月ノ下、風ノ調 - オレカ二次創作『Love Potion』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。

アーカイブしわすれ第二弾なんですけど、この話ちょっと、というか結構タイトルからお察しの通りのなんらか(ジーク×零表現)が含まれます。
が、この作品にはもうひとつ特徴があり、なんと途中で分岐します。
先の要素が苦手な方は分岐の上、どんとこいの方は分岐の下へ進むと良いでしょう。というかここでネタバレせずとも分岐の内容で薄々先の展開が読めると思います。

本文は追記よりどうぞ。
いつも通りあとがきは一番下に入れてありますので、分岐の上を読み終えた方は、そのまま読み進めずにスクロールバーで一気に下まで飛んでしまうと良いと思われます。






Love Potion


毎度あり、という店主の声をBGMに、軽い足取りで店を飛び出す。
白いマントがひらりとはためき、覆面で隠れた口元こそ見えないが、その目は「しめしめ」と言いたげな悪戯心に満ちている。

ルビー色の液体が入った小瓶を握りしめ、今夜の宿に向かっているこの男は、名を風のジークと云う。
風の、という肩書に違わず自由奔放な性格で、口を開けば飛び出す言葉には重さが感じられない。常に飄々としていて、自分を束縛するモノは嫌いと断言する、根っからの自由人だ。
そんなジークの趣味のひとつが「カワイコちゃんを口説き落とす」ことであり、そのためのアプローチを様々に試すこともまた一興とあらば、小瓶の中身は想像に易いだろう。

惚れ薬、である。

ひと瓶を飲み物に混ぜて勧めれば、口にした相手はたちどころに目の前の相手を好きになるという、古典的ながら魅力のひと品であった。
ドラゴンの討伐依頼を順調にこなせており、最近羽振りが良いのをいいことに、決して安くはない、そして効果も定かとは知れないそれを買うに至ったわけだ。
とにかくジークの脳内は今、これをどうやって使ったものか、その空想で目いっぱいだった。

喫茶店に誘い、相手が席を外した隙に、瓶の中身をカップへ落とす……
飲み物がセルフサービスの店で、相手の分も持っていくと紳士に見せつつ、薬を混ぜる……
夜のバーで見つけたお嬢さんに「あちらのお客様から」という、小洒落た演出をしてみる……

思い描きすぎて、露天商の出していた台に足をつっかけて転んだが、右手の小瓶が割れずに済んだとわかれば、痛みなんか感じなかった。
砂を払い、立ち上がる体は活力に満ちている。
この秘薬を飲ませた後に、一体何が起こるのだろうと考えると、ワクワクが止まらない。

蕩けた目になり、こちらを悩殺してくるのか――
いきなりもたれ掛かってきて、柔らかさにドキッとしたり――
具合が悪いと言い出したら、今夜は一緒に泊まってあげるよと――

今度は曲がり角で、急ぎ足の騎士とぶつかって尻餅をつくが、やはり右手の小瓶はしっかと放さずにいたため、事なきを得る。
危なっかしい、気を付けるのだぞ、と声を掛けられたが、恐らくジークの耳には届いていないだろう。
思わずスキップしたくなるのを押しとどめながら、それでも軽やかな歩調で、ジークは宿を目指した。

*  *  *

「さぁて、と」

机の上には、惚れ薬がひと瓶。
少量ゆえに使えるのは一度だけで、失敗したら大損だが、それについてはさほど深刻に考えて買わなかった。
しかし、改めてそれを目の前にすると、ひとつの疑問が湧いた。

(誰に使おう?)

歩きながら考えた通り、ジークには「特定の、意中の相手」というものが存在しない。つまり誰に使ってもいいのだが、選択肢が多すぎて逆に悩んでしまう。
清楚そうなお嬢サマか? キャピキャピはしゃぐ女のコか? それとも、色気のあるオトナなお姉さんにしようか?
小瓶を前に腕組みしていると、ドアの開く音がした。ジークは慌てて小瓶をひっ掴み、腰に提げた皮袋に押し込む。

「もう来てたのか。街歩きは飽きたのか?」

入ってきたのは、青の忍び装束に赤い覆面マフラーを巻き、背中に愛刀の備前長船を差した男。
風魔の忍び、零だ。

ジークと零は、かれこれ数十日、連れ添って旅をしている。
二人は同郷でもなければ血縁でもない。目的地が西にある、というほとんどそれだけの理由で、ジークが零に半ば強引に同行を申し出、零が断らなかったというだけだ。
自由が身上で思いつきの言動も多いジークと、真面目に忍びとしての任務を全うしようとする零は、まったく異質な存在でありながら、不思議とそれで調和していた。

