月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆様こんばんは、九曜です。
ようやく重要な話が出そろい、「二人旅編」のまとめを作っていたのですが、その最中とんでもないことが判明しました。2編ほどお話がたりない。
と、いうわけで、今週は足りなかった話のうちのひとつ「二人の天地が返る時」をアーカイブです。この話わりと気に入ってるので、もうとっくにアーカイブしたと思っていたんですが…。
こちら、ジークと零の二人旅編(バビロア旅中)、入れ替わってしまった二人の話です。
若干距離が近いが発生しますが、年齢制限にかかる描写などはありません。ゲストとしてキキカが登場します。
ようやく重要な話が出そろい、「二人旅編」のまとめを作っていたのですが、その最中とんでもないことが判明しました。2編ほどお話がたりない。
と、いうわけで、今週は足りなかった話のうちのひとつ「二人の天地が返る時」をアーカイブです。この話わりと気に入ってるので、もうとっくにアーカイブしたと思っていたんですが…。
こちら、ジークと零の二人旅編(バビロア旅中)、入れ替わってしまった二人の話です。
若干距離が近いが発生しますが、年齢制限にかかる描写などはありません。ゲストとしてキキカが登場します。
二人の天地が返る時
俺は目を開けた。
頭の前の方、額のあたりがジンと痺れて痛い。そういやさっき、零とハデに正面衝突したんだっけ。
慌てて走ってた俺も悪かったけど、零だって曲がり角から急に現れなくたっていいのに。
額を押さえようと手を見て、驚いた。あれ? 珍しく、手袋履くの忘れたかな。
いや、なんか着てる服も違うし、いくら俺様が何でもカンペキにこなすイイ男だからって、早着替えした覚えもないぜ?
「起きたのか、大丈夫か?」
声を掛けられて、そっちを向いて驚いた。
そこには、俺がいた。
* * *
正直な話、今はとても戸惑っている。
宿の見通しも良くない一角で、いきなりジークが柱の陰から飛び出してきたものだから、避けそびれた。忍びとしては無様この上ないが、この際それはどうでも良い。
激しく頭をぶつけた後、意識を取り戻した時には、いつもと違う格好になっていることに気付いた。
何より目の前に、倒れている自分の姿を見とめ、しばらく状況が呑み込めなかった。
目を覚ましたジークに声を掛けると、ひどく驚いていたようだった。
あの時の俺の心境を考えたら、詮ない事だと思う。些細なことでは動じないよう、忍びとして訓練を受けた自分さえ、身なりや声がいつもと違うことに、不安を覚えたぐらいなのだ。
「何だよこれ! ……っ、何だこの声、変な感じ……」
「どうも、体だけが入れ替わってしまったらしいな」
「そんなコトってあるのかよ?」
耳に届くジークの声……いや恐らく『俺』の声は、想像していたものと少し違う。その奇妙な不和に苛まされながらも、俺はさらに悩まねばならなかった。
俺の体を借りたジークと、ジークの体を借りた俺。
さて、一体どうしたものか……。
+ + +
『ぶつかったら中身が入れ替わった』。
とりあえず、状況としてはこういうことらしい。
まあ、世には魔法とかアンデッドとか、奇妙なものはたくさんあるし納得できなくはないけど、いざ自分の身に起きるとやっぱり戸惑う。
「お前さぁ、俺の格好で腕組んで立つのやめろよ、なんか見ててヘンだぜ」
今、目の前にいる『俺』の中身はどうやら、零らしい。
いつものカッコつけた腕組み棒立ちを自分の姿でされると、零ほど服のシルエットが綺麗じゃないせいか、それとも背丈が足りないせいか、いまいち似合っていない。
自分が同じポーズをとったら、こう見えるのか、かっこ悪りいなー。いや、別にやらねーけど。
「お前こそ、俺の格好で、落ち着きなく手を動かさないで欲しいんだが」
