月ノ下、風ノ調 - UM二次創作『ただ遠くへ』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
こんばんは、九曜です。

今日は先週の『別れ』に続くお話です。先週突然お話を書いたので、なんと2週連続の新作書き下ろしとなっています。しかも続き物なので、今週からこのブログを読まれるという方は、先に『別れ』の方から読んでいただけると話が理解しやすいと思います。
本当はなんか戦場跡らへんの考察をする予定だったんですが、考察の途中で筆者が涙でぐずぐずになってしまい(例のイベントを知っている方、お察し下さい)スクリーンショットを撮る段階で断念しました。なので予定していたスクリーンショットを別のものに差し替えるとか、とにかく私がぐずぐずにならない手法で記事にすることを検討中です。お待ちください。

今回も本編ED後のため、ネタバレを多大に含みます。大丈夫な方だけお読みください。




ただ遠くへ

 ちいさな村の門を出て、ただ遠くへ、草の広がる野原の細い道を歩いた。やがて草原は土へ変わり、岩場へ変わり、気づけば波が飛沫を打つ海岸沿いの崖まで来ていた。
 館を出て、もう何日経っただろうか。嵐童は指折り、日の出没を数えてみたが、両手を二度折り返しても足りなくなり、諦めて懐から帳面を一冊、取り出した。昨夜綴った手記の日付は新暦6年、9月30日。風も肌に寄り添えば冷たく、野宿には一枚羽織るものが欲しい季節となった。
 帳面を懐へ戻し、海岸沿いを歩くと、潮風がますます寒さを増してくる。しかし昨夜泊まった村まで引き返したところで、自分には他に行く宛もない。玉散る飛沫を眺めて、嵐童はしばし足を止めた。

 波音のはじける合間、空白の時間に、何度も手放したかった記憶が浮かんでくる。
 弟に刃を向けておきながら、せめてあの場で命尽きれば、生き恥を晒すことも、弟を困らすこともなかっただろうに……何の因果か、はたまた一族としての宿命なのか、嵐童の魂は館へ還りつき、その身は無事のまま地獄だけが閉じた。弟を救おうと地獄へ潜っておきながら、逆に弟に救われ、さらにつらい思いをさせたことは、嵐童の人生唯一の瑕疵となり、その傷口より広がった新たな視界が、彼を出奔へと駆り立てた。
 弟の伝記では、兄・嵐童は必要悪として書かれることだろう。当主の座を得られなかった悲しき男として、地獄の奥底で立ちはだかり、弟に刃を向け、偶然助かったもののやむなく追放されるのだ。歴史は常に正しき者の味方だ。その正しさの中に自分はいなかったのかもしれないと、嵐童は己が驕りを省み、もう一度視線を水飛沫へ戻した。昼光がきらりと光の粒を色付け、灰色の世界に鮮やかな色が戻ってくると、ようやく歩く気力が湧きあがってきた。

 海岸沿いから少し内地へ引き返し、別の道を見つけた嵐童はそちらへ折り返した。行く先に山が見える。木綿と麻の少し厚手の着物に、擦り切れて3度履き替えた草鞋、途中で親切な商人から譲ってもらった穴のあいた笠に、拾った手ごろな長さの枝。山越えをするには多少不格好であったが、地獄の五層を弟のため、世のためと突き進んだ事に比べたら、造作もないと思えた。
 立ち寄る先々で一宿一飯の恩義を返し、時には働いて路銀を稼ぎ、ここまで生き永らえてきたのだから、これから先も何とかやっていける気がした。ここでは自分は月一族の当主の兄ではなく、ただの一人の旅の男。向かい風のそのまた向こう側へ、時間がいくらかかっても、ただ歩いてゆけば良いのだと。

 秋の空は薄く高く、山の周囲を取り巻くように広がって、その合間を鰯雲が泳ぐように流れていった。秋赤音が一匹、目の前を横切って、鮮やかな赤を纏って遠く空へのぼっていった。



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と、いうわけで、前回今回で「兄上は戻って来たけど館にいられなくなって行っちゃった」を書いてみました。兄上が助かるかどうかは作中描写から微妙なところですが、助かった場合想定される結末のひとつです。悲しいですが。
ちなみに、この話で兄上は「伝記だと悪者扱いだろう」と思っていますが、恐らくそうは弟が許さないのでちゃんと天ツが悪い兄上は悪くないって書くよう指示が出される気がします。作者的にも天ツが悪い兄上は悪くない判定なので、なんかあってこの兄上には館に戻ってくる機会があればいいな…と思ったりしています。思っているのでそのうち書くかもしれません。

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