「ま、まぁな。ちょっと休憩、ってトコ」
「……」
「何だよ? そんな顔して」

ジークの問いを受けて、腕組みの姿勢で目を細めたまま、零は言葉を続ける。

「珍しいな、いつもならおなごを連れて喫茶店というところを、と」
「い、いいじゃねーか、たまには! 俺様だって、一人で休みたい時ぐらい……!」

そう思われるのは構わないが、改めて指摘されると、なんだか恥ずかしい。
鉄面皮の零とは対照的に、身振り手振りも大きく、ジークは撥ね付ける。

「俺はもう少し用事がある。夕飯の刻までには戻る」

零はやはり眉ひとつ動かさず、ぶんぶんと腕を振るジークを静かに一瞥していたが、やがてそう言いくるりと踵を返した。
去って行った青い忍び装束の背中を見送って、ドアが閉まってから覆面の内で、この仏頂面め、寝顔のまま固まったような顔しやがって、などと悪態をつく。
部屋に静けさが戻り、ようやく落ち着いたジークの思考に、ひとつの妙案が浮かび上がった。

(この薬。アイツに使っても、楽しそうだな?)

皮袋から取り出した小瓶の中で、とぷりと波立つルビー色。
何も、惚れ薬が効くのは女だけと決まったわけではない。試してみる価値がないとは思わないが、行きずりの男では面白味に欠ける。
馬鹿真面目で仏頂面で無愛想で無口の、零だからこそ、だ。

忍びである零には、浮いた話などまとわりつかない。
本人が興味も持たなさそうな性格なのと、色恋沙汰よりも任務が優先されるためであろう。

そんな零が、例え薬による錯覚だとしても、誰かを「好き」になったなら――?

興味はある。普段はポーカーフェイスの零が、薬の力に逆らえなくなった時にどうなるのか。
これまで二人で旅をしてきて、寝食をともにしていながら、覆面の下の素顔を見たこともなければ、喜怒哀楽もそこまで読み取れたことがない。
そんな零の、見たことがない一面を曝け出す可能性というのには、ある種の魅力すら感じた。

頭を掻きむしったところで、小瓶が答えを示してくれるわけもない。
悩んだ末、ようやくジークは結論を出した。

「よし、決めた。この薬を――」


1.街に出て、誰かに使おう

2.零に使おう


*  *  *


1.街に出て、誰かに使おう

「――街に出て、誰かに使おう」

いくら冗談だとしても、零にこの薬を使ったら、今後の道中に暗雲が垂れ込めそうな気がした。それに零は忍びであるから、味や匂いで感づかれるかもしれない。
やはり当初の目的通り、街中で見かけた女性相手に、ぽっと使ってしまうのが吉だろう、と考える。

作戦は、細かく考えないことにした。
誰に使うかも、気になる女性がいたら試してみる、ということで決めた。
相手は一時のものであり、失敗したとて旅の恥、潔くその場を捨ててしまえば良い。
ジークはそんな軽い気持ちで「あくまでもこれは遊び」と割り切って、部屋を後にした。
液体の入った小瓶は、腰の皮袋に再びしまわれた。

*  *  *

通りかかる美人に片っ端から声を掛け、何度か「ごめんなさい」を食らいながらも、ジークは何度か女性をお茶に誘うことができた。
いくつもの会話を交えながら、チャンスは何度も何度も訪れた。

結論から言ってしまうと、ジークはあの惚れ薬を、使うことができなかったのだ。

薬の存在を、はなから忘れていたわけではない。そこに、薬の介入する余地が生まれなかったのである。
不穏な空気を肌で感じたとしても、意地になって薬で何とかするのはみっともない。
いい雰囲気なら、薬を使うことなく、何かが訪れるかもしれない。
あくまでも自力で、純粋に駆け引きを楽しみたい……そんな気持ちが、薬の魔力を試したいという好奇心に勝り、小瓶はとうとう日の目を見ることがなかった。

そのうちとっぷりと日も暮れたが、本日の収穫は「ナシ」。
薬には頼らなかったわけだし、と自分に言い聞かせても、やはり少しは落ち込むものだ。
仕方ない、宿に戻ったら、今日のフラレた顛末を笑い話にでもするか……そう考え直す。
自分自身の切り替えの早さを、これほどありがたく感じるのも、久しぶりだ。