零に言われて、持て余してた手を慌てて、後ろへ追いやる。
そうか、零からもそう見えてるんだよな、と考えながら、自由に振る舞えないことをもどかしく思う。
「い、いーだろっ、ここ部屋だし。誰も見てねえよ」
「……ならば、俺も仕草をどうと言われる所以はない」
「あ、そういう……」
先に突っかかったのがこっちだったのを思い出して、俺はしぶしぶ、零の振る舞いを認めることにした。
零も何か思ってるんだろうが、こちらが零の自由を認めたことで、手遊びにもそれ以上は何も言ってこなかった。
相変わらずキマってない腕組み直立ポーズを見ながら、俺はベッドに腰掛けて、この不思議なできごとについて考え直すことにした。
もう一度、頭でぶつかってみるか? と喋ってみたけど、冗談だってわかっているのか、零からの返事は返ってこなかった。
* * *
麻痺や混乱の類とは違い、時間経過ではどうも解決しそうにない。しかし、これといった明らかな手立てもなかった。
「もう一度頭でぶつかってみるか?」などとジークから提案があったが、頭を強打するのは時に生死に関わる。
里で修行中に木から落ち、頭を強打して死んだ者がいたことを考えると、あまり気が進まない。
二人して考え込んでいると、ジークが何かを思い出したように、はっと顔を上げた。
その顔は俺のものであるから、自分にしては表情がわかりやすいことに、少しの違和感もおぼえる。
「そういや、俺の知ってる奴に霊媒師がいるんだけど、そいつに相談してみるか? アイツなら何とかできるかも……」
このジークという男は、とにかく顔が広い。
出身こそ西の大陸だが、特に南のバビロア大陸では、王国近隣に多数の「知った顔」があるようだった。
王宮の騎士団練兵所にも無意味に出入りしており、そこではちょっとした有名人だったらしい。兵士たちに付き添って受けた任務でも、そういえばジークの名を耳にしたような気がする。
「お前の顔の広さには、いつも驚くな」
「当ったり前だろ! キキカって言う、凄腕の降霊術使いでさ。しかもそのコ、黒肌黒髪で目がパッチリの、ナイスバディのおねーさんで……」
珍しくその事については褒めようとしたが、ジークの最後のひと言で、撤回を決める。
その後も嬉々として『霊媒師』の解説を続けるジークに「俺の口から変なことを言わせるな」と耳を引っ張ると、ようやくありがたみのない念仏は止んだ。
代わりに不機嫌な目をして頬をむくれさせ、わざとらしく大袈裟に腕を組み、ジークはつーんとそっぽを向く。
先からころころと代わる表情、しぐさに、俺は驚きすら覚えていた。
この表情の中で、どれほどか、俺自身が他人に見せたものがあるだろう?
普段ジークに茶化される「ロウで固めたような顔しやがって」というのも、これではそう見えるのだろうな、と……少しだけ、身に染みた。
+ + +
昼過ぎ。
霊媒師・キキカが王国の通りに店を出すのは、降霊術のしやすい夕方からだ。
まだたっぷり時間があるせいで、俺は零の体を持て余して、布団の上でゴロゴロと転がっていた。
そこから見える場所に、本を読んでいる俺の体……つまり、零がいる。
本は嫌いだけど、見てるとなかなか頭が良さそうに見えるし、今度ちょっと読んでみようか? なんて考える。
もっとも、活字なんてヤだから、数分読んだら飽きるんだろうな、とも思う。
時間も時間だからか、空腹で動くのが億劫になってきた。体が変わってもハラは減るんだなーと、だるくなりはじめた体をうつ伏せにする。
布団の上で、金持ちが床に敷いてるようなクマの毛皮みたいに、手足を伸ばして寝そべっていると、零が話しかけてきた。
「具合でも悪いか?」
「い、いやー、ハラ減ったなーって……」
「そうか。俺もそろそろ、空腹だと思っていた」
じゃあそう言えよ! と思ったが、元々こいつは自己主張が強くない。しゃーねーな、と小言を漏らして、買い物袋の中を手探りでかき回す。
