月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆様こんばんは、九曜です。
本日はお日柄もよく…ではなく、これ実は未発表作品です。
オレカバトルの創作ではあるんですけど、だいぶ長いことあたためていた「ジンジャーエイルがラコーラの呪いを解くため奔走する作品」です。ほかに砂縛の皆さんがちょっと登場します。
エイルくん(と、一部登場人物)の口調が独特なのもあり、書くのにヒジョ~に手間取ったので、なんか変だな…と思っても生温かい目で見ていただけると助かります。私サッカーラ語わからないよ…(なぜ出した)
作品は追記よりお読みいただけます。
本日はお日柄もよく…ではなく、これ実は未発表作品です。
オレカバトルの創作ではあるんですけど、だいぶ長いことあたためていた「ジンジャーエイルがラコーラの呪いを解くため奔走する作品」です。ほかに砂縛の皆さんがちょっと登場します。
エイルくん(と、一部登場人物)の口調が独特なのもあり、書くのにヒジョ~に手間取ったので、なんか変だな…と思っても生温かい目で見ていただけると助かります。私サッカーラ語わからないよ…(なぜ出した)
作品は追記よりお読みいただけます。
解呪をもとめて
「おジャマし魔王だゼッ!」
魔王の姿をとり戻したジンジャーエイルは、親友ラコーラにかかった呪いを解くため、土の大陸のとある町へと来ていた。
その町には、はるか遠くからでも目につくほど、立派な大聖堂がある。
そして、聖堂というのは神に仕える者たち……神官が、祈りにくる施設であるということも、ジンジャーエイルは調べ終えていた。
神に仕える神官ならば、ラコーラの呪いを解くことができるかもしれない。
数日前の夜半、慣れない書物を読み、眠気で落ちようとする瞼をこすりながら、考えてきたのだ。
「ま、魔王だ! 魔王ジンジャーエイルだッ!」
「門をしめろ!追い返せ!!」
そんな浮かれた想いも束の間。魔王という肩書のせいで、人里にはすんなり入れてもらうことができない。
衛兵らしき者たちに押し出され、門を閉められてしまうと、ジンジャーエイルは右手に「あるもの」を持って、門の上の兵士たちに見せつけた。
「オイオイちょっと待てよ! オレ様は、こいつの呪いを解きに――」
大きな右手に首根っこを掴まれてぶら下がっているのは、魔公ラコーラだ。
ラコーラは今、ジンジャーエイルの配下として、そこへ呼び出されている立場だ。
ただしその後も、隙あらば逃げ出そうとすることがあるため、今日はあらかじめ襟首をつかまれて、御されているらしかった。
「魔王の言うことなんか、信じられるか!」
「何だよ、別に、取って食おうってわけじゃねぇのに。なァ、ラコーラ」
「……フン」
機嫌の悪いラコーラが鼻を鳴らす。
大人しくこそしているが、内心こういう扱いをされたくないという不機嫌な顔で、ラコーラは見上げた先の衛兵たちを思いきり睨みつけた。
「わかったよッ! でもまた、ぜってー来るからなッ! 覚えてろッ!」
力ずくで押し通れば、神官とやらの力を借りることもできなくなってしまうだろうし、怒りにまかせて町を破壊してしまっては、元も子もない。
何か、別な手段を考えなければ……考えるのは不得手だが、その場は大人しく立ち去ることにした。
* * *
「うーん……どうしたら、神官に会えるんだァ?」
砂地に座り込み、腕組みをして考えるが、ハッとするような解決案は到底浮かばない。
町の者と交渉できそうな部下はいないし、ふた周り以上大きな自分の図体では、変装して潜り込むのも無理だ。
何より、ラコーラの呪いを解くには、しかるべき場所に連れていかなければならない。
呪われた憎悪に満ち溢れたこの男は、自分が首根っこを掴んででもいなければ、何の騒ぎも起こさず町中を連れ歩ける気がしなかった。
そんなラコーラは今、逃げようともせず、ただその場をうろついている。
町から離れるまで、しばらく襟を掴んでぶら下げたままにしていたことだし、必死に考えている今ぐらいは、自由にさせてやることにした。
