月ノ下、風ノ調 - UM二次創作『虚(うつほ)の身に焼き付きし』 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆様こんばんは、九曜です。

今回はUMの兄上のお話です。
本編のネタバレはうっすらありますが、本編にこんな流れがない系のお話なので、大丈夫な方だけお楽しみください。
何度かそういうネタを書いていますが、今回の兄上はまた記憶を失っています。





虚(うつほ)の身に焼き付きし


 咽るような臭気とじりじり焦げ付くような温度。常人であればたちまちその場にくずおれてしまいそうな、地獄とも形容すべき修羅の地。襲い掛かってくる鬼の、胴体を一閃し真っ二つに割ると、血とも何ともつかぬ紫の液が散り、黒鉄の胴を汚した。鬼はまだ息があるようで、半身腕で這いずり寄ってきたが、その顔面をぐしゃり、と具足の足が無慈悲に潰す。振り上げた腕がぐたりと地へ伸び、ぴくりとも動かなくなると、男は長く息をついた。
 ここは何処であろう。私は誰なのであろう――過去の思い出ひとつ、思いつく言の葉のひとつさえ失い、男はその地に立っていた。総身に漆黒の鎧を纏い、右手にはいったい何の金属で誂えたのか、青鈍色の光を返す大ぶりの太刀を携えて。しかしながら、自分が「戦うことのできる、あり余る力がある」という以外、言葉も通じぬ異形だらけの地で、男は何も知ることができなかった。この力を幸いに、男は右手の得物をがむしゃらに振り、戦い進むことを選んだ。
 灼熱の断崖は、禍々しい大鳥居を潜るたびに薄寒く天高い山岳に化けたり、化け物だらけの遊郭となったりした。これらの景色は生前の記憶の手掛かりか、と首を捻ったが、ついぞ男の記憶を呼び覚ますものは現れなかった。煙でできた怨霊を斬り捨て、人の腕を投げてくる器械の遊女を滅多刺しとしながら、男は先へ先へと進んだ。過去がないのであれば、せめてその先を見なければ、己のすべてが虚(うつろ)となる気がした。
 やがて、索莫とした荒れ地に出た。あちらこちらに転がっている角張った何かの断片は、建造物、乗り物、あるいは遺跡の成れの果てにも見えるが、定かではない。砂で覆われた地面に魑魅魍魎の死体はなく、何の気配すらなかった。
 はるか先にうずくまっている人らしき影が見え、男ははっとしたように、駆け出した。が、徒労に終わった。人らしきものは石像のような土気色をし、剣を地面に突き立てた格好で、その場に在るだけであった。剣は不思議な光を、まるで生きているかのように湧き立たせていた。男はその光景を何かで見た気がしたが、思い出そうとしてもすぐさま、頭に薄暗い靄が立ち込めた。
 像のすぐ近くには大きな、あまりに大きな暗い横穴が見えたが、男が踏み入ろうとすると、不思議な力で弾かれた。荒野にはそれだけであった。どこかにあるであろう大鳥居を探してみたが、甲斐なく、男はとうとう横穴の前に座り込んだ。

