月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】纜(ともづな)は青天に解ける 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

本日は「ジークと零の二人旅編」より、大作すぎてアーカイブするのをすっかり忘れていた作品です。実はもうとっくにアーカイブした気でいました。
普段私が書く文章作品、少なくて900字程度、多くてもたいてい5000字が限界なのですが、この纜は7000字超です。あまりに長いので分けるべきか等迷いましたが、文字数制限がないので全部載せます。一気に読めた方がきっと楽しい気がするので…。

二人旅の旅程としては、西の土の大陸への船旅道中の話となります。話全体の詳細は「ジークと零の二人旅」編・まえがきをご覧ください。
若干距離は近いですが、腐向け要素や表現などはほとんどない作品に仕上がっています。全編安心してお読みください。



纜(ともづな)は青天に解ける


西の大陸へ向けた船旅も、今日で三日目。
潮の香りが漂う甲板で、水平線の向こうからのぼる太陽を見られるのも、船ならではの楽しみだとジークは思う。
澄み切った水色の空を、明るい金で縁取る水際は、どんな絵画よりも美しく、鮮やかだ。
少し冷たい朝の風も、むしろ心地よく、この世界に自分を迎え入れてくれる。
チェーン・メイルと白の軽鎧が、朝日の中、大きく伸びをひとつした。

「零ー! すっげーいい景色だぜ!」

こっちこっちと大袈裟に手招きするジークに、小さくため息をつきながらも、零の目はいつもより穏やかだ。
覆面越しに感じる海の芳香、髪を揺らしてゆく潮風、そして目の前に開けた大海原が、戦いに明け暮れ疲れた心に、束の間の安らぎを与えてくれる。

「こんなの、陸地じゃ見れっこないぜ! 船旅っていいよな~」

大はしゃぎしながら、ジークはそのままいつもの「身の上話」に突入する。
ジークにとっての船の記憶は、両手に数えきれないほどあるらしいが、そのうちのひとつには零も共感できるところがあった。
まだ所持金も少なく、身の丈もこれほどなかった頃、密航したという旨の話だ。

ジークの出身は、大きな砂漠や遺跡を有する、西の大陸だ。
南や北には別の大陸があり、別の王国があると聞いて、どうしても行きたくなったという。
しかし、船賃も馬鹿にはならない。そこでジークは、荷駄を積む倉庫に忍び込んで、まんまと密航したという。
ただ、密航したというのに、その後ごく普通に船内を歩いたり、食事にありついたというのだから、零は驚き呆れた声を漏らした。

「そんなよく、大手を振って歩いたな」
「コソコソしてた方が怪しいだろ? 普通に歩いてる分には、客にしか見えねえよ」

幸い、食事は大皿からの取り分けで、取り皿が足りないということもなかったらしい。
夜は荷駄室に戻り、荷物に寄りかかって寝た。それを何度か繰り返し、下船の時には別の人の荷物を持ってあげることで、連れ添いを装ったという。
自分の時には、そんなことは思いつかなかった、と、零が呟く。

「え? 零も、やったことあんの?」
「……一度だけだが」
「ほんとかよ! どんなだった?」

東にある風魔の里から、バビロアへ向かう航路。船賃も食糧の調達手段もなく、携えていた丸薬を飲み下しながら耐えた五日間。
あの時は辛かったものだが、今となっては単なる思い出だ。
さて、まずはどこから語ったものかと、零は大きく息を吸いこんだ。

*  *  *

「そらよっ、アサシンエッジ!」
「シビレ切り!」

太陽が天高く昇る頃。
ジークとゼロは、日のかんかんに照りつける甲板に出て、水面から飛び出してくるギョギョやプチタラバを追い払っていた。

魔王アズールが目覚めてからというもの、船旅も決して安全が約束されたものではなく、クラーケンのような魔物に襲われて転覆する船も少なくない。
実働で船賃を安くするついでに、二人は船の護衛を買って出ていた。

「なー零。いつも思ってんだけどさ……そのシビレ切りっていうの、俺、どうもなぁ……」
「ン? 何だ、急に」

魔物を追い払い、ひと息ついたところで、ジークがそう切り出したので、零も手を休めてそちらを見る。
ジークは、使い終えた双剣を腰の鞘に納め終え、大袈裟にこめかみを人差し指でつついていた。