宿に向かう道中、思い出したように、ジークは小瓶を取り出そうとした。
せっかくだから宿に行くまでの間、もし女性から声がかかったら、そこで試してみようという悪戯心が湧いたのだ。
だが、袋の中を手探りしても、あの独特なはずの瓶の形はさっぱり見つからない。
しばらく探した後、皮袋にいつからか開いていた穴を、自分の中指が突き通る感覚があった。

「あーっ!?」

どうやら、袋に穴が開いていて、どこかで落としてしまったらしい。
小瓶は細く長い形だったので、指回りほどの小さな穴とはいえ、するりと抜け落ちるには充分だったようだ。
結局使わなかったとはいえ、あまりにも高い勉強代。しかし、失くしてしまったのだから仕方ないと、ジークは苦笑いする。

見上げた月は痩せかけの半月で、帰路を静かに白く照らしていた。

*  *  *

「零ー? 帰ってないのか?」

宿の部屋に到着し、扉を開けると既に部屋は真っ暗だった。
まだ夕飯時からもそれほど経っていないはずなのにと、不審に思ったジークが声を掛ける。

「あ、あぁ、ジークか……」

不在ではなかったらしい。答える声は、ベッドの方から聞こえた。
ジークが部屋の明かりをつけると、零は既に、寝間着に覆面といういでたちで布団に入っていた。

「零、どうしたんだよ。まだこんな時間だぜ?」
「いや……何故だか、熱が出たようでな……風邪でもひいたようだ」

珍しくばつが悪そうな顔で、目を細めて息をつく姿は、なんだかつらそうだ。
忍者のクセに風邪ひくなんて、などと茶化す言葉を口に出すのはやめ、土産話もまた今度と自分に釘を刺す。

「大丈夫か? 晩メシ、ちゃんと食ったんだろうな?」
「……ああ」

ぽんぽんと額を軽く叩いてみるが、零は振り払うための手すら布団から出さない。
手袋を外しもう一度触ってみると、心なしか、少し熱い気がする。これでは、参っているのも納得ができた。
廊下にある洗面台でタオルを濡らし、冷たいそれを絞って頭に乗せてやる。
覆面の奥から、少しくぐもった「すまぬ」という感謝の声が聞こえた。

先ほどより幾分か涼しげな顔で、すやすやと寝息を立てはじめた零を横目に、買ってきたサンドイッチをぱく付く。
もし今日、薬を使うために遊び歩いていたら、どうなっていただろう?
零の異変に気付かず、後悔したかもしれないし、こうした時間を過ごすこともなかったかもしれない。
もちろん、零が具合を悪くしたのも、惚れ薬を失くしたのも、同時に起きた偶然に過ぎない。
でも今なら、ジークはこう思えた。

――惚れ薬にいちばん振り回されたのは、俺の方だったのかもな。

タオルの上から零の頭に手を置き、ジークは考える。
惚れ薬なんかより大事なものは、きっとこの旅の中にあるのだろう、と。


+++++++++

2.零に使おう

「――零に使おう」

その選択肢を認めた瞬間、ジークの精神はこれまでになく昂ぶった。

忍びの零に薬を盛るのだから、感づかれないようにうまくやらなければならない。
うっかり一線を越えてしまったら、その後が怖い。
何より、二人旅がここで終わってしまうかもしれない――。

そんないくつもの不安を抱えたジークを襲ったのは単純な恐怖ではなく、この駆け引きを最大限に楽しんでやろうという、スリリングな快感であった。
そもそもジークの女好きというのも、男から見て女に魅力を感じるという本能的なもので、男だから絶対嫌だというわけでもない。
良いものは性別を問わず良い、と考えるジークだからこそ、惚れ薬を零に使うという思いつきもしただけで。
背中を這い上がるようなゾクゾクした心地に酔いながら、零のいないうちに作戦を練ることにした。

感づかれないようにするには、味の濃いものに混ぜ込んでしまうに限る。何かないかと皮袋を探ると、今朝がた露店で衝動買いしたコーヒー豆の袋が見つかった。
東の国にコーヒーがある話は聞かないから、これなら誤魔化せるかもしれない。
しかし問題は、惚れ薬の味だ。変に酸味があったりすれば、コーヒーとは相性が悪い。