逃げ出そうとすれば最悪、後ろから邪光波でもぶち当てればいい……気絶はするだろうが。
途方に暮れていると、砂嵐の中を何かがズシン、ズシンと歩いてくるのが見えた。
人の形をしているから、話の通じぬ獣ではなかろうが、いちおう警戒はしておく。
目を凝らしてよくよく見ていると、そちらから大きな声がした。
「ヘイ、ユー。こんなロンリーなプレイスで、どうしたのだ?」
彫りの深すぎる顔立ちや角ばってごつごつした手、あまりにも巨大な体格から、人ではなく魔族か何かであろうことはわかる。
特に目につくのは、金色に光っている全身の存在感だ。さながら純金でできた壁、といった印象で、遠目ながらとんでもなく目立つ。
「オマエは?」
「ミーはサッカーラ。この辺りにグレイトフルなタウンはなかったかね?」
サッカーラと名乗った魔族らしき男は、軽快かつとても明るい声で、そんなことを尋ねてきた。
歩いていたラコーラが立ち止まり、無言のまま訝しげに睨みつけるが、男はそんなことはつゆほども気に留めない。
「ぐれーとふるなたうん? 何だ、そりゃ」
「グレイトフル・タウン、ベリービッグなマチがあるはずだが」
突き抜けるような声は、決して聞き取りづらくない。ただ言葉が少し異質で、言っていることの半分ほどもわからない。
最後に聞き取れた町という言葉に加え、身振り手振りが大きいおかげで、ジンジャーエイルはようやっと意味を理解する。
「マチ……もしかして、町を探してんのか?」
「ザッツライト! イェスタデイにでも、行こうとシンクしていたのだ。見かけてナイール?」
「あー。それなら、あっちの方にあったゼ」
町というなら、先ほど追い出された大聖堂のある場所だって町だ。
そちらを指さすと、サッカーラは豪快な声で高らかに笑った。
「デヤッハッハ! それがわかればノープロブレムだ。サンキュー」
「ジャーッハッハァ! この魔王ジンジャーエイル様に、感謝するんだなッ!」
「ホーウ?」
ジンジャーエイルの魔王、という名乗りに、男は興味を持ったようだった。
傍にいたラコーラが、魔王という単語に反応して睨むが、ジンジャーエイルはもう慣れっこだ。
それよりも、さぞかしこの肩書に驚いたろうと、得意げな顔になる。
「何だァ? ビビってんのか?」
「何でもナイール。フフフ……またユーにはミートしたいものだ」
意味ありげな笑いを浮かべながら、サッカーラは元来た方へ、ズシンズシンと重たい足音とともに帰って行った。
明日行く、という旨をまったく理解できなかったジンジャーエイルが、今行くんじゃないのかよ……と、口の中でぼやいたのも無理はない。
「なんだアイツ。変な奴だゼ」
妙ちくりんな羽を模した飾りがついた、金ぴかの背中を見送って、ジンジャーエイルはぽろりと呟いた。
* * *
翌日。
あれから何も手立てを考えることはできなかったが、ジンジャーエイルはもう一度「交渉」に赴いてみることにした。
何度か訴えかければ、門番だって根負けして、話を聞いてくれるだろう。
それに先日、町への道をきいてきた魔族も、もしかしたら来ているかもしれない。
あの変な言葉をもう一度聞きたいとは思わないが、町に用事があるという素振りだった。
もしかしたら、何か交渉事にひと役買ってくれるかもと、ジンジャーエイルは期待していた。
右手に土産物のようにぶら下げられたラコーラが、不機嫌にフン、と鼻を鳴らす。
町へ近づくにつれ、ジンジャーエイルはある異変に気付いた。
崩れた門。ところどころ黒煙があがる遠景。
破壊の痕が生々しいが、町の中央にそびえる白い大聖堂は、確かに昨日見たものだ。
走ってさらに街へ近づき、崩れて城門の意味を為さなくなった残骸を見る――ラコーラを掴んでいた右手の力が抜けた。
地に落ちたラコーラのうめき声も、長く大きな耳にはもはや届いていない。
「おい大丈夫か! 何があったんだ!?」
「うう……」
見えていたマントの端を頼りに、力任せに瓦礫を掘り返し、その下に倒れている者を抱え起こす。
切れた口元から血を流し、苦しそうに呻きながら、兵士の男は弱弱しい声で言葉をしぼり出した。