昼食に零が買ってきてくれていたのは、おにぎりだった。炊いた米に具を包んで丸くして、外にゴマ塩を振っただけの、いかにも零が好みそうな簡素なものだ。
もっとこー、ホットドッグとかハンバーガーとか……と思ったものの、零のいた東の大陸ではこの米が主食らしくて、買い物を零に任せたことをちょっと後悔する。
覆面を下ろす前に、俺は『あること』に気づいて、あっと声をあげた。
「あ……そういや、俺、あっち向いた方がいいのか?」
零は東の大陸の『忍者』と呼ばれる、情報収集や暗殺をつとめる男だ。
だから、素顔は誰にも見せないし、必要以上の話をべらべらとすることもない。
何か食べる時、覆面を下ろした顔は、一緒に旅をしている俺にすら見せてくれなかった。
「その必要はないだろう。ここには鏡がないし、俺が自分の顔を見ても、特に問題もない」
零の言うことには、今は体が逆転してるから、別にいいとのことだった。
よーく考えりゃそうなんだけど、なんかヘンな感じだ。
包みをはがして、おにぎりをぱくつく。中の具は梅の実で、酸味で思わず口元が歪む。
目の前にいる零は俺の体で、無表情ではあるけれど、同じように梅のおにぎりにかぶりついて、口をもぐもぐさせている。
それを眺めて、俺って覆面なくてもじゅうぶん通用する顔じゃね? なんて、自画自賛してみたりする。正直な話、そうでもしてないと、気が触れそうで怖い。
だって普通、鏡もなしに、自分の顔を見ることなんてないんだから。
零は視線を床の当たりにやっていて、こちらに目を合わせて来ようとしない。
俺と同じで気まずいのか、いつもの無愛想なのかは、よくわからなかった。
「夕方まで、ちょっと散歩してくるかな」
完食したら、散歩でもして腹ごなししたい気分になった。
キキカに会えるまで、まだ時間はたっぷりあるし、おにぎりは思ったより量があって腹が苦しい。ちょっと動いておかないと、胃から下がっていかないような気さえする。
「……おなごを引っかけるのだけはやめてくれ。責任が持てぬ」
「わ、わかってるよ。ただの食後の運動だって」
零に釘を刺されて「零の格好で誰かとデート」の野望があっけなく潰える。
でもよく考えると、いつもより女のコの反応が良かったらそれはそれで、ちょっとヘコむだろうから、野望は最初からなかったことにした。
それでも、零の目と小言がなくなれば、少しは自由に振舞える。
体は零でも俺様は俺様、外で変なコトさえしなけりゃ大丈夫、と部屋を出ようとすると、零に思い切りマフラーの襟首を掴まれた。
「待て! そのまま外に出るな!」
「ぐえっ!?」
首が絞まり、思わず声をあげる。
ああ、そういえば、今の俺って見た目は零なんだっけ……と、忘れていた覆面をひょいとつまんで上げる。
ニンジャは窮屈でござる、ニンニン、とか茶化しながら出ようとすると、また首元が絞まった。
「ジーク、待てと言ってるだろう!」
「のおっ!? 今度は何だよ! あとマフラーいきなり引っ張んな!」
「す、すまぬ。しかし覆面が緩すぎだ、もう少ししっかり巻いてくれないか」
おいおい手厳しいな、などと軽口を叩いてみるが……そういえば、きっちりとした覆面のかけ方なんて全然知らない。
普段は砂を食わない程度に、口元が隠れればいいだけだから、顔にぴたりと張り付く覆面にするには、どうしたらいいのかさっぱりだ。
その上、零の覆面はあほみたいに長いマフラーと一体化していて、どこをどのへんに何回巻いたらいいのかすらわからない。
赤いマフラーの片端を持って途方に暮れていると、そのうちに零がぼやいた。
「……しょうがないな」
零は俺をベッドに座らせ、慣れた手つきで俺の口元の覆面をすべて解いた。
自分の顔を見る分には、別に問題もないと思っているんだろうが、正面から顔をまっすぐ見られるのは何となく、恥ずかしい。