小瓶にはまった栓をゆっくり引くと、軽い手ごたえとともに抜ける。
開いた瓶の口を鼻元に持っていくと、覆面越しにかすかな甘い香りがした。
なんとなく甘味がありそうだし、コーヒーに入れても大丈夫だと決めつける。

豆を粉にしてもらうため、ジークは一旦外に出て、店を探すことにした。
小瓶を皮袋に戻そうとして、袋に小さな穴が開いていることに気付き、仕方がないので懐にそれをしまい込む。
ついでに皮袋も新調するか、と呟く声が、宙でシャボン玉のように弾けて消えた。

*  *  *

ドアを静かに開く音、部屋内をそっと覗く緑の目。
その先には何の気配もない。幸い、零はまだ帰ってきていないようだと、ジークはほっと胸を撫で下ろした。

今のうちに、やれる事をやっておかねば。
宿のカウンターから借りてきた、コーヒーを淹れるための器具一式と、お湯の入ったケトルを机の上に置く。
貸出料の2Gは割高だが「作戦」のためであるからしょうがない。

カップの片方に、小瓶の中の赤い液体を移し、埃が入らないようソーサーで蓋をする。
もう片方のカップは、何も入れずソーサーだけ被せておく。
あとは零が来たら、なるべく自然な流れで、コーヒーをご馳走するだけだ。
零を座らせておいて、コーヒーを注ぐ時に立ってカップを持てば、カップの中が零からは死角になる。
味で気付かれたら、その時はその時だ。なるべく零より後に口を付け、自分も変な味だったと言って、悪いものを引いたと誤魔化してしまえばよい。

新調した皮袋に空の小瓶を押し込み、代わりに粉になったコーヒー入りの小袋を取り出していると、部屋のドアが開いた。
びっくりして少し肩が跳ねたが、気取られてはまずい。少し深めの息をついて、なるべく自然に振り向く。

「ジーク、いたのか」
「お、おう、おかえり。ちょうど良かった、いいモン買ってきたぜ」
「いい物?」

訝しがる零の目の前で、右手の小袋をしゃかしゃかと振って見せる。

「これコーヒーっていうんだけど、結構美味い飲み物でさ。ま、とりあえず座れよ。今作ってやるから」
「……? お前がご馳走してくれるということか?」
「だああっ、そういうことだよ! いちいち言わなきゃ分からねーのか!?」

他人から理由もなく、何かを奢ってもらう経験が乏しいのだろう。腑に落ちない顔をしている零をよそに、ジークは器具を使って手早くコーヒーを淹れはじめる。
コーヒーポットに赤褐色の液が静かに溜まり、部屋には香ばしい匂いが広がった。

「器用なものだな」
「まあね。西の方じゃ、みんなよく飲んでるよ」

素知らぬフリをしながら、カップを左手に取りソーサーを避ける。零の目線はずっと低い方にあるから、大丈夫だろう……そう言い聞かせ、右手に持ったポットを傾ける。
コーヒーの濃い色が薬の赤をすっかり飲み込み、見た目は普通のコーヒーと遜色なくなった。第一関門は突破だ。
自分用にただのコーヒーも注いで、取り間違えないよう、零の分とは離れた所に置く。うっかり飲んでしまったら笑いごとで済まない気がした。

「頂くとしよう」

零がカップを手に取り、後ろを向く。
忍びは他人に顔を見せてはならないものらしいから仕方ないが、ただでさえ冷や冷やしているのに隠されると、余計に緊張してしまう。
黒髪の後頭部がゆっくり後方に傾ぐ。自分のカップに口をつけるのも忘れ、固唾を飲んでそれを見守る。

「う……?」

半分ほどコーヒーの残ったカップが、零の手から机の上に置かれた。
まずい、バレたか? と内心焦るも、ここでボロを出すのはまだ早いと思い、ジークは零に歩み寄る。

「ど、どうした? 口に合わなかったか?」

白々しいことを、と少しは自省しつつも、零の状態が気になることに変わりはない。
これ以上飲む気になれないのか、零は既に覆面を上げて口元を隠していたが、目元の頬に心なしか、赤みが差しているようにも見えた。
瞼の落ちかけた目から、普段の射抜くような視線は感じない。一応、薬の効果は出ているのだろう。

「いや……随分と甘くて、少し驚いただけだ……」
「あっ、ああ。これ、苦いのも多いからさ、とびきり甘いの用意してみたんだけど」
「それにしたって、これでは胸が焼けるぞ……西の国の者たちは、胃袋が強いのだな……」