「魔王……魔王サッカーラが……町を……」
「サッカーラ……!? アイツ、魔王だったのかよ!!」
大きな町の所在を尋ねたのは、破壊するためだったと知って、後悔したがもう遅い。
もはや呪いを解くどころではなくなり、混乱したジンジャーエイルに、さらなる追いうちが重なった。
「魔王?」
呪いにより、魔王と名のつく者に憎しみを持つラコーラが、どこへともなく駆け出したのだ。
襟首を放され自由になっていたのは、ラコーラにとっては幸いで、ジンジャーエイルにとっては不運であった。
「おっおい、ラコーラ! どこ行く気だ!?」
「魔王狩りの時間だ、コラ!」
「ま、待て! 待ちやがれっ!!」
手に抱えた男を、叩き付けぬよう地面に下ろしてからでは、間に合うはずもない。
慌てて邪光波を撃ったが、狙いが定まらず、ラコーラの頭をわずか掠めただけに終わった。
サッカーラがどこに行ったのかは、魔王を憎む呪いが、さながら本能のように教えてくれるのだろう。
一直線に遠ざかる黒い背中は、砂塵の向こうへあっという間に溶けて消えた。
「くそっ! 町はこんなんなっちまうし……ラコーラは見失うし……どうすりゃいいんだよォーッ!」
その叫びに答える者はいない。
魔王により破壊された町並みは、ほとんど瓦礫の山と成り果てていたが、弱り果てたジンジャーエイルの目についた建物があった。
それは、町のシンボルである大聖堂。
ステンド・グラスは割られ落ち、壁にも穴が開いて酷い状態であったが、倒れずその姿を保っているのは奇跡的に思えた。
吸い寄せられるように、そちらへと歩みを進める。魔王サッカーラが襲来したおかげで、皮肉にも邪魔をする者はいない。
聖堂の大きな門は、片方の扉の蝶番が外れて落ち、外からでも正面の祭壇が丸見えとなっていた。
そこにひざまずく小さな背中に、ジンジャーエイルの視線が注がれる。
青いマント、編まれた金の長い髪。
国に仕える騎士だろうかと思っていると、祈り終えたらしきその者が振り向く。思わず、あっと声が上がった。
騎士とおぼしき銀の鎧を着てこそいるが、長いまつげに凛とした白い顔、細く締まった腰や胸当ての形状から見て、それは紛れもなく女であったからだ。
「魔物がここにもッ!? よくも町を……!」
剣を抜き、構えられたのを見て、慌ててジンジャーエイルは首をぶんぶんと横に振る。
「ち、違う違う! オレ様は確かに魔王だが、町を壊した魔王はサッカーラって奴だゼ!!」
「ならば、サッカーラの仲間……」
「そんなわけねェーイル!! あんな悪趣味な金ぴかレンガと一緒にすんなッ!!」
ジンジャーエイルが声を荒げると、目の前の女騎士は驚いたようにその場で固まり、目を丸くした。
「……本当に、サッカーラの仲間ではないのか……? それに、どうして襲って来ない?」
「襲いに来たんじゃねェ! オレ様は親友の呪いを解くために、神官って奴に用事があって……!」
親友、呪いを解く、神官。
『魔王』らしからぬ言葉の数々に、女戦士は構えた剣先を下ろす。
「友のために……この町へ?」
「そうだゼ! ラコーラっていう奴なんだけど、さっきサッカーラを追いかけて出て行っちまったんだ! まずサッカーラを探さねェことには……」
「サッカーラを追いかけて……」
必死で訴えかけるジンジャーエイルに、女剣士は何をか思い出したように顔を上げ、目の前の赤い瞳をまっすぐ見つめた。
「魔王サッカーラは、砂縛の奥地にねぐらを持っているはず……心当たりがある」
「ホントか!?」
女戦士が、深く大きく頷く。それに従い、長く編んだ金髪がわずかに揺れた。
ようやく先が見えた気がして、落ちくぼんでいたジンジャーエイルの眼に、もとの光が戻ってきた。
「今は、サッカーラを倒すのが先だ。その話がまことならば、協力しよう。あなたの名前は?」
「オレ様は魔王、ジンジャーエイルだ!」
「無幻勇士ジャンヌだ。よろしく」
女ではあるのだろうが、騎士らしく歯切れの良い言葉が頼もしい。
握手を求める細身の手を、ジンジャーエイルはふたまわり以上も大きな手で、しっかと握り返した。
* * *