「いやさ……助かるのは助かるんだけど。何もできない相手を、一方的に攻撃すんのって、何かズルくね?」
「背後から斬りつける、お前のアサシンエッジはいいのか?」
「いや、それは……俺様のは『戦術』だろ? お前のは、毒盛ってんじゃん? だからその、なんつーか、卑怯っていうか……?」

ジークの心に「何かが引っかかる」のは確かなのだが、うまい表現が見つからない。
実のところは、自由を愛するジークの信条的な理由、麻痺や毒で「自由を奪う」ことへの抵抗感、などであるが、ジーク自身はそれをもやもやとした感情でしか知ることができなかった。
あまり強く言いすぎれば、零だって気を悪くするだろう。慎重に言葉を選んでいるつもりだったが、二の句が継げないでいるうちに、零がこう反論した。

「卑怯かどうかなど、忍びには関係のないことだ。掟に従い、任務を果たせばそれで良い」

零にとってはあまりに当たり前の、いつもの言葉。
それがその時は、ジークの感情を逆撫でした。

「またその『忍びのオキテ』かよ! じゃあ訊くけど、目的さえ果たせりゃ、死んでもいいのか?!」
「……掟に従って死ぬなら、それも運命だったということだ」

いきなり声を荒げられて驚いたが、零は一緒になって、感情的にものを喋ろうとはしなかった。
それに、忍びである零にとって『里の掟』は、絶対的なものであることに変わりない。
これまでの旅路、何度かそれに疑問を抱くこともあったが、それとて能動的に掟を破って良い、ということにはならない。

「わかんねえよ」
「……」
「わかりたくねえ! 零の命より、大事なものとは思えねえ!」

それは、零と長い旅をしてきて、ジークがずっと思っていた本音だった。
『掟』という枷にがんじがらめに縛られ、それを良しとしている零は「理解できない」。
ジークは自由人すぎるが、それを差し引いても、零の行動は異常に見えた。
零自身はそれでいいかもしれない。でも、いつも隣にいるのに、まるでジークのことなど関係ないといったように振舞う零は、時たまジークを苛つかせ、あるいは無力に思わせる。
自分の命を目に見えない『掟』に預け、目に見えている自分が蔑ろにされている――そんな気すら、した。

「それは、里への侮辱、と、とっていいのか?」

ただ、ジークの棘のある言葉も、零の心に火種を放り込んでいた。
里があり、使命があり、自分がいるのだという帰属感は、何に代えられるものでもない。何にも属さぬ自由を求め、使命を放り出したからといって、目の前の男は責任をとってはくれまい。
他でもないその無責任さに、何度愛想を尽かそうと思ったことか……考えるほど、零の中には怒りが込み上げてきて、張り上げたくなる声を抑えるのに必死になる。

「好きにしろ!」
「ならば今日限りで、お前を見限らせてもらうぞ」
「どうぞご自由に! じゃあ船おりたら、そこでオサラバだな!」

売り言葉に買い言葉。
気分がささくれ立っているジークと、感情的になり始めた零では、もはやこの道しか残されていなかった。
ジークは思う。「どうせ零は、俺様のことなんかどうでもいいんだ」と。
零は思う。「どうせジークは、俺の立場なぞどうでもいいのだ」と。

*  *  *

零と大喧嘩してから、丸一日が過ぎた。
今日は朝から、魔物の数がやけに少ない。おかげで零との『仕事』の時間が減ったのは良かったが、それでもジークはどこかくさくさした気分でいた。

眺める波間は、太陽の光を返してあんなに輝いているのに、それがちっとも綺麗に見えない。
抜けるような空や流れてゆく雲を見ても、干からびて乾いたパンでも齧っているような、やるせない感情に囚われる。
うっかりすると、この水面に突然身を投げたら、という危険な好奇心まで湧いてきて、下がっている目線を慌てて空へと追いやる。