どうやら、あの薬の味は「激甘」で、コーヒーを選んだのは最適解だったらしい。
零はしばらく、ふらふらと揺れる頭を抱えていたが、やがてぼすり、とベッドの上に身を投げ出した。
布団をかける気力もないのだろう。

「すまぬ……何だか具合が良くない。少し休む」
「あ……ああ」

ベッドの上、顔色の明らかに変わった零を見て湧き上がる、想い。
ほんのりと色づく顔と力なくしなだれた手足が、妙に艶めかしい。

鳴り止まぬ心臓を思わず左手で押さえ、生唾を呑み込む。
立ち尽くすジークの体に灯りはじめた興奮が、思考を酩酊させる。
夕暮れの冷やりとした空気は、昂ぶる感情と混ざり合い、そこに生温い空間を作り上げていた。

惚れ薬が効いているなら、零にひとつの情念が宿っているというのなら、このまま――渇きを訴える心と誘う衝動に抗いながら、ジークはゆっくりとベッドに近づき、手をついて、零を見下ろすように顔を覗き込んだ。
いつもより大きな息遣いと、落とした瞼。
その裏の瞳には今、一体どんな景色が映っているのだろう?

「ジー……ク……」

ベッドに片膝をつき、ゆっくり頬に手を伸ばそうとすると、零が小さな声で名を呼んだ。
絞り出したような、かすかな声。
しかしその時得られたものは、熱く突き上げる情動でも、支配欲に溢れた満足感でもなかった。
それはむしろ、背中に冷水でも浴びたような、突然の悪寒。
意味のないうめき声であれば、結末も違っただろう。
だが目の前の男は、自分を「ジーク」である、と認識しているのだ。

その「ジーク」は、薬を盛られまともに思考できない零に――今、何をしようとしている?

答えの出たジークは、自分のベッドから毛布をひっ剥がし、横たわる零の体に丁寧に掛けてやった。
明かりも灯さず、敷き布団だけになった自分の寝床に腰掛け、ジークは背中を丸めうなだれる。
夜の冷えた風が、熱を失った体を侵食し始める。
芯まで凍てつく、金属の塊にでもなったような心地で、夜の闇はますますその濃さを深めていった。

*  *  *

いつの間に、寝たのだろう。
体を横にした覚えもないが、ベッドの上にいつも通りに寝ていることに気付き、慣習というものの根深さにジークは驚き呆れる。
零に貸したはずの毛布が体の上に戻ってきており、それで零が先に起きたということを知る。
身を起こすと、既に朝の鍛錬から戻ってきたらしき零が、こちらに声を掛けてきた。

「ジーク、おはよう」
「おはよ……っ、ひぇっくし!」

鼻がむず痒くてくしゃみが出る。昨晩体をあれだけ冷やせば、当然だろう。
幸い、覆面をかけているせいで、対面の零には飛沫を飛ばさずに済む。

「昨夜はすまぬ。俺を気遣って、布団を貸してくれたのか」
「あ、あぁいや……うん、まぁーね……ひ、えぐしっ!」
「だ、大丈夫か。少し布団で、温まっていた方が良い」

昨晩の様子とは打って変わって、零は普段通りの零に戻っていた。
それが少しだけ、ジークの心のわだかまりを溶かしてくれた。
何があったのか、仔細を零に教えることなど、できるはずもない。
しかしジーク自身は、ひとつの真実に気づいてしまっていた。

――あんな愛し方なら、しない方がいいんだよ。

熱に浮かされた時とまるで違う、いつもの零の眼差しを受けて、ジークは思う。
溺れてゆくだけの存在ではなく、ほんとの零を愛したい、と。




++++++++++

このお話、途中分岐型でリンク貼るのめんどくさいの気持ちがあったのと、人を選ぶ作品なのでアーカイブを渋った結果、最後に思い出したように提出と相成りました。これはしたり。
ちなみに、なんらかの話でジークが「零にすごい味のコーヒーをごちそうしたことがあった」と言っていますが(たぶん『沈香』あたりだったと思います)これがそれです。なので正史は分岐の下ルートのつもりなんですけど、明言しないことで「なんか別のタイミングでやらかしたんだな」と思うことも可能にしています。

これでアーカイブが恐らくほぼ出そろったので、次回オレカ二次創作は一旦、二人旅編のまとめになる予定です。

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