつんざいて、総身震うとともに、信じがたい事実を確かめねばならぬと感じた。呑むための唾さえ湧いてこない。近くの部屋までのそのそと歩き、鏡台へ向かったが、顔はとうとう見ることが叶わなかった。しかし、数珠のように繋がり上がった身の先には、黒い鬼灯が揺れていた。

 弟が連れ歩いているあの魑魅魍魎が、何か悪さをしていたというなら、己の不明油断を嘆くが妥当であろう。が、それもなく、また狂蠍は死者に憑りつくものとあらば、突然蠍となり果てた己が身は何なのであろうか。考え始めた折、弟が柱の陰から現れた。

「狂蠍? はて。確かに、外に繋いでおいたはずなのだが……」

 口からこぼれたその名にやはり、と敢え無くなりながら、一回りも小さい弟にひょいと抱え上げられ、じわりじわりと可笑しさがこみ上げてきた。普段は弟を制しても制されるなどということのない己が、こうして大人しく弟の両腕に収まっているなど、魑魅魍魎にでもならねばあり得ぬ事であろう。
 抱えられ、脚をぶらぶらさせながら向かった先で、繋がれた館の蠍が鳴いていた。驚いた目で此方と彼方を見比べる弟の顔に、噴き出しそうになりながら、ほんとうに同朋になってしまったのであればと、鳴き声に耳を澄ましてみた。が、ついぞ館の蠍の声は、乱雑な金切声としかわからずじまいであった。

「訳はわからぬが、二匹に増えてしまった……兄上に何と言われるやら」

その兄はここに居るぞと、気休めに口を開いてみると、甲高い音がびいと空気を揺らした。頭上でふらふら頼りなく揺れる尻尾が、弟の頭に刺さりやしないかと冷や冷やしていると、不意に弟が覗き込んだ金の目と、視線がかち合った。

「……この狂蠍の、甲殻の黒、瞳の薄青……兄上に、似ている」

 目を見開けるものならそうしたいほどに、弟の言葉は総身に雷(いかづち)であった。初めのうちこそ気づかれぬ愉悦もあったが、こうもあれば何としてでも意思を伝え、平生に戻る足掛かりとしたかった。鋏となった両手を大きく振り、音でしかない金切声をあげる。想いも虚しく、次第に景色が霞み歪んでくる。最後に言葉に成そうとしたのは、弟の名であった。

***

「あ、兄上。どうされましたか」

 跪き、文机越しにこちらを案じている弟の顔が見え、はっと我に返った。机上には昨夜読んでいた魍魎の研究書がばらばらに乗っており、灯火はすっかり燃え尽きて、燭台の上に芯だけを黒々と残していた。座したまま寝ていた、らしかった。
 夢。あれは夢であったのかと、両腕を確かめる。見慣れた人の両手であることに安堵して、ふうと息をつく。声の出し方なぞ最早考えるまでもないと、私はようよう答えた。

「いや、何ともない。少し悪い夢を見た」

 私の言葉に、弟はまだ何をか訝しんでいるように考えた後で、こう続けた。

「私を……私の名を呼んでおられましたが、私は、夢で兄上の助けになれたのでしょうか?」

二度目の稲光が眼前を走った心地であった。思い返せば、夢で逢うた弟はまさしく弟であり、己が幻夢が創り出した都合の良い存在にしては、いやに精巧で、現実より現実味さえあった。今ここで私と向かい合う弟は、その精巧な弟の虚像とぴたりと重なるように見えた。偽りなきものであろう問いかけに、私は胸の内側からじんと熱さが湧いて、偽りなき答えを白状するに至った。

「ああ。あのまま夢が続いておれば、必ず」


+++++
狂蠍は毒弾を飛ばしてきますが、毒耐性がなく、戦傘などで毒弾を跳ね返して当てると毒にかかります。それを憐れに思う当主もいたことでしょう(主に私)
あと、狂蠍は兄上(の、鎧)のことを「黒くておおきい仲間」だと思ってそうだなー、と常に思っています。放っておくとぴーぴー言いながらついていく、と考えると、なんとなく可愛い気がします。

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