月ノ下、風ノ調 - オレカ二次創作『綻び』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
今日も元気にアーカイブ!九曜です。

世間ではゴールデンウィークなので、私も休みをもらおうと思ったのですけれども、先々週からしている『客人編』のアーカイブが何とかなりそうなので、間に合わせて持ってきました。
今回のお話、メソタニアの人間模様がよーくわかる感じになっていますが、前回アーカイブの『行く末』より時系列的には前のお話なので、その点ご留意ください。





綻び


「――おや」

月が大きく欠けた夜。
つるりとした白い大理石の廊下が藍に染まる頃、その男は現れた。
こんな深夜にも関わらず、男は普段どおりのいでたちで、宝玉のあしらわれた魔道帽を被り、足元まである長いローブの裾を引きずっている。
靴音などかすかで、夜の静寂に溶けるほどだが、それは今が夜更けであるからというだけではない。

頼りない月明かりが、白い顔を薄暗く照らす。
男は何をか言いたげに開いた口を一度閉じると、今度は口の端を歪むほど大きく上げた。
その笑みに子供のような快活さはなく、生気のない人形の作られた笑いのような、ある種の不気味さまで覚える。

「シビュラどの。あなたも、散歩ですか? 気が合いますね」

男……参謀エンリルに、そんなしらじらしい言葉を吐かれて、シビュラは眉を顰めた。

参謀エンリルは、風の王国メソタニアの、将軍ネルガルに仕える知恵者だ。
頭がきれ、軍事采配に明るいエンリルは、どちらかといえば力だのみのネルガルの補佐役として、王宮に参じている。
予言者であるシビュラには、このエンリルの本質がどういうものか、手に取るようにわかっていた。
生き残るために手段を選ばぬ男であり、そのためならば平気で離反し、やがて人ならぬ道を歩むことになる運命も。

「誤魔化そうとしても無駄だ……予言通りだ」

シビュラに物質透視の能力はないが、『予言書』の通りであるなら、その胸元には銀のナイフが潜んでいるはずだ。
鋭い切っ先は、エンリルが仕えているはずの、将軍ネルガルに向かうもの。
そしてシビュラは今、まさにネルガルの寝室前で立ち塞がり、深い闇にも似た漆黒の眼差しを受け止めていた。

予言者シビュラは、メソタニア王宮の人間ではない。
能力を買われ、客人としてここに世話になっているだけで、忠節など尽くすつもりもない。
しかし、王宮で人と関わる生活は、それまで人を避けてきたシビュラに何かを考えさせる、ひとつのきっかけとなっていた。

「私は、将軍様に用事があるだけですよ。そこを退いてください」
「……」
「退きなさい」

素直に道を譲れば、凶行がなされることだろう。
幸い、予言書には結末まで書かれていない。まだ、間に合うかもしれない。
ネルガルを殺すわけにはいかないと、シビュラは黙したまま、目の前の白い顔を睨み付けた。
携えた予言書を持つ右の手指に、力が入る。

ある時、シビュラの魔力が落ち、予言書を用いた予知ができなくなったことがあった。
何が起こるかわからぬ恐怖に怯え、暗渠に放り込まれた心地のシビュラに、向き合って声を掛けてくれたのはネルガルだった。
王子に言われている――決して自発的なものではないが、それでも何かあれば「命に換えても守る」と言ってくれた。
それまで『予言書』の記述しか信じることのできなかったシビュラに、初めて人を信じさせたのは、他でもないあの男であったのだ。

いつしかシビュラは、ネルガルを頼るようになった。
それは予言の能力が戻っても、決してそこで途切れることなく、続いた。
人に頼ることは否ではないと知り、嫌っていた「人との関わり」に、意味を見出した。
だから、ここで死なすわけにはいかない。
思いを胸に、シビュラは反抗の意味で唇を結ぶ。

「力ずくでも、通さないつもりですか?」
「そのつもりだ。お前がこれから何をするか、私にはすべてわかっている」
「――退けっ!」

すぐ目の前で構えられた両手、放たれた風を避けるだけの余裕はなかった。
シビュラは咄嗟に腰を屈めたが、間に合わず、吹き飛ばされて扉と壁の境に背中を打つ。
運悪く扉の蝶番が背筋に当たる形となり、平たい壁にただぶつかるよりも、強い痛みを感じた。

