月風魔伝その他、考察などの備忘録。
みなさまこんばんは、九曜です。
この時間に来たということは、そうです、アーカイブですね。
さて、本日のお話は『ジークと零の二人旅編』ですが、結末が分岐しているマルチエンドのひとつ状態となっております。
抜忍となった零のもとへ、御庭番となった壱がやってくるところから、話が始まります。
この時間に来たということは、そうです、アーカイブですね。
さて、本日のお話は『ジークと零の二人旅編』ですが、結末が分岐しているマルチエンドのひとつ状態となっております。
抜忍となった零のもとへ、御庭番となった壱がやってくるところから、話が始まります。
金の朝、紡ぐ願い
「具合はどうなの?」
早朝のひんやりとした空気に、煎れた茶の湯気が白くあがっては消える。
木目の机と椅子、白い壁紙には実用性重視の暦、ベッドがふたつあるだけの簡素な部屋。窓外には紺の帳が薄幕を引く空。
机を間に挟んで座っている銀髪、黒衣の女性……御庭番の壱は、少し不安そうな目でこちらを見た。
勧められた煎茶を啜りながら、零はゆっくりと口を開く。
「最近落ち着いてきた。夜中の発作もなくなった」
「大変ね、兄様も」
壱は零の、他でもない、たった一人の妹だ。
兄の零は抜忍で、壱は里の者として一時、零を始末するための追っ手となったが、やがて彼女も里を抜けて御庭番となった。
追い追われる身であった時は、まさかこうして再び談笑できる日が来るとは、夢にも思っていなかったものだ。
「お前こそ、任務はいいのか」
「平気よ。諜報なんて、役人が動いている時しかできやしない。こんな早朝、自由時間みたいなものよ」
「フッ。俺が見ないうちに、随分逞しくなったな」
肩を竦めながら悟ったような顔をする壱は、恐らく、自分が思っているよりもずっと『御庭番』として板についてきているのだろう。
昔より背も随分伸び、追い越されていないかと並んで測るのも、躊躇われるぐらいだ。
『年下の妹』として扱うのは、もうそろそろやめなければならないだろうか……ほんの少しの寂しさを、零は言葉で包み隠す。
「これも兄様のおかげよ。私のことは心配しないで」
一方の壱は、そんな兄の気も知らずに、ただ今こうしていられる幸せを感じていた。
抜忍の印、何にも染まらないという意の黒い装束を着た二人は、その肩書こそ違えど、今は普通の兄妹として振舞うことができる。
忍びでなければ当然であったそれを、ようやく手にすることができたのだから、これからの任務の気負いも吹き飛ぶような嬉しさだった。
いつまでも童女ではいられないのだから、と少しは大人びた表情も見せるが、妹であることに変わりない。唯一の身内である零の前では、時たま笑顔もほころぶ。
* * *
少し温くなった自分の茶を飲み干して、壱は立ち上がる。
窓枠に手をかけ東の空を見やれば、白み始めた空に輝く、明けの明星。
「兄様。ひとつ、訊いていい?」
「何だ?」
窓枠から手を離し、こちらを振り向きながら問いかける壱。
「なぜ兄様は、この人のことを、看ようなんて思ったの?」
その目線の先は、ベッドに向いている。
実はこの部屋にいるのは、零と壱の二人だけではない。
会話には加わっていないが、ずっとベッドの上に寝ている男がもう一人、いた。
全身に纏った黒。ばさばさした緑の前髪のせいで、寝顔はほとんど見ることができない。
起きている時は、時々何かを思い出したように目を光らせたり、発作を起こして暴れることもあるが、大抵は座ってぼーっとしているうちに、一日が終わってしまう。
ジーク。
零が見つけた時には、既にこのような状態だった。
心が壊れてしまうような、つらい出来事でもあったのか、あるいは病的なものなのか……言葉を発せず、体で表現することもしない。開いた目に浮かぶ緑の小さな瞳には、何の感情も映っていない。
保護して最初のうちは、食事すら自発的にとらなかったので、見かねた零が仮住まいに招き入れたのだ。
零がさっきから言っている「落ち着いてきた」「発作もなくなった」というのは、他でもない、この男のことだ。
生存本能がかろうじて働いたのか、今では人として基本的なことはするようになったが、それでも見知った頃の「ジーク」には程遠かった。
風のように気まぐれで、ころころと表情を変え、口先達者だったあの男は、ここにはもういない。
「こういう生き方は、壱には理解できぬか?」
「ううん。私は、この人のことをあまり知らないから。どんな人だったの?」
壱の問いに、答えに詰まる。