零はそこからもう一度、口元と首元に、赤く長い布を器用に巻き直す。
まるで手品でも見ているように、あざやかな手つきで口元が覆われるのをぼけっと見ていると、最後に肩をトンと軽く叩かれた。
「できたぞ」
覆面はきつ過ぎずゆる過ぎず、別段息苦しくもない。
よくもこれを毎日やるもんだ、と……俺はちょっぴり、零を見直した。
くれぐれも女に声をかけるなよ、という零の声をBGMに、ようやく廊下へ飛び出すことを許される。
そう何度も言われなくたって、ちゃーんと俺様の体に戻ってからの方が、女のコだって楽しいに決まってる……そんなコトを考えながら、扉をくぐる。
昼下がりのバビロアの城下街は、いつもより少し目線の高い、新鮮な景色に見えた。
* * *
夕刻を過ぎたあたりに、俺は戻ってきたジークとともに、改めて大通りへと出発した。
口を酸っぱくして言ったおかげか、ジークは俺の体のまま、おなごを引っ掛けるのはやめてくれたようだった。
もっとも、戻ってきてから長時間「いつもと違う散歩の話」をされたのはこたえたが。
「早く戻りてえなあ」
「そうだな」
その乱暴な言葉遣いもやめて欲しいとは思うが、ジークの自由を既にひとつふたつ奪っているからと、自分勝手な要求はぐっと呑み込む。
四辻を曲がり大通りへ出た時、ジークが小声で「いた、アイツだ」と囁いた。
そちらを見ると、なるほど、先にジークが語っていたのと特徴が一致する、一人の女性が居た。
羅紗か何かだろうか、色鮮やかな幾何学模様の描かれた絨毯に座る彼女は、この夕暮れの肌寒さにも関わらず、ずいぶんと露出の多い格好をしている。
夕焼けの赤を浴びてはいるが、肌は俺やジークなどとは比べようもないほど黒く、それでも姿かたちは人間であるらしかった。
たくさんの装身具でごちゃごちゃと身を飾り、派手さ華やかさのある見た目とは裏腹に、彫りの深い目鼻立ちと憂いを秘めた表情、肌よりも黒い墨色の髪が、神秘的な雰囲気を醸し出す。
先客もいなさそうであるし、相談するにはちょうど良い時に来たらしかった。
だが俺とは初対面のはずなので、俺の体であるジークから声をかけるのは、怪しまれるだろう。多少勇気は要るが、ここは俺がジークになり代わるしかない。
おそるおそる、俺は声を掛けた。
「もし、その……キキカど……キキカ」
「あら? ジーク、久しぶりね。……見ないうちに、随分大人びたじゃない?」
隣でジークが照れ照れと頭を掻くが、多分俺の喋り方のせいであって、お前は褒められてないぞ、と目を細める。
「じ、実は、火急の用で。キキカ……の力を借りたいの……だ」
何とかそこまで言うと、キキカはくすくすと笑いながら、布製の衝立を立ててくれた。
靴のままでいいわ、座って、と言われ、そのまま地べたに座る感じで、敷物に腰を下ろす。
靴を脱がないと汚れてしまうだろうに、と思ったが、東の国とは多少風習が違うのだろう。後ろにいたジークも、何も躊躇わず胡坐をかいている。
周囲を覆ってゆく衝立の布は、敷かれているものと同じような絵柄で、やはり色鮮やかだがかなり厚手に見える。
相談事というのが、公にできない可能性も分かっているのだろう。もし里のことで何かあれば、ここへ相談に来るのも悪くないだろうか……などと考えていると、不意にキキカが口を開いた。
「貴方、ジークではないわね?」
いきなり核心を突かれ、ごくりと唾を飲む。
そういえば任務の上で、町人や役人に化けることはよくあったが、さっきのジークのフリはお世辞にも自然とは言い難い。
俺の勉強不足か、と考えながらも、ジークの振舞いは勉強次第でどうにかなりそうにも思えなかった。
「喋り方が変。憑き物でもない限り、そんな懇切丁寧に喋りやしないし、だいたい私のことを『ちゃん』付けで呼んでたわよね?」
「もうバレたのか? キキカちゃんさっすが、鋭いな~」
