月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、今宵も元気にアーカイブの九曜です。
『ジークと零の二人旅編』のアーカイブが続いておりますが、順番にアーカイブしなかったため、どれを置いていてどれがまだかがあいまいになっております。これはしたり。
唸っていても仕方がないので、ブログの管理画面からダブルチェックを挟みつつ、まだアーカイブしていなかった『沈香』をチョイスしました。
11月ながら異例の暑さに見舞われる毎日、この作品も「その日はとても暑かった」から語り始まるので、なんとなくこのタイミングで置いておきたいと感じました。
二人旅の時期としては、大陸を渡り一度別れてから、もう一度再会するタイミングです。
『ジークと零の二人旅編』のアーカイブが続いておりますが、順番にアーカイブしなかったため、どれを置いていてどれがまだかがあいまいになっております。これはしたり。
唸っていても仕方がないので、ブログの管理画面からダブルチェックを挟みつつ、まだアーカイブしていなかった『沈香』をチョイスしました。
11月ながら異例の暑さに見舞われる毎日、この作品も「その日はとても暑かった」から語り始まるので、なんとなくこのタイミングで置いておきたいと感じました。
二人旅の時期としては、大陸を渡り一度別れてから、もう一度再会するタイミングです。
沈香
その日はとても暑かった、と、ジークは記憶している。
乾いた砂漠では、昼は日差しを避けるものが少なく、夜は寒い。
それゆえのマントとターバン、覆面装備なのであるが、こうも着込んでいるとひどく汗をかく。
陽の当たらぬ屋内で冷たいものでも飲もうと、道中、鄙びた町の店に立ち寄ってみるが、あいにく店内は満席。
炎天下のテラスに通されるやるせなさに、ツイてないな、と独りごち、早くも氷の融けはじめたアイスコーヒーを啜る。
植わっている街路樹も、あと一歩のところで、ジークの座席には影が届かない。
雲ひとつない空はからりと晴れ渡っているが、ジリジリと照りつける日差しは相変わらず強く、体が蒸し焼きにでもなりそうだ。
ようやく喉に冷たいものを通し、疲れた体に恩恵が行き渡りはじめたあたりで、頭上がフッと暗くなった。
「ジークか?」
呼ばれて上げた目線の先に、眩しい太陽はない。
光を背負い、影の落ちた顔はよく見えないが……先の声、見覚えのある立てた髪、長いマフラーが垂れるシルエットで、それが誰なのかはすぐにわかった。
「零! 何でこんな所に?」
「里から、こちらの王国に向かうよう言われてな。詳しいことは話せぬが、今はまだ目的地に向かう途中で……」
「な、なあ零。とりあえず、降りてこいよ? 隣、座れるぜ?」
街路樹の上で話を続ける零に、そこで喋る必要はないだろう、と着席を促す。
以前、二人で旅をした時にもつくづく感じたが、忍びとして生きていることもあって、この零という男は時折、奇妙な行動を選択する。
生活の違う東国の生まれ、加えて忍びの「掟」というものが、影響しているのだろう。
休むという行為があまりに少なさすぎるのも、自分の感情をあまり露にしないのも、ジークにとってはまるで不思議で、しかしそこには不可解な魅力さえ感じたものだ。
ようやく木から降り、髪や装束についた緑の葉っぱを払いながら、零が隣の椅子に腰掛ける。
ふわり、と、コーヒーとは違う何かの、甘くしなやかな香りがした。
大通りには、昼過ぎという時間帯の客を見込んでか、カラフルに彩られたシュガー・ドーナツの屋台がとまっている。
あの香りだろう、とジークは思った。
「ホント、久しぶりだな! ここで会えるなんて思わなかったぜ」
「西に戻った後、ずっと此方にいたのか?」
「まぁな。親友の手掛かりも、探さなきゃいけねーし」
テーブルに置かれた、まだ半分ほど残っているアイスコーヒーの、グラスの表面を雫が滴り落ちる。
少し軽い口調とは裏腹に、ジークの目線はグラスとテーブルの境目あたり、少し下にじっと落ちている。
その様子を見た零は、次の言葉を探すのに時間を要した。
二人旅の途中、一通の封筒が届き、その中身を見たジークが取り乱したことは、記憶にまだ新しい。
親友がこの世のものでなくなった可能性――その真偽を確かめる意味でも、ジークはここに留まっているのだろう、と思う。
「手掛かり」ということは、まだ見つかっていないに違いない。
振る話題を間違えたか、と零は反省した。
「すまぬ。辛いことを言わせたな」
「気にすんなって。お前もアイスコーヒー飲む?」
「あ、甘い物はいい。水の方がありがたい」
零が首を横に振ったので、ジークは水をもらうため、店へ向かった。
そういえば前に、零に「とんでもない味」のコーヒーをご馳走したことがあった。あれじゃあトラウマになるよな……などと自省しながら、開けっ放しの扉をくぐる。
風が、小さいドアを通じて強く吹き、露出している顔を気持ちよく撫でてゆく。
このあたりの町ではどこの水も有料で、格安ではあるが小銭が要る。
1Gと大振りのボトル一本を引き換え、外へ戻ると、あの甘い香りが出迎えてくれた。
ちょうど空腹だったし、と屋台を探すが、もう店じまいしてしまったようで、先の彩りはどこにも見当たらない。
(じゃあ、この香りは?)