「……」
「あの。あなたも、海は好きですか?」

甲板で頬杖をつき、ボーッとしていると、後ろから声がした。
零のそれとは少し違った、耳に心地よく知性の感じられる、落ち着いた紳士的な声だ。

振り向いてみるが、その先に顔はなく、あったのは槍の穂先。視線を落とすと、ようやくその顔が見えた。
青を基調とした鎧とマント。額を守る金属製とおぼしきプロテクターに、施されたしずく型の宝玉。水色の長い髪は、頭のてっぺんで結わえられている。
まるで女かと思うほど端麗な顔つきだが、声から思うに少年のようで、背丈はジークの腰ほどもない。

「ま、まあ、好きだけど……お前は?」
「僕は、水の戦士フロウ。アシリア近海にある祖国へ戻るため、旅をしています」
「へぇ。しっかりしてんだな」

自分より背丈は低いながら、礼儀正しい立ち振る舞いや言葉遣いに、ジークは感心する。
堅苦しい貴族王族は苦手だが、目の前の柔和な笑顔を見ていると、このフロウという者とは仲良くなれそうな気がした。

「俺様は、風のジーク。砂漠の国まで行くつもりなんだけど、良かったら一緒に行かないか?」
「ああ、僕は、西の港で定期船を乗り継いで、北の大陸に行こうと思っているんです。ご一緒するのは、この船の上だけになってしまいますね」
「そうか、残念だな」

行き先が違うのではどうしようもない。
ジークは、それ以上の深追いはやめることにした。
あまり強引でも「急いで『代わり』を探そうとしている」ようで、みっともないと思ったからだ。

「祖国って、どんな所なんだ?」
「今は、廃墟になっています」
「えっ……」

それまで軽やかに言葉を紡いでいたジークだったが、フロウのその一言には、さすがに言葉を失った。
自分の生まれ故郷が廃墟になる――想像しただけでも恐ろしいそれが、目の前にいるフロウの身に、実際に起きているという。

「魔王軍に襲撃されたんです。僕は、その生き残りで、散り散りになった王国の仲間を探しています」
「そ、そうかー……大変なんだな」
「それでも、僕がやらなければいけないのです。きっと、王国を元のようにしてみせます」

聞けば聞くほど、自分よりも数倍以上の重い事情があるらしいと知って、いつもの軽口も叩けなくなる。
それに、深刻であるにも関わらず、フロウは自信に満ちた口調で、まっすぐこちらを見て語りかけてくる。そのせいで、ますます茶化しづらい。
こういう会話は、ジークの不得手だ。率直に、同意の色といたわりの言葉を投げるに留まる。

「……す、すみません! 僕ばかり話をしてしまって……」
「いーのいーの。俺、話を聞くのは結構好きだし」
「良かったら、ジークの話も聞かせてもらえませんか?」

神妙な顔つきをしていたジークだったが、ようやくそう切り出されて、瞳に光が戻ってくる。

「ああ、いいぜ。じゃあそうだな、えーっと……」

旅の思い出でも、と開きかけた口から、二の句は出てこなかった。
あの時も、あの時も、あの時も――隣にいた男のことを言わなければ、ひとつの話になりさえしない。
知らず知らずのうちに、自分の中にこんなに、零の存在が食い込んでいるなんて。
喧嘩さえしていなかったなら、楽しい思い出として語れるのだろうと思うと、言葉の代わりにため息が漏れた。

「どうしたのです?」
「……何でもねえよ。悪いこと、思い出しただけだ」

フロウの問いかけに頭を横に振った、その時だった。
目の前の水面から俄かに水柱があがり、飛び散る飛沫の向こうに人影が現れる。
大まかな形こそ人間であるが、青い体色、鋭い目つき、ヒレのついた手足や魚の尾びれのような頭の形。魚の亜人であることは容易にわかった。

飛び出してきたそれが、ゆっくりと甲板に着地する。降り立った場所に水がたまり、木造の甲板はそこだけ暗い茶色に染まる。
浮遊できるほどの魔力、恐らく並大抵の魔物ではあるまい。双剣の柄に手を掛け、いつでも抜けるような姿勢をとる。