 二十七代当主月風魔は冥府を下っていた。兄である嵐童の行方も気になるが、地獄の監視が己が務めである以上、止まるわけにはゆかない。最奥で何が起きているかを見届け、あるいは――その後を考えるよりは、走るが先だと得物を構えた。
 戦傘で餓鬼の横っ面をはたき、崩れた体勢に広げた傘を回し圧し当てる。それは鋸のように餓鬼の柔い肉を切り裂き、体液を間欠泉の如く噴き出させた。薄紫の液にまみれた戦傘を軽く振り、長く続く段差を駆け上る。やがて見えてきた大鳥居に、それと確信して歩み入る――。
 屍を食らう大百足を倒し、天高く追放された双子の鬼を退け、遊女の魂を食らう化け物蜘蛛を討ち果たすと、その先は寂れた荒れ地であった。舞う砂塵の奥に霞んだ何かの影形は、襲ってくる気配のないただの残骸であったが、これまで見た何とも違う、異様なたたずまいをしていた。
 他のどれよりもはるかに大きな残骸を前に、風魔は兄の姿を見つけた。兄の傍に、輝く剣を地に突き立てた像があることは気になったが、そこへ確かに座り込んでいる兄の後ろ姿に、安堵したのが先だった。
「何奴!」
が、近寄った風魔は大太刀により危うく腕を奪われるところであった。横薙ぎに払った一閃をすんでの所でかわした風魔の表情が、にわかに険しくなった。
「兄上……?」
魑魅魍魎の仕業か、何の間違いであるのか、風魔がそう声を出すと、振り向いた男――嵐童はただ、薄色の目を丸くしながら、目の前に突然現れた者の顔を見つめていた。
「兄……私が……?」
 口から発せられた言葉の意味を咀嚼する。兄上、とその者は確かに言った。姿見ひとつもないこの場所で、彼の者と自分が兄弟と呼べるほど似ているか、は今の嵐童には解らなかったが、色こそ違うものの総身に纏った鬼顔の鎧から、同じもののふであることは見当がついた。何より、言葉もなく襲い掛かってきた数多の魍魎と違い、彼の者はこちらの動向を探(あなぐ)るように声をかけ、武器をおさめている。応じるように大太刀を鞘へしまい、嵐童は片膝から立ち上がった。
「……覚えておられぬのですか……?」
 目の前の存在が、兄の姿を映した化け物かもしれないという懸念は、今の風魔の頭からはすっぽり抜け落ちていた。先の横薙ぎの鋭さからして、兄に化けた下等の魍魎であるということは考え難いと思った。それゆえになおさら、記憶のないという事が強い不安となって、風魔の顔を曇らせた。しかし嵐童には何の術もなく、また一片の記憶もなく、眼前に現れた男の暗い面持ちを見ながら、同じように眉根を寄せることしかできなかった。
「……兄上は戦は得手とはいえ、ここは危のうございます。一度、館へ戻りましょう。こちらへ」
 こういわれると嵐童は、何も覚えていない己の意志より、何か知っているであろう初対面の男の方が不思議と、信用できた。いや、初対面ではないのだろう、とも思った。弟であるという実感こそなかれ、取られた手の籠手越しに感じる確かさや、不安の表情をすぐ圧し消した強さに、嵐童は不思議と懐かしさを覚えた。

 石像の前を通り過ぎ、この地へ入るための大鳥居まで引き返す。風魔はようやく見つけた兄の手をしっかと握ったまま、その先へ飛び込むように歩みを進めた。遊郭の野営に建てられた神像からであれば、地上へ帰還するための道が示されるはずだ、と。
 出迎えてくれたのは野営に置いた侍女ではなく、眼前に突如現れた刺柱であった。それは鼻先を掠め、床に重たい音とともにめり込む。風魔は咄嗟に背中の戦傘の柄に手を掛けた。突っ込んでくる鬼の一撃を弾き返すためであったが、背後にいる兄を傷つけまいと、動作が臆病になった。刹那を見切れなかったそれで、衝撃を削ぐことはできたが、無骨な一撃を受けた風魔の両手はジンと痺れた。
 体勢を崩していない鬼相手に、戦傘では分が悪い。さりとて、守るばかりでは危うくなるだけだ。意を決して閉じた傘を横薙ぎに振りかぶるが、やはり尚早だった。傘の乱撃にも怯まず、鬼は金棒を高く振り上げ、見定めた脳天へ振り下ろす――それより早く、鬼の両腕を鋭い太刀筋が正確に斬り飛ばした。
 ガアッという鬼の叫びを待たず、嵐童の得物がその喉元に突き立てられる。噴き出た液が顔を汚すのも構わず、嵐童は鋭い視線で鬼の醜悪な顔を睨みつけ、続けざまに首をはね飛ばした。金棒とは違う重い音が、木の床板に転がる音がした。
 助かったという事実と突然の援護に、風魔がぽかんと口を開けている姿も、嵐童の目には入らなかった。地獄の血糊を籠手で乱雑に拭い、武器をおさめた後の右掌に視線を落とす。虚(うつほ)であるはずの身が何かに強く突き動かされ、目の前の男をほとんど無意識のまま救っていたことに、嵐童自身が最も驚いていた。ぽつりと誰の耳にも届かぬ言葉が落ちた。
「なぜ体が、かように自然と動くのだ」




++++++++++
記憶はなくても弟が大事なことは変わりない、という兄上のお話でした。
基本的に拙宅の兄上は弟が大事すぎる。


なお、この石碑がお話の元ネタにしたものです。
こんな経緯で地獄へ…ではありませんが、地獄行脚中に何らかのショックで記憶を失い、とりあえず敵の対処はできるものの、なんでそこに来たか忘れてしまった兄上を考えてみたところ、先のようなお話ができあがりました。
この後記憶を取り戻すかどうか…的な話も書いてはいるのですが、それはまたの機会に。

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