月ノ下、風ノ調 - オレカ二次創作『青い花』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆様こんばんは、九曜です。

『二人旅編』のまとめが予想以上の物量になってしまったので、今回は別のアーカイブなんですけど、すっかり季節外れの怖い話です。
いちおうちゃんとまとめているつもりですが、怖い話自体が嫌いな人はご注意ください。

場所はメソタニア王国。覇将ネルガルと参謀エンリルによる「とあるおまじない」をきっかけとした、怪異のお話となっています。





青い花


最近、なんとなく寝つきが悪い。
そのことを配下のエンリルに相談すると、何とも奇妙な「処方箋」を寄越された。

「紙……何でもいいですが、なるべく白色の強いものに、コウ、三角形を二つ重ねる感じで六芒星を書いてください。その中央に『青い花』と書いて折り畳んで、寝る前に右手に握ってください」

どうもそれは、験担ぎのまじないのようなものらしい。
もっとも、寝つきを良くする特効薬などあるわけもなく、メソタニアの先行きに不安はあれど、それは自分一人でどうにかできるものでもなかった。
明らかな気休め、というのが逆にありがたく、その晩さっそく、まじないを試すことにした。

中央の文字は、なるべく赤いもので書く方が良い、という。
そんなことを言いつつ貸してくれた、執務に使う朱書き用のインクを、羽ペンに含める。
赤い色で青い花、などというのもまた妙な気がしたが、エンリルの指示通りのものが無事できあがった。
寝支度をして布団に潜り込み、件の紙は四つに畳んで、右手にしっかりと握り締めた。

*  *  *

次に目を覚ましたのは、まだ夜も明けきらぬうちだった。
確かに寝入りは良かったが、夜中に目覚めてしまっては、また日中あくびの嵐に見舞われることになろう。
そんなことを考えていた矢先、右の手首を誰かに掴まれた。

(何奴ッ!?)

叫んだはずなのに、なぜか声が出ていない。
開いた口からはヒューヒューという息ばかりが漏れ、何の言葉にもならなかった。
腕を掴んだ何者かは、まるで人とは思えない力で、こちらの体をベッドから引きずり落とそうとしている。
抵抗もむなしく、ベッドからどすんと落ちたところで、世界がいきなり明るく白んだ。

右手首にはやはり、掴んで引かれたような痣があるが、部屋には誰もいない。
そこはいつもの自室で、窓からは朝の陽射しが静かに降り注いでいる。
おおかた、寝ぼけて自分の手首を掴んで痣を作り、その上ベッドから落ちたのだろう。
さんざんな目に遭ったと、右の掌を開く……握っていたはずの紙がない。

「馬鹿な……? 確かにさっきまで……」

ベッドの下を覗き込むが、少しの埃が溜まっているだけで、何も落ちていない。
慌ててシーツを剥がしてみても、やはりあの紙は見つからなかった。
しばらく茫然と、空っぽの掌を見つめていたが、忘れた頃に出てくるだろう、と思い直す。

ひとまず、少し水でも飲んで落ち着こうと、自室を出ることに決める。
平時の鎧に着替え直し、部屋の扉をくぐった所で、異変に気付いた。

(……奇妙だ。静かすぎる)

差し込む陽光の高さからしても、決して早朝ではないはずだ。
それなのに、王宮は静まり返り、ネルガルひとりの足音だけがカツーン、と廊下に遠く響く。
演練をする兵の声も、朝食の支度が行われる給仕室のあわただしい音も、鳥のさえずり一つさえ、無い。
広い王宮の廊下に、一人だけぽつんと取り残される感覚に、たちまち恐怖がこみ上げた。

(ここは、自分の知っているメソタニア王宮ではない!)

そう直感し、とにかく出口を目指す。
幸い、王宮の造りは記憶そのままで、正面の門までは何ら奇妙な体験もせず、辿り着くことができた。
だが、ひとつだけ誤算があった。
王宮の門は、兵士が数人がかりで開け閉めするほど重く、朝決まった時間に開門し、夜また決まった時間に閉門する。
誰もいない王宮の正面玄関は、果たして閉じたままであった。
閂代わりの長い丸太は、自分一人でも何とか横に動いたが、重い扉はいくら押せども、まったく開く気配がない。
さらに押しかけていて気付いたが、万一門が開いたとしても、そこから先の跳ね橋は上がったままだろう。

正面からの脱出は諦め、他の道はないかと思案する……窮した時ほど、良い知恵が出てくることもあるものだ。
王宮の西廊下のつきあたり、客間のすぐ傍に、裏庭への扉があったことを思い出す。
そちらへ足を向けると、客間のある方と逆側の廊下、つまり東廊下の遠くから、自分とは別の足音がした。

(誰かいるのか?)