「私は魔海将フィスカ。手荒な真似はしたくない。この船にいる、水の王国の生き残りを引き渡してくれれば、速やかに立ち去ることを約束する」

魔海将フィスカと名乗った魚人は、右手の武器をこちらへ向け、威圧するような低い声でこう宣告した。
隣にいたフロウが、槍を前に突き出し、深刻な顔つきになる。

「あなたは……その顔は……!」
「ほう? こんな近くにいるとは、手間が省けた」

先の話と併せるに、フィスカの言う『水の王国の生き残り』とは、このフロウであるのだとジークには推測できた。
しかし、それ以上悠長に考えている暇はなかった。
フィスカが音もなく近づき、フロウの細い腕を槍ごと掴み上げ、そのまま強引に連れ去ろうとしたからだ。

「うわぁっ!! は、離してください!」
「フロウ!!」

フィスカの片腕に、抜き放ったドラゴンエッジの刀身を打ちつける。
衝撃で魔手から離れたフロウを小脇に抱え込み、何とか保護することができた。
フロウの手から落ちた槍は、フィスカの近くに転がったままだったが、武器など後で取り戻せばいい。

「邪魔をすれば、ただでは済まさんぞ」
「うるせぇ! よく分かんねーけど、手を出されて黙ってられるか!」
「死にたいのか。良かろう……アイスバインド!」

フィスカが掌をこちらに向けた瞬間、みるみるうちにジークの足元が凍りつき、抱えているフロウもろとも動きを止められる。
足から左半身にかけて、固く冷たい氷に閉じ込められ、これでは右腕や頭を動かすぐらいしかできそうにない。

「てめぇっ! きったねぇ手使いやがって…!」
「黙っていれば良いものを。せめて、私の誉れのひとつにしてやろう」

突きつけられる鋭利な槍先。
これから襲い掛かってくるこの切っ先を、残る右手だけで受け流すことができるだろうか?
何度か死を覚悟したことはあるが、あっけない終わりが見え透いたような、これほど卑近な感じ方をしたことは、初めてかもしれない。
最悪、この左手に抱えているフロウだけでも助けたいと思う。しかし、死人となれば抵抗もできない。

これから動かす右腕に全神経を集中させていたその時、ひとつの黒い影が船上を舞った。

「シビレ切り!」
「ぐは……っ!!」

それは高らかに声をあげながら、甲板にいるフィスカの背に一撃する。
刀身に塗られた痺れ薬が効いたらしく、フィスカが顔を歪ませ、その場に屈みこむ。
それと同時に、その魔力で造られた氷はほどなく四散し、ようやくジークは体の自由がきくようになった。
青の忍び装束に、赤い覆面とマフラーといういでたち。他でもないその男の名は、ジークの口からすぐに出た。

「ぜ、零……?」
「俺にとって、里の掟が絶対であることに変わりはない」
「え? なんで今、その話……」

目を丸くしたままのジークの方をちらりと見て、零は言葉を続ける。

「だが、お前を見棄てるほど、俺は忍びとして成熟していないようだ」

忍者刀・備前長船を構えて立つ背中が、これほど大きく見えたことがあったろうか。
ジークがぽかんとしていると、零が甲板の床を蹴って跳んだ。見れば、フィスカが体勢を立て直し、襲って来ようかというところだった。

とりあえずジークは、左脇に抱えていたフロウを下ろしてやる。
気を失ったりはしていなかったようだが、突然現れた「援軍」に、戸惑っているようだった。

「ジーク、大丈夫ですか? それに今、フィスカと戦っている方は……?」
「あ、ああ……アイツは、ワケありでな。知った顔なんだ」

もう一度、零のシビレ切りがフィスカをとらえる。
最初の一撃ほどではないが、それでも充分、あれほど素早かった動きを鈍らせていた。

「ぐ……! この私の動きを止めるだとッ……?!」
「遅いッ! はあっ!」
「ぐああっ! ……くっ、アイスパーティクル!」

正面から飛び込んで、会心の一撃をがら空きの脇腹に叩きこむ。まともに食らったフィスカの体が、大きく姿勢を崩し、うめき声があがる。
さらに零は猛攻をかけようとしたが、それを食い止めるように鋭い氷の破片が飛んできて、そこで足踏みさせられる。