サッカーラの支配下にある、巨大な闘技施設コロッセオ。
その最奥の無駄に大きな扉を乱暴に蹴破り、いたって不機嫌な眼つきで、ラコーラは王座に座る大柄のモンスターを睨みつける。
「オマエ、魔王か?」
サッカーラは突然の来客に動じもせず、椅子に腰かけたまま、ふんぞり返って答える。
「ザッツライト。ミーはキング・サッカーラだ」
「魔王の存在なんて……許さねえぞ、コラ」
眉間にさらに皺を寄せるラコーラに対して、瞳を隠すサングラス・アイを持つサッカーラの表情は読めない。が、
「オウ、ユーは何をそんなにアングリーしてるのだ? だがどんな理由であれ、キング・サッカーラに逆らう愚か者は、許すわけにいかナイール!」
勢いよく立ち上がり、無礼者への挨拶とでも言わんばかりに、いきなり真正面から拳を振るってくる。
「フンッ!」
「ちぃッ」
すんでのところで避けるラコーラと、これも想定内だと二発目を素早く繰り出すサッカーラ。それもどうにかかわし、硬い石の床に転がって距離をとる。まだ息があがるまではいかないが、正面に立つ金色の壁のごとき体は、余力たっぷりに聳え立っている。
「フッハッハ!! ユーとのバトル、なかなか楽しめそうだ。ショータイムと行こうではないかぁ!」
「っざけんじゃねえぞ、コラ……!」
まるで本気ではない、茶化されたのだと肌で感じ、ぎりぎりと歯を噛みしめる。
いくら図体ばかりでかくとも、そんな者はいくらでも倒してきた……得意の足技で、一気にケリをつけてしまえばいい。
はるか高く天井近くまで跳躍するラコーラの前に、サッカーラは物怖じもせず、仁王立ちする。
「コラコラコラコラコラコラコラコラ、コラァ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「何ィッ!?」
繰り出されるラコーラの蹴りという蹴りを、硬い拳がことごとく、正確に受け止める。
愚鈍そうな巨体に似合わぬその速度に、ラコーラは思わず声をあげた。
「ヌッハッハッハ! ユーのパワーはその程度か? オラオラオラオラオラッ!!」
「がは……ッ」
こちらが一枚上手とでも言うように、攻撃を終えたラコーラの脇腹に、サッカーラは数発の拳を叩き込む。
衝撃で吹き飛ばされ、受身も満足に取れず、ラコーラは殴られたそのままの速度で地面に叩きつけられた。
血が、擦りむいた腕に滲み、切れた頬から滴った。
「魔王なんて……オレより強い、存在なんてッ……許さねえぞ、コラァ……!」
言葉の威勢こそ衰えていないが、殴られた腹部はズキズキとひどく痛み、立ち上がることもままならない。骨の一本や二本、折れただろうか。
傷ついた片腕で肘をつき、上半身を持ち上げようとするが、体にはそれ以上力が入らない。
サッカーラはそんなラコーラの前に、ズシンズシンと音を立てて、一歩ずつゆっくり、しかし確実に歩み寄ってくる。
「フン。ユーにそのワードを言う資格はナッシングだ。ミーに逆らったことを、地獄で後悔するのだなァ!」
死ぬかもしれない――そこに恐怖はなく、ただ激しい憎悪を渦巻かせて、ラコーラはサッカーラの顔を睨みつけた。
振り上げられた重い拳に、何処からか放たれた、見覚えのある魔弾が当たるまでは。
「アウチッ!?」
「じゃじゃーんっ! おジャマし魔王だゼっ!!」
「魔王サッカーラ、覚悟!」
開かれたままの扉の前に、邪光波を撃った右手を掲げて高笑いするジンジャーエイルと、傍で高らかに剣を掲げるジャンヌの姿があった。
「おう、ボロッボロにやられてんな。間に合ってよかったゼ!」
「まだ……戦えっぞ……コラ」
「そんなキズで、無茶言いやがる。あとはオレ様に任せて、休んでなっ」
ジンジャーエイルは友のだらりとした体をひきずり、瓦礫の陰に寄りかけてやる。
ラコーラはフンと鼻を鳴らしたが、痛みも疲労も限界だったらしく、そのまま寝息を立て始めた。
素直じゃねーヤツ、と吐き捨てて、ジンジャーエイルはサッカーラの方へ向き直った。
「ユー達、なぜミーのカーニバルをストップする? もっとエンジョイしようではナイール!?」