元々、ジークはつかみどころのない男だ。どう説明したものかと首をひねるが、あまり思案に暮れるわけにもいかない。
「……不思議な奴だった、な」
沈黙の後、ようやくそれだけを告げる。
それ以外に重ねたい想いもたくさんある。しかし、いざ口にしようとすると、うまい言葉が見つからない。
あまり変なことを喋って、妹に白い目で見られても困るので、零はそれで答えを終いにすることにした。
「不思議と惹かれる、とか。そういうのかしら?」
「そうかもしれぬ」
惹かれる。ああ、その言葉だ、とすんなり腑に落ちる。
元気だった頃のジークは、自分を振り回すこともあったけれど、それでもなぜか憎むことができない、一種の愛嬌さえ感じる男だった。
良いものは良い、嫌なものは嫌だと言い切り、何物にもとらわれない。
その潔さと自由さに『惹かれた』からこそ、零は抜忍として今ここに居るのだ。
「いい朝ね」
輝く陽射しが東の窓を貫いて、部屋を金の光で満たす。
冷たかった空気も柔らかく緩み、鳥のさえずりが音の彩りを添える。
窓の向こうを眺め、眩しそうに眼を細める壱の横顔は幸せそうだ。
それを見て零は、幸せの意味を己に問い直していた。
果たして、今自分のしていることは、いつか幸せに繋がるのだろうか、と。
夜空を流れ星が滑るのを見て、らしくもなく祈りを捧げたこともあった。
起きたらすべてが悪い夢であるよう、願ったこともあった。
迎える朝が怖くて、いっそ逃げ出そうか考えたこともあった。
思い返せばここへ来てから、悩み苦しむ日の方が多かったかもしれない。
でも、諦めきれない。
こんな変わり果ててしまっても、目の前で確かに息をしているのだから、諦めるにはまだ早すぎる、と零は思う。
笑い合った日々も、交わした数々の言葉も、記憶の中だけのものにはしたくない。
いつか戻ってくるであろうこの男の笑顔を、信じてみたい。
零がジークの背中に手を掛け、上半身をゆっくりと起こしてやる。
「本当に、良い朝だな。ジーク、お前にもわかるか?」
何も返ってこないと分かっていても、零は普段どおりにジークに声を掛ける。
時々空しくもなるが、せめて、人であることを忘れないように、と。
「……じゃあ、私はそろそろ行くわね」
夜が明けてしまえば、御庭番としての仕事が待っている。
壱は大きくひとつ伸びをすると、名残惜しそうに覆面ごしに、ちいさくため息をついた。
次はいつ会えるかわからないが、生きていれば、また機会はあるだろう……そう自分を諭して、外へ通じる扉を開く。
振り返れば、口元に覆面をかけてはいるが、幾分か穏やかな目をした兄の顔。
壱も、笑う。
「兄様、お元気で」
「達者でな」
朝の光に溶ける背中を見送り、零は微笑んだ。
* * *
「ただいま」
戸を開け部屋に戻れば、そこには身を起こしてやったままの姿勢のジーク。
起きているらしく目を瞬きこそするが、焦点は定まっていないらしい。ただでさえ口元が黒い覆面で隠れているので、生気のない目と併せると、まるで等身大の人形のようにも見える。
だらりと力の抜けている腕、丸めた背中。肩を落とし、ため息をついた時だった。
「ぜ……ロ」
泡のはぜるような、小さな声だったが、零の鋭い聴覚でははっきりと聞くことができた。
それは、壊れて失われたと思っていた、ひとつの欠片が見つかる音。
驚いて思わず、ジークの肩を揺さぶる。
「ジーク……!? お、お前ッ、今……!!」
だが、がくがくと首が前後に大きく動くだけで、そこから新たな声は発せられない。
あまり揺すっても体に悪いと思い、肩から手を放す。
すると俯いていたジークの頭が、ゆっくりとこちらを見上げるように、上へ傾いだ。
「ジーク! 聞こえているのか!? ジーク……ジークっ!」
何度も何度も、その名を呼ぶ。
今まで抜け殻のようだったかつての友が、己を取り戻そうとする奇跡に一縷の望みをかけて、零は叫び混じりに呼び掛け続けた。
答える声こそなかったが、こちらを向いているジークの目が――かすかに、笑うように、緩む。
零の頬を滑り落ちたひとしずくが、陽光の中に煌めいた。
++++++++++
導入部で「あれ?」になったら成功で、実はミスリードを誘うような文面にしてあります。実はジークのことでしたー!をやりたかったやつです。
なお、ジークがこんなことになってる理由の話も、執筆しているんですがどうにもうまくまとまらず、まだ提出には時間がかかりそうです。
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