月ノ下、風ノ調 - 【悪魔城二次創作】夜想曲 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

このブログは曲がりなりにも私の思考のアーカイブなので、別に月風魔伝とかオレカのお話に限ったわけでないのですが、そういえば過去に悪魔城の作品をいくつかアーカイブしていたことを思い出しました。
ですので、今回はまだ非アーカイブだった作品、Xクロニクルより『夜想曲』をお送りしようと思います。

Xクロニクル、元となった血の輪廻についても、あの作品は実はいくつかルート分岐があり、大きく「マリア救出の有無」「囚われの女性たちの救出の有無」「アネット救出の成否」でリヒターの心境など変わってくると思います。どういう状況であっても、月下ではあの変貌ぶりになると考えると、ちょっとびっくりですが…。
この短い話では「マリア不在、アネット救出失敗」として書いてますので、なかなかにほの暗いテイストとなっています。
大丈夫な方は追記よりどうぞ。





夜想曲

 煌々と光を放つ満月は、暗い空にぽっかりと高く浮かんでいて、静寂の中には草木が風に揺れる音しか響かない。戦いの際強く打ったらしい、うまく動かない左足をやや引きずるように歩きながら、その男は故郷を目指していた。
 魔王ドラキュラの操る魔物たちに支配され、炎の晩餐を迎えたあの夜。今更、何も残っていないかもしれないが……青年、リヒター・ベルモンドには、他に帰る場所もなかった。腰に提げた革の鞭が歩くたび揺れ、擦れてきりきりと鳴った。
 たとえ無事に帰れたとて、待つ人はいない。たった一人の愛した女性は、ドラキュラ伯爵の手に堕ち、闇の眷属となってリヒターに襲い掛かってきた。やむなくこれを倒すと、彼女は抱き上げたリヒターの腕の中で、赤く染まった瞳を穏やかに緩め、こちらを見上げた。震える唇が「さよなら」の言葉を紡いで、もはや相容れない存在となった事実を、深く胸の奥まで突き刺した。

「アネット」

 呼ぶ声が小さくはぜた。雲にすうと隠れた月が闇を濃くし、リヒターの心にまで影を落とすようだった。その暗闇の遠く向こう、布をまとった何かが倒れていることに気づいたリヒターは、本能のままそれを助けようとした。物思いに耽る思考を無理やり遮る意味では、皮肉にも救われた心地でいた。
 人ならば息があるうちに、と痛む足をおして歩みを速めたが、徒労に終わった。少し厚手の布きれ1枚が、あたかも人を覆うかのように膨らんでいるだけだったのだから。
 とんだ見間違いを、と呆れたように笑いながら拾い上げたそれには、どことなく見覚えがあった。あちこち泥がついて汚れているものの、青い色、肩から腰あたりまである長さ……何気なく捲った内側を見て、リヒターは目を疑った。糸が切れてとれかけてはいたが、ところどころ残ったアルファベットから読み取れる「RICHTER」の文字……確かに、自分の名前だ。

(これは……)

 城へ赴く数日前の晩に、アネットがくれたものだった。馬車の上で、ドラキュラ配下の死神に襲われた時、やむなく脱ぎ捨ててしまったが。風よけに渡されたものをそのまま羽織っただけだから、まさか自分の名が刺繍されているなどと、リヒターは気づいていなかった。

(俺は、彼女に何を与えてやれただろう?)

 何度目かの思いをめぐらせば、尽きぬ悲しみがとめどなく溢れ出しそうになる。戦いでそれどころではなかったあの時とは違う。襲い掛かる魔物も倒すべき敵もいなくなった世界で、アネットがいない、ということはとても大きな喪失に思えた。まだ彼女の生きていた頃の温もりが、世界のどこかに小指の先ほど残っているようで、しかしそれは少しずつ、悲しみが時間をかけて癒えるとともに、消えていってしまうものでもあった。叶うことならこのまますべての感覚を氷漬けにして、傷だらけの心を抱えてでも、ずっと眠っていたいとすら思えた。

(彼女は俺に優しい笑みも、言葉も、さまざまのものも与えてくれた。しかし俺は、何かを与えるどころか、すべてを彼女から奪ってしまった)

 仕方のないことだ、という言葉でいくら取り繕おうとしても、頬を伝うひと雫は真実。心の、痛み。やがて降り出した雨に、それはじわりと冷たく溶けていった。

「好きな人も守れずに、何がヴァンパイア・ハンターだ……何が……ベルモンドだ」

ぼろぼろになったマントのなれの果てを、あらん限りの力で握り締める。両拳を伝って肩が震えた。

「アネットは……もう、いない。いないんだ……アネット、……」

 名前を呼ぶたび、どうにもならない悔しさがリヒターの平常心を内側からそぎ落とし、ますます空虚なものへと変えてゆく。ベルモンド家としての、夜を狩る一族としての使命は果たしたはずだ。それなのに、満ち足りるどころか渇ききった心が、いっそリヒターを苛立たせていた。腰の鞭を右手に取り、力いっぱい地面に叩きつける。硬い地面に跳ね返った先端が左頬を叩いた。痛みに思わず顔を押さえる……離した左の革手袋に、赤黒い液体がべたりとついた。

「はは……は……俺が、俺がベルモンド家の人間である以上何もかも、大事なものは失うしかないんだな? アネットだって、俺の手で殺したようなものだ。何をやっても……一生この血に、この呪われた血の使命に囚われて、それでも……それでも俺はこうして……生きて……」

 頬から滲み溢れた血が拭われることもなく、雨に混じって顔を伝い落ちる。首元に巻かれた白い色に拡がる赤い染みは、リヒターの心を映すようにじわじわと広がり続けた。傷ついた体に激しく叩きつける雨粒も、どうしようもない心の痛みに比べたら、ちっぽけなものに思えた。

「ははは……は……っはははは!!」

 一人の男の慟哭を、強くなった雨音と、つんざくような雷鳴がかき消した。

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