「うるせエイル! ぬわぁーにがカーニバルをエンジョイだ! 俺様の計画をメチャメチャにしやがって、この金ぴかレンガ野郎!!」
遊び半分といった言い草に、ジンジャーエイルは怒声を飛ばす。
用事があって尋ねた町を壊滅させられて、黙っているほどお人よしではない。
「お前だけは許さない! 監獄に戦士を閉じ込め、ひとの土地やくらしを壊して……そして、それをまるで遊びのように楽しむなど! この無幻勇士ジャンヌが相手だ!」
「デヤッハッハッハッ!! ユーはベリースィートね。ミーのハピネスがちーっともわかってナイル!」
「わかりたくなど……ないッ!」
一方、ジャンヌは騎士として、国に生きる者として、サッカーラに真正面から剣を向ける。
彼女の言うことは全て事実で、サッカーラは魔王であり、快楽主義者であり、その性癖は限りなく社会倫理を裏切るものに近い。
女である前に、勇敢な戦士そのものたる横顔と切っ先は、世のことわりを乱す砂縛の魔王を鋭くとらえていた。
「同胞よ、力を貸して!」
地に描かれた召喚の魔法陣から現れたのは、白い衣を纏って銀の双剣を振るう、一人の戦士だった。
随分背丈が小さいのは、召喚士でもない者の行う召喚ゆえであろう。それでも、ラコーラが傷つき倒れている今、戦力が増えるのは悪いことではない。
「俺はジーク! おっとカワイコちゃん、俺様を呼んでくれるなんてニクいねぇ」
「その『カワイコちゃん』はやめて。真面目に戦って」
「ちぇ、つれないぜ」
ジークと名乗った小柄で金髪の男は、緊張感のない軽口を叩いた後、敵であるサッカーラの方へくるりと体を向けた。
背後に迫っていた拳をひらりとかわし、そのまま高く、軽やかに跳躍する。
「呼ばれたからには、いいトコ見せないとなっ! そらよっ!」
「ノオォッ!」
会心の一撃を、サッカーラの胴体へ叩き込む。性格はともかく、戦いは心得ているらしい。
ジークはくるりととんぼ返りをして、そのままサッカーラから距離を取り、再び武器を構えた。
ジンジャーエイルも負けじと、コブシを数発、サッカーラめがけて叩き込んだ。
「届け、この想い!」
ジャンヌの祈りが、不思議と力を漲らせる。
続けざまに邪光波を当てると、それまで微動だにしなかった巨体が初めて揺らいだ。
「グッ……! このまま何もナッシングで済むと思うな、ユー!」
サッカーラの瞳が、黒いサングラス・アイの奥で怪しく赤く光る。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「へっへーん、当たるかよっ」
「シィット! ちょこまかと!」
繰り出される拳の間をすり抜けて、ジークはつむじ風のように、その場をひらひらと跳び回る。
翻弄されているその隙を、ジンジャーエイルは見逃さなかった。
「へっ、こっちにもいるぜ! 食らエェーイル!」
気を取られているサッカーラの横顔目がけ、突っ込んでゆく。
ちらりと、遠くに寄りかかっているラコーラの姿が見えた。
傷ついて倒れたアイツのぶんまで……ジンジャーエイルは、拳をグッと握り固めた。
「連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打、連打ァ!!」
「ノオォ……! このままでは済まさナイィールッ!!」
右拳にありったけの魔力を込め、隙だらけの胴体に、側面から激しい連打を叩き込む。
ぐらりと揺らいだ金の胴体は、地面に音を立てて倒れる前に、陽炎のように揺れて消えた。
「チクショウっ、逃がした!」
「そんな……倒していない、というのか?」
「たぶん、ワープ用の魔法陣だ。仲間か部下か知らねぇが、余計なことしやがって!」
ひとしきり地団駄を踏んだあと、ジンジャーエイルはやり場のない手を腕組みして、ジャンヌに告げた。
「でも、あれだけ弱りゃ、しばらくは襲ってこねェだろ」
「なぜわかる?」
「何だろ……? 同じ『魔王』だから、かもな」
* * *
力任せに鉄格子をこじ開け、ジンジャーエイルがサッカーラのいなくなった監獄から戦士を解放して回っていると、ジャンヌが来るよう声を掛けてきた。最後の鉄格子を曲げてから向かうと、ジャンヌはサッカーラのいた玄室に、隠し扉を見つけていた。
