月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんな時間にこんばんは、九曜です。
アーカイブしようと思っていたものがまさかの行方不明、考察進捗各20%、という状況だったので、書きました。お話。
ワンドロしようとしたらツードロぐらいの時間が過ぎてしまいましたが、できあがったので載せておきます。
今回は『月氏の休日』。当主ならではのオーバーワークでたまには休みたい27代君のお話です。
アーカイブしようと思っていたものがまさかの行方不明、考察進捗各20%、という状況だったので、書きました。お話。
ワンドロしようとしたらツードロぐらいの時間が過ぎてしまいましたが、できあがったので載せておきます。
今回は『月氏の休日』。当主ならではのオーバーワークでたまには休みたい27代君のお話です。
月氏の休日
二十七代目当主、月風魔はその日、腕組みをして座布団に胡坐をかき、自室の文机の前で悩んでいた。文机の上には、当主の裁定が必要な書簡が山と積み上げられており、ここ数日の地獄行脚のうちに、侍女がそこへ溜め置きしたものらしかった。
領内の庶務も地獄の調査も、平等に当主の務めだ。しかしながら、三日三晩の地獄行脚に耐えた己が腕は軽い小筆一本を持つにも震え、直訴文を追う目は霞んでいるのがわかる。このような状態で正しく評定ができるものか、と風魔は筆を放り出し、座布団を折り曲げて枕とし、畳の床へ転がった。
木目の天井を眺めながら、まず風魔は兄のことを思った。何事にも真摯に取り組み、弱音を吐かぬ理想の兄は、このようにだらけている弟を見て如何に思うだろうか。良心がちくりと痛んだが、それ以上にこの場に兄の居てくれぬことが気がかりで仕方なく、風魔はうんうんと頭を横に振って、それ以上考え続けるのをやめることとした。どれほど叱られようとも、兄上にはここに居てほしかった、などとひとりごちながら。
次に風魔は、侍女のことを考えた。突然部屋に入ってこられたら、月氏の使命についてこんこんと説かれるのが目に浮かぶようだ。さりとて、自分は特別な身体能力を持つ一族ではあれ、絡繰ではない。不眠不休で動くことのかなわぬ身、小言だけで見逃してもらおうと、目を閉じた。とろりとした眠気が瞼に乗り、庭の木々の音も虫の声も遠のいた。
「旦那様。旦那様」
しゃがれた男の声にはっと向き直ると、風魔はいつもの鎧姿で、封じられた大鳥居の前にいた。袖を引くのはどうやら鬼であるが、館で使役している者と比べて随分と年寄っており、声色もまるで違った。
「ここは? お前はいったい……」
「旦那様が此方へいらしたくて、お供したのではございませぬか。ささ、こちらへ……」
老鬼が「鍵」を鳥居の前へ掲げると、大鳥居の封印が解され、その向こうに地獄のものらしき景色が揺らいだ。そこにちかちか見える何らかの光は、今まで見て来たどの地獄とも違う、異様な光景であった。
躊躇っても仕方なしと、踏み入る。一瞬暗くなった世界にぱあと縦横に光が灯った。館で秋に行われる秋祭りの提灯に似ているが、それよりもっと無機質で、一定で、強い光の点描が周囲を取り巻いていた。
正面には長く足のついた、門のような大看板がある。何やら書かれている文字の「地獄」だけ読み取ることができたが、他の言葉はついぞ読めなかった。周囲を取り巻く光飾りがびかびかと、最早うるさいほどに主張している。眺めていると、老鬼から声が掛かった。
「まずは、湯でも頂いたらいかがですかな?」
「湯でも……」
指さす先の建屋に「温泉」の二文字が見えた。着替えなど持ってきておらぬ、とことわると、手ぬぐいやら浴衣やら一式を貸してもらえると返され、連日の行脚の疲れもあって、素直に入浴することとなった。
さて、いざ入浴の段となって風呂場の戸を開けば、そこには忌地で見慣れた湯だまりがぽつぽつ点在している。しかも、そのいくつかでは鬼や餓鬼が、肩まで湯だまりに浸かりのんびりとしているので、風魔はすっかり面食らってしまった。すかさず、後ろからひょこひょこついてきた老鬼が言った。
「旦那様に限らず、最初は誰でも驚き恐れるものです。いい湯加減ですよ」
そんなことを言って、目の前の湯だまりに浸かって鼻歌なぞ歌うものだから、風魔もつられて同じ湯だまりに腰を沈めた。行脚の時緊急で駆け込む湯だまりと、同じものとは思えないほど安らぎ、やや強い硫黄の臭いが鼻を突いた。隣の湯だまりの鬼から、声が掛かった。
「おうお若いの、この湯は初めてかい」
「えっ……は、はあ」
「そうか。あんまり浸かっていると、沈んでいるこいつらみたいになるぜ」
鬼が太い骨を水底から拾い上げる。慌ててざばと全身あがった風魔を見て、大きな鬼はげらげらと笑い出した。