後ろに居たジークが、あっけらかんと頭の後ろで手を組み、声を出した。衝立もあるし、ばれたなら話は早いと思ったのだろう。
俺はその間で、なぜかいたたまれなくなって、正座したまま肩を竦めた。
「ちょっと、そっちがジークだったの!?」
「だって、黙ってなきゃバレちまうもん」
緊張がほぐれたように片足を立て、行儀の悪い姿勢で手をヒラヒラするジークに、俺は小さくため息を漏らした。
ああ、早く何とかなってくれ……夕暮れ時のせつない空気が、その想いを幾重にも取り巻いて、赤かった空は静かにその色を失っていった。
+ + +
ド派手な模様に囲まれた狭苦しい空間で、立てられたロウソクの光を挟んで、キキカと俺たちは向かい合っていた。
空はもうすっかり暗くて、頭の上には星が輝き始めている。
「紹介が遅れたな……俺は零。どういうわけか、頭を強く打って、ジークと入れ替わってしまった」
「で、キキカちゃんなら何とかできると思って、来てみたんだけど」
零と一緒になってなりゆきを説明すると、キキカは困ったようにアゴに手をやって、考え込むポーズになった。
そりゃそうだ。こんな状況、天地がひっくり返るのと同じぐらいにはあり得ない。実際起こってるわけだから、何とかするしかないんだけど。
「うーん……普通の降霊術はよくやるけど、こういうのは初めてね……いいわ、やれるだけやってみる」
「ホントに? 大丈夫かよ?」
「私を誰だと思ってるの。それに、ちゃんと思いついたこともあるんだから」
思いつきで実験台にされる身にもなって欲しい。けど、自信たっぷりの笑顔が可愛いから許す。
それに、ダメ元……いやいや、希望を持ってここへ来たんだから、何とかしてくれようってだけでもありがたい。
キキカは何やら本を出して、ぶつぶつとしばらく独り言を喋ると、その後こちらに顔を向けた。
「まず、二人の精神を、体から追い出す。それを、正しい体に戻す。これでどう?」
「現実味はありそうだな」
現実ってなんだっけ?と茶化したくなったけど、キキカが熱心にやってくれてることだし、話の腰は折らないでおく。
キキカは「獣降ろし」という、生き物の精神を自分に宿らせる術が得意だ。その応用で、精神を追い出したり体に入れたり、そういったことができるのだという。
修行を積んで「霊媒師」を名乗るキキカにとっちゃ、ビンの中のアメ玉でも移し替えるようなもんかもしれない。
「問題は……ひとつの体にふたつの精神を宿らせるのは、私ぐらいの霊媒師でもない限り、そこそこ危険なの。だから、同時に追い出して同時に戻すのが、いいと思うわ」
今、何気にさらっと自慢しなかったか? いや、そんなコト言ってる場合でもねえか。
同時に追い出して同時に戻す。一体何が起きるかわからないが、乗りかけた船、キキカの指示に従うことに決める。
「いい? 目を閉じて集中して。自分の体に戻ること、いつもの体で動くことを考えて。想いが体を引き寄せるわ……ジーク! 手遊びしないッ!」
指摘されて「糸巻き」の要領でくるくるしてた親指を、慌てて引っ込める。
何やら詠唱が始まった。覆面の内側であくびを噛み殺したり、薄目を開けて零の方を見てたり、とにかく落ち着いてられなくて、何が起こるのかわくわくする気持ちでいっぱいになる。
そのうち、首の後ろにボールでも当たるような、ドツンと重い衝撃が加わって、思わず開けた目の前の景色が白に黒に、めちゃくちゃな色で点滅を始めた。
「ま、まずいことになったわ……!」
キキカの声が、遠のく。
正直な話、それからは、すげー不思議な感じがした。
いくら言われても、慣れてない精神集中なんて到底ムリ。俺様としてはカッコ悪いことこの上ないが、この際それはどうでもいい。
頭を引っ張られるような感覚の後、気がついた時には……俺の目線はさっぱり変わっていなかった。失敗かよ!
