月ノ下、風ノ調 - 【オレカ二次創作】月の一族の伝説 忍者ブログ
月風魔伝その他、考察などの備忘録。
皆さんこんばんは、九曜です。

最近、お話を書くのが楽しくて仕方なく、先日もPrivatterに新作を放り投げてきました。
優しい雰囲気のもの、シリアスなもの、衝撃的な結末を迎えるもの、怖いものなど、いろんな作品を書きながら、自分に合ったものを探す楽しみもあります。

さて、今日はそんな作品の中から、このブログにふさわしいものを一本、引っ提げて参りました。
以前、『本当は怖いオレカバトル「月風魔の正体」』という記事で、オレカにおける風魔君と零の関連性など考察しましたが、今日アーカイブするお話は、それとは別の流れを汲んだものです。一族の呪いに関する話とかはちょっぴり出てきます。
あと、風魔君は出てきますが、基本的には零視点のお話となっております。
少しでも興味がありましたら、ぜひ読んで頂けると嬉しいです。



里を出て、幾日か。
獣道と呼ぶにも足りぬ細い山道を、少しの期待と畏怖に背中を押されながら、零は歩んでいた。
青の忍装束は長い山歩きでくたびれ、首に巻いた覆面代わりの襟巻も、赤色が日に焼け褪せている。
足袋は悪路を往くうちにあちこちが擦れ、あるいは泥がつき、白かった脚絆にもところどころ、茶色の染みができていた。

――この先に『月の一族』の末裔が居ると云う。

木々を深く分け入った山道で、零はある伝説を思い返していた。
かつてこの世界に名を遺した英雄、月の一族。
文武に優れ、民を治め、地獄の亡者たちを追い払ったという伝記は、零も何度か読んだものだった。
零は風魔の里の忍びであるが、もし忍び以外の何かに自分がなれるのであれば、この一族になりたいと願っていた。
忍びの掟を守り続けるだけではない。自分には目指すものがある。
そう、思い始めていた。

山はますます険しくなり、もはや獣道と呼べるようなものすら見当たらなくなった。
背の高い草を切り払い、木の上を渡り、切り立った岩肌を登る。己に忍びとしての経験があることに、零は感謝した。
そのうち、再び道のような土の地面が現れる。
ようやく普通に歩くことができるようになり、心に余裕も生まれたところで、零はふと自問した。

――月の一族に会って、どうする?

会おうと決めたまでは良いが、どうすれば自分が月の一族になれるのかなど、わからない。
懇願してみるか? 自分を認めてもらう方法を考えるか? 生じた迷いが、歩みを止める。
だが、頭でいくら考えたところで、どうにもならない気がした。
面と向かって会えば、その時にすべてがわかるのだろう。
今は前に進むだけだと、零はまた、歩き出す。

木々を抜け開けた場所が、果たして山頂であるらしかった。
しかしそこには誰の姿もなく、人の住めそうな場所もない。ただ、夕暮れの赤に照らされる景色があるだけだ。
ここで山は終いだが、はて、と首を捻った時、零の目があるものをとらえた。
無造作に突き立てられた刀が、一振り。
青く美しい刀身は、わずかな錆すら見当たらず、ただの鋼でできているようには見えない。
歩み寄り、よくよく、それを眺めてみる。
金塗りの鍔に施された三日月の刻印を見て、零はそれが何であるかを理解した。

――月の一族の家宝、『波動剣』。

里に所蔵されている古文書にも、この霊剣については詳しく書かれていた。
月の一族に代々受け継がれ、悪を祓う力を持った武器だ。
それが何故ここにあるのか……零には自ずと理解できた気がした。

何の確信もあったわけではないが、零は波動剣の柄に手をかけた。
握った瞬間、手が吸いついたように離れなくなり、辺りに突然風が吹き荒れる。
何事が起きたかわからないでいるうち、零の意識はふつりと途切れた。

*  *  *

目を覚ました時には、零は深い森の中にいた。
先ほどまでの夕闇はどこへやら、木々の間から昼光がこぼれ、草の絨毯に白い輝きを落としている。
静かな葉擦れの音に包まれ、驚いて目をまばたかせていると、背後にひとつの声を聞いた。

「俺は、月風魔。お前が、俺を呼び覚ましてくれたのか。感謝している」

振り向いてみると、そこには髪の赤い、鎧姿の武者がすっと立っていた。
口元を赤い襟巻で隠し、紫色の鎧や額宛ては陽光を鈍く返している。
戦士の証である、黒地に緑の瞳は、切れ長で鋭いがどこか温かい。
零はそれと確信して、伝えるべき言葉をまとめて口から出した。

