月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさまこんばんは、九曜です。
PCの修理が思ったより長引いてしまい、考察記事のストックも先週消化しましたので、今日はお話です。
前置きを色々言いたいのですが、全編話のネタバレになりそうなので、とりあえず幼少時の27代とかが出てくる話だということだけお伝えして、追記よりお読みいただけます。
PCの修理が思ったより長引いてしまい、考察記事のストックも先週消化しましたので、今日はお話です。
前置きを色々言いたいのですが、全編話のネタバレになりそうなので、とりあえず幼少時の27代とかが出てくる話だということだけお伝えして、追記よりお読みいただけます。
秋祭りの夜
その晩月氏の領内は、秋祭りのため鮮やかな提灯で彩られ、縁日の屋台なども出される盛況ぶりであった。第二十六代月氏当主が何週かぶりに館より領地へ戻り、地獄に何の異変もなきことが家臣団に告げられると、たちまち蜘蛛の子でも散らすように、かれらはそれぞれの「持ち場」へと戻っていった。この日は家臣も総出で秋の実りを願い、宴舞のための台座を組んだり、祭の料理を振る舞う手伝いをしたりした。
「さあ、皆の衆。本日は心ゆくまで、楽しまれい!」
二十六代の重臣である、熊のような大男が一際大きな声を張り上げる、それが狼煙代わりであった。宴会舞台からは琵琶や太鼓、笛の音が景気よく響き、合間に屋台の売り子の元気な声が飛んだ。
さて、二十六代当主の子息である兄弟二人は、まだまだ幼いということもあり、この祭りを心待ちにしていたらしい。兄の嵐童は慎重な性格から表情に出さぬ反面、のちに二十七代当主となる弟の方はすっかり浮かれて、早くも買ってもらった焼き菓子の包みを膝に抱えて、縁側に投げ出した足をぶらぶら、持て余していた。
「あにうえ、おひとついかがですか」
「もらおう」
隣で静かに座して、童子らしからぬしかめ面で焼き菓子を頬張る兄を横目に、弟の視線は人混みの中に泳いでいた。やがて誰か、同じ年頃の子がぶら下げた水風船の、鮮やかな藍色が気になって、焼き菓子の包みを縁側へ投げ出し、一目散に駆け出した。
「あっ。あまり遠くへ行ってはならぬぞ」
「わかっております――」
ほとんど惰性の如き空返事を返し、あっという間に背中が人混みへ溶ける。幼いとはいえ、あの俊足は紛れもない月氏の血筋だと、兄は少し笑いながら、残された焼き菓子に手を付けた。残りは三つ、二つは弟のものだと、一つをゆっくり噛みしめることにした。
ぷらぷらと揺れる水風船の藍色を追いかけてゆくと、やがて人混みが二つ、三つに割れ、気づけば祭り広場の端の、領地の柵が立ち並ぶ場所であった。追いかけたはいいものの、親子連れで楽しそうにしている姿には「それをどこで」と問いかけるのさえ気後れして、藍色の水球を名残惜しそうに振り返りながら、来た道を引き返すこととした。
その途中、果たして、水風船の屋台はあった。一回銅銭三つと言われ、躊躇いがちに粒銀を出して、つり銭をじゃらじゃらと小遣い袋へしまう羽目となった。当主の子なれば小遣いも破格である。他の子の視線が刺さるのを感じ縮こまりながらも、翡翠色の水風船を見事引き上げた。
「あにうえ――」
振り返り、思い出した。兄を置いて一人で、縁側から勢いよく飛び出してきたことを。誰に見せられるでもない今この場では、揺れる綺麗な水球も、何となくつまらないものに思えてきて、とぼとぼとまた道を引き返しはじめた。
祭りの中心地に近くなり、まばらだった人がだんだん集まってきて、小柄な身を活かして足元をすり抜けながら、かれはどうにか兄の姿を、縁側を、そうでなくば方角のわかる道しるべを、探した。後ろ頭が誰かの太腿にぶつかってつんのめったり、前の人の着物をぶわりと被って見えなくなったりしながら、なんとか周りが見える場まで来ると、小さな社と道祖神が見えた。
どうやら、別の領境まで来てしまったようである。少し焼き菓子を齧っただけの胃がくうくうと鳴き、左手の翡翠玉が月明かりに虚しく揺れた。あのまま縁側に居たら、今頃次の馳走でも買ってもらえたことであろう。寂しさに耐えかねて、とうとうかれはべそべそと泣き出した。社の前で童子が一人泣いているのは、却って薄気味悪いらしいのか、それとも暗さゆえか、道行く人は誰も近寄ろうとせず、困った顔で通り過ぎるばかりであった。
その時だ。
