月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。
かなり前に狂蠍シリーズと称し、三週連続で狂蠍の話をアーカイブしたことを、覚えておいでの方はいらっしゃるでしょうか。
今日はこの狂蠍シリーズの中で唯一、季節ネタだったがゆえにお盆までとっておいた、残りの1話をアーカイブしに来ました。
タイトルはずばり『ある盆、逢魔が刻』です。
今回のお話は月風魔伝UM本編のネタバレを含みますので、大丈夫な方は追記よりどうぞ。
かなり前に狂蠍シリーズと称し、三週連続で狂蠍の話をアーカイブしたことを、覚えておいでの方はいらっしゃるでしょうか。
今日はこの狂蠍シリーズの中で唯一、季節ネタだったがゆえにお盆までとっておいた、残りの1話をアーカイブしに来ました。
タイトルはずばり『ある盆、逢魔が刻』です。
今回のお話は月風魔伝UM本編のネタバレを含みますので、大丈夫な方は追記よりどうぞ。
ある盆、逢魔が刻
己は死んだのだ、とすぐ悟ったのは、幸か不幸か。
暗い色の甲殻に覆われた己が腕を見て、ああ畜生道に堕ちたのだなと、言の葉にならぬ金切り声をあげながら、大波の打ちつける岩場で身を休めていた。ならばここは地獄なりやと、飛沫の合間にありもせぬ答えを探しながら、増えた脚で岩場をよじ登った。崖の上は壊れたあばら屋など立ち並び、地獄の景を思い返せば、このような場所も何処かにあったのだろう、と思えた。
茫漠とした地面を歩くたび、甲殻の擦れてかちかちという不快な音が、もはや人の形でなくなった耳を衝く。姿見なぞなくとも、少なくとも人間の姿ではないのだろうと、もはや悟りとなった諦念をひきずり歩いた。堕ちたならば相応の罰が待つことだろう、だのに此処に己ひとりしか居らぬということが、そら恐ろしく思えてきた。獄吏に会い裁かれることさえ待ち遠しく、可笑しかった。が、相応のことはしてきたのであろうと、腹を括った。
歩けど歩けど、数間しかないはずのあばら家を横目に追い越すことさえ難しく、ようやく地面が草地に変わるかという頃には、あれほど高かった陽がすっかり傾いていた。硬い鋏と化した手の内側に、仄暗い影が落ちた。
最後のあばら家を通り過ぎた所で、突然、その裏手から人の声がした。
「魑魅魍魎! かような所に何故……?」
前に進み出て、すっと立つ姿に覚えがあった。夕暮れのせいではない、元より燃え立つような緋色の髪を靡かせ、鬼の顔の鎧を身に着けた、月一族の現当主――
「二十七代・月風魔が成敗してくれる!」
男が腰の刀を引き抜いた瞬間、漠々と砂舞う地で、真正面から袈裟斬りとされた記憶がまざまざと蘇った。弟を守らんがために地獄へ往き、魔によって理を欠き弟を害しようとした私の罪は、一度斬られるまでにとどまらず、二度目の死をもって裁かれるのであろう。それも、此度は兄だとわからぬまま、ただの魑魅魍魎として無碍に斬り捨てられるのだ。
私はよく知った姿の獄吏を見上げた。兄であった頃は見下ろすしかなかった、青さの残る白い顔は、化物を射竦めるような鋭い眼光と毅然と結ばれた口元によって、当主として完璧に彩られていた。弟を当主のさだめから遠ざけようとした、己を愚かしく恥じるほど、美しく強い貌(かんばせ)であった。
「……」
数秒睨み合った後、一度抜き放った刀が無言のまま鞘へ返されたのを見て、私ははて、と思った。捻ろうとした首は、蠍の身ゆえぴくりとも動かせなかったが、やがて弟は魑魅魍魎の姿となった私に、このように語りかけた。
「……其方に人語が解せるかはわからぬが、襲うてこぬゆえ話しておこう。彼岸と此岸の境が薄れるこの盆の時期、先祖や親兄弟がいきものの姿を借りて、近しい者へ会いに来る事があるらしい。ゆえに……此度限りは見逃してやろう。今のうちに、何処へなりとも去るがよい」
陽が沈み、俯いた顔かたちがはっきりとわからなくなったのも、己が魑魅魍魎となり涙のひとつさえ流せぬ存在になったのも、なんと都合が良いのだろうと思いながら、私は弟の話を聞き終えていた。潮風が合間を鋭く吹き抜けてゆき、そのひゅうという音を合図に、一度絡み合った世界が再び分かたれたのを感じて、私は背を向けた。そこに隙ありと太刀筋が降ってくるでもなく、代わりにこのような言葉が、私の背後で悲しく呟かれた。
「これでは、当主として失格だな。兄上が見たら、何と叱ることであろう」
+++++
過去に提出した遠き夢の終わりによりも、だいぶ出自のわかりやすい狂蠍でしたが、いかがでしたでしょうか。
夢でよく狂蠍になってた兄上でしたが、実際そうなるというパターンは見てみたくもあり、何より拙宅の27代が狂蠍を飼い出す始末なので、生存ルートがダメなら最終的に狂蠍として館へ戻…げふんげふん。
結局館に連れ帰る形にはしませんでしたが、手長足長のように月氏が素体となった魍魎もいる以上、こんな形の終幕もあるんじゃないかな、というお話でした。ちょっと悲しいですが、人と魍魎は分かたれたものだとか、兄上は兄上なりに堂々戻って来づらいだとか、いろいろ含めての終幕なので、この展開をどう感じたかは読んだ方にお任せします。
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