「俺は、月の一族になりたいと思っている。そのために、何をすれば良いか教えてくれ」
「それはできぬ話だ」

短く否定の言葉を被せられ、門前払いか、と表情が曇る。
ここまで来て、あっけなく終わるわけにもいかない。
体面など振り捨てて、零は這いつくばり、額を草の地面に押し付ける。

「俺の技量は遠く及ばないかもしれぬ。それでも、俺は幼き頃より、ずっと月の一族を志してきた。この通りだ」

里では特に懇願する時しか使わない、土下座の姿勢で頼み込む。
だが、頭上から降ってきた言葉は、意外なものであった。

「技量の問題ではない。お前に枷をはめるのは、俺の本意ではない」
「枷を……はめる?」

思わず顔を上げる。前髪についた短い草が、はらりと落ちる。
目の前の男――風魔は、ふうと小さくため息をついて、目を細めた。

「月氏一族は……お前が考えるような、由緒ある一族ではない。平時は民を治め、非常時には剣を携え悪の根を断ち切る、それが俺たちの使命だ」
「し、しかし……だからこそ、俺は」
「呪われた血筋なのだ」
「!」

呪われた血筋、という表現に、零は続く言葉を失った。

「強靭な体力と精神。それが俺に備わっているのは、月氏として生きるために必要だからだ。傍から見れば、優れているように見えるかもしれぬ。しかし、それゆえ人と違えた道を歩まねばならない。決して、幸福な立場ではない」

風魔の話を、ひとつひとつ噛み砕いて頭に押し込む。
やがてそれは熱いしずくとなって、溢れて目からこぼれ出し、生えた草を濡らす露となった。
情けない声を漏らさぬよう、奥歯をぐっと食いしばり、零は肩を震わせた。

伝記――『月風魔伝』でしか読んだことのない、月の一族の伝説。
一見それは、勇壮で華々しいものだったが、裏に黙した事実があったということ。
うわべだけを見て、そこに己を重ねようとした自分は、思い返せば愚か者でしかない。
目の前の男への、ではなく、自分への失望が身を取り巻く。
このために、ここまで来たのかと思うと……零は、体の芯を突き崩される感覚に襲われた。

「俺とて、かなう願いならきいてやりたい。だが、外の者を不要に巻き込むわけにはゆかぬ。どうかわかってくれ」

断られたという事実は、そこにどのような理由があろうと、否、でしかない。
それも、その理由は零にはあまりにも大きく、重く、果てない。
呪いの連鎖に絡めとりたくないという風魔の思いが、零には痛いほどわかった。
自分も忍びとして、不要に誰かと関わることを嫌い、同じ里の忍びとなった妹にも、時に歯痒い思いを抱いていたのであるから。

滲んだ視界が黒に染まりはじめる。
場の音が遠ざかってゆく中、零は最後に、このような声を聞いた。

「これだけは言おう。俺の記した書を見、志してくれた事を――俺は、誇らしく思っている」

*  *  *

再び目覚めた時、場はすっかり闇に満ち、開けた夜空に星が瞬き始めていた。
辺りを見回し、零はひとつの違和感に気付く。
刺さっていたはずの波動剣が、今しがた引き抜かれたように、少しの窪みを残して消えていた。

――ああ、あの男は、行ってしまったのだな。

道を同じくできなかった悲しみが、零の頬を音もなく滑り、濡らした。
目元をぐいと拭い、いつまでも女々しく泣くものかと、天を見上げる。
零はそこに、高く遠く浮かぶ満月の光を見た。

――今宵は満月か。美しい。

淡く静かな白い光は、紺碧の夜を明るく照らして、誰かへの道標でもあるかのように、夜の世界を優しく見守っている。
忍びという立場柄、任務の邪魔だと辟易したこともあるそれが、今はなぜだか、尊いもののように感じた。

『志してくれたことを、誇らしく思っている』

はるか空より、その言葉がもう一度聞こえた気がして、零は唇を結ぶ。
月の一族は、この手を伸ばしても届かない道標に、よく似ているのかもしれない。
それでも、諦めず目指した己の姿勢を、あの男は称えてくれた。
真実を知った今、己の為すべき事は、虚しく宙に手を伸ばし続けることではない。

――里へ、帰ろう。

頂の景色に背を向けて、元来た方へ、一歩また一歩と歩き出す。
からっぽになった零を満たすように、心地よい夜風がやさしく、身に沁みた。

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