ちいさな扉をなんとか潜ると、部屋の中央に少し高い台があり、何かのシンボルマークの彫られた平たい石碑が建てられていた。文字の彫刻は月日を経て薄れているが、ジャンヌにはそれが何であるかすぐ判別できた。
「これは祭壇……ということは、ここは古代の人々が使った、遺跡でもあるのか?」
「へぇ~。オマエ、詳しいんだな」
「私は、神の声を聞くことができるからな」
そんな何気ない言葉だったが、ジンジャーエイルにとっては大きな意味を持った。神の声を聞くことができる。それは他ならぬ、ジンジャーエイルが今何より求める『神官』の特徴であった。
「神の? じゃあ、お前があの、神官ってやつか!?」
「神官……では、ない。そもそも、砂縛の国にはもう、神官らしい神官などいない」
「ええーっ!? で、でも、あんなでっかい教会が……それにここに祭壇だって……!」
「はるか昔、ここが毒の沼地だった頃は、アンデッドを祓うための神官がたくさん居た。でも沼地は砂漠になり、暮らす民も生き物たちも変わってしまった。あの聖堂は、その名残に過ぎない」
「じゃ、じゃあ……ラコーラの呪いは……」
真実とは時に残酷だ。若いながらその片鱗を味わって来たジャンヌは、今目の前にいるジンジャーエイルに対しても、何か救いが欲しいと思った。友のためにこのような辺境まで、神官を求めてやってきた者。せめて奇跡は起こせずとも、祈ることなら。彼女の緑の瞳が、天井からわずかにこぼれた光を受けて輝いた。
「……力になれるかわからないが。この祭壇に祈ることはできる」
「ホントか!?」
「私の役目は、神と人をつなぎ、苦しんでいる者を救うこと。人か魔物かではなく、困っている者、苦しんでいる者を、私は助けたい」
途端、ジンジャーエイルは大きな犬のように飛びついてきて、ジャンヌの両手を握りぶんぶんと振ってきた。喜怒哀楽のわかりやすい奴だ。こうまでされれば悪い気のするものでもない。
「任せたゼ、ジャンヌ! ラコーラ助けたら、三人で魔シュマロでも食おうゼッ!」
「ましゅまろ……?」
よくわからない礼の約束をされて一瞬戸惑ったジャンヌだったが、祭壇に向きなおすと総身に緊張が走った。ジンジャーエイルにラコーラをなんとか運んでくるよう伝え、自身は静かに膝をつく。
この、最早いつ作られたかもわからない祭壇が、祭壇としての役目を保っているかどうか。自分が平素のように、神の声を聞くことがかなうかどうか。一生に一度限りの奇跡であれば、今、起きてくれと心より願う。
「神よ。ここに、魂を呪い穢されし者がおります。どうか、どうか私の声をお聞きください……」
一心に祈ると、ラコーラの顔に浮き出た紫の紋様から、もやのようなものが噴き出し渦巻いた。ヒエッ、と言いながら尻もちをつくジンジャーエイルと、はっと顔を上げるジャンヌ。
『魔王が憎い。おお、魔王が憎い』
漂うもやから、こんな声が漏れ出ている。いや、耳から入って聞こえる声というよりは、直接心に響いてくるような、不気味で、おぞましいものだ。自らを奮い立たせるように、ジャンヌは声を介し、その正体をあばく。
「これが、呪いの正体……! 数々の兵士の怨念が集まったもので、皆、魔王に殺されている」
「これじゃ、ラコーラもあんな風になるわけだゼ」
ジャンヌが再び膝をついた。これまで様々の者を導いてきた勇士である彼女に、できることはひとつであった。かれらに必要なのもまた「救い」なのであると。
「戦いは終わった……お前たちは勇敢に、来たるべき平和な未来のため戦ったのだ。その怒り、憎しみ、悲しみはすべて、われらが受け継ぎ、背負い、伝えよう。それらを、平和な希望に変えてゆこう……」
『戦いは、終わった……平和な……希望に……』
語りかけるようなジャンヌの声が届いたのだろう、怨念はラコーラの上を離れ、いつの間にか差し込んできた、祭壇を照らす光の中をのぼってゆく。
幾多の影が光に溶けて見えなくなると、ラコーラの身体には異変が起きていた。
