月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さまこんばんは、九曜です。
本日のアーカイブは「ジークと零の二人旅編」より『秘密の庭』です。
時系列でいうと『晩餐』の次ぐらいの話なのですが、調べてみたらすっかりアーカイブ抜けしていることが判明したので、今回となりました。
このあたりのジークと零は、まだぜーーんぜん打ち解けていないので、素っ気なかったり調子が狂ったりしていますが、そのへんも合わせてお楽しみください。
本日のアーカイブは「ジークと零の二人旅編」より『秘密の庭』です。
時系列でいうと『晩餐』の次ぐらいの話なのですが、調べてみたらすっかりアーカイブ抜けしていることが判明したので、今回となりました。
このあたりのジークと零は、まだぜーーんぜん打ち解けていないので、素っ気なかったり調子が狂ったりしていますが、そのへんも合わせてお楽しみください。
秘密の庭
風魔一族の忍び――零と旅を続けて、もう何日になっただろう。
相変わらずこいつと来たら、道中ほぼ無言で必要な事以外喋りゃしない。
面白そうな奴だと思ってたのに、押しても引いても手応えがないとなれば、さすがにつまらないと言わざるを得ない。
見当違いだったか、俺様にも間違うってことがあるんだな……と、少し落ち込んだぐらいだ。
「今日は随分いい天気だなー」
「ああ」
「俺は慣れてるけどさ、そんな覆面シッカリ巻いちゃって、暑くねーの?」
「別に」
返事しかしないせいで、話が一切続かない。間がもたない。
もうそのマフラーごと剥ぎ取ってやろうか、と憤ったところで、そんなことは考えるだけ無駄に思えるし、とてもやるせない。
ふんと鼻を鳴らして拗ねてみたところで、向こうはてんで反応ナシ。
つれないとかいうレベルじゃない、感情の神経回路が焼き切れてんじゃないの?なんて、嫌味のひとつも言いたくなる。
「あ! そうだ零、ちょっとこっち来いよ。いいモン見せてやる」
見覚えのある景色にピンときて、零にこちらへ来いと手招きする。
ムダに警戒する零だから、俺が合図をしてから3秒ほど腕を組んでじっとしていたが、その後は何事もなく普通にスッスッと歩いてきた。
今待った3秒って意味あった? ときいても、答えはない。
「ほら、スゲーだろ! 俺様だけが知ってる絶景スポットだ!」
木々の枝をくぐり抜けた先、少し広い野原に咲く、一面の菜の花。
菜の花だけじゃない。ツツジが咲いている一角もあって、目の覚めるようなピンクの花は、黄色い絨毯の中でひときわ目を引く。
すぐそばを流れる小川は、陽の光を受けて、きれいなエメラルド色に澄んでいる。
いつ来ても、おとぎ話の舞台のようだと思ったものだ。
「以前、来たな」
この景色を一瞥した後の、零の言葉に拍子抜けする。と同時に、疑問が湧いた。
自分だけのものと思っていたこんな秘境を……零も知っているだって?
「は!? お前、東の国から来たんだろ? こんな場所に、一体いつ来れるってんだよ」
「……」
零が目を細め、こっちを見る。
なんとなく呆れているような表情にも見えて、思わず俺は口を尖らす。
「な、なんだよ、俺様に文句でもあんの?」
「覚えていないのか?」
「え?」
覚えていないのか――確かに零はそう言った。
覚えて? 俺が? 零がここに来たということを? ……なぜ。
それだけでも混乱してしまうのに、さらに続いた一言が、俺の思考回路を数秒止まらせた。
「俺はお前と、ここへ来たことがある」
* * *
俺がまだ身の丈も小さく、忍びとしての腕も未熟だった頃。
恥ずかしいことだが、バビロア王国にほど近い山中での任務をこなした後、道に迷い途方に暮れたことがあった。
俺が戻らなかったところで、里から『ゼロ』という者の存在が、不慮の事故として抹消されるだけだろう。
忍びの世界とはそういうものだと、幼い頃より心得ていた。
携えていたわずかな食糧が尽き、このまま餓死か凍死でもするのだろうと思っていたその時、俺はそいつと出会った。
――誰だお前? こんな所で昼寝しちゃって。
昼寝ではなく、ひもじくて倒れていたのだが。
金色の前髪でよく見えない顔、俺とさほど変わらぬ背丈。行き倒れを前に、軽口を叩いてくる無神経ぶり。
悔しいが反論できる体力がない。野次馬なら放っておけば立ち去るだろうと、無言を決め込む。
しかしその者は立ち去るどころか、珍しそうに倒れた俺をじろじろと眺め始めた。
嫌でもそいつが視界に入ってくるので、とりあえずこちらも観察しておく。
下から見上げているため逆光ではあるが、身に着けているものが白い外套であり、銀色の鎖帷子であるのがわかる。
唯一、頭に被っている白い布でできた帽子のようなものが、何と形容して良いかわからない。頭巾でもなさそうだし、里では見ない類の装飾品だ。
垂らした前髪のせいでただでさえ片目が見えないのに、口元も白い布で覆われているため、顔は右の目しか視認できない。
だが不思議と、好奇心で満ち溢れた表情は、その見えている目だけで判別できた。
そいつがやがて、俺が覆面代わりにしている赤い首巻きを引っ張ったものだから、慌ててこちらも布を掴んでそれを制止する。
忍びたるもの、見知らぬ者に素顔を晒すわけにはいかない。
――なんだ、元気じゃんか。
元気ではない、と否定したいものの、怒鳴るだけの気力もない。
ようよう半身を起こし、後頭部の土埃を払うと、白い衣の男は俺の目線の高さに合わせて膝を付いた。
――俺様はジーク! お前、名前は?
