月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】花は咲く 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。

現在、ブログに過去作を順次アーカイブをしている状態ですが、そろそろ「作品を一覧などで見やすい場所」を作ろうかと検討中です。
SNSなども活用はしているのですが、全体公開にしかできないため表現上憚られるものがあったり、そもそも月風魔伝UMのように作品自体がR17+でどうしよう…になっていたり、色々考えることがあるので、ゆっくり決めようと思います。
作品をそちらに重点的に格納できれば、ここでは記事を書くことに集中できる……可能性はあります(弱気)
考察全般、引用の準備や資料の撮影etc等でとにかく手間がかかるので、毎週やるってなると結構ハードワークに拍車がかかりそうで、ゲームの楽しい時はなかなかこう…うまくいきませんね…。

さて、本日のアーカイブはオレカバトルより『花は咲く』。
新4章終了後、クロムたちとバビロアへ帰還した、悪魔導師マーリンのお話です。





花は咲く


バビロア王国の城下町、中心街から外れた小道で、私は今、積まれた木箱に腰を下ろしている。
華やかな凱旋パレードには、昨日は体裁もあって出たものの、二日目の今日は参加しなくても問題ない、と決め込む。
今頃クロムは、親友のアレスとともに、大通りを闊歩していることだろう。
小さくついたため息は、街の喧騒にあっけなくかき消えた。

まさか、煉獄の帝を討伐し、灼熱剣士として正気を取り戻したアレスを連れ帰ったうちの一人が、この私だとは思うまい。
こんな場所で頬杖をついている己が身が、少し情けなくもなる。
しかし、今ぐらいは何もかも忘れて、あの男には、純粋に勝利の宴を楽しんで欲しかった。
その隣に私が居る必要はない。そう考え、目を閉じる。

*  *  *

「あのひと、ツノがある! バケモノ!」

凱旋パレードの熱気を、一度に冷ますような言葉。
年端もゆかぬ子の正直な感想だったが、激昂したクロムを押さえるのに、私の細腕ではとうてい足らなかった。
その時隣にいたクランが、一緒になってクロムを引き留めてくれなかったら、惨事が起きていたかもしれない。

「マーリンはバケモノなんかじゃねえ! コイツは、コイツは……!」

歯噛みしながら発せられたクロムの言葉を残して、パレードであと何が起きたかは、私の記憶からすっぽり抜け落ちていた。
魔族として生まれ、色の違う肌と長い角を有し、氷の魔力を持つ自分。
それが、人間たちと一緒に平和を楽しもうというのは、贅沢なのかもしれない。
だが、クロムと行動をともにしたこと、師を裏切り煉獄の門を閉じたことを、後悔するのは筋違いだ。
言うなれば、これまで自分たち魔族が、人間を下等生物と見なしてきた罰なのだろう。そう思えた。

*  *  *

目を開けると、視線の先に小さな花が咲いていた。
日陰の道端であるのに、よくぞこんな場所で咲くものだ。品のある紫色の花弁から、そのような貧相な環境は微塵も匂わせない。
手折ってよく見ようかと、伸ばしかけた手を止める。

(私が触れてはいけない物だったな)

氷の魔力を帯びた手は、しばしば触れたものを凍らせてしまう。
一部の魔導具や熱を持つ生き物ならいいが、そうでないものはよく、氷に閉じ込められる事態になったものだ。
草木、小石、静物や調度品、時にはちいさな水たまりすら、マーリンの魔力は凍てつかせてしまう。
借りた書物を凍らせ、師である魔将ガープに叱られたことも、今ではもう懐かしい。

膝の上に手を置いて、体を反らせて上を見上げると、細く切り取られた空を鳥が滑ってゆくのが見えた。
今の私に翼があるなら、せめて気の晴れるまで、どこかへ飛ぶこともできように。
もう一度ため息をつくと、通りの方から幼い声がした。

「おねえさん、だあれ?」

物珍しそうに、そんな声を掛けてきたのは、街の子どもだった。
栗色の髪に緑の瞳、おさげを結っているので、女児であるらしい。
先日、バケモノだと声を上げた子とは違うが、やはり私の風貌は珍しいようで、こちらをしげしげと眺め回している。

「『お姉さん』ではない。私はこれでも、男だ」
「じゃあ、おにいさん、だあれ?」
「私は、悪……いや。マーリンだ」

第一声で女と間違われたことを切なく思うが、相手は所詮子どもだ。先日のクロムのように、本気でいきり立っても仕方ない。
淡々と訂正をし、名を名乗る。
意味がわかるかも知らないが、あまり響きの良い肩書ではないので『悪魔導師』を名乗ることは控えた。

「あっ、おにいさん。昨日、パレードで見たよ。もしかして、クロムおにいさんのシンユウ?」
「親友……は、アレスの事だな。私はさしずめ、顔見知りだ」

言いながら、胸の奥のどこかが、ちくりと痛む。
何度追い払ってもしつこくやってくる、クロムの熱さと友を思う心に打たれ、私は力になることを選んだ。
だが、クロムの一番の親友はアレスであり、私が仲間となってもそれはずっと変わらない。もちろん、それを承知の上で、私はクロムに助力した。
しかし、先日の騒動を思い返すと、私は一体あの男にとって、何の利があるのだろう……などと、つまらぬ疑問も湧いてくる。

「マーリンおにいさん。見て、きれいなお花」

子どもは、私が先ほどまで眺めていた紫の花に気づくと、何の躊躇いもせずにそれを摘みとり、こちらへ差し出した。

「あげる」
「……あ、ああ」

受け取ろうとして、はっとする。
子どもの目の前で、手の中の花を凍らせてしまったら、間違いなく怯え出すだろう。
震える指先を制して、神経を集中させる。手から溢れるほど強力な魔力に、辟易する日が来ようとは。

(駄目だ、抑えきれない!)

逃げ出される覚悟を決めて茎を掴むが、紫のたおやかな花は手の中で、変わらず可憐に咲いていた。

(凍らない……?)

気の抜けたように目をしばたいていると、子どもはそんな私を不思議そうに見つめて、次の言葉をかけてきた。

「おにいさん、お花はキライ?」
「いや……そうでもない。この花は、綺麗だな」

勘違いされたのは、受け取る時に震えたからだろう。
よく気づいている、と心の底で苦笑しながら、本当の理由は語れないため、答えだけを返してその場を濁す。

「このお花、スミレって言うんだよ」
「スミレ……か。覚えておこう」
「紫色できれい。おにいさんみたい!」

何の屈託もない、あどけない笑顔がこちらに向けられる。
素直に褒められているのだとわかると、凍てつきかけた心は再び溶けほぐれ、自然に頬が緩んだ。
前日のパレードで言われたことも、今面と向かって言われたことも、同じ自分に向けた言葉と思えば、不思議なものだ。
悪い誤解は解けばよい。良い評価は大事にしたい。
それまでの卑屈な気持ちはどこへやら、雲でも晴れるように消えていった。

「……そうか」

最終日となる明日のパレードには、もう一度顔を出そう……私はそう決め込んで、暗がりの路地から明るい大通りへと歩み出た。
傾きかけてはいるが、まだ白さを失っていない陽光は、眩しくもどこかあたたかい。
開いた手の中、紫のちいさな花は凍てつくこともなく、こちらへ優しく微笑みかけてくる気がした。


※スミレの花言葉は「小さなしあわせ」

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