シュガー・ドーナツでなければ、何なのだろう。
腑に落ちないがひとまず、水を零に渡すため、ジークはテラスへと足を向けた。
「こんな大瓶でなくとも良かったんだが」
コップか何かで手渡されると想定していた零が、目の前にどんと置かれた鈍色のボトルを見て、目をしばたく。
「しょうがねえよ。1Gでこのぶん来るんだ」
「1G……? ああ、そういうことか」
ここでは水は稀少なのだ、と気付いた零が、懐から1Gを取り出し、ジークの前に置く。
ジークは、黙って受け取った。今は二人の財布は別々だから、遠慮することもない。
屋外のため大仰に覆面を外せない零は、口を濡らすほどの水を飲み込んだ後、すぐさま元のように口元を正した。
忍びというのは大変なのだな、と思いながら、ジークはそれを眺める。
ふと、先の香りが鼻をくすぐった。
「なあ零、なんかさっきから、甘いニオイしない?」
「甘い匂い……もしや、これか?」
突然腕を差し出してきた零に、ジークの思考が数秒間、止まる。
「へ?」
「この地方は暑い。汗などかいて、所在がわかってしまうのはまずい。それゆえ、香りを装束に染ませているのだ」
目の前に出された腕に、顔を近づけてみる。
甘くて品のある、あの、香りだ。
「こんなニオイしてた方が、バレるんじゃね?」
「そうでもない。人の鼻は芳香はそれほど気に掛けぬが、悪臭には敏感に出来ている」
言われれば納得できる。
確かに、異臭がすれば原因を突き止めるのに躍起になったりもするが、良い香りの出所を気に掛けることはあまりない。
自分だって、先のドーナツの屋台と勘違いしていたぐらいだ。
「これって何の香りなんだ? シナモン……とは、ちょっと違うか」
「沈香、という香木だ」
「ジンコウ……へぇ」
差し出された腕が元の位置に戻っても、まだかすかに鼻をくすぐる良い香りに、ジークは大きく深呼吸をひとつした。
胸にたっぷり吸いこんだ沈香が、周囲の時間の流れを遅く感じさせる。
熱を帯びた大気も、照りつける陽光も、乾いた風も――やさしい香りは一度に包み込んで、まるで森の大樹の傍で昼寝でもしているような、ゆったりとした心地をもたらす。
そんな白昼夢に浸ったのも束の間、胃が空腹を訴える声で、ジークは我に返った。
「……そういや、ハラ減ったな」
鳴った腹を押さえながら、照れ隠しに覆面の上から頬を掻く。
零はいつものように胸元で腕を組み、そんなジークを眺めながら、フッと小さく鼻を鳴らした。
「あー! 今笑ったろ!」
「……違う。もうそんな時間か、と思っただけだ」
「ぜってー嘘! 今俺様のこと笑った!」
氷が融けてすっかり二層になったコーヒーと、表面を水滴の滑る銀のボトルを挟んで、弾けるように動き出す時間。
ふわりと漂う、しっとりした沈香の匂い。幾分か緩くなった、陽の光と風の音。
そこで他愛のない話をする二人は、いつか旅したあの日々のように、穏やかな目をしていた。
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ゲームを遊んだり、絵を描いたり、色々考えるのが好き。このブログは備忘録として使っています。
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