でも、ひとつだけ変わったことがあった。俺の意志とは無関係に、体が動いたり喋ったりしている。
何だこりゃ、と呟くと、その動きがぴたりと止んだ。
体の動きはともかく、喋る声はぼんやりとしか聞こえなくて、まるで水の中にでもいるようだ。
ただ、体の自由が一切きかなくなっていて、動かそうと意識してもピクリとも動く感じがしない。
あれ?これって俺の体なのか?違うよな?なんて考えていると、突然視界が真っ暗闇になった。
何も見えない、動けない。誰か、誰でもいい、キキカ……零!
そう叫びたい声はどこからも出ないし、伸ばしたい手はどこにもない。
今の俺には、何もできない、わからない。目を開けているか、閉じているのかすらも。
* * *
俺は目を開けた。
こめかみのあたりが痛む。そういえば、キキカに手伝ってもらって、ジークと入れ替わってしまった体を、元に戻そうとしていたはずだ……。
「起きたわね。大丈夫?」
声を掛けられて、そちらを向いて驚いた。
そこには心配そうな顔のキキカと、倒れてピクリとも動かぬジークがいた。
「話は後よ、急いで。早くしないと、大変なことになるわ」
状況を把握したいと言いかけた俺に、先にキキカが声を被せる。
一刻一秒を争う事態だということがわかり、俺はその問いをひとまず呑み込んだ。
キキカは俺にもう一度座禅を組むよう言い、杖を頭上に掲げた。
「もう一度やってみる。あなたはジークを助けて」
「助けるとは……?」
時間がないのを承知で、しかし失敗も許されないという雰囲気から、それだけを短く尋ねる。
「とにかく景色が変わるまで、瞑想すればいいわ。その後は灰色の場所につくから、どっちでもいい、ジークを連れて、世界が色づく場所まで走って」
与えられる言葉をひとつひとつ咀嚼している暇はない。
ジークを連れて走る、それだけを口の中で反芻する。
「さあ、目を閉じて」
始まったキキカの詠唱は、まるで闇の中へ溶けるように、にわかに遠のく。
+ + +
俺はどうしてここにいるんだろう。
さっきまでの暗闇は、気が付いたらなくなっていて、ぼやけた景色も勝手に動く体も、水中で聞くような声もない。
普段通り、白い衣と鎖帷子を着た体が自由に動かせて、馴染んだ声も出せる代わりに、そこには誰もいなかった。
一面の枯れた白い砂漠、灰色の空。
その中に立つ俺はこんなにもちっぽけで、色のない風景に溶けて消えてしまいたくなる。
うずくまって、うなだれて、目を閉じようとした時だった。
「……ク、ジーク!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
それがその時は、大きな意味を持った。風化しかけてた俺の気持ちが、ハッキリと引き戻されたからだ。
声の主は、零だった。
「零? どうしたんだよ、そんな慌て……」
「いいから来いッ」
マントの端を掴まれ、ぐいと引かれる。
首が絞まり、零の体でいた時、マフラーを引っ張られたことを思い出す。
「ぐえっ! く、苦し……マント引っ張るなってば!」
「なら手を貸せ、走るぞ!」
「な、なんだよ急に……」
わけがわからないが、なんだか零は急いでいるようで、こちらに手を差し出してきた。
しょうがないのでその手を掴んで、零に連れられ、走り出す。
目の前の零と俺の体は普通の色だけど、俺たちの周りには色がなくって、石像みたいな景色が続いた。
山も川も、森も建物もみんな灰色で、その濃淡だけでしかものを判別できない。
「すげーっ、こんな景色見たこと……」
「感心してる場合か、行くぞ!」
途中、見たこともないような箱型の建物に出くわして、驚いたが眺める暇もない。
零の走る速さについていけないと、腕だけ引っ張られて転ぶものだから、いろんなものがすぐ後方にすっ飛んでいってしまう。
