月ノ下、風ノ調 - UM二次創作『忘れ得ぬ白雲(しらくも)の』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

さて、今夜はお日柄もよくアーカイブ…ではありません。なんと新作です!!!
来たる6/26より、また今年も月風魔伝ワンドロライ企画を控えている(予定)にも関わらず、ハンター業が楽しすぎてまるで何も創作ができていないので、ここで一念発起してなんか突発で書こう、となりました。
執筆時間ほぼ一時間、ほとんどひとりワンライみたいになっているため、表現とかいろいろ甘い気もします。リハビリ、リハビリ。

今日のお話は本編クリア後、夏になった館で当主がもの思う話です。
当たり前のようにネタバレ前提で話が進むので、大丈夫な方はご覧ください。



忘れ得ぬ白雲(しらくも)の


 館の桜は葉も青々と茂り、天高く枝を伸ばして、隙間からはすこし和らいだ夏の日差しが、黒土の地面に和紙の箔の如き模様を落としている。27代当主月風魔は、すぐ傍の縁側に胡坐をかいて座り、風の吹く度ちろちろと揺れ動く光模様を、ぼうっと目で追っていた。

 桜がまだ桜であった頃、この春は実に様々のことがあった。突然封印の解け開かれた地獄、千年の眠りより目覚めた龍骨鬼。そのいくつかは先代当主の父より、語り聞いてきたことであったが、夢物語の絵巻物であるかのような心地さえするほど、かつての風魔には遠い世界のように思えた。
 だが、違った。厳重に封印の施された鳥居の奥深くへ潜るたび、一族の継いできたものの重さと、鮮烈に血塗られた記憶の数々が背に圧し掛かった。こんな時に居てくれたら、と強く願った兄は、冥府に巣食う邪神に囚われ、魔となり、かえらぬ人となった。
 邪神は滅び、冥府は閉じられ、地上には平和が訪れた。地獄の監視と比べたら、時たま起こる村人同士の諍いの仲裁なぞ、些細な仕事であった。魍魎を討つ必要のなくなった武器たちは武器台より宝物殿へと移され、侍女も地獄の監視でなく、日々の政務に励むべしとの諫言をはじめた。

 屋敷の領内をさらさらと、静かに流れる川の音に、軒下の風鈴の、りんと小気味よく鳴るのが混じった。風魔の視線は変わらず、光もまだらな地面に落ちていた。
 すべて終わった今、風魔には腑に落ちぬことがひとつだけあった。地獄の最奥に封じられた、凍てついた遺跡の底で「魔縁」と対峙し、すべての力を使い果たして、その場に崩れたはずであった。館へ帰る術を持たず、輪廻の術で時を遡る必要もなくなり、月一族は「役目を終えた」……はずであった。
 再び目が開き、そこは地獄か極楽かと身を起こせば、太腿から足に刺さるような冷たさがあった。辺獄の忌地へ繋がる大鳥居前の、川中の飛び石のひとつに、もたれかかるように寝ていたらしかった。ざぶざぶと足を引き揚げ、春の川は存外冷たい、などとひとりごちながらも、確かな生を実感した。
 あれは何だったのかと考えるたび、白んだ光が脳裏をちらついた。生きているのだから良しとすべし、という思いと、あの白んだ光の正体を、自分が生き長らえた意味を知りたいという思いが蔓のように絡みついて、心の奥へゆっくり沈んでゆき、今は早や夏であった。

 ゆるりと立ち上がり、縁側から庭へ下りる。川の傍へ膝をつき、手先を突込んでみても、あの日の刺すような冷たさではなく、心地よい涼感しか得られなかった。陽射しが赤い髪ごと頭をじりじりと焼き、当主鎧姿の風魔はたちまち顔に汗が滲みはじめ、たまらず軒下へ避難する。瓦の屋根から向こう、一面青に塗りつぶされていた空に、夏雲が立ちはじめていた。
(我が心覚えも、さながら、夏の白雲なのやもしれぬ)
 何もない所より突然湧き立った白に、心深くへ追いやったものを重ね合わせて、風魔は目を細めた。ありふれた夏の景色が滲んでゆき、遠くで風鈴がりん、とまた鳴った。


+++++
テーマは「夏」です。館=夜桜のノリで、基本的に春~初夏ぐらいまでの話しか書いてなかったので、もっともっと後の話を書きたいな、と思い。
この話では「当主が地獄より戻った理由」に焦点を当てていますが、ほとんど未決終了のように終わっています。ハッキリ何かしらを示唆する書き方でもよかったのですが、掘り下げるための理由が不十分だったので、「こういうこともあるかな」ぐらいにしています。
夏になって世が平和になっても、雑務はあるし侍女は口煩いし、変わったものと変わらないものの間でまだ心の整理がついてない、といった具合で、合間合間に夏の描写を含めたりしています。つい軒下に風鈴なんか下げてしまいましたが、風流でいいんじゃないかと思います。りんりん。

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