「うぐっ! 待て……ッ」
「チッ!」

両開きの扉を、シビュラのいない側だけ開け、エンリルは何とかネルガルの寝所に潜り込む。
だが静けさが破れては最早、当初の策を為すことなど不可能だ。
追い詰め糾弾すれば、ネルガルの助けになるかもしれない。シビュラは背中の痛みを堪え、エンリルを急ぎ追いかけた。

「な、何の騒ぎだ。エンリル、これは……」
「ネルガル様! ああ、助けてください、シビュラどのがおかしいのです!」

大袈裟なぐらい息を荒げ、ベッド上で身を起こしているネルガルに、すがり付くエンリル。
ようやく部屋に踏み入ったシビュラは、その光景と言葉に耳を疑った。

「なっ……!」
「シビュラどのが『私にはすべてわかっている、お前はここで死ぬべきだ』とか何とか言いながら、突然襲い掛かってきて」
「ち、違う! 私は、そのような――」

何と大胆な嘘をつくのだと、怒りすら感じながら、シビュラはエンリルの言葉を真っ向から否定しにかかる。
エンリルはと言えば、ネルガルの腕をとってすがりながら、目にわざとらしく涙まで浮かべている。

「……シビュラ殿。貴殿は何らかを予言しようとしたつもりかもしれぬが、して良いこと、そうでないことがある。あまり、国内を波立てないで頂きたい」

深いため息に続いたネルガルの言葉は、低く強く、毅然としていた。
鈍く痛む背中が、エンリルの悪行を事実として、シビュラだけに告げていた。

「……」

シビュラは黙って踵を返した。
弁明し、誤解を解きたいとも思ったものの、このまま居座れば、さらに誤解を招くことをエンリルに言われかねない。
それにエンリルの細腕では、覚醒したネルガルは組み伏せられまい。「計画」は頓挫に終わるだろうと考えて、いや願って……シビュラは部屋の戸を開け、廊下へ出る。
扉の閉まり際に一瞥すると、エンリルが密かに、こちらへ勝ち誇る笑みを向けたのが見えた。

シビュラの力ない歩みは、やがて歩幅を広めた早歩きとなり、両目から大粒の涙がこぼれた。
エンリルは旧知の重臣、自分は一時の客人。ネルガルがどちらを信用するかなど、予言書をなぞらなくても知れている。
それでも、ほとんど初めて、シビュラは信に足らぬ悲しみというものを味わっていた。

予言を逆手に取った、エンリルの言葉に込められた悪意。
それを真に受けただけで、何ら落ち度のないネルガル。

諦念に侵食されて枯れたはずの涙が、喉元を濡らすほど溢れ落ち、結んだ口から嗚咽が漏れる。
シビュラの言葉は大半が『予言書』の記述であり、信じられることが当たり前であった。
だがそれは、シビュラという人間の評価は限りなくゼロに近いもので、人々は予言だけに信を置いていた、とも言える。
シビュラはそれを百も承知で、自分はただの伝達者であろうとし続けていた、つもりだった。

(ネルガルだって、そうだったに過ぎないのだ)

そう考え、思考を納得させようとするが、何故だか胸にはますます澱んだ感情が広がり、たまらず叫び出したくなる。
価値のないはずの自分が、誰かに価値を見出してもらえるはずもないと――反芻した想いはなぜかナイフのように、鋭く自分を傷つけた。

与えられた居室にようやく着いた頃には、紫のローブの胸元など深い藍色に染まり、ようやく乾きはじめた涙の筋が、頬にこびりつく心地がした。
まだ水滴の残る目元を袖で乱暴に拭い、シビュラは『予言書』の記述を読み返す。
薄ぼけた古い紙の上には、平易で冷たい一文がただ、書きつけられていた。

『謀臣、銀の刃にて叛し、国の喉元を狙う』

その記述のすぐそばに、灰色の染みがひとつ落ち、じわりと円く広がった。



++++++++++
というわけで、そういうお話でした。
参謀がなんかしでかそうとする→シビュラさん分かってるので止めに行く→なんやかんやで参謀に丸め込まれた覇将に咎められる→やるせなさ みたいな流れです。主に参謀がわるい。参謀はまあ悪いひとだし…。
覇将もうちょっと怒らしても良かったんですけど、深夜だし基本雷のように怒るのって日中に限られると思ってるので(私が)、低い声なんだけど明らかに怒ってる、みたいな表現にしておきました。
で、この主従はこんな具合なので覇将は見事騙されまして、後日『行く末』の流れになるわけです。

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