「どうしたのだ、かような所に一人。迷い子か?」
灯篭を片手に持った、一人の男が声を掛けてきた。身の丈はずいぶん大きいようだが、跪いて視線を合わせてくれている。しゃくりあげながら視線をあげると、かれは驚き、少しばかり泣きやんだ。灯篭に照らされた髪色が、かれと同じ燃えるような赤色だったのであるから。
腰紐で留まった白い着流し一枚という、平民にしてはあまりに貧した格好と裏腹に、目に映る光は淡く温かい。まさか悪人でもなかろうと、頷くと、あたたかな手がちいさな手を取った。
「そうか。この領地の屋敷ならわかるが、そこまで送ってゆけば、帰れるか?」
「は……はい!」
帰れるも何も、その領地の屋敷の子である。元気よく返事をして、手を握り返すと、見下ろした目がゆるりと微笑んだ。
「ならば、参ろう。案ずるな、必ず帰れる」
小さな歩幅を置いてゆかぬように、大きな足が緩々と歩み出すと、そこに小さな足がこまかく続いた。一度もその人と歩いたことがないのに、まるで父のようだ、とかれは思った。
人混みを通り抜ける。不思議と先のようにやたらぶつかる事もなく、すいすいと足が進む。男が本当に屋敷まで送り届けてくれるかという、一縷の不安すらなく、黙々歩いた。男は何も問いかけてこないが、屋敷の方角を探すので忙しいのだろうと、かれも黙ったままつき従った。
そのうちふっと人混みが割れ、目の前に屋敷と、縁側から立ち上がったらしき兄と、その横に立っている父が現れた。兄は弟の姿を見つけるや、急ぎ駆け寄って手を取り、無事を確かめた。
「まるで戻ってこぬゆえ、捜しに行こうと思うていたのだぞ」
「すみませぬ。このひとが――」
振り返っても、そこにあるのは祭の喧騒と、通り過ぎる多くの見知らぬ顔ばかりであった。礼も言わず挨拶もせず行ってしまったのかと、きょとんとしていると、父が問いかけてきた。
「誰かに連れられて来たのか?」
「はい。髪の赤い、大柄の男のひとでした」
「髪の赤い……」
怪訝な顔をされる。幽霊や妖しの類だろうかと震えあがる前に、父はこんなことを言い出した。
「この祭りがどういう意味で行われているか、嵐童は知っているな」
「はい。秋の実りを祈り、災いを祓うための祭りですね」
「そうだ。だが、この祭りにはもうひとつ、本来の意味があってな」
父は話の長くなる前にと、兄弟を縁側に座らせて、買ってきた焼き飯を二人に与えた。空腹の弟は喜んですぐ食べはじめたが、兄の方は一口味見しただけで、父の話に耳を傾けた。
「祭りというのは、此岸と異界の境を曖昧にする儀式でもある。その騒ぎに紛れ、時折死者が此岸に顔を出すこともあるようだ。地獄の亡者など容易く入り込まぬよう、提灯を以て結界の形を成すのもそれゆえ。その内に入り平然と歩くような、赤髪の大男。これは紛れもなく……」
「に、二十六代様!!」
そこへ血相を変えて飛び込んできたのは、分家の陰陽師であった。
「火急か」
「はっ、領外すぐに沼御前が。幸い一匹ですが、放っておけば人の匂いを嗅ぎつけて、こちらへやって参りましょう」
「わかった。すぐ支度をする」
二十六代当主は祭りの羽織を脱ぎ捨て、地獄行脚の鎧姿となると、腰に非常用の刀を差し火縄を提げて、慌ただしく出て行った。縁側では話途中で続きが気になるばかりの兄と、焼き飯を平らげ満腹となり、その場で寝始めた弟の姿が残された。
+++++
ちょっと手元に画像がないのですが(旧PC)前に「祭りの夜迷子になった幼少時の27代と、それを見つけて宥めてあげる初代風魔君」という絵を描いたことがあり、それの文章版みたいな感じです。本編の流れ上、ちょっと設定的に無理がある感じなんですが、そこはまあ二次創作ということで…。
お祭りの夜の非日常で、出会った人はもう会えない誰かだった…というタイプの話は、怪談としては怖いというよりも、しみじみした懐かしささえあると思います。
なお、細かく語らせると野暮なので、いいところで二十六代にはログアウトしてもらいました。兄上は育つうち、弟さんが出会った人が誰なのか、わかったのではないかな…と思ったりしています。
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ゲームを遊んだり、絵を描いたり、色々考えるのが好き。このブログは備忘録として使っています。
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