明朗快活ながら、少し鼻にかかるような独特の声色で名乗られる。
知らぬ者に無暗と名乗るのは危険であるから、向こうのジークという名前を記憶に刻んで、こちらは無言を貫く。
それにしても、隙だらけで何ともあっけらかんとした、奇妙な奴だ。
初対面とは思えない馴れ馴れしい態度や、人の心境を無視した発言の数々は、そうそう見かけるものではない。
――なんだよ、喋れないのかお前? で、そんな奴がこんな所で何してるんだ?
空腹で、と言いかけて、先に腹の虫がそれに返答する。
――腹減ってんのか? あー、寝てたんじゃなくて、行き倒れてた系?
先に寝てると勘違いしたのはそっちだろう、と言いたくなる。とことん不思議な奴だ。
ジークと名乗った男はふと周囲を見回し、何かに気付いたようにぽんと手を打った。
――あ! そうだ、ちょっとこっち来いよ。いいモン見せてやる。
そうだ、この声、この言葉。驚くぐらいにぴたりと重なる語感。
思えば、何も警戒せず誰かについて行ったのは、あれが初めてだったように思う。
――なー? キレイだろ?
ジークに腕を引っ張られ、木々の間をくぐれば、そこは一面黄色の花の絨毯。
ふと川のせせらぎの音に気付いた俺は、からからに渇いた喉を潤すため、花などそっちのけでほとりに走ったのを覚えている。
後ろでジークが、あーっ! などと声をあげているのは無視して、川の水を掬って飲む。こちらは生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。
全身に冷たさがしみ渡る心地にようやく、俺は一息つくことができた。
――風情がねーなぁ、まっいいや。腹減ってるなら、これも飲むか?
そう言ってジークが駆け寄ってきたので、ずり下げていた覆面を慌てて元のように引っ張り上げる。
ジークが俺に渡したものは、鮮やかなピンク色、ツツジの花だった。
受け取った俺が首を傾げていると、こうやるんだぜ、と言いながら白い覆面を下げ、花弁の根元の方を口で吸って見せた。
お前は昆虫か……と神妙な気分になりながら、覆面を下ろすため後ろを向く。
ジークがしきりに覗き込んで来ようとするので時間がかかったが、隙を見て花弁に吸いつくことに成功する。
甘い。
普段であれば咽ているだろうが、今の疲れた体にはありがたい味だった。
吸い終えて花弁を放り投げると、ジークがそこらに寝転がっていたので、とりあえず隣に座る。
寝ているかどうかわからないが、集落は近くにあるかと尋ねると、意外にもちゃんとした答えが返ってきた。
――さっきの道に出たら、まっすぐ俺の来た方に下りていくといいぜ。そっちに村がある。
ということは、ジークはその村から、この山を越えるために上ってきたのだろう。
目的地がはっきりしたおかげか、気力も持ち直し、俺は立ち上がった。
世話をかけた、と礼だけを言い、踵を返す。
ジークは追ってはこなかった。
その後、夜までに何とかその村に付いた俺は、数日ぶりの食事にありつくことができた。
* * *
「そうか……そうだっけ……」
記憶を辿ってみると、朧に『誰かをここへ連れてきた』ような感覚もあった。
それが零であったのかは、ほとんど覚えていない。でも零がそう言うのだから、零はちゃんと思い出として、その記憶を心に留めているのだろう。
平素の零に対しての不満が、体から一気に抜けていく気がした。
そうだ、こいつは無口で無愛想でつれないしノリも悪いけど、ちゃんと人の事を覚えてるんだ。
それがわかった今なら、今後もこの男とはうまくやれそうな気がする。
同時に、思い当たったことがあった。
旅立つ時、俺は零に初対面の挨拶をしたはずだ。その時に零は何も言わなかったが、どういうことなのか、と。
「じゃ、じゃああの、旅に出る前の『初めまして』ってやつ……」
「ああ。初対面ではないのに妙だな、とずっと思っていた」
何だよそれ! 変なら言えよ!! と思わず大声をあげると、零は驚きも怒りもせず、代わりに鼻の頭を掻く仕草をしながら、口を開いた。
「指摘してよいのか判らなかった」
「指摘していーんだよ!!」
こういうのを、売り言葉に買い言葉、というのかどうか。
よくわからないけど、今までで一番零と長く会話しているのは事実だ。そのことに、先ほどまでの不機嫌はどこへやら、すっかり楽しい気分になってしまった。
「な、それじゃあさ、ほら」
ツツジの花弁を2つ千切って、ひとつをほいと渡すと、零は黙って後ろを向いた。
素顔を見られたくないんだろう、そっとしといてやるか……そう考えながら俺も花弁に吸いつく。
晴れ渡る空の下。鮮やかなピンクの花は、懐かしくて甘い味がした。
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