「あっはっは。見ない顔だから新入りと思うたが、そうか、そうか。からかっただけだ、冗談だ」
からかわれたのだと知り、しかしその相手がいつも斬り捨てている鬼であることに、何とも言えない顔をすると、風魔は「もう行く」と脱衣所へ踵を返した。
白い浴衣に着替え、風呂敷に鎧一式を背負って温泉の建屋を出ると、いつの間にかついてきた老鬼が横へ寄ってきて、言った。
「次は、今はやりの『どうぶつかふぇ』にでも行きましょうか」
ここでの案内を頼んだつもりはないが、聞き慣れぬ言葉も気になるのでついてゆくと、開けた場所に野点傘の立てられた茶屋が見えてきた。奇妙な点として、その周囲には狒狒や獅子頭、狂蠍などがうろついており、軒先には化蝙蝠が逆さにぶら下がっている。最初の門に「地獄」とあった通り、やはりここは地獄なのだと思ったが、丸腰でそこへ乗り込んでいくことには恐怖もあった。
「旦那様、どうされました?」
「どうとは……あのような魍魎の群れ、武器がなければ戦いようもない。危険だ」
「大丈夫ですよ。あの者らが襲ってくることはありません」
老鬼はずんずん先へ進んでしまうので、仕方なく後を追うと、果たして老鬼のいう通り、そこにいる魍魎はこちらを襲ってくることもなく、ただのんびりうろついたり漂ったり、思い思いの仕草をしていた。
「粗茶ですが、どうぞ」
茶屋の店主もやはり鬼であったが、声色から老婆のように思えた。熱くもぬるくもない味の薄い茶を啜っていると、ぴいぴい鳴きながら狂蠍が傍まで歩いてきて、足元で尻尾を下げて休みはじめた。化蝙蝠が軒先から床几台の上へおりてきて、老鬼が頼んだ大福を盗み食いしていた。老鬼は気づいて叱ったが、化蝙蝠は大福をくわえたまま逃げ去り、軒下で壮絶な奪い合いが繰り広げられていた。
やはり風魔は、普段それらを殺生している身として、いてもたってもいられぬ心地になった。おかわりもせず茶器を置いて、足早にそこを去ろうとすると、名残惜しそうに狂蠍が追いかけてきた。狂蠍は柵の立てられている所より外へは出ないらしく、柵の外まで来て振り返ると、柵の傍でぴいぴい鳴く狂蠍の姿があった。
さて、老鬼に次の案内をしてもらうか考えたが、どうも落ち着かないので、風魔はそこを去ることに決めた。幸い老鬼は茶屋で、座ったままうとうと転寝を始めている。今のうちにそっと立ち去ってしまえば、後腐れもないように思えた。
封印の大鳥居へ戻り、元の場所へ……そう念じたが、風魔は戻れなかった。確かに鳥居を潜った感じはあったのに、老鬼と並んでいた、封印の鳥居の立ち並ぶ場所ではなく、地獄のどこかにいた。
おかしい。少し歩いてみる。熱さで爛れた岩の合間を、鬼たちが闊歩している。足元には大小の湯だまりがある……見れば、歩いている鬼たちの中に、湯浴みで声をかけて来た大柄の鬼によく似た者がいた。だがその顔つきは険しく、とても冗談なぞ言いそうにない。なぜか元の鎧姿に戻っており、腰に刀も提げていたので、その集団に斬りかかる。次々斬り飛ばされる首の中に、あの大きな首が混じり見えて、風魔はえもいわれぬ心地に襲われた。
さらに歩いてみる。開けた場所に魍魎の群れが見えたが、その取り合わせに、風魔はあっと短い声をあげた。狒狒、獅子頭、狂蠍、天井には化蝙蝠。それに付き添うように歩く、白髪の少しやせた鬼。茶屋で見たのとまったく同じであった。腰の袋を探り、大華火があったので投げつけると、入り混じった一団はまたたくまに死屍累々の地獄絵図となった。
踏んだ地面の違和感が鬼の手であると知り、風魔の顔に暗く影が落ちると、暗く滲んだ視界に色が戻ってきて、そこは自室、眺めているのは木の天井であった。高かった太陽がすっかり傾き、己が使命と机上の書類を思い出した風魔は、墨の乾いてしまった筆を洗うため、立ち上がった。障子を開けた春の風が、静かに心地よかった。
++++++++++
さて、今日のお話は「休みたいと思ってたら夢で地獄テーマパークに行ったけど、あんまり休めないし地獄の面々は色々と思う所のある27代」という感じです。狂蠍ふれあいパークいきたい。
当初はもうちょっとお馬鹿な路線でいく予定だったのですが、私自身がモンハンを経由して慈悲深さに磨きがかかってしまったので、地獄の面々も生きている(いや死んでいる…?)んだなあ的な形にまとまってしまいました。とはいえ、当主は当主であって私ではないので、その辺は折り合いのつくような描写にしてあります。たぶん。
あと書きながら思ったのですが、当主のタイムスケジュールとか考えたら面白そうだと思ったので、次回考察の候補にしておこうと思います。そろそろちゃんと考察がしたい。
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