どこに向かうのか、何度か尋ねたけど、零は口をつぐんだままだった。
木々のアーチをくぐると、それまで灰色だった景色に、鮮やかな色が満ちた。
光の溢れる森の広場。澄んだ小川のせせらぎ。一面の菜の花の絨毯と、その奥でピンクに咲き乱れるツツジ。
この景色を、俺は見たことがある。
「これって……あの場所……?」
ここ昔、お前と来たよな、とか何とか言おうとして隣を見ると、さっきまでいたはずの零の姿はなかった。
「あれ? 零!? お、おい、どこ行ったんだよ!!」
掴んでいたはずの右手はもう離れてしまっていて、残り香すらそこにはない。
この景色のどこかに零がいるのかもと、菜の花をかき分けて進む。
足元の見えないところにあった石に蹴つまずいて、派手に川の中へ突っ込む。濡れたような感覚はあるが、冷たくはない。
「零ッ!」
「ジーク!」
ほとんど泣きそうになりながら叫んだのと、起き上がった目の前に零の顔が現れたのは、同時だった。
「あ、あれっ? 俺……体戻ってら」
「良かった、成功したわね」
ほっとしたような顔の零と、笑顔のキキカを見て、ようやく過去の記憶が蘇ってくる。
何が起きたかサッパリわからないが、体については「何とかなった」ようだ。
俺はすっかり気が抜けてしまって、いつもの白い覆面の内側で、ふーっと長く息を吐き出した。
* * *
「『精神交換』の料金、私の失敗もあったし、格安にしておくわね。5000Gでいいかしら?」
「か、金とるのかよ!? しかも全然安くねーし!」
「こっちだって仕事なの。何ならツケでもいいけど、きっちり払ってもらうわよ」
小休止の後、キキカにそう言われて、ジークがらしくもなく肩をすぼめる。
見かけは美人だが、このキキカ、なかなかしっかりしているおなごらしい。
ジークも彼女ぐらいのしっかり者を嫁に娶れば、普段の破天荒ぶりも多少はましになるだろうに……そこまで思案したところで、別段それを俺が考える必要はなかったと気づいて、苦笑する。
困ったように頭を掻いているジークに、財布が一緒なのだから俺も半額出すと告げると、その表情が一転、たちまち目を丸くされた。
「え。お前、そーゆー気遣いできたの?」
「要らぬというなら出さぬが」
「いっいや! 半額だけでもありがたいです! 零大明神様!」
茶化すような言い回しだが、半分ぐらいは本物の謝意だろう。膝を折って頭を垂れ、こちらに手を合わすジークに、銭入れの紐を緩める。
つかみどころがなくて、お世辞にも信頼に値すると言える性格ではないのに、なぜだか憎めない。
それがこの男なんだと、俺はここでようやく、理解するに至った。
星のまたたく帰り道。あちこちに灯されたランプの明かり、まばらな人影、売り子の声。
財布をすっかり軽くした俺とジークは、雨風をしのげる程度の布を買うため、まだ賑わっている大通りの市場へと繰り出した。
++++++++++
というわけで、こんなお話です。
ジーク視点と零視点がめまぐるしく変わりながら、話が進んでいくのですが、これのジーク側を書くのが正直ものすごく大変でした。言葉遣いとか表現のレベルを合わせるのが大変なんです…。
ちなみに、話の途中で出てきた「あの場所」は、秘密の庭で登場した場所で、ジークと零双方の記憶が重なる(そのためどちらの意識にも色をもって存在している)場所として設定されています。
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ゲームを遊んだり、絵を描いたり、色々考えるのが好き。このブログは備忘録として使っています。
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