この心細い状況に終止符を打ちたくて、知っている顔に会いたくて振り向いたが、期待は裏切られた。
何か真っ黒い……言うなれば、地面に落ちた「影」のようなものが、まるで生きて歩く人間のように、こちらへ向かってくる。
顔色などすっかり失せてしまって、慌てて鎧を鳴らしながら走り出すと、背後の足音もそれを追うように早くなった。
黒一色で何を着ているともわからないが、その影の鳴らす足音は自分の靴音にずいぶん似ていて、わずかな歩調のずれだけが、自分ではない別の何かである、と告げている。
何も確信はないが、それに掴まってはいけないと、普段は鈍い第六感が激しく警鐘を鳴らした。
重い鎧を着、元来より足もあまり速くない我が身を、これほど呪ったことはなかろう。

裏庭への扉が近づくよりも早く、背後の足音は次第に距離を詰めてくる。
やがて背中にぴたりとつかれる程、距離が縮まると、その黒い何かは息も切らさず、すぐ耳元で何かをぶつぶつと呟いていた。

「青い花は好きか。アオイハナはスキか。アオイハナハスキカ」

呟く声がだんだん、この世のものと思えぬほどかん高くなってゆくのを聞いて――全力で走っているはずなのに、総身が冷え身震いする。
ようやく扉の取っ手を左手で掴んだ瞬間、右手首が掴まれ、後ろへぐいと引かれる感覚がした。
ベッドで味わった時と同じ、ものすごい力だったが、引きずり込まれるわけにはゆかない。

「くっ……開けっ……開けえええッ!!」

木の床が鳴るほど両足で踏ん張り、左手でドアを押し開こうとする。
その時だった。

「覇将様!?」

ドアの向こうから呼ぶ声がした。
此方は正体不明の恐ろしいものではない……エンリルの声だ!
そうと分かった途端、不思議と力が湧いてきて、左手で思い切りドアを開け放った。
右手を掴む何かを乱暴に振り払って、転がるように外に出る――。

*  *  *

「覇将様! 覇将さまっ!」

もう一度目を開けたと同時に、頬に鈍い勢いの平手打ちが飛んできて、急激に覚醒する。
頭は硬い床に当たっていて、そこは自室で、鎧など着ていない寝間着の自分は転がっていて……見上げると逆光の影が落ちた、エンリルの白い顔があった。

「は、覇将様! ご無事でしたか」
「エン……リル……? なぜ、ここに」
「なかなか起きないと思って来てみれば、ベッドから落ちて魘されていたものですから……」

目を擦りながら身を起こすと、エンリルがいる以外、普段通りの朝であった。
悪い夢でも見ていたように、ひどく寝汗をかいていて、拭うと手の甲が冷たく濡れた。
ほっとしたのもつかの間、ふと右手を見て、思い出したことがあった。
あの紙が、ない。
ベッドの下を見てみたが、やはり埃が薄く積もっているぐらいで、シーツをめくってもやはり、どこにも見つからなかった。
まだ、続いているのだろうか……不安に思っていると、背後からエンリルの声がした。

「探しものは、これですか?」

広げられたエンリルの右手にあったものは、まさしく「あの紙」だった。

「覇将様、これを握って呻いておられたので、もしやと思って私が取り上げたのですよ。どうも人により、悪いまじないにもなりうるもののようですね」

寝つきをよくするはずのまじないは、自分に合わぬものであったらしい。
事実、あんな恐怖を味わったわけであるし、エンリルが提言してきたのもあり、紙は処分してもらうことにした。

部屋を去ったエンリルを見送り、二度とこのまじないはするまい、と心に決める。
窓の向こうにのぼる朝日、輝くような金色に染まる空の美しさに見とれながら、着替えの鎧に手を伸ばした。



++++++++++
こちらが覇将視点の『青い花』のお話となります。
このおまじない、インターネット上で普段怖い話を探し回っている人なら、聞いたことがあるかもしれません。そちらをベースに作られていますが、特に関連性はないですし、これを読んだからって何か起きるものでもないのでご安心ください。何か起きてたら作者の私が一番危ない。

で、これが覇将視点ということで、参謀視点の話もあります。
そちらはこの話のネタバラシと、ちょっとした恐怖要素の追加があるのですが、それはまた次回にでも…。

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