成長したはずの背丈は、昔遊んでいた時と同じほどに小さくなり……憎悪にかられての成長だったのなら、死霊の気が抜けたことで元の姿に戻ったのだろうが……顔や角にあった紫色の線も、綺麗さっぱり消えてなくなった。
意識を取り戻し、身を起こしてこちらを見た目は、過日のラコーラそのものだった。
「……エイル?」
「ラコーラ!」
「オレは……? 死霊に力を貸してもらって……」
ますます小さくなってしまった体を――今だけ、オレ様もちっちゃくなれたら! と切なく思いながら――潰さないように抱きしめる。
ラコーラはまだぼけっと呟いていたが、ジンジャーエイルはこの溝を早く埋めたくて、語りかけるように言葉を繋げた。
「なあラコーラ、オマエもさ、いーーーっぱい、すっげーーー修行して、早くオレ様と一緒に、名のある魔王になろうゼッ!」
「魔王……」
そこまで言ってから思い出したように、ジンジャーエイルがハッとして、ジャンヌの方を見る。
魔王だということは説明こそしたが、細かい事情については喋っていない。また剣を向けられたらどうしようかと、すぐさまうろたえた目になる。
「あ。いや、その、こっこれには深~いワケが……」
「ふふっ。今は、聞かなかったことにしよう。だがもし、砂縛の王国に攻め込んで来た時には、手加減しない。覚悟をするのだな」
ジャンヌはくすりと笑い、あまりにも純真すぎる『魔王』に、柔らかな博愛の眼差しを向けた。
* * *
「……夢でも見てたような気分だぜ……コラ」
怪我が治ったばかりの腕で、角材をひきずりながら、ラコーラが呟く。
隣で大きな材木を仕分けているジンジャーエイルは、その手を一度止めて、背中を丸めているラコーラに声を掛けた。
「そんな顔すんなよ。いつまでも待っててやるから! いつかぜってーオマエも魔王になって、二人で世界に名を残そうゼ!!」
ジンジャーエイルの声は、相変わらずばかでかくて明るいが、工事現場の喧騒がうまいことかき消してくれたのか、咎める者はいなかった。
「魔王、か」
ラコーラが定位置まで来て、精一杯背伸びをし、角材を上の方へ押し上げる。
足場の上の人足が、それを受け取る……蹴りあげて渡せたら早いのだろうが、憎しみの呪いが解けた今のラコーラに、あの脚力を出せというのは無理な話だ。
「で、『魔王』になる奴が、街の建て直しに手を貸すのってどうなんだ、コラ?」
「仕方ねェだろ……ジャンヌと約束しちまったんだよ。それに、ぜーんぶサッカーラのせいだって言っても、何もしなきゃ信じてくれねェし」
ジンジャーエイルは、大聖堂の建て直しが終わるまで、この砂縛の町に留まり、復興を手伝うことにしていた。
「魔王」であるにも関わらず、人の下について石や木を運んでいる姿は、情けなくもある。
しかしラコーラにすれば、呪いに突き動かされていた自分を救ったわけであるから、あまり責め立てられる立場でもない。
「はーぁ。エイルのそういう所、昔っからサッパリ変わってねェぞ、コラ」
「うるせェ~イル!! いいからちゃっちゃと終わらせて、早く次のことやるぜ!! 次の目的地探しとか、オマエの修行とか!」
「……フン」
次の材木を受け取るため、踵を返したちいさな背中。大きな石の塊を運ぶために、それに続く大柄な背中。ふたつの背中はこんなにも差があるが、今やかつてと違って、それぞれが同じ方を向いていた。
++++++++++
というわけで、そういうお話でした。
ラコーラ周りや一部表現に漫画版の設定をちょっと取り入れてますが、そこまで不自然でない具合でなんとかなったかな?が自己評価です。
こういった「書き途中で放り投げてそのまま」の作品、実は結構あるので、また機会があったらお日柄も良く実は新作です!をやりたいです。
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ゲームを遊んだり、絵を描いたり、色々考えるのが好き。このブログは備忘録として使っています。
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