「ふ、フフ……アズール様のため、ここは一度退こう。せめて、これだけは貰ってゆくぞ」
「あっ!?」

形勢不利と見るや、フィスカは甲板に落とされたフロウの槍を拾い上げ、そのまま甲板から海上の方へふわりと飛んだ。
あちこち傷ついてはいるが、逃げるだけの魔力は残っているらしい。
宙へ浮かばれてしまっては、零もジークもフロウも、それ以上手を出すことができなかった。

「ぼ、僕の槍をどうするつもりですか! 返してください!」
「返して欲しくば、私を追ってこい。魔海の神殿で待っている」
「魔海の……」

海中へ消えたフィスカが残した、水面の白い泡と波紋を、フロウは船べりから呆然と眺めていた。

*  *  *

魔海将フィスカの襲撃から一日が過ぎ、船は無事、西の大陸の港町へ入港した。
岸まで掛けられた橋板を渡り切り、数日ぶりに固い地面を踏みしめる。
西の大陸の空気は乾いており、照りつける太陽も心なしか熱い。
それがジークには懐かしく、零には新鮮に感じられた。

「フロウ。とられたのは、あの槍だけか?」
「は、はい。でも、なぜでしょう……わかりません」
「行けるなら護衛にでも、って言いたいところだけど、アシリアまで寄り道はさすがに、遠いよなぁ……」

アシリア行の船に橋板がかかるまで、ジークと零は、出航を待つフロウの傍にいた。
持っていた槍を失いこそしたが、ほかの旅荷をまとめ直して抱え上げ、こちらを向いたフロウの表情は意外にも明るかった。
フィスカに襲撃された日は、隣席して夕食をとっていた時も、どこか浮かない顔をしていたが……気持ちの切り替えが早いしっかり者なのだろう、とジークは思う。

「その気持ちだけ、頂いておきます。次の定期船でも、良い出会いがあるかもしれません」

深々と一礼をすると、結わえた水色の髪がさらりと揺れた。
出航準備開始の笛が響いたのに気付いて、フロウはそのまま踵を返す。
橋板の手前まで来たところで、二人の方を改めて、振り返った。

「ジーク、零。僕のために、ありがとうございました。またどこかで会えたらいいですね!」
「ああ! ちゃんと槍取り返して、国が落ち着いた頃に、遊びに行くからな!」

青いマントの後ろ姿は、時折手など振りながら、定期船へ乗り込む雑踏の中へ消えていった。

*  *  *

「あのさ、零。ごめん」

一人の仲間が去り、周囲がすべて雑音になったのを口切りに、ジークはそうとだけ喋った。
謝りたい理由を探せば、いくらでもある。でも、並べ立ててもみっともないし、言い訳を正当化したいわけでもない。
自分の言動全部をまるごと、非礼として、まずは謝りたいと思った。

「俺はもう、気にしていない。それに、思うところもあった」
「思うところ?」
「こちらの話だ」

零は零で、考えていた――「里の『掟』を守る意味は、自分にもわからない」、と。
忍びである以上、里の掟は絶対であり、破れば死あるのみだと教えられて、それに何の疑問も持たず育った。
しかし、長い時をジークと過ごし、その中で変わっていったものも、確かにあった。
世界はこんなにも広くて、自由で、何にもとらわれぬ男がすぐ傍にいて。
生きたいように生きることを、誰も咎めることはできないのだと、初めて気が付かされた。

だからこそあの時、ジークを助けようと思ったのだ。
守るべき掟に依らない、零自らの意志で。

「一緒に行っていいのか?」
「もちろんだ! 砂漠の国まで、よろしく頼むぜ、零!」
「ああ」

差し出されたジークの右手を、零は固く握り返し、笑む。
視線をあわせたその先、ジークもいつもの笑顔に戻っていた。
カンと照りつける太陽は、澄み切った青空にはるか高く、海鳥が影となって滑ってゆく。
その影を追いながら、見上げた陽光の眩しさに目を細める。

旅は、まだ終わらない。

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